冷食晩餐 中編
「はいはーい、順番に配りますよー」
劉備を筆頭に、配られた奇妙な材質の皿――これは、じゃがいもを食した時と同じものだ――を手にし、一也から包子の配膳を受ける。
「タレはこれですねー。
こうやって、黒い液にお酢と赤い液をお好みで混ぜて、それに付けて食べてみてください。
それか、黒い液にこの練った黄色いのを少しだけ混ぜて食べるのがいいかも」
その後は、らー子の指導を受けながら、簡易な机――なんと折り畳める仕組みだ!――で別の皿にタレを調合した。
「ふうむ……この黒い液や赤い液は、食べても大丈夫なものなのだな?」
「そうでーす!
おすすめは、黒を六、お酢四に赤い液を二滴!
こうやって……こう!」
「ほう!
この容器は、中の液を少しだけ垂らせるようになっているのか!」
「そうです、食べるのにはこれを使ってください」
「ふうむ……この棒きれを」
赤い液が入っている小さな容器の仕掛けに驚きながら、調合を終える。
右手に包子の乗った皿、左手にタレの入った皿と棒きれという状態なので、地面に座り込んで食べることにした。
人生これ野戦という生き方をしてきた劉備であるから、これはしっくりとくる形式だ。
「では……」
「あ、劉備おじさま!
その棒は、間からこうやって折ると箸になりますよー」
「ほう……」
てっきり、これを串のようにして食べるのだと思っていた棒を、言われるままに断ち割った。
パキリという音と共に分かたれ、完成したのがやや角ばった箸。
これは、驚きの細工。
殷の時代……暴君紂王は象牙で作られた箸を使ったという。
箕子の憂いという、贅沢に浸かり始めることを戒める逸話に登場する話だが、さておき、かの暴君もこのような箸はお目にかかったことがあるまい。
「では、味わうといたそうか」
ある意味、象牙など及びもつかぬほど贅沢な箸で挑むは、皿に盛られた包子。
餃子という、羽をかたどったかのような包子と、焼売なる花のような細工がされた包子だ。
まず、試すは――餃子!
(む……これは、皮が薄い!
で、ありながらしっかりとした強度で、中の具を包み込んでいるようだ)
すぐに気づくのは、小麦で作られた皮の実力。
これは、皮として整形するまでの技前もさることながら、そもそも材料として使っている小麦の質が良いのだ。
もし、この蜀で栽培されている麦の粉を使ったならば……薄すぎて破れてしまったことだろう。
驚きの粘り強さと、そう評するしかない。
「一見すれば頼りなく、しかして、その力は当代一。
この皮がごとくありたいものよな」
かような感想をつぶやきつつ、つまみ上げた餃子をタレに付ける。
果たして、これはどの程度付けるのが正解なのだろうか?
とりあえず、先端から半分ほどをちょんちょんと付けて、食べてみることにした。
「――ほっ!
……ほほっ!」
一口噛んで口中に溢れ出すのは、元々凍っていたとは信じられぬほど熱々の――肉汁。
具材に使われているのは、豚と……それから鶏の挽いた肉と、刻んだ野菜類か。
とにかく、信じられぬほど美味なる肉汁が、熟れた果実の果汁がごとくほとばしったのだ。
なんという力強い肉の旨味か!
「ほっ……!
ほっ……!」
熱さをやわらげるべく、空気を取り込みながらなお味わう。
肉汁の味に続いて感じられるのは、タレの塩味。
黒い液は塩気を主体としながらも、奥深くまろやかな旨味を秘めていて、どこか醤の風味を感じさせる。
さらに、上質な穀物酢が酢い味で食欲を増進させると共にさっぱりとさせ、赤い液がぴりりと舌を刺激し、味のまとめ役となるのだ。
劉備が知る限り、味付けの主体は塩。
そこに酢や麹が加わってくるという形なのだから、この豊かな旨味と舌を刺激する痛みはまったく未知の美味であった。
それをまとって輝くのが、皮の美味さ。
やはり、この皮……使っている小麦の質というものが異なる。
素朴にしてひそやかな……それでいて、意識せずとも実感できるほどはっきりした穀物特有の甘さがあるのだ。
タレと皮によって包まれたる具材の味も忘れてはならない。
本来、上層に位置する皮たちを押しのけ、まず口中に溢れ出したるが肉汁であることは、先刻に触れた通り。
だが、肉汁を出した後の肉もまた、美味なり。
まず、やわらかさというものが違う。
挽いた肉であることを加味して尚、極上のやわさを誇る肉は、それでいて豚と鳥の味わいをしっかりと宿していた。
それを支えるのが、混ぜ込まれた野菜類。
葉野菜が食感に彩を与え、香味野菜が清涼たる後味も付与する。
これが、皮とタレに包まれ、混然一体となって口中を満たすのだ。
(美味い……!
あまりにも、美味すぎる……!)
まるで、いくつもの楽器を合わせての重奏。
多数の料理を同時に食卓へのぼらせ味わうわ、権力者にのみ許された至高の贅沢。
事実、これまで様々な大人物の下を渡り歩いてきた劉備であるから、そういった様式の宴には何度となく参加してきた。
が、これは断言せざるを得ない。
この小さな包子一つが、大食卓を埋め尽くす料理に勝る重厚さであると。
(そして、焼売。
こちらはより肉々しく、食いでのある味わいよ……!)
次いで味わったのは、花弁のごとく華やかな包子。
こちらも豚と鶏の挽いた肉を使っている点は同じだが、大きな違いとして、混ぜ込まれている野菜類の種類が少ない。
おそらく、何らかの葱類が一種。
その潔さが、かえって肉の旨さと食べ応えを強調する。
餃子と同系統の皮はあえて包みきらず上部を露出させているが、その包み方がさらに肉の味わいを引き立てていた。
「陛下……。
これは、あまりに美味すぎますな……!」
いつの間にか隣に座っていた趙雲が、感動を顔に表しながらそう漏らす。
逆に、まったくの無表情となっているのが孔明であったが、この男がそうまでするということは、努めて感情を押し隠していることの証左であろう。
まさに、極上の美味。
劉備玄徳は今日この日をもって、誠の食に巡り合ったのだと、そう言わざるを得ない美食であった。
「兄ィ。
皆さん、喜んで下さってるね」
「だな。
こうまで喜ばれると、振る舞った甲斐があるってもんだぜ」
自分たちや近衛兵たちの姿を見た北見兄妹が、満足そうに言葉を交わす。
そこで、妹御ことらー子がこのようなことを兄に提案したのだ。
「そうだ、兄ィ。
せっかくだから、高岩さんからもらったお餅も焼いて出そうよ。
お祝い事をする時は、お餅の出番っしょ!」
「祝い事……そうだな、前向きに祝いの席だと思おうか。
それに、焼かずにほったらかしてデロデロになってももったいないし!
よっしゃ! 取ってこい!」
兄の命を受けた妹が、一度、母屋へと引き返す。
「ほおう……一体、何が出るのか」
北見兄妹にとって、祝い事で欠かせぬ食べ物。
一連の会話に耳を立てていた劉備は、早くも胸を高鳴らせていたのである。




