雑文青春「ジャンプっ!~その時、僕らは空を飛んでいる~」
時は6月中旬。あんなにじめじめと降り続いた長梅雨も、3日前からはうって変わって晴天が続き、今日も絶好のスポーツ日和となった。
そんな中、東北では高校インターハイの出場を賭けた陸上大会が開催されていた。
まぁ、陸上競技と言えば世間では100m走とマラソンが人気だが、陸上競技の種目はそれだけではない。
確かにちょっと知名度は低いが『跳躍系』と『投てき系』の競技もあるのだ。
そして今、そんな跳躍系の種目のひとつである『三段跳び』競技が競技場のフィールド内で行なわれていた。
『三段跳び』競技。陸上競技での表記としては、送り仮名を付けない『三段跳』表記が正しいとされているが、まぁ、そこら辺はあまり拘るところではないだろう。
因みに三段跳び以外の『跳躍系』種目としては、『走幅跳』『走高跳』『棒高跳』がある。
また、『投てき系』には『砲丸投』『円盤投』『やり投』『ハンマー投』がある。
そう、陸上競技って結構自らが跳んだり、モノを飛ばしたりする競技があるのだ。
因みに『ハードル走』も何気にバタバタハードルをなぎ倒しながら跳ぶが、競技区分的には距離走に分類されるらしい。
そして今回の東北地区大会に『三段跳び』競技で参加してきた選手は33名。
これらは各県の県大会を勝ち抜いてきた選手たちなので、実力は拮抗している。
まぁ、それでも陸上競技は記録が数値で残るので、過去の成績から有力と思われている選手はいるにはいる。
だが、それでも選手とて人間なので常にベストなコンディションで大会を迎えられるとは限らない。なので思わぬ伏兵が優勝する事もあるのだ。
そう、陸上競技大会とは記録を争うものではなく、その時の順位を競うものなのだ。なので記録的には振るわなかったとしても、その時トップの成績を出した選手は賞賛されてしかるべきなのである。
そして今、三段跳び種目に出場する選手のひとりがスタートラインの斜め後方にて前走者が走り出すのを待っていた。
彼は予選の第1走目を緊張からか、ジャンプポイントである白線を踏み越えてしまいファールとなっていた。
更に2走目は慎重になり過ぎて助走の歩幅を見誤り、白線より33cmも手前にて踏み切ってしまいお話にならない記録となった。
そして今回が3走目。予選では3回跳んだ内で一番成績の良かった記録にて順位が決まる。
更に今回の大会では、出場選手の顔ぶれによる事前予想として跳躍距離が14mを越えないと決勝に進むのは難しいと言われていた。
だが、彼のこれまでの公式大会での自己ベストは13m90。つまり彼は次の跳躍で自己ベストを10cmも更新しないと決勝には残れないのである。
そんな彼だが内心では結構自信があるらしい。それは直近の練習で、ちょっと追い風ぎみではあったが14m10を跳んだ事があったからだ。
とは言えインターハイ全国大会への出場権を手に入れるには多分14m10以上の記録を出さないと敗退するはずだ。
つまり彼の今回の目標としては自身の公式ベスト記録よりも20cm以上距離を伸ばさなければならないのである。
たった20cm。それは靴底1足分にもならない距離ではあるが、限界を競い合う競技においてそれは、地球と月ほどの距離に感じられる程絶望的な数値である。
それくらい彼らは高き領域でぎりぎりの戦いをしているのだ。
そして彼は自分のスタートを待つ間、彼を陸上に誘った中学時代の先生が語ってくれた話を思い出していた。
それは陸上競技における三段跳びの原型となったと言われている昔の逸話であった。
時は今を遡る事、数世紀。ところは古代アイルランド。
そこでは幼い子供たちが草原でかけっこをして遊んでいた。
たたたたたっ!ぺちん。
「よっしゃーっ!また俺が一番だぁっ!」
子供たちの中でも一番の年長者と思われる男の子が、ゴール地点としていた樹に真っ先にタッチし勝利の勝ち鬨を上げた。
だが負けた子たちはちょっと不満げである。まぁ、確かに小さい内の1歳差は体力的にもかなりハンデとなるので年長者が勝つのは当たり前と言えば当たり前なのだから。
だが、大人ならば理解できるそんな事も幼い子たちにとっては理不尽な事と感じてしまうらしい。なので中のひとりは「ジャンプならば負けないっ!」と強がりを言った。
この言葉を受け、子供たちは次に走り幅跳びで優劣を競い合った。
だが、やはり走り幅跳びでも体格の差は如何ともしがたい。
なので負けた子たちは様々な理由を挙げて自己弁護に走った。
「今日はたまたま調子が悪かったんだ。普通ならばもっと跳べたのにっ!」
「ふんっ、走り幅跳びなんて所詮は安全な場所での比較だ。本来ならば命を賭けて断崖絶壁や激流の川を跳ぶのが本当なんだ。そして俺は水の上を駆け抜けられるんだぜっ!」
いや、いくら負けて悔しかったからといって、それは張ったりを噛まし過ぎだろう。なのでそう言った男の子はみんなからは笑われる。
更には「ならばやって見せろよっ!」とまで言われる始末だ。
まぁ、こうなってはその男の子も後には引けない。なのでかなり破れかぶれとなって水溜り目掛けて走り出したが、これが大失敗。
水溜りに足を取られてすってんころりとなりみんなに笑われてしまった。
だが、そんな笑いが取りあえず収まると、子供たちの一人が、水溜りの中で盛り上がっり小島のようになっている土の部分と、その先にある平べったい石を指差して「あの土の部分と石のところを上手く繋げば向こう側まで濡れずに跳べるんじゃないかな?」と言い出した。
その言葉にみんなは一斉に水溜りを見た。すると確かに土の部分と石の部分が絶妙な間隔で繋がっており出来なくはないようにも見えた。
なので先ほど転んでしまった男の子が名誉挽回とばかりに挑戦した。
「本当だっ!いっちょ試してみるかっ!」
たたたたたっ、とうっ!
水溜りの縁を、ぎりぎりでジャンブした男の子は今度は見事に土の部分に片足で着地し、更にその勢いのまま次の石へと跳んだ。
だがその石の部分での次のジャンプは勢いが僅かに足りず、向こう側までは届かず、男の子またしても思いっきり水を跳ね上げた。
おかげでまた男の子はずぶ濡れとなる。だが、何故かそれを見ていた子たちも男の子の後に続いて我も我もと水溜りの向こう側に向けて順番に跳び始めた。
「ははは、駄目だめ。3回目の踏み切りが全然勢いがついていないよ。石の上に乗ろうとして2回目のジャンブでチカラを抜くのが敗因だね。でも俺ならば出来るぜっ!」
何故か冷静に他の子たちの跳躍を分析をした年長者が、見ていろとばかりに走り出す。だが結果は惨敗。勢いを殺しきれずに石を飛び越えてしまったのだ。
おかげで彼もずぶ濡れとなる。だがまぁ、子供たちにとって濡れる事など日常茶飯事なのだろう。なので、子供たちは色々とやり方を変えながら次々にこの新しい遊びに挑戦していった。
しかし結果は全滅である。いや、最後にひとりだけがまだ挑戦していなかったのだが、その子はかけっこでは一番ビリだった子である。まぁ、ビリとは言ってもその差は僅かでしかなかったのだが・・。
なのでその子が走り出しても、みんなは結果は判りきっているとばかりに冷めた目で見ていた。
しかし、その子は全力で水溜りの縁を踏み切ると、なんとか土の部分の手前ぎりぎりに右足で着地し、その勢いのまま絶妙なバランスを維持しつつ次の石へと跳んだ。
これにはみんなちょっと驚いたようだが、ある意味速度がなかったが故のまぐれであり、水溜りの向こう側までは勢いが続かないだろうと予想した。
しかし男の子はなんと石の真ん中へジャストに右足を乗せる事に成功し、そのまま向こう側に向けて最後の跳躍に入った。
だが、最初の勢いからはかなり減速している。それでも男の子はあらん限りのチカラを右足に込めて空へと跳んだ。
その瞬間を見ていた子供たちは男の子の動きがまるでスローモーションのように見えたらしい。それどころか男の子の足首には『イカロスの翼』が見えたと言い出す子まで出たくらいだ。
そしてとうとう男の子は水溜りの向こう側へ両足で見事に着地した。その事にみんなは驚く。だが次の瞬間、男の子に向けた賛美の声が沸きあがった。
「すごいぞ、ジョナサンっ!」
「やったなっ!まるで羽根が生えているみたいだったぜっ!」
みんなからの賞賛に照れる男の子。でも満更でもない様子だ。何故ならば男の子は跳躍に関してはかなり自信があったからだ。
その自信の源になっていたのが家業である炭焼きの手伝いだ。そう、男の子は山で炭焼きをしている父親の元に毎日お昼ご飯と水筒を届けていたのである。
まぁ、これだけならば他の家の子たちも状況は似たり寄ったりなのだが、男の子はその道中で結構な幅のある沢を超える必要があったのである。
いや、沢には山の奥の方に吊り橋が架かっていたのだが、そこを通ろうとすると倍の時間がかかってしまう為、男の子はそれを嫌い自身で最短ルートを開拓したのである。
そしてその沢を渡る方法がごろごろと転がっている岩伝いのジャンプだったのだ。つまり男の子は毎日跳躍の練習をしていたようなものなのである。
そんな日々の鍛錬が今日、実を結んだ。それは傍から見たら小さな事だったかも知れないが、男の子にとってはとても誇らしい事だったのだろう。
だが、子供たちの成長は早い。男の子が跳べた事により出来ない訳ではないと知った子供たちは、ずぶ濡れになりながらも何度も水溜りの三段跳びに挑戦し、日が暮れる頃にはみんなが要領を覚えて跳べる様になっていた。
そしてみんなは満足げに家路についたのである。多分彼らの家では今晩、子供たちが今日達成した成果を誇らしげに親に語るはずである。
そんな子供たちを天に昇った月は優しく照らすであろう。その光には次のようなメッセージが込められているはずだ。
グットナイト、ベイビーズ。明日の冒険の為に今はぐっすりお眠り。
そしてまた新しい挑戦に挑むがいい。
そう、何度でも、何度でも。挑戦こそが未来を切り開く手段なのだから。
ぴーっ!
「それでは次の選手はスタートラインに進んで下さい。」
自分の順番を待っている間、過去におきたかも知れない出来事を、白昼夢としてみていた気がした選手は、自分の名前を呼ばれて我に返った。
そして気を入れ直してスタートラインへと進んだ。その視線の先には跳躍ラインである白線が見える。
そう、ここでは彼も三段跳びの挑戦者なのだ。そして当然彼はその目標を掴み取る為の努力も重ねてきた。
練習は裏切らない。
それは別に彼だけに当てはまるものではないが、自分を信じる事も結果を左右する大切なファクターである。
そんな彼にスターターの号令が届く。
「オン・ユア・マークス(位置について)」
「セット(用意)」
どんっ!
スタートピストルの号砲と共に彼は走り出した。目指すはあの白線の向こうの世界。そう、彼の前には飛び越えなければならない目標があるのだ。
その目標に向かって彼はぐんぐんと加速しスピードを乗せて行く。
目指す目標は14m10っ!
跳べるっ!
彼はそう信じて真っ白な踏み切りライン上にて利き足に体重を乗せると大空に向かって羽ばたいた。
もしもその光景をピュアな心で見る事が出来た者は、きっと彼の足にイカロスの翼を見たであろう。
-Fin-
陸上競技における正しい表記は『三段跳』らしいのだけど、ここでは読みやすさを優先して『三段跳び』としました。
更に、三段跳びでは助走を始めるタイミングは選手自身が決めるので、本来ならばスタート時に号砲はありません。
でも、私はこの手順とフレーズが気に入っているので無理やりいれました。




