六陣ー山吹の伝書ー
◆ 透牙
若き祓師。
かつて師の下で陰陽の基礎を学び、今は己の信念に従って旅を続けている。
迷いや恐れを抱えながらも、人の想いを尊び、祓いの本質を探し求める青年。
護符を媒介に術を展開し、
「オン アビラウンケン シャラクタン」の真言で闇や穢れを鎮める。
今章では、風に宿る“記憶の影”を前に、自らの心の揺らぎと向き合う。
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◆ シロ(式神/妖狐・瞬)
透牙に仕える白狐。真の名は「瞬」。
普段は小さな白狐の姿で透牙の肩に乗るが、戦いや封印時には妖狐の姿に変化する。
透牙の感情に敏感で、言葉を交わさずとも主の心を読み取る。
風や気の流れを感知する能力に長けており、今章では影の動きを先んじて察知し、
封印の要として活躍する。
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◆ 結
鏡職人の娘であり、霊気を映す鏡を操る少女。
鏡を通して妖や霊の存在を“映し出す”力を持ち、祓いや封印の補助を担う。
父の遺した特製の鏡は、彼女にとって心の拠り所でもある。
冷静で思慮深く、透牙とシロ、透哉を支える精神的支柱。
今章では、鏡を通して風の流れと影の位置を読み取り、封印陣の構築に貢献する。
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◆ 透哉
新たに正式加入した若き民間祈祷師。
出身は「山吹」と呼ばれる祈祷師の一族であり、
風と記憶を媒介に術を操る“山吹の祈祷師”。
その力は強力だが、代々伝わる三つの禁忌によって厳しく制限されている。
山吹の三つの禁忌
1.私的な感情で記憶を操作してはならない。
2.封じた記憶を他者に渡してはならない。
3.風を止めてはならない(=記憶の流れを断つこと)。
これらの掟を破れば、風は狂い、祈祷師自身の魂が散ると伝えられている。
透哉はその掟を胸に刻みながらも、透牙たちと旅を共にし、
“正しき祈りの形”を求めて新たな道を歩み始める。
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◆ 黒影
風に宿った負の記憶の集合体。
村人たちの恐怖、後悔、祈りの欠片が渦巻き、実体を持たぬまま形を得た妖。
人の心の揺らぎを糧として成長し、やがて風そのものを歪める存在となる。
透牙たちの封印によって浄化されたが、その本質は“人が恐れを抱く限り消えぬ影”。
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◆ 古き祈祷師の村の人々
代々、風と祈りを司る民。
しかし、時代の流れと共に祈りが薄れ、風は穢れを含み始めた。
透牙たちの介入によって村の秩序が戻り、再び「風と共に祈る暮らし」を取り戻していく。
あらすじ
前回の湖の封印を終えた透牙、式神・シロ、結、そして新たに加わった若き祈祷師・透哉の四人は、山道を進む途中で一羽の式神鳥から伝書の符を受け取る。
その符には、山奥の古い祈祷師の村で異変が起きているとの知らせが記されていた。村人たちは、風に乗って囁く奇怪な声や、夜ごと揺れる灯籠の不思議な現象に怯えているという。
依頼を受けた四人は、封印と祓いを通じて村に潜む妖と向き合うことになる。だが、今回の影は単なる妖ではなく、祈祷師の秘術の失敗や人々の心の迷いが形を変えた存在であり、心の弱さや疑念と真正面から対峙することとなる。
透牙たちは、封印の術や連携を駆使しながら、村の秘密と向き合い、新たな絆を深めていく――。
次回の冒険は、風と祈祷、そして心に潜む影との戦いが描かれる、若き陰陽師たちの新たな旅の幕開けである。
序章 山吹の伝書
前回の湖の封印を終えた透牙、式神・シロ、結、そして若き民間祈祷師・透哉は、静かな山道を進んでいた。透哉は山吹に属する祈祷師で、民間に伝わる古き禁忌を守りながら術を扱う者である。
朝靄がかかる山の尾根に、一羽の式神鳥がひらりと舞い降りた。足には、一通の手紙が結ばれている。透牙が慎重に受け取ると、透哉がそっと覗き込んだ。
「……これは、古き祈祷師の村からです。近年、風に乗って奇怪な声や揺れる灯籠の報告が絶えません」
結は鏡を掲げ、空気の流れを読み取る。微かな霊気の乱れが、森を抜け山の奥へと広がっている。
「村の者たちは恐怖のあまり、夜間は外に出られないそうです」
透牙は深く息を吸い、護符を握り直す。
「ならば、俺たちの出番だな」
シロが小さく尾を揺らし、透牙の肩に頭を寄せる。新たな旅の幕が、今、開かれた。
第一章 山奥の奇妙な風
山道を進む四人――透牙、式神・シロ、結、そして若き民間祈祷師・透哉。霧が立ち込め、木々の間から奇妙な音が漏れる。
透牙は護符を掲げ、静かに声をかけた。
「シロ、先を探れ!」
妖狐の姿になったシロは霧の中を駆け抜け、風に揺れる木の枝の間で異変を探る。その白い影が霧に溶け込み、鋭い瞳で気配を探知していた。
透哉は自身の山吹の祈祷符を掲げ、風の流れを読み取る。しかし彼の胸には、山吹の禁忌が重くのしかかる。
•私的な感情で記憶を操作してはならない
•封じた記憶を他者に渡してはならない
•風を止めてはならない(=記憶の流れを断つこと)
「……風が、記憶を伝えている……しかし乱れています」
透哉の言葉に透牙は眉を寄せる。山の風は単なる自然現象ではない。村人たちの心の迷いと恐怖が、霧に紛れて映し出されていたのだ。
結は手元の鏡を掲げ、霊気の動きを映す。
「影の存在が、水面や地面に潜んでいるようです」
村に近づくにつれ、風は囁きのように声を帯び、夜の灯籠を揺らす。村人たちの足取りは震え、夜道を避ける者も多かった。
黒い影の気配が霧の奥で揺れる。四人の視線がそれぞれに交錯する――今、村に潜む影との対峙が始まろうとしていた。
第二章 風に潜む記憶
夜。村の広場に立つ四人――透牙、シロ、結、透哉――の周囲で、灯籠が不自然に揺れる。
透牙は護符を構え、透哉は祈祷符を掲げる。
「私の力で風を止めるわけにはいきません。しかし、祈祷の符で流れを読ませてもらいます」
透哉の声は静かだが、覚悟を感じさせる。山吹の術の禁忌を思い起こしながらも、彼は風の中に潜む記憶の流れを見極める。
風の中には村人たちの恐れや不安が漂い、それが暴走した霊気となって影を生む。透哉は祈祷符をそっと回し、流れる霊気の方向を読み取る。
「人々の心の迷いを傷つけず、元の流れに戻す……それが山吹の役目です」
透牙は護符を掲げ、低く唱える。
「オン アビラウンケン シャラクタン」
三度、繰り返すたび、護符の光が灯籠を照らし、影を追い詰めていく。
妖狐の姿になったシロは、風に乗る影を追いかけて駆け回る。
水面や地面を滑る黒い気配――それは、村人の恐れや後悔が形を変えたものだった。直接叩けば消滅させられるが、封印の術で元の流れに戻すことが可能だ。
結は手元の鏡を掲げ、光を反射させつつ影の動きを映す。
「左手側の灯籠の影が活発です。封印陣の範囲を広げて!」
三人と一匹は息を合わせ、村の中心に封印の結界を広げていく。透牙が呪文を唱え、透哉が風の流れを読み、結が鏡で妖の動きを映し出す。
夜空を貫く風の音は、影の怒号のように響き渡る。
しかし四人の連携は揺るがず、次第に影は灯籠の光に吸い込まれ、元の静かな流れに戻っていった。
夜明け前の広場に、わずかに残る霧が、暴れた影の余韻を優しく包む。
風はまた静かに、山の間を滑り抜けていった。
第三章 影の正体
封印の儀式が進むにつれ、黒い影は形を変え、透牙たちの前に姿を現した。
ねじれたその姿は、村人たちの不安や恐れが結実した妖の核――黒影である。
「お前の心が揺れるほど、力は増す」
黒影の声が透牙の胸に冷たく響く。揺れる心を必死に押さえ、透牙は護符を握り直した。
透哉は慎重に祈祷符を掲げ、山吹の術を補助する。
「流れを止めず、記憶の負の部分だけを浄化する。私的な感情で操作してはいけない」
風に乗って残る村人たちの記憶を読み取り、影の力を弱めながら、封印の準備を整える。
結は手元の鏡を高く掲げ、黒影の動きを透牙に映す。
「透牙、今だ!封印陣に誘導して!」
妖狐の姿となったシロが影の注意を引きつけ、透牙は決意を固める。
護符の光を中心に集中させ、胸の奥から力を込めて唱える。
「オン アビラウンケン シャラクタン、オン アビラウンケン シャラクタン、オン アビラウンケン シャラクタン!」
光が黒影を包み込み、ねじれた姿を縛るように陣が輝いた。
黒影は暴れ声を上げるが、三人と一匹の連携は揺るがず、影を封印陣の中心へと導く。
風は静かに流れ、湖のように落ち着きを取り戻した。
透牙は息を整え、シロを抱き上げる。結は鏡を下ろし、透哉は風の流れを見渡した。
「これで……影は、封じられたはずです」
透牙の声に、三人と一匹は頷き、村に戻る足を進める。
湖面に反射する月光が、封印された黒影の余韻を優しく照らしていた。
第四章 封印の陣
夜、湖面に月光が反射する。
黒影は暴れ、風を操ろうと力を振るうが、透牙は護符をしっかりと握り、三度呪文を唱えた。
「オン アビラウンケン シャラクタン」
「オン アビラウンケン シャラクタン」
「オン アビラウンケン シャラクタン!」
妖狐の姿になったシロが黒影の注意を引きつけ、水面を駆け回る。
透哉は山吹の禁忌を胸に刻み、風の流れを断つことなく術を補助する。
「影の力を受け流す。止めるのではなく、流れに戻すのです」
透哉の声が湖面に響き、透牙と結も呼応する。
結は鏡を高く掲げ、黒影の動きを映し出す。
「透牙、中心に誘導して!」
三人と一匹の連携が完全に揃い、封印陣は光を帯びて輝いた。
黒影は暴れることもできず、まるで水に吸い込まれるように湖面に消え去る。
静寂が訪れる。シロは透牙の肩に頭を寄せ、三人と一匹の呼吸がひとつに重なる。
「……やっと、終わったか」
透牙は護符を握りしめ、湖面に残る微かな光を見つめる。
湖は再び穏やかさを取り戻し、封印の陣は完全に機能を果たした。
風も影も、今はただの静けさの中に溶けていった。
第五章 新たな仲間
翌朝、山道を吹き抜ける風が柔らかく、湖畔の村には穏やかな空気が戻っていた。
透牙は護符を胸に押し当て、シロを脇に置く。シロは小さく尾を振り、透牙の肩に頭を寄せる。
結は鏡を片手に持ち、朝日を浴びて微かに笑みを浮かべていた。
透哉は深呼吸をし、静かに言葉を紡ぐ。
「私、正式にこの旅に同行させてください。皆と力を合わせ、祈祷術を学び、守ります」
透牙は微笑み、結も頷く。
シロも尾を揺らして応え、四人と一匹の新たな旅が幕を開けた。
山道の霧がゆっくりと晴れ、朝日の光が三人と一匹を優しく包み込む。
湖や村に残っていた影は光に溶け、静けさと安らぎを取り戻した。
そして――次の冒険の気配が、まだ遠く山奥からそっと漂い始めていた。
結文
山道の朝霧が徐々に晴れ、山奥の村には再び平穏が訪れた。
透牙は護符を胸に押し当て、静かに目を閉じる。
シロは透牙の傍で尾を揺らし、結は鏡を抱えながら朝日を浴びる。
透哉は深呼吸し、仲間たちに向かって言った。
「私、これからは正式に皆と共に旅をします。祈祷術を学び、力を合わせて守ります」
透牙は笑みを浮かべ、結も静かに頷く。
シロも尾を振って応え、四人と一匹の新たな冒険が始まる。
湖や村に残っていた影の記憶は光に溶け、静けさを取り戻した。
そして、朝日の中で揺れる山道の風が、次の旅路の予感を三人と一匹にそっと伝えていた。
あとがき
風の章として描いた『山吹の伝書』は、これまでの旅の中でも特に“記憶”と“流れ”を象徴する物語になりました。
祈りの力とは、ただ祓うことではなく、“流れを受け入れ、正しい形に戻すこと”――透牙たちが学んだのは、まさにその真理だったのかもしれません。
新たに仲間となった山吹の祈祷師・透哉。
彼の術は、風のように繊細でありながら、時に嵐のように強く人の心を揺らします。
その力の代償に潜む“山吹の禁忌”は、これからの旅でも彼の運命に深く関わっていくでしょう。
そして、式神シロ――妖狐・瞬の存在もまた、透牙の心に少しずつ変化を与えています。
彼はただの式神ではなく、透牙の影であり、光の一部でもある。
この絆の形がどこへ導かれるのか……それは、まだ誰にも分かりません。
風が鎮まり、朝日が差し込む。
だが、その静寂の下で、次なる気配が確かに動き始めていました。
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【余話】山吹の掟と、透哉の祈り
山吹の祈祷師は、“風を読む者”と呼ばれる。
風とはすなわち「記憶の流れ」であり、人々の心に宿る祈りと怨嗟を運ぶ存在。
彼らには三つの禁忌がある。
ひとつ、私的な感情で記憶を操作してはならない。
ひとつ、封じた記憶を他者に渡してはならない。
ひとつ、風を止めてはならない。(記憶の流れを断つこと)
これらを破った者には、“風返し”と呼ばれる罰が下る。
それは自らの記憶が逆流し、忘れたはずの痛みや喪失が再び心を蝕むという、静かなる呪い。
それゆえ、山吹の者は常に“風を止めずに祈る”ことを己の矜持とする。
透哉もまた、その掟を胸に刻みながら歩み続けている。
かつて、自身の祈りが一人の命を救えなかった記憶を抱えて――。
彼の中の“風”は、今も静かに流れを探しているのだ。
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次回予告
第七陣 『沈む森』
――山吹の伝書が終わりを告げたその日、
透牙の手元に新たな符が届く。
その符が示したのは、“水底に沈んだ祈りの社”。
かつて人の手によって封じられた神が、
今、再び目を覚まそうとしていた。
水に映る影、囁く声、消えた祈祷師。
森の奥に隠された禁断の祈りが、透牙たちを試す。
風が止まり、水が語り始めるとき――
祈りは“願い”か、“呪い”か。
次回、『沈む森』
祈りの底に、真実が揺れる。




