四陣 ー鎮風の儀(しずかぜのぎ)ー
登場人物紹介(第四陣)
透牙
•少年陰陽師。冷静沈着で、困難な状況でも仲間を守る責任感が強い。
•風霊を封じるため、古い陣の再現や護符・呪文を駆使する。
瞬(しゅん/シロ)
•透牙の式神。白狐の姿では「シロ」、妖狐としては「瞬」となる。
•封印の儀では霊力を増幅させる役割を担い、透牙を守りつつ戦う。
•幼いながらも透牙との絆を深め、囮やサポートとして活躍。
結
•鏡職人の娘。透牙の助言役として登場。
•封印の陣の設置や儀式の手順など、知識面で透牙に協力。
•鏡や護符に関する技能を駆使し、儀式成功の鍵を握る存在。
―冒頭―
夜風が静かに宿の縁を揺らす。
透牙は机に置かれた護符を握りしめ、静かな呼吸を整えていた。
「……今日も無事だったな」
透牙の言葉に、瞬が尾を小さく振る。
妖との戦いを終えたばかりの疲労が、二人の肩に重くのしかかっている。
窓の外、夜空を横切る風に、微かな光がちらついた。
それは一羽の小さな式神――伝書式神だった。
透牙が目を細めると、伝書式神は翼を震わせながら、静かに手紙を落とす。
透牙はそっとそれを拾い上げる。
紙には整然と文字が並び、次の依頼が記されていた。
「森の廃屋に潜む妖を調査せよ……か」
結が肩越しに覗き込み、眉をひそめる。
「前回よりも危険そうね。準備は入念に」
瞬が柔らかく尾を振り、透牙の肩に頭を寄せる。
「今回も俺たちで行く。大丈夫、心配いらない」
透牙は深く息を吸い、護符をもう一度握りしめた。
「よし、明け方には出発だ。新しい旅の始まりだな」
伝書式神は静かに夜空に舞い上がり、三人の背中を照らす月明かりに溶けていく。
その光に導かれ、透牙、瞬、結――三人の影が、次の冒険へとゆっくりと伸びていった。
第一章 伝書の式神
朝の光が霧を割り、山あいの宿を照らしていた。
木戸の外では、湧き水の音が静かに響き、夜明けの冷気がまだ残る。
その静けさを破るように、白い羽の鳥がひとすじの風を切って舞い降りた。
足には、細い金糸で結ばれた一通の文。
透牙はそれを受け取り、封に押された朱の印を見つめる。
――都陰陽寮・伝令符。
「正式な依頼、か」
呟く声に、肩の上の小さな狐――瞬が耳をぴくりと動かした。
「また厄介そうな匂いだな。前の“祓鏡”の件から、まだ日も浅いぞ」
「仕事に選り好みはできないさ」
透牙は苦笑しながら、文を開く。
そこには、こう記されていた。
『風に夢を喰われし村。祈りの鈴、夜に鳴り続ける。
――早急に調査を願う。』
瞬の表情が険しくなる。
「“風が夢を喰う”……妙だな。妖の仕業とも限らない」
「だが、放ってはおけない」
そのとき、背後から小走りに結が駆け寄ってきた。
「透牙さん、何かあったんですか?」
「新しい依頼だ。祈村――夢に囚われる村、だそうだ」
結は目を伏せ、風に揺れる髪を押さえた。
「……夢の中で、人が消える。そんな話、父の日記にも書かれていました」
透牙と瞬が顔を見合わせる。
偶然ではない――また、古き封印が解けようとしているのかもしれない。
こうして、三人の次なる旅が始まった。
山を越え、霧の奥にあるという“祈村”へ――。
第二章 峠の風灯
霧の奥にある山に辿り着いた透牙たちは、道の脇に並ぶ無数の灯籠を見つけた。
それらは、まるで道を導くように山道の両側に続き、淡く揺れる火を宿していた。
「……風が吹いても、灯りが消えない」
結が小声で呟く。彼女の手にした灯りも、風の流れに抗うように微かに震えるだけだった。
瞬が尾を揺らし、灯籠の一つに鼻先を寄せる。
「灯芯が燃えていない。これは……霊火だ」
透牙はしゃがみ込み、灯籠の底に刻まれた印を見つけた。
「陰陽の印……しかも封印の型か。誰かが“風”を封じていた?」
その時、ふと吹いた風が三人の足元を撫でた。
灯籠の炎が一斉に揺れ、ぼんやりと人の影のような形を映し出す。
「今……誰か、通った?」
結が振り返るが、霧の向こうには誰もいない。
ただ、耳に届いたのは低く、悲しげな囁き。
――かえして。
――わたしたちの夢を。
透牙の背筋に冷たいものが走った。
「……風の声だ。封じられたまま、怨嗟が残っている」
瞬が鋭く空を見上げる。
「この峠は“祈村”への結界の境だ。封印が歪んでいるのかもしれない」
その瞬間、道の先に並ぶ灯籠が、ひとつ、またひとつと消えていく。
まるで何かが――霧の中を歩いて、こちらへ近づいてくるように。
透牙は護符を取り出し、低く唱えた。
「風の影を祓い、静寂を取り戻せ……“結界の印”」
紙片が白光を放ち、霧を押し返す。
しかし、その光の先に見えたものは、風に揺れる“人影”だった。
いや――人ではない。
それは、夢の形をした“風の亡霊”だった。
その風は、名を失った祈祷師たちの嘆きを抱き、夜ごと村の夢を喰らうという。
三人は、霧の向こうで微かに鈴の音を聞いた。
それは、祈りの音か、それとも――風の呼ぶ声か。
第三章 風の声(改訂版)
夜。
山を抜けようとした旅人が、一人、灯の中に消えた。
山道に並ぶ灯籠の炎がふっと揺らめき、霧が一度、息を呑むように止まる。
次の瞬間、風が逆巻き、静寂だけを残してその人影を呑み込んだ。
透牙たちが村に辿り着いたのは、その翌朝だった。
祈村――古より“風の神”を祀る祈祷師の一族が暮らす地。
だが、村は奇妙なほど静まり返り、家々の戸口には紙垂のついた札が貼られている。
「……封印の符だ」
透牙が呟くと、瞬は尾を低く下げた。
「風を閉ざしている。村そのものが“祈祷の結界”になっているようだな」
彼らを出迎えたのは、白い衣を纏った老女だった。
「山を越えて来たのですね……。風の声を、聞いてはおりませんか?」
透牙が頷くと、老女は祈祷殿へと案内した。
古びた祈壇の上には、無数の風鈴が吊るされていた。
音は鳴らない。
だが、よく見ると鈴の内側に、黒い筋のようなものが走っている。
「これは……」
「封じたはずの“風の魂”が、鈴に宿っているのです」
老女の声は震えていた。
祈村では、古来より“風を鎮める祈祷”が伝えられていた。
だが数年前、若き祈祷師の一人がその術を誤り、
“風そのものを神ではなく、器として祈りに閉じ込めてしまった”のだという。
以来、村では風の声を聞く者が現れ、夜ごと夢に呼ばれるようになった。
「……風が夢を喰う、か」
透牙は低く呟き、符を指でなぞる。
「昨夜の山で見た“風の亡霊”と同じ……。村と山、両方で結界が歪んでいる」
結がそっと手を合わせる。
「亡くなった人の声が、風に混ざっているような気がします。まるで、帰れないまま彷徨っているみたいに……」
その言葉に、老女は顔を伏せた。
「祈祷師の罪は、祈りの名を借りた封印。
あの夜、風の神を鎮めるはずが……人の欲が、風の声を閉ざしたのです」
瞬が、灯籠の残骸に目をやった。
「ならば、この村の風を解かねばならん。だが封印を解けば、また“風”が蘇る」
透牙は静かに頷いた。
「ならば、祓おう。
――風そのものではなく、囚われた声を」
その夜、村に風が戻り始める。
風鈴が微かに鳴り、どこからか低い囁きが響いた。
――たすけて。
――風の中に、まだ“私たち”がいる。
透牙は顔を上げた。
その声は確かに“人”のものだった。
村に残る祈祷師の血脈。
封じられた風の魂。
そして、風の神に取り憑かれた“祈り”の真実が、今、露になる。
第四章 鎮風の儀
夜の山を包む霧が、ひときわ濃くなっていた。
祈村の社の前、透牙たちは古びた風の陣を再現していた。
灯籠を三角に並べ、中央に護符を埋める。
白狐・シロがその周囲を駆け抜け、尾が描く光の軌跡が円を結んだ。
「……これで、古文書に記された陣は完成だ」
透牙は額の汗を拭い、息を整える。
傍らで、結がそっと祈祷書を開いた。
「この地には“風霊”を鎮めるための古い言葉が伝わっています。
けれど、それを唱えるには“風の神”を呼ばねばなりません……」
透牙はうなずき、両手を印に組む。
「――なら、呼ぼう。
風の神よ、今一度、人の声を聞け」
その言葉とともに、灯籠の炎がゆらりと揺れる。
風が社の奥から流れ出し、三角の陣をなぞるように吹き抜けた。
「風の神よ、怒りを鎮めてください。
この地を覆う嘆きを、静めてください」
結が続けて声を重ねる。
シロが小さく鳴き、白光を纏う。
だが次の瞬間、突風が吹き荒れ、灯籠の火が一斉に消えた。
闇の中で、風が低く唸る。
――なぜ、封じた。
――なぜ、祈りを捨てた。
その声は風そのもの。
怒りと悲しみが入り混じったような響きだった。
透牙は懐から新しい符を取り出し、声を張る。
「封じるためではない! お前を“祓う”ためでもない!
人が風を忘れたなら、今、思い出すために――」
護符が青白く光り、再び灯籠の火がともる。
瞬がその隣で、低く呟く。
「風の神よ、人を裁くな。かつて祈りを受け入れたなら、いまもその声を信じよ」
突風が一度、鋭く吹き抜け、やがて静まった。
霧の奥に、淡い光が浮かび上がる。
それは人の形をした風の精霊――
怒りを鎮めた“風霊”そのものだった。
「……ありがとう」
風の声が、柔らかく届く。
灯籠の炎が再び穏やかに揺れ、山の風が優しく流れ始める。
祈りの陣が静かに光を失い、風霊は霧とともに消えた。
透牙は深く息を吐き、結に目を向ける。
「……お前の祈りがなかったら、きっと届かなかった」
結は首を振り、微笑んだ。
「いいえ。風は、あなたたちの声を待っていただけです」
瞬が尻尾を揺らし、軽く笑う。
「どうやら、風の神も気まぐれではなかったらしいな」
夜が明け、山に朝の光が射す。
透牙たちの背に、新しい風がそっと吹いた。
第五章 風渡る明日
翌朝、山の山頂に差し込む柔らかな朝日が、夜の霧を溶かしていた。
透牙は深呼吸をしながら、灯籠の間を歩く。灯籠は一晩の間に、何事もなかったかのように静かに佇んでいる。
「……風が、変わったな」
透牙は灯籠の隙間を通り抜ける風に耳を澄ませる。風は、昨夜の禍々しい力をすっかり取り去り、まるで誰かの感謝の声を運ぶかのように穏やかだった。
シロは透牙の足元にひょこりと現れ、柔らかく尾を振る。
「よくやったな、シロ」透牙は微笑みながら頭を撫でた。
その瞬間、尾をふわりと広げた瞬――妖狐の姿に変わった彼の瞳が透牙を見つめ、低く鳴いた。
「守れたな、透牙」
透牙は瞬の声に応え、拳を握る。
「ああ、これで村の人たちは安心だ」
灯籠の明かりが朝日に照らされて輝き、山の稜線に沿って柔らかく光が広がる。
透牙の視線は、ふと足元の地面に敷かれた紙に止まった。
若い祈祷師――今回の依頼で監禁されていた少年が、透牙たちをじっと見上げていた。
「僕も……旅に同行して、修行させてください!」
少年の瞳には決意が宿っている。透牙は一瞬考えた後、微笑みを返す。
「いいだろう。だが覚悟しておけ。俺たちの旅は、甘くはない」
瞬は妖狐の姿で少年の肩にそっと寄り添い、尾を揺らす。
「心配するな。俺たちがついている」
シロは透牙の隣で小さく跳ね、朝の山風に身を任せる。
山の頂から吹き下ろす風が、二人と一匹、そして新たに加わる仲間を優しく包んだ。
透牙は胸元の護符を握り、静かに呟く。
「……さあ、次の旅に行こう、シロ、瞬」
山に吹き渡る風は、新たな冒険の始まりを告げていた。
結文
山を抜ける朝の風が、やわらかく三人の頬を撫でた。
透牙は胸元の護符を握りしめ、白狐の姿の瞬――妖狐の力を宿す仲間に目をやる。
「……これで、皆が少しは安心できるな」
瞬は尾をゆっくり揺らし、透牙を見上げる。
「お前の決意が、村を守ったんだ」
若い祈祷師も、少し緊張した面持ちで透牙に笑みを向ける。
「僕も、もっと修行してみせます」
透牙は微笑み、頷いた。
「よし、これからだ。俺たちの旅はまだ始まったばかりだ」
朝日に照らされる山の稜線。
三人の影は長く伸び、柔らかな風に揺れながら、新たな冒険の始まりを告げていた。
あとがき(第四陣・修正版)
山を抜け、風が静かに三人の頬を撫でた朝――透牙、瞬、そして結は、ひとまずの安堵を胸に旅の足を止める。
封じられた風霊は再び眠りにつき、山里には柔らかな空気が戻った。しかし、依頼を終えた彼らの背中には、次の旅の気配がすでに漂っていた。
今回の陣では、透牙が式神との連携をさらに深め、結の知識と協力によって古の陣の再現に成功した。
そして、瞬は囮としても自らの力を惜しまず示し、若き陰陽師・透牙の成長の一端を読者に見せることとなった。
次回、伝書の式神が導くのは――「水に潜む影」や「湖のほとりで眠る祓いの儀式」。
水面に映る心の影と向き合うことで、透牙はさらなる陰陽師としての覚悟を試されることになる。
読んでくださった皆さまに心から感謝を。
三人の新たな旅が、再び風に乗って始まる――その一歩を、どうか見守っていてほしい。




