神仙の食べ物
「兄ィ!
頼まれてたやつ、持ってきたよー!」
そう言いながら、歩んできた少女……。
それは、セーラー服に身を包んだ絶対的美少女であった。
ストレートの銀髪は、腰の辺りまで伸ばされていて陽光をきらりと反射している。
顔立ちは整いすぎるくらいに整っており、エネルギッシュに大口開けながらこちらへ呼びかけてくる様には、親しみやすさと生命力が満ち溢れていた。
白いまつ毛は、それそのものが装飾品めいた美しさ。
かような超絶美少女が、両手でダンボール箱を持ちながらこちらに歩み寄ってきたのだ。
彼女の姿を見て、俺が思うことはといえば、ただ一つ。
すなわち……。
「――誰?」
「ちょっと、兄ィ。
ボケちゃってる? まだ28でしょ?」
ガシャン、という音と共にダンボール箱を地面へ置いた少女が、そう言って俺を見上げてくる。
ぷくりと頬を膨らませた姿もまた、愛らしいの一言。
今すぐにでも国民的アイドルとして売り出せそうだが……うーん……。
いや、マジで――誰?
そう思った、その時だ。
俺の中に、一つの名前が浮かび上がった。
同時に、濁流のごとくこれまでの記憶が溢れ出す。
……本当に、俺はどうしたんだろうな?
可愛い妹の名前を忘れるなんて。
「……らー子。
どうしたんだ? こんなもん抱えてきて」
日常的に呼んでいるはずなのに、唇が全然覚えていない気がする妙ちくりんな名前を呼びながら、ダンボール箱を覗き込む。
「ふむ……。
かわいらしいお嬢さん。
これは、鉄で作った蒸籠か何かのようだが?」
俺と一緒にどれどれと覗き込んできたおっさんが、顎を撫でながら尋ねた。
「あら、カッコイイおじさま……!」
そんなおっさんに対し、ミニスカートでカーテシーなんぞ決めながら、らー子が頬を赤らめる。
お前、おじさん趣味だったっけ?
「ようだも何も、これはまんま蒸籠ですよ。
下のやつでお湯を沸かして、上の部分で蒸かします」
ガシャガシャと小型の鉄蒸籠を取り出しながら、らー子がおっさんに答えた。
他に入ってるのは、カセットコンロとプラスチック製の食器類、それから塩だ。
「今から、収穫したてのじゃがいもを蒸かすんだよね?
ねー? 兄ィ?」
「え、そんなこと言った……いや、言ったな」
そうだ。確かに、午前中そんなことをらー子に言っていた。
今回の芋は自分でも満足がいく生育具合だったので、少し味を見たくなったのだ。
なんだか、すっかり健忘症だな。
それだけ、バイヤーとの一件がショックだったのだろう。
「時間的にもちょうどいいしな。
ようし! おやつタイムといくか!
おかしなおっさん! あんたもよかったら、食べていきなよ!
とれたてのじゃがいもを食べる機会なんて、滅多にあるもんじゃないぜ?」
「おかしなおっさ……。
いや、せっかくの申し出、ありがたくお受けしよう」
俺の言葉に、おっさんがうなずく。
「よっしゃ。
じゃあ、まずは手頃な芋を抜かないとな」
言いながら、良い感じに育っている芋のつるを掴む俺。
「ふむ……これは抜いても大丈夫か?」
おっさんの方も、そう言いながらつるを掴んだ。
それで、分かる。
「へえ……。
あんた、相当やるね」
低く構えた腰の角度といい、足の踏ん張りといい、こういった農作業に熟練した者特有の風格が漂っているのだ。
特に、体幹の鍛え方は尋常ではない。
多分、柔道とかもかなりの腕だぞ。
そんなおっさんが、いわく……。
「若かりし頃より、わらじ売りなど様々な仕事をしているものでな」
「ははっ……設定に忠実なんだな。
なんのキャラか知らないけど!」
俺としては、苦笑いで応じるしかないのだった。
「いーなあ、こういうの。
うん……すっごくイイよ!」
そうして芋を引き抜く間、らー子がニコニコとして上機嫌だったのは、追記しておく。
お前、やっぱおじん趣味なの?
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おそらくは……。
なんらか、神仙の類か。
となると、ここは現世より隔離された地――仙郷と呼ぶべき場所であるに違いない。
わらじをたすき掛けにした旅人が考えたのは、おおよそそのようなことであった。
それほどまでに奇妙な風体の兄妹であり、それほどまでに美しき農園なのである。
まず、妹が絶世の美少女であることは一見で明らかだが、兄たる青年の方もまた、旅人が今まで目にしてきたいかなる者とも異なる顔つきであった。
この乱世において、必ず生じるであろうすれというものが、顔から一切感じられぬのだ。
強いて彼から感じられるものをあげるとするならば、それは友愛という言葉で表せるだろう。
無論、他者に対する好き嫌いはあるだろうし、ちょっとした喧嘩などもするかもしれない。
しかし、根本的なところで争い事を好まず、調和と協調にこそ生きる人間であると、旅人は一目で見抜いていた。
なぜなら、そのような民こそ、旅人が求めるものであったから……。
そして、農園の美しさもまた、筆舌に尽くしがたいものである。
かくも豊かな力を持ち、柔らかき土というものが現世に存在しようものか。
このような場所で育った芋であるからには、不思議な霊力が宿っていること疑う余地もなく、葉にも茎にも、芋本体にも虫のついた様子がほぼないのはうなずけた。
これを調理するのに使った道具もまた、人界の理を逸脱したもの……。
妹君が水を汲んでくるのに使った桶は、薄く色鮮やかな美術品のごときもの。
焜炉に至っては、取っ手のところをひねるだけで、範囲こそ狭いものの強力な炎が噴出されたのだ。
もし、孔明殿にこれを見せれば、いかなる計略を思いつくか?
いや、仙界の道具を俗世の争いに持ち込もうなどと、愚かなことを考えた。
金属製の蒸籠で芋が蒸される最中、そのようなことを思ったものである。
そして、そう……芋だ。
この芋の、なんと美味たることよ!
ただ蒸かしただけ。味付けは塩すら使っていない。
だというのに、丸々と見事に育った芋は、ほくりという食感と共に、滋味豊かな甘みを溢れ出す。
身の美味さもさることながら、驚異的なのは皮の性質で、恐ろしいほどに薄く身離れがよい。
しかも、程よい渋みで味まで良いのだ。
「なるほど……。
桃を食するものと伝え聞いていたが、実際にはこのようなものを食べておられたか。
まさに、この世ならざる美味よ」
数奇な運命に従い、様々な将や貴人の下を渡り歩いてきた身であるから、図らずも美食というものは知っていた。
が、これほど簡素でありながら、今まで食べてきたいかなる馳走よりも美味い……食というものの本質が詰まっていると感じられる食べ物なのである。
「桃? なんで?
じゃがいも農家なんだから、そりゃ芋食うよ」
「兄ィのじゃがいもは天下一品だよね。
チップス用に育ててるけど、煮物とかでも最高だもん!」
「おいおい、そりゃあ……言い過ぎでもないか!」
笑い合う兄妹。
人ならざる身だろう彼らが、今、この時に自分の前へ姿を現した意図は明らかだ。
何しろ、自分は歴史に残るだろう大仕事を終えたばかりなのだから……。
「さて、これほどのご馳走を受けたからには、まず名乗るのが礼儀でしょうが……」
すっくと立ちあがりながら、そう告げる。
同時に、左手は愛剣へ添えられていた。
あまりに戦場の臭いを嗅ぎ過ぎたこの鼻が、告げている。
すぐ近くまで、賊が迫っていると。
戦えるのは自分一人。
当然ながら、この兄妹にも農園にも被害は出せぬ。
その上、正体を隠すため普段と異なり、一対の愛剣を片方しか持っていなかった。
が……まず、問題はあるまい。




