あるじゃがいも農家の嘆き
製菓会社のバイヤーから電話がかかってきた時、俺の胸中に宿ったのは言い知れぬ嫌な予感であった。
というのも、こういった時、バイヤーの伝えてくる要件というものは、おおよそ決まっているからだ。
すなわち――値下げ要求。
そして、非常に悔しいことだが……いざこれを要求されると、うちとしては断る選択肢がない。
いちいち細かい理由を挙げていくとキリがないが、農場経営というものは常にギリギリのところで成り立っている。
そんな時代にあって、うちがどうにかやっていけてるのは、この製菓会社と直接取引し、収穫物を全量買い取ってもらえるからなのであった。
言ってしまえば、向こうが殿様で俺はその家臣。
ゆえに、多少の値下げ要求は涙と共に飲み込む決意を、早くも固めていたのである。
……多少の値下げ要求は、だ。
「え……? 冗談ですよね?
その値段で、卸せって……」
だが、型落ちのさらに型落ちと化しているスマートフォン越しに告げられたのは、多少の範疇で収まる値下げ要求ではなかった。
具体的な金額を教えるのもバカバカしい……「お前は一切の儲けを得ず芋だけ納めろ」と言っているも同然の要求であり、通達だったのである。
『いえ、出来ないならそれでも構わないんですよ。
うちとしても心苦しくはあるんですがね。
その時は、取引先を変えるだけです』
「変えるって……。
今おっしゃった金額で受けれる農家が、存在するとでもいうんですか?」
『それがあるんですよ。
ほら、聞いたことありませんか?
――――――』
……それで、全てが繋がった。
バイヤーが挙げた企業名は、ニュースで聞いたことがある。
巨大資本による大規模農場経営……。
困窮する農産業を救うために、誰もが思いつく案。
しかし、実際には様々な理由から頓挫する案。
それが、企業努力によりついに実現したというわけだ。
そして、実現した第一歩として、同じく大資本である製菓会社と強く結び付こうとしているのだろう。
……クソッタレ!
それで、うちみたいな個人の農場を潰すってんじゃ、本末転倒じゃないか!
『それじゃ、すぐに答えが出せる問題じゃないと思うんで、またかけ直します』
視界がぐるぐると回る俺をよそに、バイヤーが無情な宣告をする。
それで通話は打ち切られ、俺は途方にくれながら周囲を見渡した。
足首くらいの長さまで茂った緑色が、どこまでも続いていく光景……。
整然と……それでいて、病気もなく力強く育ってくれた芋たちの姿は、常ならば俺に得も言われぬ幸福感を与えてくれる。
今、それはない。
なぜなら、こいつらの出荷先がなくなったからだ。
バイヤーの要求は、とてもじゃないが呑めない。
でも、それならどうする?
親父の代と同様に、通常ルートで市場に卸す? 今更?
直売? ネット販売でブランド化? 付け焼き刃で上手くいくのか?
あるいは――廃業?
「ああっ……!
くそっ……!」
じゃがいも畑の中へ、仰向けになって倒れ込む。
地震などきてないのに、足元がぐらついて仕方なかった。
「本当、殿様商売だよな……!
やんなっちまうよ……!
あの時だって――」
口から出てくるのは、バイヤーに対する恨みつらみの数々。
これまでにも、無茶な要求は散々あった。
それでも、俺はぐっとこらえて仕えてきたのだ。
その結果が、これかよ……!
「結局、あいつらは俺の育てた芋が欲しいわけじゃない。
安い芋が欲しいだけだったんだ……!」
スーパーや、あるいはコンビニで見かけるあの会社の製品……。
値段だけ上がって、内容量が少なくなっているあのスナック菓子だ。
その値上がりは、原材料供給先の一つであるうちには反映されてない。
「仕える主を間違えた……!
クソッ……! クソッ! クソッ!」
ああ、もっと仕える甲斐のある主と出会えていたなら……。
もっと、俺と俺の育てた芋を大事にしてくれる相手と出会えていたならば……!
こんな想い、せずに済んだだろうに……!
それにしても、今日は霧が濃い。
この地方にしては、珍しいことだ。
倒れ込んだ俺の視界は、霧によって包まれたが……。
天が俺の未来を暗示しているのだと、そう思えてならない出来事だった。
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「お主、こんな所で倒れ込んで、どうしたのだ?」
「――うおおっ!」
声をかけられ、大慌てで立ち上がる。
「いい、いやいやいや!
べべ、別になんともありませんよ!」
そして、あわあわと両手を振りながらそう告げた。
恥ずかしいっ……!
浸ってるところ見られるの、超恥ずかしいっ……!
一人きりだと思い、油断して歌ってた鼻歌聞かれた時みたいな気分だ。
「そうか。
いや、大事ないなら、何よりだ」
言いながら、朗らかに笑った人物……。
それは、時代劇……それも、中国のそこから抜け出してきたかのような格好をしたおっさんであった。
あれ、なんて名前なんだろうな?
古代中国の旅人が着てるような、和服とズボンを組み合わせたような装束。
薄汚れたそれを着こなしていて、肩からたくさんのわらじをたすき掛けにしている。
腰に差している剣もまた、武侠ものの映画に出てきそうなこしらえで……鞘に収まった状態だというのに、言葉にできぬ迫力と清廉さが感じられた。
そんな格好をしたおじさんの年齢は……40くらいだろうか?
ひょっとしたら、もっと年季を重ねていて若作りなのかもしれない。
とにかく、ナイスミドルという言葉の体現者と言うべき品のある顔立ちをしている。
艷やかさを失っていない黒髪はセミロングというべき長さで、髭はつるりと剃られていて清潔感があった。
うん……これは……これは……。
「……ドラマの撮影?
俺、なんにも聞いてないけど?」
「ドラ……?
お主、一体なんの話をしておる?」
困惑する俺に対し、同じく困惑した顔でおっさんが返してくる。
「いや、じゃあアンタ、なんでそんな時代錯誤な格好してんの?
ああ、アレか! コスプレ!
その着せ替えなんたらってアニメ、俺も全部見た!」
「まったく、わけの分からぬことを……。
奇妙な格好といい、この奇妙な植物といい、不可思議な若者よ」
「ええ、俺そんなに変な格好してる?
少なくとも、おっさんに言われるのは心外だけど」
目下着用中のうす汚れた作業着を見下ろしながら、答えた。
ちなみに、髪は束感を細かく散らす感じで茶に染めてある。
美容室なんぞ使う金はないが、少しくらいは洒落っ気を出したい年頃なのだ。
「なんと、わしの方こそ心外だが……これは、水をかけ合うがごときものとなりそうだな。
これは、なんだ?
畑のように見えるが……」
「ああ、普通の人だと、野菜売り場に転がってる姿しか見ないよな。
これ、じゃがいもだよ。
畑に植えられてる時は、こんななんだ」
「じゃが……なんと?」
不思議そうな顔をするおっさんである。
「いやいや、あんた現代日本に生きといて、じゃがいも見たことがないとでも言うつもりかい?」
「現……日……。
異なことを言う若者よ。
ここは益州だし、じゃがなんとやらのことも、当然見たことはないぞ?」
「は? 益州?」
おっさんと二人、首をかしげ合う。
互いが互いに、こう思っていることを直感できた。
すなわち……。
――こいつ。
――頭おかしいんじゃないか?
だが、俺の頭はおかしくない。
つまり、このおっさんがおかしいということで、Q.E.D.……証明終了だ。
「おーい!
兄ィ!」
家の方から少女の声が響いてきたのは、そんな時のことだったのである。
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