三陣 ― 闇映す鏡 ―
主要人物
透牙
•若き陰陽師。
•式神・瞬と共に妖退治の依頼を受け、修行と実戦を重ねる。
•今回は「黒影」との対峙で、自らの恐れや迷いと向き合うことになる。
瞬
•透牙の式神。
•幼い狐の姿を基本形とし、必要に応じて妖狐の姿に変化。
•透牙を守ると同時に、精神的な支えとしての役割も持つ。
結
•鏡職人の娘。
•祓鏡を作った父の遺志を継ぎ、透牙たちに鏡に関する知識を提供。
•今回は黒影の正体と祓鏡の秘密を探る鍵となる。
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黒影
•祓鏡に宿る妖。
•透牙の心の迷いや恐れ、弱さを映し取り、実体化した存在。
•言葉を持ち、透牙の心理を揺さぶる。
•透牙が自らの心と向き合うことでのみ封印可能。
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村人たち
•村の社に伝わる祓鏡の伝承に怯えて暮らす人々。
•夜になると影に怯え、火を絶やさず生活している。
•透牙の行動によって少しずつ安心を取り戻す。
【あらすじ】
封印の儀から数日。
透牙と瞬は、都に戻る途中の山里で休息を取っていた。
だが、透牙の“影”に異変が現れる。光に照らされるたび、その影が僅かに遅れて動くのだ。
その夜、村の鏡職人が不可解な死を遂げる。
鏡面には何も映らず、代わりに黒い染みのようなものが残っていた。
調査を進める透牙は、「映してはならぬ影」という禁忌の鏡――“祓鏡”の存在を知る。
やがて明らかになるのは、己の影と鏡を通じて結ばれた“もう一つの自分”の存在。
封印の代償として透牙の影に宿った妖は、“彼自身の恐れ”から生まれたものだった。
影が語り、鏡が嘲る。
そして透牙は、初めて“自らの心”を祓う戦いへと足を踏み入れる。
【序章:鏡の中の気配】
夜明け前、山の宿の部屋にて。
透牙はふと、壁に映る自分の影を見つめていた。
「……動いた、か?」
微かな蝋燭の灯のもと、影がわずかに遅れて動く。
瞬が眠たげに尾を揺らしながら顔を上げる。
「またか。封印の代償、やはり影に何か宿っているな」
透牙は額に手を当て、静かに息をつく。
「ただの疲れじゃない。あの“風”を封じたとき、何かが俺の中に……」
その時、外で鈴の音が鳴った。
宿の主が駆け込むように戸を開ける。
「陰陽師様! 村の鏡師が、今朝……鏡の中で死んでいました!」
「鏡の中で?」
透牙は眉をひそめ、すぐ立ち上がる。
瞬の瞳がわずかに揺れる。
「……鏡は“影の入り口”とも言われている。まさか……」
そのまさかが、現実だった。
透牙の影が、蝋燭の灯の揺らぎに合わせて、笑ったのだ。
第一章 祓鏡の伝承
山間の村。薄曇りの空の下、湿った風が通り抜ける。
透牙と瞬は、村の外れにある古い蔵の中で埃を払いながら、古文書を開いていた。
そこには、墨の滲んだ筆跡でこう記されている。
「祓鏡とは、影を映して祓う器なり。
されど映し過ぎれば、影は己を喰う。」
透牙は指先でその文をなぞり、小さく呟いた。
「……影を喰う、か。前の“風の妖”ともどこか似ているな」
隣で古びた巻物を手にした瞬が答える。
「似ているようで、違う。これは“風”でも“憑き物”でもない。人の内側から生まれた影だ」
透牙は額に手を当て、思案するように目を細めた。
「つまり、人が鏡を見るたび、心の影が映って――それが、形を持ったってことか」
瞬は静かに頷く。
「この村の古い家には、祓鏡が伝わっているらしい。だが、それは“祓うため”ではなく、“封じるため”に使われたのだろう」
その言葉に、蔵の外から足音が近づいた。
現れたのは、褐色の髪を布で束ねた少女――結。
目には疲れと怯えの色が浮かんでいる。
「……あなた方が、陰陽師様ですか」
「そうだ。祓鏡について何か知っているのか?」と透牙が問う。
結は唇を噛み、ゆっくりとうなずいた。
「父が……鏡職人でした。あの鏡を作ったのは、父なんです」
透牙と瞬が息を呑む。
結の声が、かすかに震えた。
「……ある夜、父が鏡を磨いていたときです。
“鏡が笑った”と……そう言ったきり、父は倒れました。
次に見たときには、鏡の中に……父の影が、映っていなかった」
沈黙が落ちた。
透牙は一歩、結に近づく。
「――影が、消えた?」
「ええ……。それから、村の者たちもおかしくなりました。
夜になると、影が勝手に動くんです。
灯を消すと、影が笑う……そんな声が聞こえるんです」
瞬が低く呟いた。
「……影を恐れて火を絶やす、か。すでに“黒影”の気配が動いている」
透牙は結の怯えた瞳を見つめ、静かに護符を取り出した。
「その鏡……どこにある?」
結は震える指で、村の中央にある祠を指した。
「父が封じた鏡は……“祓鏡の祠”にあります。けれど、あそこには誰も近づきません。
夜に行くと、鏡の中から――呼ばれるんです」
瞬が目を細め、風を読むように周囲の霊気を感じ取った。
「呼ばれる、か。……影が、次の主を探しているのかもしれないな」
透牙は拳を握り、静かに呟く。
「……なら、確かめに行こう。
“影を喰う鏡”が、本当にまだ息をしているのかを――」
外では、日が沈み、村に早すぎる夜が降り始めていた。
誰もが火を恐れて灯を落とす中、二つの影だけが、ゆっくりと祠の方へ歩き出す。
第二章 影、囁く
夜の祠。月明かりがわずかに祓鏡の表面を照らしている。
透牙は小さく息を整え、手に握る護符を光らせた。
「……これが、祓鏡か」
鏡の表面には、人の影のようなものがゆらりと揺れていた。
透牙が一歩近づくと、突然、影が独りでに動き始める。
「……お前も、祓われたいのか、透牙?」
透牙は目を見開き、息を詰めた。
影の声は、彼の胸の奥に直接響く。
――まるで、自分自身の迷いが形を取ったかのように。
「何だ……これは……!」
瞬がそっと透牙の肩に手を置く。
「落ち着け、透牙。影が声を持つのは危険だ。己を疑うな、己を信じろ」
しかし、影は次第に意志を持ち始める。
透牙の心の不安や恐れを反映し、問いかける。
「お前は、影の声を聞きたいのか?
それとも、自分の弱さから目を背けたいのか?」
透牙は拳を握り、背筋を伸ばす。
「……俺は逃げない。お前の声に、負けたりしない」
影がひときわ濃く揺れ、鏡の中で黒い塊が生まれる。
その塊は次第に形を取り、妖の気配を帯びて透牙の前に立った。
――これが、黒影か。
瞬は低く呟く。
「……祓鏡の怨念が、ついに姿を現した」
黒影は透牙の影と鏡の間に佇み、冷たい視線を向ける。
透牙は護符を握りしめ、決意を固めた。
「……俺が、この村を、そして自分の影を守る」
瞬は頷き、白狐の姿で透牙の側に立つ。
夜風が祠の木々を揺らし、影と光が入り混じる中で、透牙と黒影の対峙が始まった。
第三章 黒影との対峙
夜の祠に漂う空気が、透牙の胸を重く押す。
祓鏡の前で、黒影は透牙の影と重なり合うように立っていた。
「……お前の影は、お前よりお前を知っている」
透牙の心臓が跳ねる。
その言葉は、彼自身の不安と恐怖をまるで映す鏡のようだった。
「瞬……頼む、離れるな」
白狐・瞬がそっと透牙の肩に寄り添い、護符を握る。
しかし黒影は透牙の心の奥底を嗅ぎ取り、揺さぶる。
「もしも――お前の大切な者が、いなくなったらどうする?
この世に一人ぼっちになったら……」
透牙は拳を握り、目を閉じる。
“瞬が消えたら、自分はどうなるのか”――その恐怖が、胸を締めつける。
影が渦巻き、祓鏡の表面が異様に光を帯びる。
黒影の力は、透牙の心の弱さに比例して強化されていった。
「……俺は、逃げない」
透牙は深呼吸し、心を鎮める。
「瞬も、俺も、絶対に守る!」
瞬が尾を大きく振り、黒影に向かって跳ぶ。
光の輪が瞬と透牙を包み込み、黒影の闇を弾く。
その隙に、透牙は祓鏡を見つめ、古文書の断片を思い出す。
「鏡は、人の心の影を映し、祓うためのもの……怨念を封じる道具だ」
透牙は護符を掲げ、祓鏡に向かって真言を唱える。
「オン アビラウンケン シャラクタン、オン アビラウンケン シャラクタン、オン アビラウンケン シャラクタン――」
光が鏡から放たれ、黒影の形を揺らし始める。
妖は叫び、闇が砕け、影が徐々に透眼の元へと戻されていく。
戦いが終わった後、透眼は息を整え、鏡職人の娘・結と向き合う。
「……父さんの鏡は、こんな力を持っていたのか」
結は微笑み、涙をこぼす。
「でも、あなたが封じてくれた。父もきっと、喜んでいるわ」
透眼と結、そして瞬――三者の絆が、夜の祠で静かに結ばれた。
第四章 影を映す鏡
村の社に残る古い陣。透眼は足を踏み入れ、瞬と共に周囲を見渡す。
「ここが、祓鏡を封じるための場所か……」
古文書で確認した通り、かつての陰陽師たちは鏡を媒介に影を封じていた。
しかし、黒影の力は依然として村人たちの影を喰らい、徐々に膨れ上がっている。
夜の帳が降り、透眼は祓鏡の前に立った。
「……俺が祓うのは、妖じゃない。俺自身の迷いだ」
胸の奥で渦巻く不安と恐怖を、彼は目の前の鏡に映すように見据える。
瞬が透眼の背に手を添え、低く告げる。
「一人じゃない。俺もいる」
透眼は息を整え、護符を掲げる。三度、祓の真言を唱える。
「オン アビラウンケン シャラクタン」
「オン アビラウンケン シャラクタン」
「オン アビラウンケン シャラクタン」
鏡が光を放ち、影と光が入り混じる中で黒影はもがき、形を崩していく。
瞬は妖狐の姿となり、光の輪に自らを投じ、透眼を守る。
黒影のうめき声が消え、やがて鏡の中へと還る。
社には静寂が戻り、影も元の位置へと収まる。
透眼は深く息をつき、結を振り返る。
「……これで終わりか?」
結は微笑み、頷く。
「でも、あなたと瞬がいなければ、誰も守れなかった」
透眼は瞬の背に手を置き、二人で夜空を見上げる。
「これからも、共に進むんだな」
瞬は尾をゆっくりと振り、頷いた。
こうして、黒影の影響は消え、村に平穏が戻った。
だが、透眼の旅はまだ終わらない。
新たな依頼の手紙が、次なる地へと彼らを誘っていた――
結と瞬、そして透眼。三人の絆は固く結ばれ、次の陰陽師の旅立ちへと続く。
結文
朝靄に包まれた社の奥、透眼は祓鏡を丁寧に布で包み、封印を確認した。
「……恐れを祓うとは、自分を許すことでもあるのか」
瞬は穏やかに頷き、透眼の肩に軽く触れて言う。
「影を抱いてこそ、人は光になる」
結もまた、透牙を見つめて静かに微笑んだ。
「これで、村も少しは安らぐでしょう」
三人は互いの存在を確かめるように目を合わせ、社の門を後にする。
背後で、朝日に反射した鏡の破片が一瞬だけ黒い影を揺らめかせたが、すぐに光の中に溶けていった。
新たな旅の始まり。
不安も、迷いも、影も――
すべてを抱えながら、三人は進む。
若き陰陽師・透牙と、式神の瞬、そして鏡職人の結。
その歩みは、まだ見ぬ妖と試練の世界へと続いていく。
この三陣を書き上げる時間は、静かな夜の森を歩くような感覚でした。
透牙と瞬、そして結の三人が織りなす旅の中で、私は何度も「影」と「光」というテーマに向き合いました。
黒影は、単なる敵ではなく、透牙の内面の迷いや恐れを映す存在として描きました。
恐れや迷いは誰にでもあるものですが、それを認め、受け入れ、そして前に進む勇気を持つこと――それこそが、陰陽師として、あるいは一人の人間としての成長の証だと思ったのです。
透牙と瞬の絆、そして結との交流は、読者の皆さんに「信頼と協力の大切さ」を感じてもらえるよう意識しました。
三人が互いに影を抱き、光を見つける過程は、物語全体の中心テーマでもあります。
この三陣を通じて、私自身もまた、「影を恐れるのではなく抱きしめる」ことの意味を考える時間を得ました。
物語が終わった今、透牙たちの旅は一つの区切りを迎えましたが、彼らの心の中の光と影は、これからも揺らぎながら続いていくでしょう。
最後に、ここまで共に歩んでくださった読者の皆さまに心より感謝を。
読んでくださった時間が、皆さまの心の中に小さな光として残りますように。




