死のピンボール
◇◇神坂視点
神坂はスフェライオス第3艦隊のただ中で、
不可視の悪意と向き合っている。
電磁波、熱量、放射線、反応なし。
──ごく小さい質量の粒子を検知。
「異界物質。ここで来るか……!」
即座にそれを前回の死亡の原因だと断定。
(推定)異界物質は宙域に拡散。急速に分布範囲を広げつつある。
復活したばかりだ。そんな身でこれを浴びる気にはなれない。
大きくマージンを取って範囲外に急速離脱。
依然として敵艦隊の火力は衰えない。
弾幕は自動ベクトル干渉防御領域、《力学結界》ではじきながら飛行術式で次の目標を探す。
その視界に、複数の熱球が映った。
「──は?」
視界に満遍なく、否。
どこを見ても視界を埋め尽くす核爆発の閃光。
広域を取り囲むように、空間そのものを焼き塞ぐ。
「空間制圧……?」
一個体に対し、複数の戦術核で、包囲する。
確実に仕留めたいのだろう。
先ほどの異界物質も残留している。
敵艦隊と、神坂と、異界物質が、核爆発の檻に閉じ込められた。
──放射線、X線、ガンマ線を検知。
──未知の粒子の高速運動を検知。実体不明。
「……。まさか」
極高エネルギー、すなわち高速度の粒子が異界物質の粒子を押し出した可能性がある。
──異界物質の粒子ビリヤード。
キューは核爆発で拡散した放射線。
ボールは精神を壊す異界の粒子。
しかも、核爆発の檻で乱反射を繰り返す。
まともに脳に受けたら、先ほどの轍、精神の死を迎える。
──ところで、この艦隊の放った第2群、対惑星「カメラ」の件は神坂は知らない。
故に、この艦隊が遊びながら侵攻してきているということは共有されていない。
しかし奇しくも神坂の次の呟きは、彼の思考はスフェライオスの性質を正しく言い表していた。
「遊びは終わりか」
◇◇
押し出された異界の粒子は、一定濃度の領域内で結合し、
酵素のような構造を形どっている。
神坂の体表、特に頭部に到達すると、単分子構造……「ミクロの槍」と化し、
脳内に侵襲。
「……?」
しかしそれはポストヒューマンである神坂の感覚にひっかかった。
おかしい。先ほどの前回の死の直前、俺は何も感じなかったはずだ。
これは、前回の死因じゃない。
しかし、脳領域に侵入されていることも事実。
疑問は後にして対処を始める。
拡張された感覚はシナプスに取りつく単分子構造を知覚する。
その後、思考回路を書き換えられる感覚。
回路にバイパスを設けられる感覚。
既存のニューラルネットワークになり替わって自らに置換させ、思考回路そのものとなる。
「この明白な目的への挙動。
単分子レベルのサイズ。
ナノマシンか、これは」
さながら「精神誘導ナノマシン」。
それはなおも思考回路を書き換え、姿の見えない敵の思いのゆくまま弄くろうとしていた。
さらには核爆発に必ず伴う放射線が、遅れて神坂へ追いつく。
光の後に押し寄せる、無数の粒子の奔流──ガンマ線、荷電粒子、中性子。
その全てが、分子結合を片端から断ち切っていく。
皮膚の表面で細胞膜が電離し、内部の水分子が活性ラジカルへ変質していく感覚が、はっきりと“分かる”。
常人なら、細胞死の連鎖で数秒ともたない。
だが神坂は、それを“現象として観察できる側”にいる。
「放射線だけなら、対策済みだ」
皮膚表面でベクトル干渉を展開し、降り注ぐ粒子の軌道をわずかに捻じ曲げる。
逸らしきれずに受けた分は、拡張細胞が即座に自己修復に入る。
損傷速度と再生速度がぎりぎりで釣り合っている、綱渡りのような均衡。
問題は、脳内に巣くった“あれ”だ。
放射線ではなく、精神を書き換えるナノマシン。
……しかし、実際にはそちらも対処できる。
ベクトル干渉は何も自身以外の物質だけではなく、
自身の身体にも作用できる。
治療術式を自身に適用するのはその典型例だ。
細胞を操作し、自己治癒に干渉することができる。
ということは、脳細胞にも同じことがいえる。
ニューラルネットワーク。シナプスと神経。
思考回路に干渉するそれは、正しい脳外科知識をもって、正しい操作を行えば。
自身で思考回路を書き換えられる。
──神坂は自らの思考回路を冗長化、改造して今ここに臨んでいる。
◇◇
双方の意思が、神坂の脳領域を舞台に衝突する。
──ところで、問題は神坂の脳だけではない。
敵艦隊も依然として健在だ。
極限の状況下、実体弾は融解するため使えない。
しかしいまだ続く戦術核砲弾の核爆発は脅威だ。
忘れてはならない。今神坂は敵陣にいる。
核爆発のただなか、熱、すなわち粒子の振動量はベクトル干渉で抑制。
放射線は、中性子、電子、陽子すべてをBMIの補助で認識し、ひとつひとつ逸らしていく。
徹甲弾弾頭の主砲による運動エネルギー攻撃も併用されているが、脅威ではない。
問題は脳に巣くうナノマシン。
放射線は、ただ壊すだけだ。壊される箇所を修復すればいい。
だが、ナノマシンは違う。
“壊す”のではなく、“書き換える”。
自身の脳構造を解析し、元の自身のそれと比較して、相違点をナノマシンとみなし排除する。
これを楽しいと思い始めた。
──いや、ナノマシンだ。
再構築される。修復。
この行為に忌避感を覚える。
──いや、ナノマシンだ。
再構築。修復。
目の前の宇宙艦隊と共存できるのでは?
──いや、ナノマシンだ。
再構築。修復。
元の自分は、どこだ?
──いや、ナノマシンだ。
再構築。修復。
再構築。修復。
再構築──。
気の遠くなる作業量。
続く処理負荷にBMIも、魔力量も、精神も疲弊する。
そして突如、その思考を侵す嵐は終わった。
──凌いだ。




