狐の少女はやっぱり不思議
千雪とツキネのほのぼのいちゃいちゃ回。今はまだ人間とペットのような関係なのでべたべた出来るんだと思ってます。
正月から数日経ったある日。
今日は吹雪が酷かった。
家中の壁や窓を容赦なく風が叩きつけ、がたがたと小刻みに音が聞こえてくる。
こんな日は炬燵でゆっくりしてるのがいい……平和そうに炬燵で眠るツキネを見てそう思う。
「風、強いですね。それにちょっと寒い気もします」
家の蔵で見つけたという古い本を読んでいたキヌが顔を上げて言った。
「この時期は山から風が吹き降ろしてくるから仕方がないんだよ」
奥羽森はこの時期に山から冷たい風が吹き降ろしてくる。
その風が積もりに積もった雪を吹き飛ばすことによって激しい地吹雪が起こるのだ。
「こんな時はツキネを抱きしめて寝るのが一番良さそうですね」
「くー……」
キヌは眠っているツキネを見つめて呟く。
毎日布団に潜ってくるから分かるけど暖かいもんな、ツキネは。
それに小柄だから邪魔にならないし。
「ツキネが炬燵で寝てると暖かい尻尾が炬燵の中にあるよな」
ふさふさで暖かいその尻尾が自然と脚の上に乗ってくるので更に暖かかったりする。
そんなわけで、最近ツキネが少しずつ飼い猫のような存在になってきてしまっているのだ。
「にしても、よく寝るなぁ……こいつ」
「炬燵は人間だけじゃなく妖怪をも駄目にしてしまう魔の兵器なんですよ、きっと」
「あぁ……なんか納得だ」
確かに気持ちいいからな……炬燵は。
でも、さすがにいつまでもこうしているわけにはいかない。
「よし、稽古してくる」
「あら、今日もですか?」
「あぁ」
氷河に完敗してから、俺は毎日のように刀を振っていた。
今日も道場へ向かい、胴着に着替えて『氷河』を手に取る。
俺はまだこいつを完全に扱えてない……だからこうして稽古に励むしかない。
氷河一刀流は俺の代で20代目。
型もそれなりにあるはずなのだが、その中で現代へ伝わっている型はそれほど多くない。
それに攻めの型である『氷雨』や返しの型である『氷柱』も伝わってきた型の中じゃかなり簡単な方だ。
氷河が使った『大氷山』のようにもっと難しい型もあるが、おそらくそれらを習得しただけでは氷河に勝てない。
稽古をしながら考えてきて、俺は一つの結論へ辿り着いた。
既存の型を氷河が反応出来ないような、見切れないような――そんな自分だけの型へ昇華させるしかない。
しかし中々上手くいかないものだと痛感した。
『氷雨』も『氷柱』もどこかワンパターンな動きだ。かといって無駄な動きを加えると全く使い物にならない鈍足の剣へと成り果ててしまう。
先代達の剣は無駄の無い動きと速さに長けているが……相手がこの剣をよく知る者であるとなると簡単に読まれてしまう。
氷河が知っているのは、色々調べた結果からしておそらく五百年前ほどまでの氷河一刀流のはずだ。
つまり、それ以降の型なら一発は氷河に届く可能性があるのだが……生憎にも氷河一刀流のことが記された本や書物には五百年ほど前の時代以降のことが全く書かれていない。
それはこの剣が封印されたという建前の裏でひっそりと受け継がれたため、ほとんど記録に残すことが出来なかったのだと思われる。
このままじゃ氷河には絶対に勝てないじゃないか……。どうすればいいんだ……この先。
そんな途方も無い不安に駆られ、次第に稽古にも集中出来なくなる。
「……駄目だな」
一旦道場から出て、縁側に座る。
縁側の窓ガラスの外は吹雪のせいで真っ白で、ほとんど何も見えない。
「はぁ……」
俺は俯いてため息をつく。
こんなんじゃ、これから先の戦いが不安で仕方ないな……。
そんな憂鬱な気分になった時のことだった。
「……ん?」
頭に何かが置かれたような気がした。
頭を前に下げ、それを落としてみる。
ぽとっ、とオレンジ色の丸いものが膝の上に落ちた。
「みかん?」
俺は辺りを見回す。
しかし誰もいな……ん?
廊下の角に尻尾のようなものが……あ、ツキネが顔出した。そして俺に気づいたのかすぐ引っ込めた。
何してんだあいつ……。
「ツキネ。こっちに来なさい」
と呼びかけてみる。
すると、ツキネが廊下の角に隠れるのを止めてとことこと近づいてきた。
「何してんだお前」
「差し入れ……」
「差し入れ? ……あぁ、そういうことか」
このみかんが、ね。
「なんで頭の上に?」
「…………」
あ、目逸らしたぞこいつ。
そして頬が赤いような……。
「もしかして……普通に渡すのが恥ずかしかったとか?」
「…………うん」
ツキネは小さく頷く。
なんというか……こいつも少しずつ人間らしくなってきたな。
少しいじわるしてみるか。
「なんで恥ずかしいんだ?」
「えっ? それは……あの……」
ツキネの顔が見る見るうちに赤くなっていく。
自分の服の裾をぎゅっと握り締める。
「と、とにかく恥ずかしかったの! それだけ!」
「そっか。まぁいいや……ありがとよ」
「……うんっ」
ツキネは頷くと俺の隣に正座する。
そんな飼い犬のような態度を見て……俺はなんだか妙なことを思いつく。
ツキネの前に掌を差し出し
「お手」
「わん」
「おかわり」
「わん」
「……狐だよな?」
「わんっ」
ツキネは尻尾を振って答えた。
きっとそれはツキネなりのボケだったのかもしれない。
「……ぷっ、あははは」
なんだかその様子が急におかしく思えてきて吹き出してしまう。
「ツキネっ、お前面白いなっ。あははは」
「ほぁ……」
「あれ? どうした?」
「千雪がそんなに笑ったの初めて見たから……千雪もこんな風に笑うんだなって思った」
そういや……こんなに大笑いしたことなんてあったっけ、俺。
いや、多分ないな。
「自分でも驚いたよ、こんなに笑えるんだな俺も」
ツキネと出会ってから、自分が少しずつ明るくなってきたことを実感していたがここまで笑えるとは思ってなかったなぁ……。
「えへへ……千雪の笑顔、可愛いんだね……?」
「うおっ……」
ツキネは小首を可愛らしく傾げ、つぶらな瞳でこちらを見つめてそう言った。
なんだこいつ……急にドキッとさせやがって。
「よし、なでなでしてやろう」
「んっ……きゅぅ……」
ツキネの頭を撫でると、ツキネは笑顔になりながらもくすぐったそうに体をくねらせる。
そんな姿がまた可愛い。
「可愛いな、ツキネは」
「ふぇ……? あ、あぅ……」
撫でる手を止めないままそんなことを口走ると、ツキネは反応に困ったような顔をして俯いてしまう。
「急にそういうこと言っちゃだめ……恥ずかしい」
「……でも可愛いし」
俺がしれっと言うとツキネは涙目になり。
「うぅ……キヌ姉に、千雪から辱めを受けたって報告してやるっ……」
「それは止めてくれ」
和やかな雰囲気が凍りついた気がした。
そんなことをキヌが聞いたらツキネを連れてこの家を出て行きかねない。
「じゃ、じゃあもう恥ずかしがらせないで……」
「ん、それじゃ仕方ないな」
俺は撫でるのを止める。
すると、ツキネは「あ……」と残念そうな声を漏らしこちらへ複雑そうな視線をちらちらと向けてくる。
そして沈黙に支配される。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………撫でて」
「はいよ」
よっしゃ、俺の勝ちだな。
俺は再びツキネの頭の上に掌を置く。そして軽く髪を撫でる。さらさらしていて……ずっと撫でてたくなるような髪だ。
「ツキネ。ずっと撫でてていいか?」
「ご飯食べる時だけは止めてくれると助かる……」
「……風呂は?」
「撫でながら背中を流してほしい」
「そりゃまた気持ち良さそうな話だな」
「えへへ……そうだね」
こうしてふざけて笑い合う関係になっていることにも驚くが、それよりも驚いてしまうのはやはり自分の中の変化だ。
こんな風に冗談を言ったことなんかも今まではほとんど無かったんだけどな……それに今、不安が和らいでリフレッシュ出来ている気がする。
それもこれも全部ツキネの影響か。
なんとなく俺にとってのこいつの存在を考えた時のことだ。
……俺が今ぶち当たっている壁に、ツキネならどう向かっていくのだろうか。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
「……ツキネ」
「ん?」
「お前なら……強い相手に自分の攻撃が通用しないって知ったらどうする?」
「……そうだなー……攻めて攻めて攻めまくって通用させる」
「……強引だな」
思わず苦笑しつつも、前向きな意見だと思った。
それにしてもこいつ、やっぱり戦闘好きなんだなー……。
「あとは戦いの中で進化する」
「ボールに入るモンスター同士を戦わせるアニメじゃあるまいし」
「でも……自分でも予測出来ない動きなら、相手も予測出来ないよ?」
「…………」
そう言われてみれば確かにそうだ。
氷河だって使う側である俺も知らない型なら見切れないだろう。
ツキネの意見はあまりにも斬新かつ新鮮、そして前向きだ。
そっか……俺はツキネのこういう前向きな所に変えられたのか。
だったら俺の中でそんな風に変化していることを……剣にも生かせないだろうか。
「前向きに攻めて攻めて……か」
「何事も押しが大事……昔キヌ姉にそう教わったの。だから私はいっぱい攻めて攻め切る」
「……確かにツキネはすぐに攻撃に移るよな」
それは俺に足りない積極性かもしれない。
ここで、俺はもう一度氷河との戦いを振り返る。
相手に特攻しかける『氷雨』は一撃目を軽々と止められたんだよな……。
その一発目さえなんとか出来ればきっと攻め込める……かな?
フェイントを加えたりだとか……そうすれば……。
相手の攻撃をかわしつつ相手に攻撃する『氷柱』の時、氷河は刀を捨ててまで身を引くことに専念していた。だから直前で避けることが出来た。
……でも、あの時は相手もギリギリだったし直後にもっと攻め込んでも良かったんじゃないか……?
不意にそんなことを思う。
それにわざわざ攻撃を待たずに、こっちから攻撃を受けに行ってそれを返せれば、勢いのあるままの突きが出来るかもしれない。
一人で悩んでいた時には思いつかなかったようなことが次々と思いつく。
ツキネに質問しただけで解決しそうになるなんてな……。やっぱりツキネって不思議な存在だ……。
「千雪、なんだか少しだけ安心した顔してる。良かった……」
「ツキネ。ありがとな」
思わずツキネを抱き寄せ、頭を撫でながらぎゅっと抱きしめる。
うん、暖かい。
「ひゃんっ……千雪、苦しいよ……」
ツキネはそんなことを訴えてきながらも俺の腕から逃げ出そうとはしなかった。
そして俺の肩の辺りで嬉しそうに呟く。
「でも……役に立てたみたいだね……えへへ」
犬なのか猫なのか狐なのかはっきりしないペット像。