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ツキネの恩返し!  作者: ヨハン
氷を司る妖
10/15

三人で寄り添って

皆様、明けましておめでとうございます。今回は大晦日の夜にゆったりとした時間を過ごすキヌと千雪がメインなのでツキネはあんまり喋んないです。

 大晦日の夜。

 もうすぐ今年が終わり、新年がやってくる。

 俺にとって今年は何も代わり映えしない年だった……数週間前までは。

 突然妖怪の少女達との同居生活が始まり、妖怪というものに関わることになって……なんて大どんでん返しだこれは。

 ただ……その分大切なことを思い出すことも出来た。

 ツキネと出会って誰かと一緒に過ごす楽しさを思い出し、キヌと出会って家族のようなやり取りをして、二人と過ごす時間に幸せを感じて。

 たった数週間の間一緒に過ごしただけでも、俺にとってツキネとキヌは家族も同然になっていた。

 

「もうすぐ除夜の鐘がなるんですよね?」


 キヌは縁側から庭に出て、寺のある方向を見つめている。

 俺は縁側へ座りそんな彼女の姿を見守りつつ、膝を眠るツキネに枕として貸していた。


「あぁ。和尚が鳴らしてるらしい」


 和尚は毎年、この日が一番忙しいらしく俺の相手をしている時間は無かった。

 過去の俺はそのことを少しだけ寂しく思っていた。


「うち、あの音好きなんです。ツキネと一緒によく里の近くまで下りてきて聴いてました」


「へぇ……」


 そういえば、二人っていつからの知り合いだったっけな。

 忘れたしちょっと聞いてみるか。


「キヌ、お前とツキネっていつから知り合いなんだっけ?」


「うちとツキネですか? そうですね……ツキネが500歳、うちが1200歳の時に出会いました。人間で表すと5歳と12歳ですね」


 キヌは振り向いて答えてくれた。

 なんとなく思い出す。


「あぁ、そうだった。じゃあもう千年以上の付き合いなのか」


「まぁ、そうですね。妖怪として過ごしていると時間の流れ方が人間の時とは変わるのですが」


「不思議なんだな……」


「妖怪のこと、不思議だと思いますか?」


「あぁ」


 頷いてみせる。

 妖怪ってのは知れば知るほど新たな謎が増える気がするから。


「実はそうでもないんですけどね。人間とは価値観の違いなどもありますが……感情には案外素直なんですよ」


「そうなのか……」


 俺は眠っているツキネを見る。

 こいつは大人しい時は大人しいくせに、はしゃぐ時にははしゃぐ。

 そういうところは確かに自分の感情に素直だな、と思う。


「この子、出会った時は今よりも感情表現が豊かで、無邪気で素直で好奇心が旺盛な子でした。ちょっと色々あって、塞ぎ込むような一面を見せるようになりましたが……」


「ツキネが……」


 以前、大切な人を失うのはもう嫌だと言っていた。

 それはツキネの過去に何かあったからなのだろうが……それが関係しているのだろうか。


「でも、ツキネは千雪様と出会ってから少しだけ前に戻った気がします。それに千雪様のことをとっても信頼して慕ってるみたい……」


 キヌはこちらへ歩み寄ってきて、俺の膝を枕にして眠るツキネの髪を優しく撫でて言った。


「なんでここまで懐かれたんだろうな……」


「それは千雪様に魅力があるからですよ。ツキネ、他人の魅力や内面に敏感ですから」


「……そっか」


 俺もツキネの頭を撫でる。

 少しは誇りに思ってもいいよな……。


「それにうちも……千雪様のこと、とっても素敵なお方だと思ってますよ」


「っ……そんなこと、よく恥ずかしげも無く言えるな」


 俺の目を見てそう言いきるキヌから目を逸らす。

 薄暗くて静かな場所だからだろうか……やけにキヌが淑やかで綺麗だと思える。

 元々口調や仕草から淑やかで上品なのだが……。


「うちだって恥ずかしいですよ。でも、言いたいことは言いたいと思った時に言わないと……後悔してしまいそうだから」


 キヌの表情に一瞬だけ寂しさが浮かんだような気がした。

 それに、口調や言い方にも少し憂いを秘めていたような。

 いつも笑顔で俺達を一歩後ろから見守る彼女だが……彼女にも何かあるのだろうか。


「後悔しない生き方がどれだけ大切かはツキネも知ってる……だから、ツキネは素直に千雪様へ好意を向けているんだね……」


 ツキネを見つめ、まるで独り言のようにキヌが言った。語りかけているようにも見える。


「キヌ?」


「あ、いいえ……ただ、ちょっとだけツキネが羨ましいなって」


 キヌは苦笑するように無理やり笑顔を作る。


「どうして?」


「うち、さっきはあんなこと言いましたけど……実は素直に気持ちを表現することがあまり得意ではなかったんですよ……だから、ツキネの無邪気で素直な性格が羨ましいんです」


「キヌも結構真っ直ぐな気がしたんだけどな……」


「そんなわけ無いですよ。うち、昔は人間を化かして遊ぶのが唯一の楽しみだったくらいですから」


「……狸っぽいな」


「でも、とある出来事をきっかけに素直になろうって決めたんです」


 キヌは静かに微笑むと、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。


「だから言わせてください。うち、千雪様やツキネと一緒にいる時間が大好きです」


「……俺もそう思ってるよ」


 俺はキヌに笑いかける。するとキヌも笑顔を返してくれた。

 そしてその時……白くてふわふわした雪が少しずつ降り始めてくる。


「キヌ、体冷やすといけないからそろそろこっちに座ったらどうだ?」


「そうですね。そうします」


 キヌは俺の隣に座り、眠るツキネを見つめる。


「いいなぁ、ツキネ。うちも千雪様に膝枕してほしいな」


「ツキネはいいけどキヌはなんか抵抗あるな」


 ツキネは妹、またはペットのような感覚だから大丈夫なのだがキヌだと……大人の女性って感じがするし、姉とはまた違う感覚なので少し緊張してしまう。


「千雪様……酷いです」


 キヌは涙目になって、子供っぽくそっぽを向いてしまう。

 言い方が悪かったな……。


「……ごめん、キヌ。泣かないでくれ」


「じゃあ肩貸してください」


「え、肩……?」


「ん……」


 キヌはそっと俺の肩に頭を預ける。

 なんかいい匂いするし無性にドキドキするな……。

 

「……キヌってこういうことするんだな、ちょっと意外だ」


「うち、実は誰かに甘えるの初めてなんですよ……今までは甘えられる側でしたし」


「マジか。……美少女を膝枕して、美女に甘えられる俺は一体何者なんだか……」


「……特別な存在、でしょうか」


 くすぐったいようなキヌの答えに笑みがこぼれてしまう。


「そうか……」


「千雪様は色んな意味で特別なお方です……」


 安心しているような落ち着いた声。

 キヌ、この家に着てからずっと家事を頑張ってたからな……疲れも溜まってただろうに、それを全然表へ出してこないんだもんな。

 きっと今、やっとリラックス出来ているのではないだろうか。

 

「いつもお疲れさん、キヌ」


「ん……そのお言葉があれば、来年も頑張れます」


「一人で頑張んなくていいからな」


 よく考えたらいつの間にか家の財布もキヌに一任しているし、俺はツキネと同じくらいキヌのことも信頼していることを実感する。

 彼女が俺達を支えてくれていることに感謝の念を抱きつつ、彼女への労わりをこれからも忘れないようにしたいな。


「千雪様……ありがとうございます」


 キヌは俺の手の上に自分の手を置く。

 その手は冷たくて、少しかさかさしている。

 冬場の水仕事をさせ過ぎちゃったな……。


「キヌ、ごめんな。水仕事させ過ぎたせいで手が荒れてる……」


「このくらいなんでもないですよ?」


「駄目だ。あとで薬塗っとけよ」


「……はーい。……それにしても、千雪様の手……暖かいですねぇ」


 キヌはうっとりとしたような、そんな艶っぽい声で呟く。


「しばらく握っててもいいですか……?」


「こんな手でよければ」


「それじゃあお言葉に甘えて……」


 キヌは口元に優しい笑みを浮かべながら俺の手を握った。

 美人で面倒見が良く、いつもしっかり者のキヌがこんなことをしてくるなんてな……急に年の差が無くなった気がする。

 これは別に悪い意味ではない。

 こんなキヌの一面を見れるなんて思っていなかったから少し驚いたが、その一面を見せてくれたことは嬉しいと感じるしそれだけ心を許してくれたということだ。

 そして、こうして三人で寄り添える時間を幸せに思う。


「……千雪様。無理、しないでくださいな」


「え?」


「手、握って気づきました。手の肉刺(まめ)が……」


「あ……ごめん、なんか凸凹してて気持ち悪いよな」


「いえ、そんなことないです。むしろ……ずっと握っててあげたいくらいです」


 キヌは俺の手を強く握る。


「千雪様は妖怪と戦う危険で過酷な運命を背負ってて辛いはずなのに……いつも文句を言わず努力してて……一緒に戦おうとしてくれて……」


「だって、それが俺に課せられた使命なんだろ?」


「でも……普通の人ならそんなすぐに受け入れられる問題じゃないですよ……」


 俺の肩に頭を預けているキヌは少し困ったような顔だ。

 淡々とした俺の態度に戸惑っているのだろうか?


「そりゃ、戸惑いや不安はあるけど……これがツキネやキヌとの時間を守ることにつながるんだから、やらないわけにはいかないだろ」


「千雪様……でも、やっぱり無理し過ぎです……この手は」


「……これでも足りないくらいなんだよ、氷河に勝つには」


 俺は夢の中で氷河に負けて以来、稽古の時間と量を増やした。

 そのせいでたった数日の間に手の肉刺が酷いことになってきているが、こんなことで弱音を吐いてはいられない。


「……うちに何か出来ることがあれば言ってください」


「じゃあ、俺が勝つって祈っててくれよ」


「え…………はい。あの、じゃあ応援させてください……千雪様」


 キヌは俺の肩から頭を離し、俺の方を見つめる。

 そしてゆっくりと顔を近づけてきて……俺の頬に口付けをした。

 少し長い時間……キヌの暖かい唇の感触が伝わってくる。

 しばらくしてキヌが顔を離す。


「んっ……うちもしちゃいましたね……ツキネには冗談のつもりで教えたのに」


「……冗談のつもりだったのかよ」


「はい……でも、今は……なんだか、これが一番応援の気持ちを伝えられる気がして」


 恥ずかしさとどうしていいか分からない戸惑い、キヌはそんな表情だ。

 

「……応援にしては効果がありすぎるな、これは」


「そうですか? ……へへ」


 笑い方さえもいつもと違う。

 キヌの照れ笑いは正直言って信じられないくらい可愛い……。


 俺達の間を不思議な空気が流れ始めた時……遠くから鐘の音が聞こえてくる。

 どうやら除夜の鐘が始まったようだ。


「あ、始まりましたね……」


「だな」


「ん……鐘の音?」


「お、ツキネ。起きたんだな」


 ツキネがむくりと体を起こして目をこする。

 その間にも一定の間隔で鐘の音が聞こえてきていて……隣で目を瞑ってそれを聴いているキヌが、いつもより数割増しで美人に見える。


「いい音ですね……きっと来年もいい年になりますよ」


「そうだな……」


「ん……」


 俺達は三人で新たな年がやってくるのを静かに待っていた。

 俺はツキネやキヌと一緒に新年を迎えられることを嬉しく思う。

 二人はどう思っているのか分からないけど……きっと同じことを思ってくれていると信じたい。

 おそらく来年は妖怪と深く関わることになるだろう……それでも、俺はこの二人がいればいい年に変わりは無いと信じている。

 

「千雪……寒いからトイレ行きたい」


「はよ行ってこい」


「ん……」


 まだ眠そうなツキネはおぼつかない足取りでトイレへ向かった。

 頼むから廊下で漏らさないでくれよ。


「千雪様、完全に親ですね」


「もしくは飼い主かな」


 我ながらなかなか酷い会話だな。


「それだけ千雪様を信頼してるんですね、ツキネ」


「俺もツキネやキヌのことは信頼してるけどな」


「うちだってそうですよ」


 今年ももうすぐ終わるが、こんな素敵な家族が出来たことが一番良かった出来事だと思う。


「来年もよろしくな、キヌ」


「こちらこそよろしくお願いします、千雪様」

今後ともよろしくお願いします。

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