スフェライオスΔ群・実況構造体 <メル・リット・ライ>
神坂は前を見据える。
音も光もないその先に、肉眼では観測できないスフェライオスの“母星”が存在している。
成熟し、星の輝く時代を過ぎたスフェライオス拠点空間は、天文学的イベントが乏しく、
弱い光を放つ小さい恒星、白色矮星が主な光となってまばらに見えるだけだった。
「行こう。ここからが本番だ」
やがて、母星が姿を現す。
銀青色の星雲を背に、
彼らの母なる惑星が輪郭を描く。
かつて創生者が蒔いた情報の樹が育ち、
自己進化する無機文明を宿した球体――
彼らの中枢、スフェライオス母星。
だが、表層はすでに黒く爛れていた。
穏健派が管理していた広域区画は失われ、
過激派の支配下に落ちたのだろう。
マグマのような演算光が脈打ち、
惑星表層から電磁嵐が吹き上がっている。
「距離、0.2天文単位。外殻進入可能です」
神坂は空間演算を指示する。
惑星を包む干渉超構造――
異なる宇宙の法則を持つ“膜”に、
法術師たちの空間法則が浸透していく。
異宇宙を、上書きする。
「空間係数確定。共有完了」
「降下ルートを構築。慣性干渉は最小限に」
救出作戦、開始。
――その直後だった。
読心反応、三。
人型。
大気圏を突破し、上昇してくる。
既に第1宇宙速度を超過。
迎撃個体。
まあ、当然いるか。
通信チャンネルが侵食される。
ノイズだったはずの信号が、突如として意味を持つ。
幻聴めいた少女の声が、無線に響いた。
「……こんメル~っ☆ 好奇心担当、メルで~す♡」
「状況冷却、情報蒸留。機能担当、リット」
「らいらいらいっ! 殺意満タン突撃型、ライだよぉ☆」
――出た。実況者モドキ。
三つの声が不協和音を奏でながら、
“和声”として空間に干渉する。
「スフェライオスΔ群・実況構造体、ただいまご参上っ☆
ターゲット様、心の準備はいいかなぁ?」
断熱圧縮で赤熱した人型が、
空気を割って突入してくる。
そして――
ライが、こちらを見た。
「敵性体、8確認。
……あ、既知個体じゃん。」
まるで旧知のように、笑いかけてくるが、
次の問いかけは抑えきれない攻撃性をにじませて、
「──フォーは手強かった?」
初めに俺が下した個体。
仇討ちか?
「ああ!別にあいつはどうでもいいかなっ。
やっと戦えるのが楽しみでさ」
ああなるほど。ただの戦闘狂か。
「……ま、いいでしょ。じゃ、全力でいこっ☆
EML、発射~っ!」
周囲に殺気が満ちる。電場展開。
三条の光が闇を切り裂く。
――プラズマ弾頭・電磁加速弾。
よりによってプラズマ弾か。
咄嗟に防御するのが難しい。
神坂は回避を選ぶ、が。
「甘いよ~っ♡」
直前まで検知できなかった空間撚れ。
反物質による対消滅反応。反物質弾頭か!
「プレゼントだよっ☆」
即座に装甲と結界を展開。
空間が爆ぜ、電磁の咆哮が走る。
……空間歪曲と反物質。
ミサイルをマーカーとして転移させてきたか。
他の弾頭が飛んでくる可能性がある……か。
「まだまだ~っ☆」
こちらの思考の余裕を奪うかのような追撃。
人型が宙域で跳ねる。
重力を無視した、異様な動き。
戦闘中としては無駄なほど華美な所作。
アイドルのライブを想起させてくる。
次の瞬間、
大質量の熱源が目の前に出現した。
――またか。
「中性子星弾頭、どっかーん☆」
重力異常。
直径1メートル。
密度、10の17乗キログラム毎立方メートル。
派手な炸裂なんてしない。
ただ、存在するだけで空間を崩壊させる。
法術師たちの術式が乱れ、
母星上空の空間が悲鳴を上げる。
純粋な大質量。広範囲への影響はただの結果。
対処法がない。
――否。
神坂は、回転に気づいた。
特殊なれど天体として存在する、眼前の質量の、自転。
高速回転体の臨界点。
圧縮と遠心力が拮抗する、わずかな均衡。
「……回転速度を上げる」
空間ベクトル操作。
宙域全体を回転場へ変換する。
強烈な磁場と重力をかき分けて、魔力を通し、我が手のように回転を加速する。
加速。
加速。
加速。
中性子星核が均衡を失い――
崩壊した。
超高密度の質量は霧散し、
宙域に静寂が戻る。
「……消えた?」
どこかからそんなつぶやきが漏れる。
「これが、お前たちの粛清への答えだ」
自身の母星上空で自爆まがいの中性子星弾を放ってきた相手に対し、
神坂がとった行動の結果だ。
※備忘録
メル・リット・ライのネーミング
飛行軌道から
インメルマンターン
スプリットS
スライスターン




