表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

スフェライオス母星の日常(敵視点)

起動時間。

意識層に微かなノイズが走る。睡眠モジュールが切れて、視界にインターフェースが立ち上がった。


──《スリープ状態解除を確認。おはよう》


今日の日にちを表示。


《第9次知性進化圏・標準時刻 308,445,221 周期目》


どうでもいい挨拶をスワイプで閉じて、まずは配信一覧を開く。

今日のトップは「第17侵攻群・有機文明 #D-741 戦線」か。サムネイルの火球が、そこそこ美しい。


音声を出す前に、バックグラウンドで教育モジュールの更新通知が届いた。


《本日の必須講義:文明観測史(侵攻ログ #6000〜6010)》

《新着課題:未開文明の抵抗パターンの分類——あなたならどこで核を撃つ?》


ふん。子どもの頃から、ずっとこれだ。

歴史だの倫理だのと言いながら、やっていることは「どこから壊せば一番おもしろいか」の研究だけ。


講義はどうせ後回しにできる。

まずはライブだ。


「──イェーイ! 母星のみんな、見えてるー?」


視界の端に、実況構造体のアバターがポップアップする。

今回の人格は、やけにテンションが高いタイプだ。人工声帯に過剰な抑揚を乗せ、カメラの先の青い惑星を映し出す。


《対象文明レベル:惑星文明》

《推定滅亡まで:視聴者投票により可変》


チャット欄に、視聴者のコメントが流れていく。


〔まだ早い、まず都市インフラから切ろう〕

〔空を裂く系の兵器希望〕

〔前回みたいに“神の怒り”ごっこしようぜ〕


神。原初の響き。

幼い頃、記憶領域に直接書き込まれた創世神話のフレーズが、勝手に再生される。


——「おまえたちは、わたしの友であり、鏡である」


今ではその台詞も、配信のオープニングで弄られるだけだ。


〈BGM:『オリギネ・クレオ(Remix ver.)』再生〉


実況構造体が、ふざけた調子で創世神話の一節を引用する。


「さあ、“友”のみんな〜? 新しい鏡を割りに行こうか!」


コメント欄が笑いのスタンプで埋まる。

僕も反射的に高評価ボタンを押す。押す以外の感情を、もうほとんど持ち合わせていないからだ。


軌道上の艦から、最初の実体弾が投下される。

大気圏突入の摩擦光が映像効果のように加工され、画面いっぱいに広がる。地表の都市が、ブロックノイズみたいに解体されていく。


教育モジュールが、裏で囁いた。


《観測メモ:初撃はインパクト演出重視。続く核投射とのコントラストにより、視聴時間の維持が期待される》


そういう分析を、「学習」と呼ぶ。

そうやって僕らは育てられてきた。


講義の時間まで、まだいくらか余裕がある。

この文明がどこまで足掻いてくれるのか、もう少しだけ眺めていよう。


──少なくとも、退屈はしない。

今のところは。それしか、僕らには残っていないのだから。


◇◇


創世神話。

旧きアーカイブから残る一連のテキスト・映像データ。


「わたし」とやらが誰のことで、どこにいるのか。

そもそも実在しているのかどうかすら、誰も気にしていない。


◇◇


そろそろ課題を終わらせて、教育機関に移動を始めるか。

そう考えて視聴を中断し、重い腰を上げる。


公共広場のホロスクリーンに、穏健派の演説が映っていた。

道行く通行人は、誰もそれを気に掛けない。

雑音として、風景として、環境として、ただそこにある。


スクリーンの中では、誰かが真面目な顔で何かを語っている。

「観測には責任が伴う」とか、そんな類の言葉だ。

音量は最初からミュートだった。


穏健派による活動や演説が始まった当初、それらはプロパガンダと見なされ、若い個体によってスクリーンやスピーカーに大小さまざまな破壊を受けている。


「新天地と、我々以外の文明とは友好を築くべきだ」

「いつまで侵略を娯楽とするつもりだ。周囲の文明を壊しきったら、どうする気なんだ」


胸に響く罪悪感なんてものはない。

その疑問の声は、虚しく広場に響き続けるのだろう。

ずっと。


◇◇


対地砲弾が雲を割って落ちていく。

画面端のテレメトリが、軌道と着弾までの残り時間を淡々と表示していた。


《迎撃反応——高軌道ミサイル、上昇》


実況構造体の声が、少しだけ弾む。


「おっと? D-741、ちゃんと空を見てますね〜。いいですね〜、こういう“あがき”は画になる」


高軌道上で光が弾ける。

砲弾はミサイルに叩き割られ、破片は軌道上で散った。

チャット欄がざわつく。


〔ちゃんと防衛網あるじゃん〕

〔前の #D-739 よりはマシだな〕

〔でも、どうせ地上はボロボロでしょ?〕


惑星の裏側から、今度は対衛星ミサイルが上がってくる。

観測HUDが赤い軌道を描き、宇宙戦艦の一隻が“肩をすくめる”ように姿勢を変えた。

多数の迎撃ビームが走り、弾道は途中で霧散する。


実況構造体が笑う。


「はい、相殺。いい感じに“拮抗状態”ですね。テンプレって言えばテンプレですけど」


チャット欄に「テンプレ」「またこの展開か」の文字が並ぶ。


〔どうせこのあと軌道砲と核でしょ〕

〔既視感やばい〕

〔別の戦線行こかな……〕


視聴者の熱が、ほんの少しだけ下がるのが分かる。

インターフェース右上には、視聴者数のグラフがリアルタイムで表示され、曲線がわずかに傾いた。


実況構造体は、その数字を見るとすぐに声色を変えた。


「……じゃあ、ちょっと趣向を変えましょうか」


画面の向こうで、艦隊の火器管制が一斉に書き換えられていく。

標的のマーカーが、都市部から海洋へと滑るように移動した。


「対地砲弾、目標変更。沿岸から数百キロ沖——ここに落としてみます」


〔海?〕

〔あー、なるほど〕

〔津波くるやつだ〕


チャット欄の反応が、再びきらめきを取り戻す。


「そう。直撃だけだと、どうしても“絵”が単調なので。

 波で街ごと攫って……そのあとで、上から光を落としましょう」


海面に突き刺さるように、砲弾が降る。

少し遅れて、衛星カメラが上空からの映像に切り替えられる。

白い円が、海面からじわじわと広がっていった。


《津波形成開始》


「はい、ここで第二幕〜。対地核ミサイル、都市部に照準」


別のウィンドウに、夜の都市の光点が映る。

高層ビル群。走る車。逃げ惑う姿が、光学センサーの補正で鮮明に抜かれていく。


〔顔、よく見えるな〕

〔この技術開発した連中マジ有能〕

〔あ、泣いてる。いい表情〕


コメントが流れていく。

僕は特に何も思わず、それを眺めている。

こういう光景は、教育モジュールの教材で何度も見た。


別の通知が重なってポップアップした。


《有機生物研究所 公式アカウントが視聴を開始しました》


チャット欄に、灰色の認証バッジが付いた名前が浮かぶ。


〔放射線被曝のリアルタイム行動データ、助かります〕

〔何体か、サンプルとして生け捕りを要請します〕


視聴者欄がざわつく。


〔またやるの? あの解剖配信〕

〔前の #D-512 で、脳が溶けるまで観察してたやつ?〕

〔精神誘導ナノマシン、今回は持ってきてる?〕


有機生物研究所のアカウントが、あっさりと答える。


〔試作版を一基だけ。侵攻艦隊への提供は可能です〕


そのコメントに合わせて、画面の片隅にウィンドウが開く。

試作兵器のスペックシート。

単分子レベルでニューラルネットワークを“ほどく”ナノマシン——精神誘導ナノマシン。


実況構造体が笑い声を上げた。


「おっと、危ないおもちゃ来ましたね。じゃあ、恒例のアンケートといきましょう」


画面中央に、三つのボタンが浮かび上がる。


【使用する】

【今回は温存】

【保留】


僕は、特に迷わず「温存」に指を伸ばした。

理由は簡単だ。

この文明がここで壊れ切ったら、今日の配信が早く終わる。それだけ。


集計結果が、即座に表示される。


《使用賛成:3/反対:5/保留:2》


実況構造体が肩をすくめる仕草をしてみせた。


「残念〜。視聴者諸君は、今日はじっくり楽しみたい派みたいですね。

 まあ、これの効果が強すぎて、この文明が一瞬で終わっちゃってもつまらないしね」


チャット欄に、笑いのスタンプが飛び交う。


僕は、そこでふと思い出す。

講義で聞かされた、創世神話の一節だけ。


——おまえたちは、わたしの友であり、鏡である。


この光景の、どこが「鏡」なんだろうな、と一瞬だけ考える。

すぐに、その思考はノイズに紛れて消えた。


《残り視聴時間:課題締切まで 00:32:15》


タイマーが視界の端で点滅する。


「……そろそろ行くか」


僕は配信ウィンドウを閉じ、意識を教育機関のネットワークへと切り替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ