夢渡しの峰 外伝
登場人物紹介 ― 夢渡しの峰 ―
透牙
旅の主役の陰陽師。護符を操り、妖や影を封じる能力を持つ。黒影や封印の儀を経験し、祈村や雲影の谷を経て、風の村でも仲間と共に活躍する。冷静さと行動力を兼ね備え、仲間を守る責任感が強い。
透哉
若き山吹の民間祈祷師。祖母から伝わる祈祷術「風送りの儀」「夢渡りの儀」を修めつつ、禁忌を守ることを誓う。風の流れや記憶を読み取り、封印や浄化の補助を行う。私的な感情で記憶を操作せず、術の原理を忠実に守る慎重さが特徴。
結
鏡職人の娘。鏡を使って霊気や影の動きを映し出し、仲間に情報を提供する。過去の封印術や記憶の痕跡を読み取る力を持つ。姉の失われた記憶と再会するエピソードもあり、祈りや封印の歴史に深く関わる。
シロ(瞬・しゅん)
透牙の式神。白狐の姿では従順で人懐こいが、妖狐の姿では戦闘能力と直感を発揮する。霊的な感知能力が高く、影や妖の存在を察知する。透牙や仲間との絆を重んじ、危険から守るために力を振るう。
黒影
村人や霊の恐怖・不安・記憶の断片から生まれた妖。夢や霧、風に潜む形で現れ、封印されることで浄化される。今回の舞台では、夢の中に潜む影として登場し、封印の儀や仲間たちの試練の核となる。
夢の巫女(透哉の祖母)
山吹の祈祷術の継承者であり、「夢渡りの儀」の創始者。記憶の管理や風送りの術を残し、透哉に祈祷術の秘伝を伝える役割を持つ。封印や記憶の守護に深く関わる存在。
四人と一匹が挑むのは、夢や記憶が交錯する山奥の峰。風の流れに潜む影と対峙し、封印と浄化の術を駆使して、過去の記憶と村人の祈りを繋ぐ旅が描かれる。
序章 峰の霧と夢
前回、雲影の谷で黒影を封印した透牙、式神・シロ、結、そして若き山吹の祈祷師・透哉は、次の依頼の地――夢渡しの峰へと向かっていた。
山道には霧が立ち込め、谷から運ばれる風が木々の間を揺らす。透牙は護符を握り直し、シロを肩に乗せる。妖狐の瞳が霧の奥を鋭く見据えていた。
その時、一羽の式神鳥が彼らの前に舞い降りる。足には一通の伝書が結ばれている。透牙が慎重に受け取り、封を解くと、透哉がそっと覗き込む。
「……これは、夢渡しの峰からの依頼です。村人たちの眠りが乱れ、夢に潜む影が目覚めているとの報告があります」
結は鏡を掲げ、霊気の流れを読み取る。峰の奥へと続く風の中で、微かな記憶の波がうねるように漂っていた。
透牙は深呼吸し、シロの頭を撫でながら言う。
「ならば、俺たちの出番だ」
新たな旅の幕が、今、静かに開かれた。
第一章 夢に潜む影(文章化)
峰の霧が濃くなる中、透牙、シロ、結、そして透哉は険しい山道を進んでいた。霧に紛れて、かすかな囁きや足音が山肌から聞こえてくる。
透牙は護符を掲げ、緊張の面持ちで足を止める。
「シロ、先を探れ」
シロは妖狐の姿に変じ、霧の間を滑るように駆け抜ける。目は鋭く、霧の奥に潜む微かな異変を捉えていた。
透哉は風の流れを読み取り、山吹の術をそっと展開する。霧に乗る記憶の波や、村人の眠りに潜む影を感知し、乱れを最小限に保とうとする。
「影は夢の中に潜んでいます……しかし、無理に止めてはならない。流れを読み、導くのです」
結は鏡を高く掲げ、霊気の揺らぎを映し出す。
「ここに、封じられた記憶の欠片があります。影は夢の中で姿を変えて動いています」
霧の中、黒く揺れる影がちらりと現れ、彼らの進行を遮る。透牙は護符を握り直し、仲間たちと視線を合わせる。
「影の正体を見極め、封印に導く――俺たちの力を合わせる時だ」
シロが再び駆け出し、霧の奥へと消えた。その後ろで、透牙、透哉、結は慎重に足を進め、夢に潜む影との対峙に備える。
霧は風に乗ってゆっくりと形を変え、谷の奥へと流れていった。その中に、微かに、誰かの声が混じっているのが透牙たちにも感じられる。囁きはかすれ、まるで夢と現実の境界に漂うように揺れ動いていた。
透哉は祈祷符を掲げ、風の流れを読み取る。
「この声……封じられた記憶が、風に乗って囁いています。止めるのではなく、導かねばなりません」
結は鏡を傾け、霊気の揺らぎを映し出す。黒い影の輪郭が霧の中でわずかに動き、谷の奥へと誘われるかのように流れていた。
透牙は護符を握り直し、シロに視線を向ける。
「行け、シロ。夢の中の影を追え」
妖狐の姿になったシロは霧を裂き、影の気配を追いかけて谷の奥へと消えていった。霧に混じる囁きは、三人の心に緊張と決意を呼び覚ます。
二陣 眠りを揺らす影
夜が峰の村を覆うと、家々からかすかに悲鳴やすすり泣きが漏れた。夢の中で囚われたようにうなされる村人たち。その心の奥底に潜む不安と恐れが、霧の中に漂う黒い影となって現れる。
透牙は護符を灯し、光を夢の波動に重ねる。
「影は夢の中に潜んでいる……直接叩くより、導かねばならない」
透哉は祈祷符を掲げ、山吹の術で風の流れを読み取る。
「夢に潜む記憶は、止めてはなりません。流れを乱さず、悪影響だけを鎮めるのです」
結は鏡を手に、霊気の揺らぎを映し出す。影が動き、村人の家々の間を漂いながら、眠りを揺らす様子が映った。
妖狐のシロは霧の中に身を潜め、影の気配を追う。光と風、鏡の映像、そして祈祷の流れ――四者の連携が、夢に潜む影を封じる鍵となる。
峰の夜は静かでありながらも、潜む影の不穏な力が、四人の緊張感を絶えず試していた。
透牙は護符を握り直し、息を整える。
「あれが……夢に潜む影か」
結は鏡を高く掲げ、その揺らめきを映す。影の形は定まらず、見る角度によってねじれ方が変わる。まるで記憶そのものが形を取ったかのようだ。
透哉は祈祷符を前に掲げ、山吹の術を展開する。
「風の流れを乱さず、影の揺らぎだけを静めます。私的な感情で記憶に手を加えることは禁忌……しかし導くことはできます」
シロが妖狐の姿で霧の中に飛び込み、影の注意を引く。黒い気配は彼女の動きに反応し、さらにうねるように揺れた。
透牙は光の護符を影に向け、三度唱える。
「オン アビラウンケン シャラクタン……」
影は風と光の間で揺れ、夢の奥底に潜む不安や恐怖を露わにする。四人は互いの力を呼応させながら、影の正体に迫ろうとしていた。
第三章 影の正体
黒影は夢の中に残る村人たちの恐怖と不安を具現化した存在であった。霧の奥でその姿はねじれ、揺れ、まるで生きたかのように空気を震わせる。
透牙は深呼吸し、護符を胸に押し当てる。
「これが……夢に潜む影か……俺たちで封じるしかない」
透哉は祈祷符を掲げ、風の流れを読みながら慎重に指示を出す。
「影の力を止めてはいけません。風の流れに沿わせ、記憶を返すように導くのです」
結は鏡を高く掲げ、影の揺らぎを正確に透牙たちに伝える。
「左側の霧に潜む黒影の動きが激しい!封印陣の位置を微調整して!」
シロは妖狐の姿で霧の中に跳び込み、影の注意を引きつける。黒影は光と風の間で揺れ、夢の中の恐怖をさらに増幅させた。
透牙は決意を胸に三度唱える。
「オン アビラウンケン シャラクタン……オン アビラウンケン シャラクタン……オン アビラウンケン シャラクタン」
黒影は風に乗って渦を巻き、やがて封印の光に吸い込まれるように消えていく。霧の奥に漂う淡い光の粒が、村人たちの忘れられた記憶の名残を示していた。
第四章 封印の後の余韻
霧が静かに晴れ始めると、封印の光に吸い込まれた黒影の残滓が、淡い粒となって空気に漂った。それは、誰かの記憶の断片。忘れられたはずの痛み、語られなかった恐れ、そして祈りの名残であった。
透牙は護符を胸に押し当て、静かに息を整える。
「……影は消えた。だが、残されたものも大切にしなければ」
透哉は祈祷符を握りしめ、風の流れを整える。
「記憶の流れを断たず、負の感情だけを静めた。これが山吹の術の基本です」
結は鏡を覗き込み、淡く揺れる光の粒を透牙に見せる。
「村人たちの心に残るものを、少しでも和らげられたようだ」
シロは妖狐の姿で透牙の肩に頭を寄せ、彼らの安堵を共有する。霧に包まれた峰の谷に、静かな朝の光が差し込み、四人と一匹の新たな旅立ちを祝福していた。
封印の儀が終わった後も、谷にはまだ微かな霊気が漂い、次なる試練への予感を残していた。
第四章 夢渡りの儀
霧が徐々に晴れ、峰の谷に朝日が差し込む。封印された黒影の残滓は淡い光の粒となり、空気に漂っていた。四人は古びた祠の前に立つ。
透牙は護符を握りしめ、静かに言った。
「……影は消えた。だが、この谷に残る記憶も、放ってはおけないな」
透哉は祈祷符を手に取り、祠の奥を見つめる。
「祖母の巻物が、ここに……。私に、夢渡りの儀を継ぐ時が来たようです」
結が鏡を掲げ、霊気の粒を映し出す。
「光になった影の粒……これが、村人たちの忘れられた記憶なのね」
透哉は深呼吸し、巻物を開く。
「夢渡りの儀は、封じられた記憶の迷路を風に乗せ、穏やかに戻すための祈祷術です。禁忌を犯さず、感情に流されず、風を止めずに行うのが肝要」
透牙は透哉に微笑みかける。
「頼むぞ、透哉。お前の術にかかってる」
透哉は祈祷符を掲げ、巻物の文を声に出す。
「風よ、記憶の流れを運び、迷える者の心を癒せ。負の感情のみを静め、記憶の秩序を乱すな」
シロは妖狐の姿で祠の中を駆け回り、光の粒を追う。
「透牙、結、光の流れに沿って封印陣を完成させてください」
結は鏡で影の粒の動きを映し出す。
「右手の柱のあたり、粒が集まっています!そこに結界を張って!」
透牙は護符を掲げ、三度唱える。
「オン アビラウンケン シャラクタン」
「オン アビラウンケン シャラクタン」
「オン アビラウンケン シャラクタン」
光の粒が風に乗り、祠の奥にある封印の印に吸い込まれていく。透哉は風の流れを絶やさず、粒を安全に誘導する。
「……完了です。これで、記憶は再び流れ、穏やかに人々のもとへ戻るでしょう」
透牙はシロを抱き上げ、結と透哉を見回す。
「お前たちとなら、どんな霧も乗り越えられる」
霧に包まれた峰の谷に、静かな安堵と新たな希望が広がった。透哉は祖母の祈祷術を継ぎ、四人と一匹の旅は次なる地へと続いていく。
夜、村は静寂に包まれていたが、家々の中で人々の夢は微かに揺れ動いていた。断片的な記憶が浮かび、かつての儀式や失われた関係がささやかれる。
透哉は巻物を広げ、風送りの儀が中断された理由を確認する。
「祖母の記録によれば、かつて一人の巫女が禁忌を犯し、記憶を私的に操作したため、儀式は中断されたそうです。風の流れを止めてしまった……だから村人の夢が乱れた」
結は鏡を掲げ、映る像を見つめる。
「……この少女、祈りを捧げていた。私の姉かもしれない。記憶の断絶と深く関わっている」
透牙は護符を胸に押し当て、声に出す。
「俺の家系も、この村の封印術に関わっていた……祖父が最後の『夢渡りの守り人』だったんだ」
シロは妖狐の姿で祠の周囲を駆け回り、かすかな記憶の粒を追う。
「昔、人と妖が共に祈りを捧げていた記憶……それが残っている」
四人は村の中心にある「風の石碑」の前に立つ。透哉が巻物を読み上げる。
「ここに、最後の儀式――『記憶結びの儀』が記されています。村人たちの断ち切られた祈りを、もう一度繋ぐためのものです」
透牙は護符を握り直し、結は鏡を高く掲げる。シロは目を光らせ、影の粒を封じる位置を探る。
透哉は祈祷符を掲げ、巻物の文を唱える。
「風よ、記憶を結び、迷える心を安らぎへ導け。負の感情を浄化し、流れを止めるな」
光の粒が風に乗り、村の夢に溶け込む。村人たちの胸に、忘れられていた祈りの温もりが戻る。
透牙は微笑み、結も頷く。シロは尾を振り、四人と一匹の息が揃った。
「……これで、村の夢は穏やかになる」
透哉は静かに言い、祖母の祈祷術を自らの力として受け継ぐ。
霧に包まれた峰の村は、再び平穏を取り戻した。光と風に運ばれる記憶は、村人の胸に静かに根付く。
次の旅の気配を残して――四人と一匹の旅は、新たな土地へと続いていく。
第五章 新たな旅立ち
峰の村の霧が薄れ、朝日の光が差し込む。
透牙は護符を胸に押し当て、シロを脇に置く。結は鏡を手に朝日を浴びる。透哉も静かに立ち、仲間と共に山道を進む。
村に漂っていた黒影の残滓も光に溶け、穏やかに消え去った。
湖や谷、峰に刻まれた記憶の断片が安らぎを取り戻す。
三人と一匹は次なる冒険の予感を胸に、山道を進む――
新たな土地と、新たな試練がすでに彼らを待っている。
山道を越えた先に広がるのは、風の村――かつて祈りと記憶の術が交差していた場所。谷とは異なり、風が絶えず吹き抜けるこの土地では、記憶は風に乗って語られるという。
透哉は祖母の巻物に記された「風送りの儀」の続きを探し、村の古文書館へと向かう。
結は鏡に映る風の流れの中に、かつて失われた姉の面影を見つける。
透牙は、護符に刻まれた古い印がこの村の封印術と共鳴することに気づき、自身の家系がこの村と深く関わっていたことを知る。
そしてシロは、風の精霊たちと交信し、妖狐としての新たな力の目覚めを予感する。
風の村には、まだ語られていない記憶が眠っている。それは、祈りの断絶の真相と、封印の術が生まれた理由――
結文
風の村の朝、柔らかな光が三人と一匹を包み込む。山道を越え、谷を抜け、長い旅路の末にたどり着いたこの地。透牙は護符を胸に押し当て、シロを脇に置き、深呼吸する。
透哉は祖母の巻物を再び手に取り、静かに言った。
「ここから、私たちの祈りと記憶をつなぐ、新たな章が始まります」
結は鏡を覗き込み、風に乗って流れる微かな光の粒を見つめる。
「失われたものも、忘れられなかったものも、ここで新たに繋がる……」
風が谷を抜け、村の広場や家々を撫でる。遠くの木々がざわめき、かつて封じられた記憶の断片がそっと語りかけるようだった。
三人と一匹は互いに視線を交わし、静かに歩き出す。黒影も夢の影も、光に溶け去ったあと。新たな旅路の先には、まだ見ぬ祈りの物語が待っている――。
風の村での試練は終わり、しかし次なる冒険の気配が、そっと三人と一匹を導いていた。
あとがき ― 夢渡しの峰 ―
読者の皆様、この度は「夢渡しの峰」にお付き合いいただき、ありがとうございました。
七陣にわたる雲影の谷から峰の冒険を経て、透牙、透哉、結、そしてシロの四人と一匹は、夢と記憶が交錯する不思議な世界を巡り、封印と祈りの物語を紡ぎました。
今回は、透哉の祖母が残した「夢渡りの儀」や、封印された記憶の断片に触れることで、過去と向き合う難しさ、そして祈祷師としての責任が描かれました。特に、風に乗る記憶や夢に潜む影の描写には、私自身も書きながら新たな世界観を楽しむことができました。
さて、次回予告として――
透牙たちのもとに、新たな伝書の式神が舞い降ります。行き先は、霧深い山間に眠る「風鳴の谷」。そこでは、風と夢の力を巡る新たな試練が待ち受けています。透哉の祈祷術もさらなる覚醒を求められ、仲間たちと力を合わせて未知の影と対峙することになるでしょう。
読者の皆様には、透牙たちの新たな冒険と、透哉の記憶を巡る試練をどうぞお楽しみください。
次なる旅路で、再びお会いしましょう。




