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食の力で蜀に天下統一させる!  作者: 英 慈尊


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3/10

その名は劉備玄徳

「どうした、おっさん?

 急に立ち上がって?

 足が疲れちゃった?」


 芋を食い終わるや否や、すっくと立ち上がったおっさんを見上げながら尋ねる。

 まあ、カセットコンロ囲ってうんこ座りだったからな。普通に太ももは疲れるかもしれない。


「いや、なに……。

 虫も寄せ付けぬ霊験あらたかな芋であったが、悪党の鼻は誤魔化せなかった様子。

 しからば、これを振る舞ってもらった礼に、わしがひと働きせねばならぬだろうよ」


 しかし、おっさんは鋭く顔を引き締めながら、明後日の方を見やったのである。

 その顔に漂うスゴ味ときたら、尋常なものではない。


 ――死。


 ……一見して、脳裏に思い浮かぶのはその一文字。

 見ているだけで、こちらの肌が粟立つようなのだ。


「一体……」


「兄ィ。

 なんか、変な音がする」


 なおも尋ねようとしたころで、らー子が両耳に手を当てた。

 言われて聴覚に意識を集中すると、なるほど……遠方から、断続的に地面を叩くような音が響いてきたのである。


「さて……」


 そして、しゃらりと腰の剣を引き抜いたおっさんは、そちらの方へ向けすたすたと歩き始めてしまったのだ。

 その引き抜かれた刀身にも、ぎくりとしてしまう。

 刃に宿っていたのは、よく磨き上げられた農具と同種の輝き。

 ただ物を斬る能力にのみ特化させられた金属のきらめきだ。


「おっさん……!」


「おじさま……!」


 らー子と顔を見合わせ、俺たちもおっさんに続く。

 その時にはもう、地面を叩く音がはっきりと響いており……。

 音を生み出しているのが、馬――そう、馬だ。

 自動車でもバイクでもなく、馬に乗った男たちであると分かったのである。


 しかも、格好が普通ではない。

 おっさん同様、古代中国の人間がするような格好……。

 ただし、おっさんと違い、粗末な胴当てを着用しており、手には槍や剣を握っていた。


「どう! どう!」


 爆走してきた馬を農場の端に止め、来訪者たちが地面に下りる。

 その数……全部で五人。

 いずれもが、粗野で下卑た顔つき。


 全員が、まずは値踏みするような視線をじゃがいも畑に向け……。

 次いで、舐め回すような視線をらー子に向けてきた。


「ひっ……」


「俺の後ろにいろ」


 本能的な恐怖を感じたのだろう妹は、俺の体で隠してやる。

 そうする俺たち兄妹よりも前に、剣を手にしたおっさんが歩み出て行ったのだ。


「賊か。

 さて、いかなる理由により身を落とした者たちか……。

 南中の異民族には見えぬな。

 ならば、劉璋(りゅうしょう)配下から散逸した成れの果てか、あるいは北から流れてきたか……」


 ん?

 南中?

 劉璋?


 いくつか聞き覚えのあるワードを拾った耳が、ぴんと立つのを感じる。

 しかし、おっさんたちはそんな俺に構うことなく、会話を続けたのだ。


「んなこたあ、どーだっていいんだよおっ!

 立派な畑こさえやがって!

 生えてんのは、こりゃあ、食い物かあ?」


「だったら、残さずおれらに寄越しやがれ!

 へっへ……そっちの姉ちゃんも差し出しな」


「おう! 今夜はお楽しみだなあ!」


「最近、ご無沙汰だったからよお!

 おれはもう、たまんねえぜ!」


 ……そのようなことをのたまう連中の、なんと下劣なことか。


「兄ィ……」


 かわいそうに。

 怯えたらー子はすっかり身を縮こまらせ、俺の服をぎゅうっと掴み上げていた。


「なるほど……。

 お前たち、もはや畜生に身を落としたか」


 手にした剣をだらりと下げたおっさんが、言いながら下品な連中の方へと歩み寄っていく。


「ああ!」


「なんだおらあっ!」


「んのかあっ!」


 おっさんの言った通り、賊と呼ぶしかないような風体の男たちが、それに対し威嚇の言葉をぶつけていく。


「一人でイキが――」


 だが、先頭に立つ男は、それを最後まで告げることができなかったのだ。

 まるで――疾風。

 おっさんは瞬間移動じみた速さで踏み込み、先頭の男に剣を振るっていたのである。

 その一撃は、文句なしの必殺。

 先頭に立っていた男は、せっかく手にしていた槍を持ち上げる暇もないまま、首をはね上げられて絶命した。


 なんという切れ味。

 なんという腕前。


 剣が業物であることは疑う余地もないが、それを振るったおっさんの実力も超人じみている。

 でなければ、こうもたやすく人間の首が刈り取られるはずもないのだ。


「なっ……!」


「こ、こいつ……!」


 あまりに呆気ない仲間の最期を見て、男たちがたじろぐ。

 明らかに、生物としての格が違う。

 いまだ数は四対一と有利だが、それを頼りにできるとは到底思えなかった。


「お前たちも、見ようによっては乱世の犠牲者であろう」


 血の一滴すらついてない剣を構え、おっさんが淡々とつぶやく。


「だが、こうまで身を落としてしまっては、もはや救うことはかなわぬ。

 来世、よりよき生き方を心がけるがいい。

 また、それがかなう世になるよう、この身を捧げると誓おう」


 再び、だらりと剣を下げたおっさんがそう宣告した。

 これはつまり、一人として生かして帰す気がないということ……。

 俺の方からは背中しか見えないが、今、彼はどんな顔をしているのだろうか。


「ううっ……」


「く、くそっ……」


 ただ、ひどく恐ろしい表情であることは、怯える賊たちの姿を見れば明らか。

 そして、恐怖に絡み取られた人間の取る行動というのは、爆発するか逃げるかの二択であり……。

 賊たちが選んだのは――前者。


「やっちまえっ!」


「うおあああっ!」


 それぞれ、手にした武器を掲げ、おっさんに向けて襲いかかったのである。

 だが、それは下策であったという他にない。

 そこから繰り広げられたのは、時代劇の殺陣を思わせる光景だ。

 すなわち、襲いかかる男たちの動きを目で追うことすらなく掌握しているおっさんが、突き出される槍も振り下ろされる剣も巧みにかわし、受け流し、反撃の刃を振るっていったのである。


 そうして放たれる返しの一撃は、いずれもが一撃必殺。

 首を飛ばすという言葉が、比喩ではなく次々と現実になっていくのであった。


「すっ……げえ」


 そのような言葉が漏れたことに、自分でも驚く。

 目の前で繰り広げられているのは、ひどく残虐な光景であるはずだ。

 地面に転がっている賊たちの生首など、恐ろしくて直視できない。

 ただ、それ以上に――美しい。


 完成した武技というものは、芸術的な魅力で見る者を陶酔させるのだということを、俺は生まれて始めて知った。


「……済んだな」


 最後の一人を倒したおっさんが、そう言いながら剣を鞘に収める。

 血糊を拭う必要すらない技の冴え。

 そして、先ほど出てきたいくつかの単語。

 おっさん自身や、賊たちの格好。

 断片的な事実が符合し、信じられない結論を導き出そうとしていた。


「おっさん……あんたは一体?」


 だから、俺がそう尋ねたのは、きっと答え合わせだったのだ。


「性は劉。名は備。

 (あざな)は玄徳と申す」


 ――劉備玄徳。


 おっさんは、確かにそう名乗ったのである。


 お読み頂きありがとうございます。

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