天狗編 ― 風の道、続く ―
登場人物紹介 ― 天狗編 ―
安倍晴明
陰陽師の名門に生まれた正統の術者。
山の異変や妖の調律に長け、十二天将陣を操る。
透牙の師匠でもあり、術式と舞を組み合わせた干渉を行う。
透牙
晴明の弟子。風狐を式神として連れ、術式と自身の感覚で山の異変に対応する。
天狗の揺らぎに人の心の名残を見抜く直感力を持つ。
透哉
透牙の友人であり、旅の仲間。
結と共に新しい共鳴術「風祈調律」を編み出し、山中での干渉を支援する。
結
透牙・透哉と行動を共にする術者。
祈りと術を融合させた新たな干渉法を編み出し、風の調律に貢献する。
風狐
透牙の式神。敏捷で警戒心が強く、風や気配の変化に敏感。
山中での妖異の兆しを察知し、術者たちを導く存在。
斎
修験者。鞍馬天狗のかつての弟子で、禁忌の術を知る。
討つよりも還すことを学ぶため、晴明たちの旅に同行する。
葉羽
白髪に紅の羽を持つ少年天狗。
天狗王・鞍馬の命を受け、透牙たちの旅に同行し修行する。
風に宿る師の意志と、人の心の境界に揺れる感情を持つ。
鞍馬
少年天狗・葉羽の師で天狗王。
風そのものとなり、物語の中心的な異形の存在として登場。
透牙たちの干渉により、風と祈りの形で鎮まる。
千紗
山の祠を守る巫女。風祈の伝承を継ぎ、祈りを通じて風を調律する。
結と透哉の祈りの術に協力し、山の平穏を保つ。
この編では、人の心と妖の力が交錯する中で、透牙たちと新旧の仲間たちが共に旅をし、風の道を学ぶ姿が描かれています。
あらすじ
山深い霧に包まれた地で、翼を持つ異形の影が目撃される。修験者を名乗る天狗は、山を越える者たちの魂を試し、その心の在り方を映し出すという。
透牙と透哉、そして安倍晴明は、旅の途中でこの奇妙な事件に遭遇する。天狗が残す「面」の謎、試練として現れる幻影、そして山の奥で試される人の心――それは単なる妖の仕業ではなく、人が「天」を見上げる気持ちそのものが形を取ったものだった。
旅の中で明らかになる天狗の正体と意図、そして修行と成長を求める者たちの心の葛藤。異形の者たちとの接触を通じ、透牙と透哉は己の術と意志を試され、晴明は陰陽師としての洞察を駆使して、山に潜む試練を乗り越えていく。
第一章 風の道、再び
山道は静かだった。
木々の葉が霧に揺れ、足元の砂利を踏む音が小さく響く。透牙は風狐を肩に乗せながら、先を歩く。透哉と結も、その後ろを続いた。
「……こんなに静かな山道は久しぶりだな」透牙が小さく呟く。
「百鬼夜行の余韻もようやく落ち着いたか」透哉が答える。
結は両手を組み、落ち葉を踏む足元を見つめながら言った。
「でも、安心するのはまだ早い気がする……山は何も語らないだけで、色々抱えてしまう」
ふと、霧の向こうにひときわはっきりとした人影が現れた。
「……晴明様?」透牙は驚きの声を漏らす。
安倍晴明はゆったりとした歩みで近づき、杖を地に軽く打ちつけた。
「久しいな、透牙。透哉、結も元気そうで何よりだ」
「師匠、こんな山の奥で一体……」透牙が問いかける。
晴明は杖を少し上げ、風を手で受け止めるように視線を巡らせた。
「風裂山の辺りで異変が起きている。山が叫んでいるとは言わぬが、祈りを拒むような歪みだ」
結は眉を寄せる。
「祈りを拒む……?」
晴明は頷き、杖を軽く地に突く。
「風は怒らない。しかし、祈りが歪めば、人の心に届くものも届かなくなる。だから私は見に行くのだ」
透哉が口を開く。
「じゃあ、今回も僕たちが同行するってことですね」
晴明は柔らかく微笑む。
「うむ。お前たちの力も必要だろう。……行こう、山道の向こうへ」
霧が深まる中、透牙と透哉、結、そして風狐を肩に乗せた透牙は、再び晴明の後に続いた。
山道に漂う冷たい風が、一行を包み込む。
「……あの祠、ただの祈りの場じゃない気がする」透牙が小声でつぶやく。
晴明は振り返らず答える。
「うむ。天を仰ぐ者の心そのものが試されるだろう……だが、恐れることはない。私がお前たちを導こう」
山霧の中、静かな旅の再開が始まった。
第二章 風裂山の呼び声
霧はますます深くなり、山道を覆っていた。
透牙は風狐を肩に乗せ、目を細める。霧の向こうから、低く唸るような風の音が届く。
「……何だ、この風……」透牙が呟く。
透哉が杖を地面に軽く打ちつけ、気配を探る。
「ただの突風じゃないな。……生き物の声のようにも聞こえる」
結も肩をすくめる。
「祠の封印が……揺れているのかも」
晴明は足を止め、手を挙げて霧の中を感じ取った。
「風は怒っているわけではない。だが、祈りが届かぬことを知らせている……山が、私たちに呼びかけているのだ」
霧がさらに濃くなると、突如強い突風が一気に襲った。
風は低く呻き、まるで言葉を持つかのように祠の扉を叩く。
透牙は身をかがめ、風狐を守る。
その時、山の麓から一人の男が現れた。
肩に経文の束を抱え、腰に小さな札をぶら下げた修験者。
「ここに入る者よ――許可なく封印に手を出すとは、なかなかの勇気だな」
その声は落ち着いていたが、眼光は鋭く、一行を射抜く。
晴明は軽く会釈した。
「私は安倍晴明。この山の異変を見に来た。貴方は……?」
修験者は胸の前で札を組み、自己紹介する。
「斎と申す。この山は、堕ちた天狗の巣窟。修行を兼ねて封印を施すつもりで来ている」
透哉が眉を寄せる。
「堕ちた天狗……ただの妖ではないんですか?」
斎は深く頷き、杖を軽く地面に突いた。
「妖もあるが、この山を守ろうとした天狗たちの魂が、歪みと化してしまったのだ。封印は必要だ」
晴明は柔らかく首を振る。
「討つのではない。調えるのだ。力で押さえつけるのではなく、秩序を取り戻す」
斎は鋭い目で晴明を見つめた。
「秩序……お前のいう調律か。私は力で守りたい。理念が違うようだな、陰陽師よ」
透牙は肩の風狐を撫で、ちらりと透哉を見る。
「……また、師匠と誰かがぶつかる気配だな」
結は両手を組み直し、深く息を吸った。
「……でも、この山のことは、私たちも関わらないわけにはいかない」
突風が再び唸り、祠の扉を震わせる。
霧の中、山が試すように呼びかけていた。
透牙は杖を握り直す。
「……師匠、行きましょう。まずは風の声を追って、祠に接近します」
晴明はゆっくり頷き、杖を地に突く。
「うむ。斎よ、理念は違えど、協力せねばならぬ。準備をして進もう」
霧の奥に、山の祠と微かな光の輪郭が見え隠れする。
風の呼び声は、まるで一行に試練を告げるかのように、山道を吹き抜けていった。
第三章 葉羽、風を裂く
霧深い山中、透牙たちは小さな尾根にたどり着いていた。
霧の向こう、木々の間を縫うように、風が鋭く吹き抜ける。
透牙は風狐を肩に乗せ、眉をひそめた。
「……この風、ただならぬ気配だな」
透哉も杖を握り直し、周囲を見回す。
「うん、祓うでもなく、押さえつけるでもなく……意志がある風だ」
結が小声で呟く。
「誰か……いるの?」
その瞬間、霧の中から赤い羽が光を反射した。
少年の姿が、白髪と紅の羽を携えて浮かび上がる。
「誰だ……!」透牙が声を張る。
少年は風に身を任せるように舞い、ゆっくりと前に出た。
「……僕の名前は葉羽。師匠が帰ってこないんだ」
透牙は風の揺らぎに目を細める。
「この風……ただの天狗の仕業ではない。人の心が残っている」
葉羽は小さく首を振る。
「違う! 風が怖いんじゃない! 孤独が怖いんだ!」
その言葉と同時に、突風が尾根の結界を叩き、ひびを走らせた。
透哉は杖を高く掲げる。
「こ、このままでは陣が崩れる!」
晴明は符を取り出し、地面に広げる。
「十二天将陣・展開! 朱雀・青龍・玄武……全員集合!」
符の光が尾根を包み込み、暴走する風を抑え込む。
透牙は掌を地に触れ、構造干渉術で風の震えを鎮める。
「静まれ……風よ、落ち着け!」
葉羽は地に膝をつき、涙をこぼす。
「寂しかったんだ……師匠がいなくて、誰も僕のことを見てくれなくて……」
透牙はゆっくりと膝をつき、少年の肩に手を置く。
「分かる。孤独は誰にでも怖いものだ。だが、暴れるだけじゃ風も心も傷つく」
晴明も優しく目を細めた。
「焦らずともいい、葉羽。力は制御するもの。恐れずに受け止める術を学ぶのだ」
葉羽は顔を上げ、透牙を見つめる。
「……師匠(鞍馬)に会いに行きたい。でも、怖くて……」
透牙は小さく頷く。
「なら、俺たちが一緒に行く。師匠のところまで、怖くないように連れていこう」
風狐が肩で耳を立て、暴れる風が徐々に落ち着くことを知らせる。
赤い羽の少年は涙を拭い、少しずつ落ち着きを取り戻した。
霧の中、山の風はまだささやくように吹き、だが今は穏やかだった。
人の情を宿す少年天狗・葉羽――その存在が、妖と人の境界を静かに曖昧にしていた。
第四章 風祈の巫女
夜の山道、霧はまだ尾根に立ち込め、木々の葉を揺らす微かな風が音を立てていた。
透哉と結は、風の異常を感じ、山の祠へと足を運んでいた。
結が小声で呟く。
「……風狐、何か感じる?」
風狐は肩で耳を立て、低く唸る。
透哉も手を止め、周囲を見渡す。
「ただの風じゃない……祈りに似た気配がある」
祠の扉を押し開けると、そこには一人の巫女がいた。
白衣に青い裾、手には小さな鈴を持つ少女――**千紗**だった。
千紗は静かに二人を見上げ、柔らかく微笑む。
「あなたたち、天狗の風を探しているのですね」
結は少し戸惑いながらも答える。
「はい。山を越える者の前で、風が暴れて……祠の気配も不安定で」
千紗は手に持つ鈴を軽く振った。
「風は怒ってはいません。ただ、忘れられているのです。祈りを忘れられたことで、導くべき方向を見失っている」
透哉は地面に手をつき、空気を感じ取る。
「祈り……つまり、この風を鎮めるには、声や音を整える必要があるのか?」
千紗は頷く。
「はい。この山の祠は、古の十二天将陣の一角と縁があります。朱雀・玄武・白虎・青龍……そして風の軌道を示す金翅鳥も、ここに刻まれています」
結の目が光る。
「風の音を祈りに変換する術……“風祈調律”を作れそうです」
透哉も頷き、符と巻を取り出す。
「祈りの旋律に合わせて術を編む。陣と共鳴させれば、暴れる風も落ち着くかもしれない」
千紗は手を胸に置き、静かに息を吐く。
「風を怖がらないでください。祈りがあれば、風は必ず応えてくれます」
その時、祠の奥から低い鳴動が響き、風狐が背を反らす。
「……今です!」透哉が巻を広げ、結も手に持った鈴を振る。
祈りと術が融合し、十二天将陣の朱雀と玄武が符の光として現れる。
風狐の体が微かに光り、山道を駆け抜ける風が次第に穏やかになる。
千紗は微笑み、手を胸に置いたまま祈る。
「風よ、忘れられた祈りを思い出し、山を守りたまえ」
透哉と結は、符と祈りの力を共鳴させながら、静かに頷き合った。
「これが……風祈調律か」結が呟く。
「ええ。山を越える風も、もう暴れません」
霧の中、山の風は穏やかにささやき、祠の鈴が微かに響く。
風狐も肩で耳を立て、安堵の声を上げた。
第五章 修験と天狗
山の夜は霧に沈み、木々の間を通る風は冷たく、鋭い音を立てていた。
斎は火を囲む小さな石組みの前に膝をつき、深く息をつく。
「かつて、私の師は――鞍馬天狗は、禁忌の術で風そのものになった。だから私は、師を討つために修行してきた」
晴明は静かに膝をつき、目を細めた。
「討つよりも、還す方が難しい。風のように生き、風のように死んだ者を、無理やり消すことは簡単だ。しかし、元の場所に戻すこと――それこそが真の術だ」
斎は沈黙し、火の揺らめきを見つめる。
透牙は風狐を肩に乗せ、微かな耳の震えに神経を集中させる。
その時、月光に照らされた尾根の影が揺れ、巨大な翼が風を裂いた。
「父上!」
葉羽の声が夜に響き、影が月の光に浮かぶ。
鞍馬天狗――葉羽の父であり、山を支配する存在の姿が、霧の間から現れる。
風狐が吠え、霧が渦巻く。空気が震える。
晴明は透牙の肩に手を置き、低く囁いた。
「来るぞ……しかし、討つのではない。調え、還すのだ」
山の夜は静かに、しかし確実に核心へと進んでいく。
人と妖の因縁、修験者の想い、そして風そのものとなった鞍馬天狗――すべてが、今、交差しようとしていた。
第六章 風裂の儀
山頂の尾根は、濃霧に覆われ、風が絶え間なく唸っていた。
晴明は地に膝をつき、符を並べる。
「十二天将陣・風輪、展開――風を呼ぶ!」
符から淡い光が走り、朱雀と金翅鳥が天を舞い、風を縫う軌道を描いた。
透牙は掌を地に触れ、構造干渉術を呼び出す。
透牙は結界の軌道に自らの共鳴式を重ね、結は祈りの旋律を囁くように唱えた。
「風よ、怒るな。道を示せ」
しかし、鞍馬天狗の力は暴走する。
尾根を裂く突風が一行を翻弄し、霧が渦を巻く。
「うわっ!」透牙は風狐を抱き、衝撃から少年を守る。
葉羽は風の中で必死に師の名を叫ぶ。
「父上、お願い!止まって!」
透牙は踏ん張り、地に符を描きながら低く呟いた。
「第七式・風縫!」
朱雀と金翅鳥の光が融合し、突風を鎮める軌道を作り出す。
風が一瞬、静止する。霧の中で、鞍馬の声が響いた。
「我は風、人に戻らず。だが、お前は行け、葉羽よ」
葉羽は震えながらも頷き、師の背中を思い描く。
透牙は肩に風狐を乗せ、息を整えた。
晴明も符を地に置き、風輪の光を微かに残したまま静かに立ち上がる。
山頂の夜は、風と祈りと血の縁が交錯したまま、静かに明けていった。
第七章 天裂き
山頂の空は黒く染まり、鞍馬天狗がその全貌を現した。
広げた黒羽は霧を裂き、尾根を覆うように広がっていた。
斎は額に汗を光らせ、符を握りしめた。
「ここで…命を賭して結界を張る!」
彼の手元で結界が光を帯び、山頂を取り囲む。
晴明は落ち着いた声で指示を出す。
「朱雀、金翅鳥、風輪――全開放。天を鎮める」
符の光が山肌に沿って走り、空の乱れを縫い合わせる。
透哉と結は息を合わせ、祈りと共鳴式を重ねる。
「風祈調律・最終展開!」
風のざわめきが徐々に形を変え、暴走を抑える軌道を描いた。
葉羽は恐怖に立ち向かい、山頂の岩に立つ。
「風は、争うために吹くのではない!」
彼の声が、鞍馬の耳に届く。
一瞬、風が止まり、鞍馬の黒羽が震える。
そして、ゆっくりと光の粒子のような風に変わり、山中に散っていった。
葉羽は泣きながらも微笑む。
斎は膝をつき、息を整える。
晴明は符を地に残し、静かに頷く。
透牙は風狐を肩に乗せ、葉羽を見守った。
「これで、終わったのか…」
「いや、これからが修行の始まりだな」透牙が小さく答える。
山頂は静けさを取り戻し、霧は晴れ、鳥の声が戻った。
師弟たちは別れの鎮魂歌を心に刻み、それぞれの道へ歩み出す。
第八章 静かな山
朝の光が山肌を優しく照らす。霧は晴れ、風は柔らかく、鳥の声が山間に響いた。
千紗は祠の前にひざまずき、手を合わせる。
「風よ、皆を守り給え」
祈りを終えると、静かに祠の奥へと戻っていった。
斎は晴明の前に立ち、深く頭を下げる。
「救われたのは、師ではなく…己でした。ありがとうございました」
晴明は静かに頷き、言葉少なに笑む。
葉羽は風狐の肩に飛び乗り、山を見渡す。
「もう少し、人の旅を見てみたい」
小さな笑顔に、透牙も穏やかに微笑み返す。
透牙は風狐を肩に乗せ、仲間たちと共に山道を歩き出す。
「さあ、次の旅へ進もう」
山は再び静けさを取り戻した。だが、その静けさの奥には、風の記憶と、共に歩んだ者たちの影が、そっと息づいていた。
第九章 旅路の果て、共に行く者
山道を下る一行。朝の光が樹間を縫い、冷たい空気を温める。
透哉と結は顔を見合わせ、うなずく。
「次は、北の修験道の里に向かおう」
「ええ、あの地で学ぶことがまだ残っている」
斎は晴明の前に静かに立ち、目を真っ直ぐに向けた。
「まだ修行が足りぬ。あなた方と共に、風の意味を学びたい」
晴明は微かに笑みを浮かべ、頷く。
「ならば、歩こう。共に学ぶがよい」
葉羽は空を仰ぎ、鞍馬の最後の言葉を思い出す。
「こやつらの旅に同行し、風の道を見よ」
少年天狗は透牙の肩に降りると、はにかみながら笑った。
「師匠、風の修行……もう少し続けていいですか?」
透牙は風狐を肩に乗せ、葉羽を見つめ、軽くうなずく。
「もちろんだ。共に歩もう、次の旅路まで」
晴明は背筋を伸ばし、山道の先を見据えた。
「風は止まらぬ。ならば、歩めばよい」
静かな山道に、一行の足音が重なる。
風はそっと枝を揺らし、彼らの旅の証人となった。
エピローグ 風の道、続く
霧がゆっくりと晴れ、朝の陽光が峠道を照らす。
透牙と晴明は並んで歩き、後ろには透哉、結、斎、そして葉羽が続いた。
風狐が先導するように枝をかすめ、山の祠の前には新たな護符が貼られている。
護符には、静かに文字が刻まれていた。
「風は巡る 祈りは残る」
透牙は足を止め、護符に手を伸ばす。
「ここに、また風が帰るんだな」
晴明はうなずき、穏やかな微笑を浮かべた。
「人が歩み、祈る限り、風は巡り続ける」
葉羽は肩で風狐を揺らし、山の空気を深く吸い込む。
「師匠、僕もまだまだ学びたいです」
透牙は笑みを返す。
「その意気だ。風の道は、まだ続く」
静かな山道に、風と足音が溶け込む。
祈りと学びの旅は、ここでひとまずの静寂を得ながらも、確かに続いていく。
あとがき
『天狗編 ― 風の道、続く ―』をお読みいただき、ありがとうございました。
今回の物語では、山に棲む異形の天狗たちとの出会いを通して、透牙や透哉、結たちが「風」と「祈り」の関係を学ぶ旅を描きました。術式や祈りだけでなく、人の心の名残や感情が物語の軌道を揺らす様子も大切にしたつもりです。
葉羽や斎などの新しい仲間たちが加わることで、旅の視点は広がり、従来の妖怪や術者の関係性にも深みが生まれました。風狐の存在は透牙にとって導きであり、読者の皆さまにとっても、静かで確かな心の支えとして感じていただけたなら幸いです。
物語は山の霧を越え、さらなる異形との出会いへと続きます。皆さまの心に、少しでも「風の道」の余韻が残れば幸いです。
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次回予告
がごぜ(元興寺の妖)
北の修験道の里に現れる恐ろしい妖怪。悪事を働いた者が化けたとされる。
透牙たちは、修験道の里で再び祈りと術を駆使し、寺に潜む“恐怖の化身”と向き合うことになる。
人の罪と怨念が形を変えた妖――がごぜ。今回の旅もまた、静かでありながら心を揺さぶる戦いが待っている。




