冷やし銃火、はじめました
『冷やし中華』と『冷やし銃火』って音だけなら何だか似てるよね!?
という思いつきを基に、暑さで溶けきった脳みそで書いてみました。
とてもとてもバイオレンスなお話です。
『冷やし銃火、はじめました』
ミンミンゼミがロックな雄叫びを全方位放射し続ける真夏の昼下がり。
クーラーのきいた大学の図書館にでも涼みに行こうと歩いていると、そんな意味不明な張り紙を掲げた店を見つけた。
誤字、なのだろうか。
ゼミやバイト仲間との話のネタにでもなるかと思い、のれんをくぐってみる。
「らっしゃい」
頬に傷跡らしきものが見える、某演歌歌手ばりに鼻の穴が大きい無愛想なオヤジが厨房から声をかけてきた。
飲食店としての最低限度くらいには掃除されている店内。
よくあるローカルな個人経営のラーメン屋といった様子。
他に客はいないようだ。
店の奥からエプロンをつけた若い娘さんが出てきて注文をとりにくる。
「ご注文はお決まりでしょうか」
さて、表のアレを、注文していいものかどうか。
もしただの書き間違えだったらちょっと恥ずかしい。
無難に冷やし中華を頼みそうになってしまうが、この店に入った本来の目的を思い出し、意を決して言ってみることにした。
「あの、表に書いてあった『冷やし銃火』を一つ」
「無料で大盛りにできますが、どうなさいますか?」
大盛り!?
ますます意味がわからない。
まさかどこかの地方では『冷やし中華』のことを『冷やし銃火』となまったりするのだろうか。
「お、大盛りで!」
もうヤケである。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい。あ、酢豚もつけて下さい」
ヤケになったついでに追加してみる。ちなみに俺はパイナップル否定派。
「ありがとうございます。注文入りました~! 冷やし銃火大盛りと酢豚で~す!」
店員が厨房に向かって注文内容を伝える。
その瞬間。
タタタッ。
乾いた破裂音が断続的に聞こえたと同時に後ろから何かが頬をかすめていった。
タタタッ! タタタッ! タタタタタッ!!
左右。頭の上。右斜め前方。
脇や肩、頭のてっぺんや鼻先、耳たぶの下の辺りにも弾らしきものがかする感触。
何だ!? 何が起こっている!?
いつの間にかさっきの店員さんは姿を消していた。
よくわからんが、これはヤバい!
そう直感した俺は何とか避難しようと慌てて店の外に向かおうとした。
そのとき、出入り口のドアが勢いよくガラっと開いたかと思うと深緑色をした小さな物体がぽいっと外から投げ込まれた。
これ、もしかして、
手榴弾!?
世界を白く染める閃光と爆音。
いや、瞬時に視覚聴覚が麻痺してしまったのでそれが閃光と爆音だったのかもわからない。
受け身もとれずに床に投げ出される。
「ゲホっ! ゲホっ!」
嫌だ、こんな所で死にたくない! 死ぬときは腹上死って生まれたときから決めているんだ!
煙で涙がにじむ。方向感覚も滅茶苦茶だ。それでも何とか脱出口を探そうと体を起こす。
ゴリっ。
背中に冷たく硬い感触。俺はゆっくりと震える両手をあげた。
次第に煙が薄れてきて感覚も戻ってくる。
前と左右に銃を構え迷彩服を着た人間の姿が見えた。
その中の一人は頬に傷跡らしきものがあり、某演歌歌手ばりに鼻の穴が大きなあのオヤジ。
畜生、畜生! 俺が一体何をやったっていうんだ!?
父さん、母さん、親不孝なまま先立っちまって、ゴメン……っ!
オヤジはじろっと俺の目をのぞきこむと、捕虜の始末を命じる指揮官のように、告げる。
「『冷やし銃火』大盛り。以上になります。
お客さん、涼しくなれましたか? いや~冷やし中華なんてどこの店でも出しているんで、他との違いを出すために始めてみたんですよ。どうでしたかね?」
「……」
俺はおもむろに迷彩服の一人が構えていた銃を奪い取った。
「あ、お代は950円になります」
「酢豚がまだだよこの野郎」
ためらうことなく引き金を引く。
乾いた破裂音と共に、放たれた銀玉は真っ直ぐにオヤジの鼻の穴へと飛び込んでいった。
お寒い話で恐縮です。
少しでも涼しく(寒く)なっていただけたでしょうか?