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忘れ物
この町では、忘れ物が戻ってくる。
そう言われたとき、私は冗談だと思った。
地方によくある、観光用の言い回しだろうと。
実際に体験するまでは。
最初に戻ってきたのは、傘だった。
駅前のベンチに置き忘れた、黒いビニール傘。
その日は雨が強く、私はずぶ濡れで帰宅した。
翌朝、玄関を開けると、傘立てに傘があった。
乾いていて、畳まれていて、
持ち手の色だけが、黒から紺に変わっていた。
誰かのいたずらだろうと思った。
そう思うことにした。
二つ目は、もっとはっきりしていた。
財布を落とした。
現金も、免許証も、全部入っていた。
青ざめながら帰宅し、警察に行こうとした夜。
財布は、机の上に置いてあった。
中身はそのまま。
ただ、免許証の写真だけが――
少しだけ、今の私に近い顔になっていた。
撮り直した覚えはない。
この町では、忘れ物が戻ってくる。
そして、戻ってきたものは、
必ず「今の持ち主」に合わせてくる。




