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幽影の旅路  作者: ysk
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風の村ー祈りの灯火ー

■ 主人公・主要メンバー


透牙とうが

風を読む才能を持つ青年。姓はなく、旅の中で風そのものに導かれている。

かつて陰陽師の修行を受けたが、正式な名も師も持たず、「風導師」として旅を続ける。

風と霊の流れを感知し、時にその声を聞く。


「風は名を探している。ならば、俺が呼ぼう。」



ゆい

祈り歌を紡ぐ巫女。祈りによって名と魂を繋ぐ。

幼い頃、父・澄真のもとで“鏡師”の技を学んでいたが、今は祈りと風を導く巫女となった。

歌声が霊の残滓を浄化し、失われた“名”を呼び覚ます力を持つ。


「名を呼ぶこと、それが私の祈り。」



透哉とうや

音を操る共鳴術師。霊や土地に残る“記録の音”を読み取る。

落ち着いた性格で、分析と補助を担当。

結の祈りと響き合うことで、記憶や霊の姿を可視化する能力を持つ。


「音は記録だ。失われても、響きが残る。」



いつき

修験僧。古文書や封印の調査を担う。

冷静沈着だが、祈りへの信念は深い。

時に現実と霊界の境界を読む。


「祈りとは、形を持たぬものの名を呼ぶこと。」



晴明せいめい

陰陽師。冷静な理性と高い霊的解析能力を持つ。

陣を組み、調伏・封印・安定化を行う。

透牙の師の一人にあたる存在で、陰陽道の古い教えを継いでいる。


「名を持たぬものには、術も祈りも届かぬ。」



連理れんり

護符師。封印・再構築・霊的防御を担当。

晴明とは異なる流派の符術を使い、柔らかな性格ながら判断は鋭い。

祈りと風の調律を支える補助役。


「護符は祈りの形。封じるためではなく、結ぶためのものだ。」



葉羽はばね

天狗の修行僧。風を読む力に長けた青年。

軽口を叩くが、戦闘時は誰よりも冷静。

風の流れと霊圧の変化を察知する役を担う。


「風は生きてる。だから、黙ってても喋るんだ。」



風狐ふうこ

風の霊。透牙たちの導き手であり、警告役。

普段は小さな狐の姿をしているが、霊界では巨大な風の化身となる。


「風が止まるとき、それは祈りが途切れたときだ。」



■ 風の村に関わる人物


水音みおん

かつて村に住んでいた祈り人の少女。

風神に“名”を与えた存在。

暴風の夜、祈りが恐れに変わったことで封印に巻き込まれ、霊となった。


「風に名を――あの人に、声を返してあげて。」



風神 ― 風音かざね

村を守護していた神霊。

人々に恐れられ、封印されたが、祈りを取り戻したことで再び穏やかな“護りの風”となった。


「名を与えられしとき、我は風となる。」



澄真ちょうしん

結の父。鏡師であり、祈りの技を伝える者。

現在は遠方で修行中。娘・結に伝書を送る。


「祈りとは、映すこと。お前の風が、誰かの鏡となる。」



村長(老僧)

風の村の元責任者。

かつて恐怖から祈りを封じ、風神を封印した張本人。

今は過ちを悔い、透牙たちの祈りを静かに見守る。


「祈りを恐れた。――それが、我らの罪だった。」



村の子供たち

祈りを知らずに育った世代。

結の歌により“祈る心”を取り戻す。


「この風、あったかいね。」

あらすじ


風を失った山の村に、陰陽師の卵・透牙と仲間たちは辿り着く。

村では人々が「祈る」ことを忘れ、神の名すら封じていた。


結が夢で出会った少女の霊――水音は、

かつて風神に名を与えた祈り人だった。


封じられた神「天音」を巡り、

透牙たちは霊と人との記憶を調律していく。


祈りが再び風を呼び、

村に名と声が還る時――

風の旅は、また新たな道へと続いていく。


第一章 風の止まる村


 山道を越えた先、谷に抱かれるようにひっそりと広がる村があった。

 木々は揺れず、草も音を立てない。風が、ない。


 透牙は足を止め、額の汗を拭った。

「……ここだけ、空気が止まっている」

 彼の周囲で、蝉の声すら消えていた。


 続いて現れたのは、祈りの巫女・結。

 白い衣を揺らすことなく歩み寄り、静かに両手を合わせた。

「風が……息をしていない」

 その声は、まるで風の代わりに響く祈りのようだった。


 共鳴術師の透哉が小さく頷き、掌に浮かんだ符を見つめる。

「音の波が途切れている。……共鳴が、どこにも返ってこない」


 修験僧・斎が僧衣の袖を整えながら、村の入口に立つ石碑を見上げた。

 そこにはかすれた文字で――「風ノ祈ヲ 禁ズ」と刻まれていた。


 葉羽が不意に翼を震わせる。彼は天狗の修行僧、風の流れを読む者。

「風脈が断たれている……まるで、この村ごと封じられているようだな」


 沈黙を破るように、古びた杖の音が響いた。

 枯れ枝のように細い手をした老人が、ゆっくりと近づいてくる。

「……旅の方々、ここは“風の村”。だが……」

 老人は言葉を詰まらせ、目を伏せた。

「祈りも、風も、もういらぬのです」


 透牙が眉をひそめる。

「祈りを……禁止しているんですか?」


 老人は小さく頷いた。

「かつて、この村には“風神”を祀っておりました。

 けれども――その名を呼んだ者は、皆、風に攫われてしまったのです。

 それ以来、祈りも風も、恐れの対象となりました」


 結は胸元の護符を握りしめる。

「祈りを恐れた村……」


 晴明がその様子を静かに見つめ、扇を閉じた。

「つまり、風神は名を奪われ、祈りを封じられた。

 ――その代償として、この地は“風”そのものを失った、というわけか」


 連理は懐から古い護符を取り出し、かすかに光らせた。

「霊脈はまだ生きています。……けれど、この静けさは異常です」


 透牙は空を見上げる。雲は動かず、葉一枚すら揺れない。

「風がないのは、世界が息をしていないのと同じだ。

 なら、俺たちの役目は決まっている――この村に“風”を取り戻すことだ」


 その言葉に、結は小さく頷いた。

「祈りを、もう一度……」


 静まり返った村に、その声だけが優しく響いた。

 それはまるで、遠い昔の風の記憶を呼び覚ますように。


第二章 祠の沈黙


 村の外れ、風の抜け道にぽつんと佇む小さな祠――。

 木々は腐りかけ、扉の前には無数の護符が重なり貼られていた。

 その一枚一枚が、祈りを封じるための“呪”そのものだった。


 透牙が息を呑む。

「……これほどの封印を、村ひとつに?」


 連理が静かに前へ出る。

 指先をかざし、薄く光を帯びた符の断面を読み取っていく。

「護符の重ね張り……ただの封印じゃない。

 これは、“祈りそのもの”を閉じ込めた痕跡です。」


 その言葉に、結は顔を曇らせた。

「祈りを……封じるなんて。どうしてそんなことを……」


 祠の扉を押すと、内から冷たい風が漏れ出した。

 風ではなく、空気の“欠片”が揺れるような感覚。

 中には――数えきれぬほどの“沈黙の鈴”が吊るされていた。


 音を立てることを拒む鈴。

 その銀色の群れが、まるで“声の墓標”のように並んでいる。


 透哉がそっと鈴に触れ、耳を澄ませる。

「……音が、聞こえない。いや……違う。

 聞こえるのに、すべてが歪んでいる。

 声も祈りも、形を失って――ただ、沈黙になっている」


 結が震える唇で呟く。

「祈りが……泣いているみたい……」


 斎は祠の奥に古い木簡を見つけ、慎重に拾い上げた。

 その表面には、消えかけた文字が刻まれていた。


 ――“祈ルナカレ、風ヲ呼ブナカレ”――


 晴明は扇を閉じ、目を細める。

「この地では、“祈り”が禁忌となったようだ。

 祈ることで何かを呼び出し、それが恐怖となったのだろう。

 ――まるで、神を封じた者たちの村だな。」


 透牙が祠の中心に歩み寄り、手をかざす。

 空気が揺れ、鈴がわずかに震える。

「……この鈴、まだ息をしている。

 誰かの“祈り”が、ここに残っている」


 連理が頷き、護符を一枚だけ外す。

 鈴が小さく鳴った――しかしその音は、悲鳴のように歪み、風を呼ばなかった。


 葉羽が静かに目を閉じ、羽根を広げた。

「風脈は、祠の下だ。……何かが、まだ眠っている。」


 沈黙の中で、ひとつの鈴が揺れる。

 その音は、確かに言葉にならぬ声を運んでいた。


 ――“名”を呼べ――


 その瞬間、透牙の胸の奥に、かすかな風が吹いた。


第三章 水音という名


 夜の帳が降り、風のない村に沈黙が満ちる。

 その静けさの中、結は微かな水の音で目を覚ました。

 ――夢の中。

 見知らぬ泉のほとりで、白い影がこちらを見つめている。


 その影は少女の形をしていた。

 髪は水のように流れ、目はどこまでも澄んでいる。

 口がゆっくりと動いた。


 > 「風に……名を与えて。私の名前は……水音。」


 その瞬間、夢の世界に風が一筋だけ流れた。

 触れたはずの風が、指先から消える。

 結は息をのむ。

 少女の声は、哀しみに滲んでいた。


 > 「風は“名”を持った時、この村に祝福が降りた。

  けれど、村はそれを恐れたの。

  祈りが、風を乱すと……。」


 光が弾け、夢が砕ける。


 ――翌朝。


 結は額に冷たい汗を浮かべて目を開けた。

 夜明けの光が淡く差し込む。

 耳の奥に、まだあの声が残っている。


 > 「……水音……。」


 その名を呟くと、外から小さな波の音が響いた。


 透牙たちが駆けつける。

「どうした、結?」

 結は夢の内容を語り、泉へ向かうよう促した。


 村の外れ――霧に包まれた泉のほとり。

 そこに、淡い青の光が立っていた。

 人の形をした霊が、揺れる水面の上に浮かんでいる。


 透牙が慎重に一歩踏み出す。

「……君が、水音か?」


 少女は頷いた。

 声は水の波紋のように柔らかく、しかし儚かった。


 > 「かつて私は、この村で“祈り人”だった。

  風神様に名を与えることで、風を導いていた。

  でも――村の者はそれを恐れた。

  “風に名を与えるなど、神を縛る行為だ”と。」


 結が悲しげに目を伏せた。

「だから、祈りが封じられたのね……」


 水音は微笑み、透牙を見つめた。

「風導師……あなたはまだ“風の名”を探しているのね。」


 透牙は一瞬ためらい、そして頷く。

「……風は、名を持たねば道を見失う。

 それを取り戻すために、俺たちはここに来た。」


 水音は静かに手を伸ばした。

 その掌の上で、水が揺れ、形を成す。

 小さな風の渦――それは“封じられた記録”だった。


 > 「これが、風神の記録。

  祈りのすべてが封印された日――この村の罪。」


 泉の底から、鈴のような音が響く。

 かすかな祈りの残響が、風のない空を震わせた。


 晴明が扇を閉じ、低く呟く。

「この霊は“記録”そのもの。

 祈りを奪われた村が、風神を封じた証拠だ。」


 斎が祈祷文を手に取る。

「風神とは……もはや神ではなく、名を奪われた“哀しみ”か。」


 水音は、ほんの少しだけ微笑んだ。

「風が再び息をすれば、祈りも帰る。

 でも――誰かが“風の名”を呼ばなければ。」


 その言葉とともに、光が霧の中に溶けていった。

 泉は再び静まり、ただ一枚の護符だけが水面に浮かんでいる。


 透牙はそれを手に取り、呟いた。

「“風神”――その名を取り戻すために、俺たちは行く。」


 風のない村に、かすかな風の音が戻り始めた。


第四章 風神の記録


 霧の晴れぬ朝、透牙たちは村の祠の奥にある古文書庫へと足を運んだ。

 湿った紙の匂いと、長い年月の重みが満ちている。

 連理が灯りを掲げ、斎が経巻を広げた。


 「……ここだ。」

 斎の指先が、崩れかけた一頁をそっとなぞる。

 そこには、かすれた文字がまだかろうじて残っていた。


 > “風神ノ名、祈リニ溶ケ、声ニ還ル”

 > “祈リ過ギ、風暴あらぶル”


 連理が眉をひそめる。

「……風神はこの村を守る存在だったはず。

 けれど、“祈り過ぎた”とある。これは――」


 斎は静かに頷く。

「恐らく、祈りが強くなりすぎたのだ。

 人々の願いが一つに重なり、風そのものが形を持ってしまった。」


 結が息を呑む。

「風に“名”が宿った……だから、水音さんは“名を与えた”と言ったのね。」


 そのとき、奥からゆっくりと杖をつく音がした。

 老僧――かつての村長が姿を現す。

 その眼は深い悔恨を湛えていた。


 「……あの夜のことを、知っておるか。」


 彼の声は、まるで長い年月を超えて響く鐘のようだった。

 誰も口を開かぬまま、老僧は語り始める。


 > 「あの夜、祈りが強すぎた。

 > 誰も風の声を制御できなかったのだ。

 > 風は渦を巻き、祈りは叫びとなり……

 > 村を包むほどの暴風が吹き荒れた。

 > 我らは恐れた。

 > “祈り”が神を怒らせたと――」


 結は拳を握りしめ、震える声で問う。

「それで……祈りを、封じたんですか?」


 老僧は沈黙したまま、目を伏せる。

「封じねば、村は滅びると思った。

 風神は“名”を持ち、風ではなく“意志”を得た。

 それが恐ろしかったのだ……。」


 晴明が扇を閉じ、ゆっくりと口を開く。

「……それは制御の問題ではない。

 共鳴の問題だ。

 祈りが風に届きすぎたのではない。

 “風が人の恐れを映した”のだ。」


 老僧はその言葉に顔を上げた。

 涙が一筋、頬を伝う。


 「我らの恐れが……神を歪めたというのか。」


 晴明は静かに頷く。

「名を与えるとは、存在を認めること。

 だが、恐れの祈りは“封”を生む。

 その瞬間、神は神でなくなる。」


 透牙が古文書の端を見つめ、風の流れを指先で感じ取った。

「……この封印、まだ生きている。

 祈りの音が閉じ込められたままだ。」


 連理が頷き、護符を取り出した。

「封は二重構造。表は“祈り封じ”、裏は“名封じ”。

 どちらか一方でも解けば、風神が……」


 風狐がその足元を駆け抜け、尾を翻した。

 冷たい風が一瞬、祠をなでる。


 > 「もう目覚めようとしている。

  この封は、長くはもたぬぞ。」


 透哉が静かに幻影烏を放つ。

 鳥の影が天井を旋回し、封印の模様を映し出した。

 古文書の文様とぴたりと重なる。


 晴明が低く呟く。

「……風神の眠る祠。

 ここが、封印の中心だ。」


 その瞬間、祠の奥で鈴の音が鳴った。

 誰も触れていないのに。

 霧が、内側から揺れる。


 水音の声がかすかに響いた。

 > 「……風が、呼んでいる。」


 結が振り返る。

 祠の奥――封じられた鏡の中で、淡い光が脈打っていた。


 透牙は息を詰めて言った。

「風神が……目を覚まそうとしている。」


第五章 風の子供たち


 村に日が差していた。けれど、その光はどこか冷たく、風のない世界は時間が止まったようだった。

 透牙たちは、村はずれの広場にいた。小さな子供たちが輪になり、石を蹴ったり木の枝で地面を叩いたりして遊んでいる。


 けれど、その歌には――“祈り”の節がなかった。


 「ねぇ、『祈る』って、どういうこと?」

 一人の少女が首を傾げる。


 結はその問いに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 「……願うこと。誰かのために、心を向けること。」

 そう答えると、子供たちは顔を見合わせて小さく笑った。

 「変なの。願うなら、声を出せばいいじゃん。」


 彼らの世界には、祈りという概念が消えていた。

 風の止まった村――祈りを恐れ、封じた代償。


 結は膝をつき、柔らかく微笑んだ。

 「じゃあね、“風の唄”を歌ってみようか。」

 掌を胸にあて、静かに息を吸い込む。


 > ♪ 風よ 迷わず 行きてかえれ

 > 名を呼ぶ声に 応えながら ♪


 透哉が小さく目を閉じる。

 音が、空気の層を震わせた。

 止まっていた風が――ほんの少し、動いた。


 「……反応した。」

 透哉の声が低く響く。

 「祈りが呼び水になっている!」


 その瞬間、地を這うような風の流れが村を横切った。

 葉羽が鋭く羽根扇を開く。

 「この風……ただの風じゃないぞ。」

 風導師の目が、空の微かな歪みをとらえる。


 子供たちがざわめく。

 「ねぇ……風が、笑っている?」

 風は彼らの髪を撫で、声を真似するように囁いた。


 > ――なぜ、祈りを忘れた?


 結が振り向く。声の主は見えない。

 だが、風そのものが言葉を帯びていた。


 晴明が扇を掲げ、結界符を広げる。

 「……始まったな。封が揺らぎ始めた。」

 霧のような気配が祠の方から立ち昇ってくる。


 斎が静かに印を結ぶ。

 「祈りを封じた村に、祈りが還るとき……封印は解かれる。」


 透牙は立ち上がり、風の流れを両手で掴むように受け止めた。

 「これは“試し”だ。

  恐れの風じゃない――祈りの風が、俺たちを試している。」


 結は頷き、子供たちに向かって微笑む。

 「もう一度、みんなで歌おう。

  風は、ちゃんと聴いているから。」


 再び声が重なった。

 > ♪ 風よ 帰れ 名を抱いて

 > 祈りは 空へ 還るもの ♪


 風が強く吹き抜け、祠の方から微かな鈴の音が響いた。

 連理が顔を上げる。

 「……封が、裂けた。」


 晴明は静かに扇を閉じ、低く呟く。

 「祈りが、恐れを超えようとしている。

  これが“風神”の目覚めの合図だ。」


 透牙の髪が風に揺れる。

 その瞳の奥に、祠の奥――封じられた“風の光”が見えた。


 風狐が地を駆けながら囁く。

 > 「封は二度と閉じぬ。

  だが、それでいい。

  風は、祈りに帰るために生まれたのだから。」


第六章 封印の裂け目


 夜、祠の奥――地の底から低い唸り声が響いていた。

 それは風ではない。

 だが、確かに「息」をしていた。


 透牙は膝をつき、掌で地面の震えを読む。

 「……これは風じゃない、“神霊の息”だ。」


 封印の陣が微かに光り、淡い青白い線が祠の床を這う。

 晴明が扇を広げ、陣の歪みを解析するように目を細めた。

 「結界が崩れている。これは……“内側から”の干渉だな。」


 連理が護符を取り出し、封印の裂け目に貼る。

 「符の構成が古い。……霊圧が逆流している。

  このままだと祠ごと吹き飛ぶ。」


 風狐が影から現れた。尾の先が風の流れを切り裂くように揺れる。

 > 「呼ぶな、まだ早い。風神は“名”を失ったまま眠っている。」


 「……でも、このままでは封印が暴走する。」

 透牙の声は震えていた。風の導きを読む瞳の奥で、祠の底に渦巻く“風”が見える。

 それは、怒りでも悲しみでもない――“喪失”そのもののような気配。


 晴明が結界符を構え、静かに呪を唱える。


 > 「急急如律令――!」


 扇を振り下ろすと、地の紋が一瞬だけ静まる。

 しかし、祠の奥から再び強い風圧が逆流した。


 「効かぬ……! これは祈りそのものが反発している!」

 斎が印を結び、低く経を唱える。


 > 「オン アビラウンケン バザラダトバン――

  願わくは、風を鎮め、名を還せ……」


 結の衣が風に舞い、祈り歌が口から出る。


 > ♪ 風よ 名を呼べ 忘れし者の声を乗せて

 >  祈りは恐れを越え 空へと還れ ♪


 透哉が耳を押さえ、霊の音を聴く。

 「音が共鳴している……! 祈りの波形が、封印陣と干渉している!」


 晴明は再び扇を掲げ、印を組み替える。

 > 「オン ハンドマダラ アボギャジャヤニ ソロ ソロ ソワカ!」


 閃光のような符が空間を裂き、祠の中に逆巻く風を押し戻す。

 連理がすかさず護符を投げ入れる。


 > 「封〈とざ〉せ――『金環鎮縛の符・第四印』!」


 符が宙に散り、風の渦に吸い込まれていく。

 その瞬間、地が震え、祠の奥から低い声が漏れた。


 > ――名を……呼ぶな……我は……まだ……


 透牙の瞳が見開かれる。

 「聞こえた……! 風神が、意識を取り戻し始めてる!」


 風狐が鋭く叫ぶ。

 > 「退け、透牙! “名”を持たぬ神は、祈りを喰う!」


 遅かった。祠の奥から吹き上がる風が、夜空を切り裂く。

 封印が完全に崩れ、祈りと恐れが交錯する。


 晴明が最後の符を掲げた。

 > 「“六芒・転界陣”――発動!」


 地を這う光が広がり、透牙たちを包む。

 風が形を持ち始める――

 それは、姿なき“風神”の顕現。


 透牙は震える声で呟いた。

 「……これが、“風そのもの”か。」


 夜空が裂け、風が咆哮する。

 風神の目覚め――

 それは、名を失った神と、祈りを取り戻す者たちとの対峙の始まりだった。


第七章 風神、目覚め


 夜半――村を包む霧が、ゆっくりと揺らぎ始めた。

 結は眠りながら、微かに唇を動かしていた。


 > ♪ 風よ 名を返せ 失われし声を呼べ……


 それは、彼女自身も知らぬ“祈りの歌”。

 夢の中で呼応したその旋律が、封印の陣を震わせた。


 「……っ、地が……鳴いている……」

 透牙は夜気に立ち上がり、風の流れを読む。

 冷たい空気の中、祠の奥から吹き上がる息のような風が、村全体を包み込んでいく。


 連理の護符が一斉に破れた。

 「封印が……裂ける!」


 次の瞬間、祠の屋根を突き破るように、白銀の風が噴き上がった。

 風が光となり、形となる。

 それは――人でも獣でもない。

 空と記憶が混ざりあった“風と祈りの集合体”。


 風神が現れた。


 透牙は耳を押さえた。

 「……声が……聞こえる……けど、言葉じゃない……これは、記憶そのものだ!」


 風神の輪郭が揺れながら、深い声が夜空に響く。


 > 「名を奪われた我は、誰を守ればよい――?」


 祈りを求めるような声。

 怒りとも悲しみともつかぬその響きが、空気を震わせる。


 晴明は結界を張る。

 「急急如律令――封・天嵐之陣!」

 しかし、風は結界を切り裂くように暴れ出した。


 結が胸を押さえてよろめく。

 「……苦しい……風が、泣いている……!」


 透牙が駆け寄ろうとした瞬間、結の身体が光に包まれた。

 まるで風神の内へ吸い込まれるように、その姿が霧の中へと消えていく。


 「結――!」

 透牙は手を伸ばした。

 触れた瞬間、視界が反転し、音が消える。


 ――そこは、風の記憶の中。


 朽ちた祈りの鈴、泣き声、風に溶ける名の数々。

 透牙の耳に、誰かの祈りが流れ込んだ。


 > 「風よ、どうか……この村を守って……」


 水音の声だった。

 封印の奥で、彼女の祈りがまだ響いている。


 透牙は風の中で呟いた。

 「風神……お前は、守るために“名”を捨てたのか。」


 巨大な風が形を変え、無数の顔が現れる。

 それは、祈りを忘れた村人たちの“影”。


 > 「祈りは恐れとなり、名は封じられた……」


 透牙は一歩、風の中心へ進み出た。

 「ならば俺が呼ぶ。“祈りの名”として――!」


 彼の中で符と風が重なり、印が走る。

 「オン アミリリク アボキャク シャカラバヤ ソワカ!」


 風がざわめき、結の声が重なった。

 「 ♪ 名を呼べ 風の子よ 祈りの道に還れ……」


 風神の目が、一瞬だけ柔らかく光った。


 ――記憶の扉が開く音がした。


 透牙と結の意識は、風神の深層――“真なる名の記録”へと沈んでいく。


第八章 水音の記憶


 風の中を、光の粒が舞っていた。

 透牙が目を開けると、そこは――現実ではなかった。

 無数の鈴が風に揺れ、あたり一面に淡い水の音が響いている。


 「ここは……記憶の中、か。」

 彼の声は風に溶け、遠くで少女の笑い声が重なった。


 泉のほとりで、小さな少女が風と戯れていた。

 その髪は水のように透き通り、指先には青白い光が宿る。

 風が彼女の周りを包み、柔らかく形を成していく。


 「……あなたが、風神?」

 少女が風に語りかける。

 風は揺れながら、その姿を曖昧な人の形に変えた。

 声ではなく、風そのものが応える。


 > ――名がない。だから、ここに在れない。


 少女は微笑んだ。

 「じゃあ、私が名前をあげる。風の音が好きだから……“風音かざね”なんてどう?」


 風が震え、優しい響きを返す。

 「> ――名を……くれたのか。」


 「うん。あなたは、村を見守る“風神”よ。」


 透牙はその光景を黙って見つめていた。

 風と祈りが交わった瞬間、世界そのものが澄み渡るように輝いていた。

 けれど――その美しさは、やがて暗い風に呑まれていく。


 ――夜。

 暴風が村を襲い、人々が祈りの鈴を恐れて壊していく。


 「祈るな! また風が荒れる!」

 「神は怒ったのだ!」


 風神はただ村を守ろうとしていた。

 しかし祈りの声は恐れへと変わり、風を拒んだ。


 水音は泣きながら、祈りの鈴を握りしめた。

 「違うの……あの風は、守ろうとして……!」


 けれど、彼女の祈りは封印の印へと変えられた。

 村人たちは“封じの歌”を捧げ、その中心に彼女の声を置いたのだ。


 > 「私は風神を守りたかったの。なのに、私の祈りが……封印に使われた。」


 風の世界の中で、少女――水音は透牙に微笑む。

 「あなたたちは、まだ風を信じられる?」


 透牙は拳を握った。

 「信じるさ。俺たちは“名を繋ぐ者”だ。風も、祈りも、同じ道の上にある。」


 その瞬間、背後で光が弾けた。

 結が現れ、涙をこぼしていた。

 「……水音……あなたの祈り、私が受け継ぐ。今度こそ、封じるためじゃなく――繋ぐために。」


 水音の姿が風に溶けていく。

 > 「ありがとう。風音は、もう……名を持てる。」


 光が淡く収束し、祠の鈴がひとりでに鳴った。

 風神の名――“風音”。

 それが再び、世界に息を吹き返した瞬間だった。


第九章 祈りの対話


 夜の村を、再び風が裂いた。

 長く沈黙していた風は、いまや怒号のように祠を包み込んでいた。

 地鳴りのような唸りが山を震わせ、封印の札が次々に剥がれ落ちる。


 「……戻ってきたな」

 透牙は手をかざし、風の流れを読もうとする。

 その瞳の奥に、確かに“何か”が蠢いていた――かつて村を守った神霊の息。


 晴明が扇を掲げ、低く呪を唱える。

 > 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前――急急如律令!」

 地を這う光の陣が展開し、暴風の中に光の輪が浮かび上がった。

 十二の符が風に舞い、ひとつずつ位置を定める。


 「陰陽十二天将陣――結!」


 だが風は止まらない。むしろ、陣を嘲笑うように吹き荒れた。

 その中心に、巨大な影――“風神”が立っていた。


 葉羽が翼を広げ、風の流れを分断する。

 「透牙! 風が荒れすぎてる! このままじゃ陣が飛ぶ!」


 「時間を稼げ!」

 透牙の声に、連理が護符を構えた。

 「封――破陣・再構の式、起動!」

 彼の手から放たれた札が光り、風神の周囲を囲むように結界を張る。


 その中で、透哉が両手を胸の前で重ねた。

 「……響け、音の共鳴――」

 彼の足元から、淡い波紋が広がっていく。

 暴風の中にも確かに“音”がある。それは怒りでも破壊でもない。

 泣き叫ぶような、助けを求める声。


 「この風、泣いている……」結が呟いた。


 その言葉に呼応するように、風神が低く呻いた。

 > 「名を奪われた我は、誰を守ればよい――?」


 結はその場に膝をつき、両手を合わせた。

 「名を返す!」

 風の中に、彼女の声が響く。

 「あなたは“風”でも“災い”でもない――“護り”よ!」


 祈りの旋律が生まれた。

 それは言葉でも歌でもない、風と心の共鳴だった。

 結の声に、透哉の共鳴音が重なり、斎の読経が旋律の基を支える。


 > 「オン アビラウンケン シャラクテン――

 > 風よ、帰れ。名の座へ――」


 晴明の呪が重なり、陰陽陣が光を放つ。

 風狐が走り抜け、葉羽の羽根が光の粒を散らす。


 そして――光の中に、ひとりの少女が現れた。

 水音。

 彼女の姿は淡く透け、けれど確かにそこに立っていた。


 「ありがとう、結。私の祈りを、もう一度風に返して。」


 結と水音が向かい合い、同じ旋律を紡ぐ。

 音も風も祈りも、ひとつに重なっていく。

 その瞬間、風神の形がゆらぎ――穏やかな人の声が響いた。


 > 「……名を、思い出した。私は“風音”。

 > 祈りとともに、この地を護る風。」


 暴風が静まり、封印の札がひらりと舞い落ちる。

 空を見上げれば、雲が裂け、月が姿を現した。


 透牙は息を整えながら呟く。

 「これが……祈りの還る場所、か。」


 晴明が微笑を浮かべる。

 「そうだ。封じるための祈りではなく――繋ぐための祈り。

  それこそが“風”の本質よ。」


 光が収束し、風神の姿は静かに霧へと還っていく。

 ただ、最後に残ったのは、柔らかい風と一枚の護符――「風音守」と記された札だった。


第十章 風の還り


 夜が明けようとしていた。

 暴風が去ったあとの村には、奇妙な静寂が残っていた。

 だがその沈黙の奥で、確かに“息づく音”がある。


 透牙が手をかざすと、指先に微かな風が触れた。

 温かい。――恐れの風ではない。

 その中心に、結と水音が並び立っていた。


 結の髪が光を帯び、祈りの旋律が静かに流れ始める。

 水音が微笑み、声を重ねる。


 > 「風は、名をもらって初めて、道になるの。」


 ふたりの祈りが重なった瞬間、光が村を包んだ。

 祠の封印符が一枚、また一枚と宙に浮かび、音もなく燃え尽きる。


 その中心で――風神の姿がゆるやかに形を変えていく。

 もはや嵐ではなく、柔らかな光の中に立つ人影。

 風そのものが、やがてひとつの声となった。


 > 「……我は、何を護る者だったのだろう。」


 透牙は一歩前に出て、その声に応えた。


 「あなたの名は“風音(かざね)”――すべての風をつなぐ声。

  祈りとともに在る、護りの名だ。」


 その言葉に、光が優しく脈動した。

 風神――いや、風音がゆっくりと目を閉じる。

 霧が晴れ、空から新しい風が村へと流れ込む。


 風が稲穂を撫で、祠の鈴が自然に鳴った。

 どこからともなく、子供たちの笑い声が響く。

 彼らは風を追いかけ、走り回っていた。


 「……風が、笑っている。」

 結が呟く。


 晴明は静かに頷き、扇を閉じた。

 「封印は解かれ、祈りは還った。

  これが“調律”――人と風の祈りが再び響き合う形だ。」


 斎が経を納め、連理は護符の灰を掌に収めた。

 「これも供養の一つ……祈りは絶えず、姿を変えるのですね。」


 透哉が共鳴の符を確認しながら笑う。

 「聞こえるか? 音が……風と一緒に歌っている。」


 葉羽が翼を広げて風を受けた。

 「いい風だ。もう、怒りも迷いもない。」


 風狐がふと現れ、透牙の肩に飛び乗る。

 「やっと“名”を取り戻したな。お前も、風も。」


 透牙は笑い、吹き抜ける風を見上げた。

 そこには、静かな陽光の帯――風音が還っていった道が見えた。


 結は祠の前に膝をつき、祈りを捧げる。

 「風よ、名を忘れても、祈りを忘れないで。」


 柔らかな風が彼女の髪を揺らし、まるで答えるように囁いた。

 > 「名は呼ぶ者に、祈りは信じる者に――」


 村全体に、穏やかな風が巡る。

 風神の封印は解かれ、祈りの循環が再び始まった。


 晴明は歩きながら、透牙たちに告げた。

 「行こう。風はまだ、次の名を探している。」


 透牙は頷く。

 「ああ――風は還った。けれど旅は、まだ終わらない。」


 その言葉を合図に、彼らの足元を新しい風が通り抜けた。

 それはまるで、「祈りの続きを探す風音」のようだった。


第十一章 澄真からの伝書


 夜明け前の空気は透き通っていた。

 霧が薄れ、祠の上を柔らかな風が通り抜ける。

 その風の中に、一羽の黒い烏が舞い降りた。

 翼に小さな巻物を括りつけ、まるで導かれるように結の肩へと止まる。


 「……伝書烏?」

 結が目を丸くする。


 晴明が扇で風を読み、微かに頷いた。

 「式神ではない。陰陽師が送った本物の伝書だな。」


 結は慎重に巻物をほどく。

 中には見慣れた筆跡――父、澄真の文字があった。


 > 「結、風は鏡だ。

 >  祈りは映すためにある。

 >  名を与えることは、命を吹き込むこと。

 >  お前が見つけた“風の名”は、きっと誰かを守るだろう。」


 結の手が震えた。

 筆跡は変わらず、どこまでも優しく、どこか懐かしい。

 彼女の頬を、朝の風がそっと撫でる。


 透牙が隣に立ち、穏やかに微笑んだ。

 「澄真殿は、ずっと見ていたんだな。お前の祈り。」


 結は小さく頷き、胸に巻物を抱いた。

 そして、懐から一枚の薄紙を取り出す。

 祈り筆を手に取り、ゆっくりと書き始めた。


 > 「お父さま。

 >  私は巫女となりました。

 >  名を呼び、風と祈ることが、私の道です。

 >  どうか、あなたの風も、私の祈りに届きますように。」


 風が筆の先を導くように流れ、墨が滑らかに紙へ吸い込まれていく。

 書き終えた結はその文を折り、風へと放った。


 淡い光が紙を包み、風に乗って空へ昇っていく。

 それはまるで、祈りそのものが翼を得て飛び立つようだった。


 晴明は静かに目を細める。

 「……祈りは形を変え、また誰かの胸に届く。」


 透哉が風の音を聴き、ふと呟いた。

 「風が返事をしている。ほら、ほのかに音が重なって……“ありがとう”って。」


 斎が手を合わせ、経をひとつ唱える。

 「風は語り、祈りは生きる。――この村も、もう大丈夫ですね。」


 葉羽が背を伸ばし、風を浴びて笑う。

 「さぁ、行こうか。次の風が呼んでいる。」


 透牙は仲間たちを見渡し、頷いた。

 「旅は続く。名を探し、祈りをつなぐために。」


 朝日が昇る。

 光が村を照らし、子供たちの笑い声が遠くに響いた。

 封印の村は、再び“風の村”へと還った。


 結は小さく囁く。

 > 「お父さま、私はもう迷いません。

 >  この風のように、誰かを包める祈りになります。」


 風がその言葉を受け取るように、柔らかく頬を撫でていった。


第十二章 風の道、再び


 朝日が昇る頃、村の空に柔らかな風が戻っていた。

 鈴の音が祠の奥で微かに鳴り、風に乗って遠くまで響く。

 その音はまるで――眠っていた祈りが、再び息を吹き返したかのようだった。


 斎が手を合わせ、静かに目を閉じた。

 「……この地の魂も、ようやく安らげたようだな。」


 晴明は扇を閉じ、風を読むように空を仰ぐ。

 「行こう。次の“祈りの地”へ。

  風は止まらない。――まだ、呼ぶ声がある。」


 連理は封印護符を丁寧に束ね、透哉は音晶を懐に収める。

 葉羽は天狗の面を首に掛け、風の流れを感じ取って微笑んだ。

 結は小さな祈り筆を握りしめ、その先端をそっと風に向ける。

 透牙は仲間たちを見渡し、前へ一歩踏み出した。


 「風は、まだ名を探している。」

 結の声が、静かな風に乗って広がる。


 透牙は振り返らずに答えた。

 「ならば、俺たちがその名を呼ぼう。

  風が迷わぬように、祈りが絶えぬように。」


 その時、柔らかな光が足元に揺れた。

 泉のほとりから、水音の霊が姿を現す。

 彼女は静かに微笑み、透牙たちに手を振った。


 > 「ありがとう……風はもう、独りじゃない。」


 傍らで風狐がしっぽを揺らし、短く鳴いた。

 それはまるで「行け」と告げる風の合図。


 霧が晴れ、山々の向こうに一筋の光の道が見えた。

 風が草を撫で、祈りの鈴が再び鳴る。


 透牙たちは並び立ち、ゆっくりとその道を歩き始める。

 ――風と祈りの旅は、終わりではなく“続き”の始まりだった。


 遠ざかる背に、風がそっと囁く。

 > 「名を呼ぶ者たちよ、次の地へ――“無風の都”が待つ。」


 空が澄み、風の道が再び続いていく。

あとがき


風は、形を持たない。

けれど、確かにそこに在り、誰かの声や祈りを運んでいく。


この物語を書き進めるうちに、私は次第に「名を呼ぶ」という行為の意味を考えるようになりました。

それは、誰かを思い出すこと。

そして、忘れられた存在を再び“この世界に繋ぎ直す”ことでもあります。


『風の村、祈りの灯火』は、「祈り」と「恐れ」の狭間にある人の心を描いた章でした。

恐れるあまり祈りを封じた村。

けれど、祈りは本来、恐れを鎮めるためにある。

風が再び吹いた瞬間、沈黙の中で眠っていた“願い”が息を吹き返すように感じました。


透牙たちはまだ旅の途中です。

風が止まった都――「無風の都」では、祈りそのものを忘れた人々と向き合うことになります。

彼らがまたどんな“名”と“風”を見つけるのか、私自身もまだ知りません。


この章を読んでくださった方へ。

もし心のどこかで、誰かの名を思い出したなら――

それが、きっと“祈り”の始まりです。


風はまだ、どこかで吹いています。

あなたの耳元にも、きっと。


――作者

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