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食の力で蜀に天下統一させる!  作者: 英 慈尊


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冷食晩餐 前編

 ――我ら三人!


 ――生まれた日は違えども!


 ――死する時は同じ日、同じ時を誓わん!


 桃園にてこの言葉を誓い、三兄弟で盃を掲げたのは、二十代の前半であったか……。

 今となっては遠き日のことにも思えるあの日を、劉備は鮮明に思い出せる。

 頭上を埋め尽くす花々の美しさは、この世の何物にも勝ると思えたものだ。


 あの日交わした誓いの尊さと、桃園の美しさに偽りはない。

 ただ、思い出の彼方にあるあの情景は、もしやしたらこの世で二番目の美しさであったかも知れない。

 眼前に広がるのは、そう思わせるに足る光景であった。


「これは……この輝きは、重さは……。

 果たして、本当に稲穂なのか……!」


 震えた声でそう呟く。

 声を震わせるのは、漢中王の称号を名乗り、配下たちへ檄を飛ばした際にもなかったことである。


「実の一つ一つが、あまりにたわわな実り具合……。

 それでいて、これほどにみしりと粒が生じるとは。

 一体、いかなる術法を用いれば、かような稲が育つのか」


 驚いてるのは、自分だけではない。

 趙雲もまた、宝石を触るような慎重さで垂れ下がる稲穂に触れ、自身の所見を漏らしていた。


「稲穂といえば、やはり孫呉が本場ということになりまするが。

 赤壁の折、かの地で見た田園のいずれも、この見事さには届きますまい。

 いや、比べることそのものが愚か。

 魏の雑兵と、関羽雲長殿を比するかのごとき愚行ですな」


 羽扇で口元を隠した孔明は、感情を把握しづらい。

 しかしながら、わずかに眉根が動いていることを、劉備は見逃さなかった。

 全てを見通すかのようなこの男にも、目を見張る瞬間というものが存在するのだ。


「こうなると、違う世界というのは、言葉の綾ではないやもしれぬな。

 そこで育てられている作物――じゃがいもというらしいが、その芋も見事な代物だった。

 が、この稲穂に実った米は、それすら上回るだろうと断言できる。

 かくも……かくも……」


 そこまで言って、一度言葉を断ち切る。

 己ごとき非才な身が、ありきたりな言葉で表すなど許されるかと思ったからだ。

 とはいえ、他に言葉が思いつかず。

 ついに、劉備はそれを口にした。


「……かくも美しき田の姿を見れば」


 そうなのである。

 小規模なその田は、しかし、これまでの人生で見てきたいかなるそれよりも美しかった。

 まるで――黄金の園。

 収穫期を迎えた稲穂たちは、いかなる宝物のそれよりも美しい黄金色に輝いている。

 その穂が自重に耐えきれず垂れ下がっている様は、育ててくれた一也……ひいては人間という存在に対し、頭を垂れて伏しているかのようであった。


 劉備らの常識と照らし合わせれば、あまりに小規模すぎる田。

 だが、この稲穂ならば……あの兄妹が食っていく分には、十分な収量へ達することだろう。


「趙雲、孔明先生。

 わしはな。天命を悟ったぞ」


「いかなる命でしょうか?」


 趙雲に問われ、すらすらと答える。


「天はわしに、あの兄妹とその農園を是が非でも守り抜くよう言うておる。

 ゆえにこそ、賊が現れる直前という間際でわしを遣わしたのだ。

 一也殿は謙遜しておられたがな。

 これはまさに、天上の田園よ」


「いかにも、ですな。

 私はかつて、三顧の礼を経て陛下と対面した際、稲妻が走るかのごときものを感じたものです。

 察するに、それと同じでは?」


 孔明の言葉に、うむと頷く。


「まさに、それよ。

 背を雷鳴が駆け巡ったわ」


 頭の中で、周辺の地形と地図を描く。

 少しばかり歩けば、小村が存在する。

 上手く入植し、そこと接続することがかなえば、蜀の未来は明るくなろう。

 そして、農というものは人と人との協力で成り立つものであり、これは保護を願い出た兄妹の意思にも沿うこととなるのだ。


「おーい! 皆さん!」


「よかったら、あたしたちからご馳走させてくださーい!」


 いかなる建材を用いているのか検討もつかぬ母屋に控えていた北海兄妹が、玄関口からそう告げてくる。

 それで、劉備は脳内の絵図を一度心にしまった。

 その上で、腹心二人にこう尋ねたのである。


「どうかな?

 ああ言っていることだし、一也殿たちの好意に甘えようではないか?」


「御意」


「これは、何が出るか想像もつきませぬ」


 蜀が誇る武人と賢者は、そう言って頷いてみせた。




--




 結論から言えば、想像を遥かに上回る料理が振る舞われたと、そう言うしかない。

 調理道具に持ち出してきたのは、立派な炭火台。

 鉄製の円筒を半分に断ち割って横倒しにし、支脚を取り付けたかのようなそれで火を起こし、やはり立派な鉄板を乗せたのだ。

 その上で焼かれようとしているのは、北海兄妹が母屋から持ち出してきた小麦の包子(パオズ)


 奇妙なのは、いつ仕込んだのか、すでに焼き上げるのを待つばかりな状態に仕上がっていたこと。

 何より、カチカチに凍り付いていたことであった。


「餃子に、焼売と申したか。

 これは、いかなる方法で凍らせたのだ?

 そもそも、いかなる目的で凍らせたのだ?」


「それは、この地ではもはや実現できない方法で、長期保存を目的としてです。

 これで備蓄している分は全てですので、二度と味わうことはできません。

 どうか、じっくり味わってください」


 兄君――一也が説明する一方で、妹御たるらー子が鉄板上に包子を並べていく。


「本当は、チンするとか蒸すとかした方がいいんだけどねー?」


「しょうがないだろう、お前。

 結構な大人数なんだから、鉄板で焼いちまうのが一番早いって。

 それに、焼き焼売だって美味いぞ?

 餃子の方は、蓋無しで作れるやつだしな」


「兄ィが面倒臭がって蓋のいらないやつにしたの、思いがけず役立ったね?」


「面倒くさがったからじゃないですー。

 洗い物を減らして節水したんですー。

 地球環境に優しい兄ィなんですー」


 ……意味の分からぬ言葉も多いが、兄妹のやり取りは非常に軽妙でほほ笑ましい。

 こうなると、劉備の脳裏へよぎるのは二人の義弟。

 とりわけ、荊州(けいしゅう)を任せている関羽であった。


 かの地を奪うにあたっては、呉軍に負担の一切を負わせている。

 それを恨みに思う孫呉の脅威へ晒されていることを思えば、守護に任ぜられるのは関羽を置いて他にいない。

 が、あの美髯(びぜん)が近くにいないことを、思いのほか寂しく思っている自分がいることへ、気付かされるのであった。


「これは、なんと不可思議な。

 凍り付いていた料理が、鉄板の上でみるみる熱を得て、完成していきますぞ」


 感嘆した風に鉄板を見つめるのは、趙雲。


「生の野菜などを氷室にて長期保存する知恵はありましたが、仕込みを終えた品までそうするのは、初めて見ましたな。

 なるほど、これは手頃に調理が終わる」


 一方、孔明も感心しているのは同じだが、着眼する目はより高い場所にあるようだった。

 余談だが、もはや言葉もないほどに驚いているのが、趙雲の引き連れし精鋭十騎。

 だが、それは当然のこと。

 あの奇妙な仕掛けが施された井戸など、彼らが大いに驚いてくれるからこそ、劉備たちは冷静でいられるのである。


「さあ、そろそろ食べましょうか!」


 一也が宴の始まりを告げたのは、そんなことを考えている時のことであった。

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