ようやく俺が名乗れた件
結論から言えば、本命と大穴の二連単であった。
「陛下、あまりお戯れをなさいますな。
このような下郎たちに遅れを取ることはないと分かってはおりますが、何事にも万が一ということがありまする」
劉備と賊たちの死体を交互に見ながら言い放つのは、青と白で染め上げた具足姿の武人……。
実年齢はともかく、顔つきは三十そこそこくらいで、驚くほどにしわが少なく、さわやかそのものな顔立ちをしている。
驚異的なのは、180センチを明らかに超えているだろうその長身で、それが体を鍛え抜いた上で頑強な鎧を身にまとっているのだから、人の形をした要塞のような印象であった。
はい、こちら五虎大将軍の一人趙雲でございます。
まあ、この時期は近衛隊長みたいな立場だったらしいし、劉備が漂わせている“お忍びで出歩いてますオーラ”を思えば、そりゃ必死になって捜し回るわな。
「空馬の計を使ったのは考えられましたが、反対方向へ走らせた馬の背に何も乗せていないのは失敗でしたな。
蹄跡の幅を見れば、背に何者も乗せていないと一目で見抜けます。
ならば、その反対側に捜索の手を伸ばせばよろしい」
羽扇で口元を隠しながら、涼しげな顔で言い放ったのは、現れた騎馬軍団の中で唯一馬車に乗っていた人物。
皆さんご存知、諸葛亮孔明さんである。
なんというか、ゲームとかで描かれる孔明像そのままな人物という印象だ。
頭にはあの独特な帽子――綸巾を被っていて、服装はゆったりとしたローブ状のもの。
長く伸ばした黒髪は真っ直ぐに伸ばされていて、よく整った口髭がチャームポイントとなっていた。
確か、今の年齢は四十いくかいかないかくらいなんだっけ?
劉備がスーパー若作り。趙雲がウルトラスーパー若作りなのに対し、こちらは年齢相応の美中年であらせられる。
……いや、現代日本人基準で美中年ってことは、この時代的にはやっぱり人間離れした美形なんだろうか?
そこら辺、情報不足過ぎて深く考えても仕方がない。
仕方がないが、賊たちの死体を遠くに運んでいる兵隊さんたちは、ごつごつとした顔をされていた。
ちなみに、死体を運んで埋葬するように命じたのは劉備ね。さすが、出来た人物である。
と、いうわけで、だ。
現在は、後漢時代の中国に転移したうちの農場へ、劉備、趙雲、孔明、その他近衛兵(推定)の皆さんが集結しているところです。
「兄ィ、兄ィ。
どうしよう? 本物の趙雲と孔明だよ?」
「うろたえるな妹よ。
俺たちはこの先、本物の張飛や馬超、ご存命なら黄忠ともご対面し、可能な限り生きている状態で関羽とも顔合わせせねばならない立場だぞ」
劉備が趙雲や孔明と話しているのを見ながら、らー子とひそひそ話を行う。
「許せ、二人共。
これから先の大仕事を思い、しばし初心に帰りたくなったのだ。
聞いていると思うが、わしは若い頃、ぞうり売りなど様々な仕事で糧を得ていたのでな。
漢中王などと偉ぶってみせて、当時の意気を忘れてしまってはならぬと、そう心がけていたのだよ」
「お心がけは立派ですが、どうか今後はご自重なさいますよう」
「左様。
進むべき道に迷うお気持ちは、私もよく分かるつもりです。
ですが、そのような時、風来人のごとく振る舞われては、鼎の軽重を問われかねませぬぞ」
一方、劉備の方はそんな具合で、腹心二名からお小言を言われていた。
いやまあ、そりゃそうだ。
暴れん坊将軍だって、お忍びで出るのは城下町の範囲である。
ここがどこだかは知らんが、本拠地と言われている成都の中でないことだけは、間違いない。
しかも、空馬まで囮に使ったという話だから、護衛を仰せつかっている側としては、たまったものではないはずだった。
「まあまあ、わしも十分に反省しておる。
今後、このような軽挙妄動は慎むゆえ、どうか許してはもらえぬか」
一方、劉備の方はこの態度。
鷹揚というか大人物というか、正直、あんまり反省している風には見えない。
で、ありながら、これ以上責めるという気持ちを霧散させるのは、生まれ持った徳の成せる業だろう。
「それに、思えばこのようなことを思いついたのは、天命であったのやもしれぬ。
お前たちも、この美しき農園を見て思うところがあろう?
どうやら、我らは仙郷へと迷い込んだらしいぞ」
で、不意にそう言いながら、こちらの方を見てくる。
へ? 仙郷?
首をかしげる俺であるが、趙雲と孔明はその言葉で納得したようだった。
「なんと……近衛を司る者でありながら、成都からさほど離れていないこのような地に、かくも見事な農園があったのを知らぬとは不覚と思っておりましたが……。
仙郷と言うならば、納得です」
「あちらの御仁たちがまとう見事な縫製の衣服も、なるほど、天上や仙界の品ならば理解できますな。
それに、奥方の美しさは人間離れしておられる。
これも、仙人だからと考えればなるほど」
言いながら、それぞれうなずき合う。
……俺が言うのもなんだけど、驚きの理解力だ。
まるで、異世界転移するや否や、秒で状況把握して「ステータスオープン!」と叫ぶネット小説主人公である。
「なんか、すげえあっさり納得してくれたな」
「ほら、この時代、迷信も真実だと信じられてたから。
なんなら、ついに自分たちも仙人と対面する時がきたかくらいの勢いかもよ?」
言われてみると、劉備は何か感慨深げだし、趙雲は感動している風で、美形フェイスを紅潮させていた。
そして、孔明は羽扇で口元を隠し、何やら思案している――やめて、あなたがそのポーズすると企みごとにしか見えない。
「どうしよっか?
せっかく勘違いしてくれたんだし、このまま仙人夫婦で押し通してみる?」
「ドアホ。
よりにもよって孔明の前で嘘つくバカがどこにいる?
とはいえ、正直に未来から来たって言った場合も、ろくなことにはならないだろうしな。
……ここは一つ、肝心なところは話さず、しかし、真実も告げない作戦でいくぞ」
「うん、分かった。
それで、結婚何年目という設定でいく?」
「話聞いとけタコ」
タコこと我が妹らー子に言い捨てる。
こいつ、絶世の美少女扱いされてイイ気になってやがるな?
確かに、その銀髪といい日本人離れしているというか、俺と同じDNAで出来上がっているとは思えない美貌だが、この兄には通用せんぞ。
さておき、前に歩み出る。
そして、大事な最初の一言を――。
「――二人共、誤解しているぞ。
先ほどからの会話を聞けば、彼らは兄と妹の間柄だ」
「……うす。
誤解解いてくれて、あざす」
……言おうとしたところで、それは劉備に持ってかれてしまった。
とほほ。しまらない。
だが、ここでくじけていても仕方がない。
「俺の名は、北海一也。
どうやら勘違いされているようだが、仙人のような徳が高い人間ではない。
ただ、名前の奇抜さから分かると思うが、こことは違う場所……違う世界で暮らしていた者だ。
それが、どういった理由か、先ほどこの地へ農場ごと飛ばされてきたみたいで、妹共々困惑している。
大変に申し訳ないが、あなた方の助けを得られないだろうか?」
「何……?」
「ふむ……」
「ほう……」
俺の言葉を受けて、三者三様に反応する蜀の英傑たち。
「同じく、妹の北海らー子でーす!」
一方、愚妹は空気読まずに力一杯の大声で名乗っていた。




