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幽影の旅路  作者: ysk
21/37

十六陣 揺らぎの街、問いの布陣

◆ 登場人物紹介


透牙とうが

十五陣の継承者にして、本作の主人公。

冷静な術者だが、若き日に「問いを持たぬ術者」として迷いを経験した過去を持つ。

「記憶の問い」を手に、街に眠る封印鏡の再構築を試みる。

力による制御ではなく、記憶と問いによって封を織り直すという在り方を選ぶ。

天将たちから“力”ではなく“問い”の試練を与えられ、術者としての本質を試される。


「空白を埋めるためではなく、空白に問いを残すために――私は術を紡ぐ。」



ゆい

記録所に仕える記録者きろくしゃ

透牙の理解者であり、“十五陣”の記録と系譜を受け継ぐ女性。

透牙が再構した封印鏡の記憶をもとに、新たな問い「十六:記憶の守護」を巻物に記す。

記すことを、記録の終わりではなく、問いを継ぐ行為と捉えている。

未記の問いに直面し、自らの記憶をも試される存在。


「記すことは、忘れぬための行為ではない。

忘れたことに、もう一度向き合うための余白。」



風狐ふうこ

透牙と共に行動する霊獣。

十五陣の“風の問い”を象徴する存在であり、街と術者の揺らぎを感じ取る。

言葉を持たぬが、風の流れと尾の動きで感情や警告を伝える。

封印鏡の再構の儀では、十二天将の影を祠へ導いた。

物語の終盤では、透牙の試練を見届けた後、一枚の葉を託す。


(風が止むとき、問いが始まる。風が吹くとき、答えが揺らぐ。)



十二天将じゅうにてんしょう

かつてこの街を守護し、封印鏡の奥に記憶を封じた十二の存在。

人の姿を持たず、記憶の断片として応じる霊的な守護者。

彼らは術ではなく“問い”によって呼び覚まされる。

完全顕現の際には、四聖獣を中心にそれぞれの役目が示される。

•青龍:風を裂き、未来を開く。

•白虎:影を断ち、虚偽を祓う。

•朱雀:記憶を燃やし、新たな問いを生む。

•玄武:沈黙を守り、問いの深淵を見つめる。

•他八柱は名を持たず、それぞれが“未記の問い”に応じて陣を構える。


「われらは、答えを持たぬ守り人。

問われる限り、揺らぎの中に在る。」



■ 最初の術者さいしょのじゅつしゃ

名も残されず、記録にも姿を映さなかった、街の“はじまり”に立つ者。

封印鏡を創り、そして最後に“記すこと”をやめた。

だがその沈黙こそが、後の術者たちに“問いの余白”を残したとされる。

最終章にて、その存在の記憶が微かな声として封印鏡に揺らぎをもたらす。

物語の根源に息づく、“未記の問い”の象徴。


「記すことをやめたのではない。

すべてを記すことに、意味を見いだせなくなったのだ。」



呪詛じゅそ

封印鏡の欠けから滲み出た、問いの模倣者。

“応えるふりをして、術者の問いを喰らう”存在。

記録に残された偽りの応答の象徴であり、

結の記憶に触れようとするが、彼女の“空白として記す”意志により封じられる。

問うことの危うさ――記すことの責を体現する存在。

第一章 揺らぎの街、問いの布陣


風が止まる街だった。

名も記されぬ境界の町。

かつて術者が立った記録もなく、封印鏡は沈黙したまま、

ただ、空気の奥にわずかな“歪み”が漂っていた。


透牙は街の外縁に立ち、風の流れを探る。

風狐が肩に乗り、耳を伏せる。

それは、揺らぎの兆し。


「この街は、まだ問われていない」


透牙は呟き、懐から巻物を取り出す。

結が編み直した問いの地図――鏡応、風継、方位、式神。

すべてが、技ではなく問いとして記されていた。


彼は地に式符を並べ始める。

十五枚――問いの位相を担う布陣。

術ではなく、問いの布陣。


式符はまだ沈黙している。

だが、風がわずかに揺れ、街の奥から封印鏡の気配が微かに震える。


透牙は目を閉じ、心の奥で問う。


「この街に必要な問いは、どれか。

 十五のうち、何が応えるべきか」


その問いはまだ応えられない。

だが、式符のひとつ――「記憶の問い」がわずかに震えた。


透牙はそれを拾い、街の中心へと歩き出す。

問いは、まだ始まったばかり。

術者の在り方を揺らぎに応じて配置する、静かな戦いの布陣。


第二章 記憶の問い、十二の影


街の中心に、忘れられた祠があった。

風は止み、方位は乱れ、封印鏡は沈黙したまま。

透牙は、十五陣の式符のうち「十一:記憶の問い」を手に、祠の前に立つ。


式符はわずかに震え、墨の縁が滲む。

それは、記憶が揺らぎに応えようとしている証。


透牙は、式符を祠の前に置き、静かに問いを向けた。


「この街は、何を忘れたのか。

 何を封じ、何を残そうとしたのか。

 応えてほしい。記憶の揺らぎよ」


祠の奥から、風が逆巻く。

封印鏡がわずかに震え、十五陣の式符のうち三枚が応える。


六:風の問い(運ぶもの)

十一:記憶の問い(残すもの)

十四:揺らぎの問い(試すもの)


その瞬間、祠の地面に十二の影が浮かび上がる。

それは、かつてこの地を守り、封じ、記録した十二天将の気配。

名は語られず、姿も定かではない。

だが、問いに応じて、記憶の中から現れた存在だった。


風狐が耳を伏せ、式符が光を帯びる。

透牙は、十二の影に向かって静かに問う。


「あなたたちは、何を守ったのか。

 何を封じ、何を渡そうとしたのか。

 私は、継ぐべき問いを持っている」


十二の影のうち、三つが前に出た。

それぞれが、記憶の断片を透牙に見せる。

•一:街の北端で封じられた鏡の欠片

•二:風に乗って運ばれた式符の断章

•三:術者が残した問いの巻物、名を持たぬまま沈んだ記録


透牙はそれらを受け取り、十五陣の中心に戻る。

式符が揺らぎに応え、円環が整う。

それは、十五陣が初めて揺らぎに応えた瞬間だった。


封印鏡が目を覚まし、街の風が流れ始める。

十二天将の影は、記憶の奥へと戻りながらも、

透牙の問いに応えた証として、式符の墨に刻まれていった。


第三章 封鏡再構の儀


祠の奥、封印鏡の残骸が静かに横たわっていた。

鏡面は砕け、枠は歪み、記憶は霧のように散っている。

だが、透牙の手には、十二天将が遺した三つの断片があった。


— 北端に埋もれた鏡の欠片

— 風に運ばれた式符の断章

— 名を持たぬ術者の問いの巻物


透牙は、それらを十五陣の中心に据え、式符を再配置する。

記憶の問い(十一)、風の問い(六)、揺らぎの問い(十四)――

三つの式符が再び光を帯び、円環が静かに脈動を始めた。


風狐が祠の周囲を巡り、十二天将の影が再び現れる。

だが今度は、姿を持たず、気配として式符に宿る。

それぞれが、かつての術者の問いを携え、鏡の再構築を見守っていた。


透牙は、封印鏡の破片を掌に乗せ、静かに唱える。


「記憶は、封じるためにあるのではない。

 忘れぬために、映すもの。

 鏡よ、問いに応えよ。

 十二の記憶を、今ここに結び直す」


風が吹き、破片が浮かび、式符の墨が繋がる。

砕けた鏡面が、記憶の揺らぎを受けて再びひとつに戻っていく。

だが、鏡は完全な姿にはならなかった。

一部は欠けたまま、空白として残された。


透牙はそれを見て、静かに頷く。


「すべてを映す鏡は、問いを閉ざす。

 欠けたままの鏡こそ、問いを開き続ける」


その頃、結は記録所で巻物を広げていた。

透牙から託された記憶の断片をもとに、十五陣の系譜に新たな問いを加える。


十六:記憶の守護(忘れぬもの)


筆は迷わず、墨は滲まず。

それは、記録ではなく、問いの継承として記された。


巻物の余白に、結は静かに添える。


「記憶は、術ではなく、在り方の証。

 忘れぬ問いは、次の術者の揺らぎを照らす」


封印鏡の再構は、術ではなかった。

それは、記憶と問いが織り直した“封”――

欠けを受け入れ、揺らぎのままに息づく新たな鏡の誕生だった。


第三章 封鏡再構の儀


祠の奥に眠る封印鏡は、砕けたまま沈黙していた。

鏡面は割れ、枠は歪み、記憶は霧のように散っている。

だが、透牙の手には、十二天将が遺した三つの記憶の断片があった。


— 北端に埋もれた鏡の欠片

— 風に運ばれた式符の断章

— 名を持たぬ術者の問いの巻物


透牙は、それらを十五陣の中心に据え、式符を再配置する。

記憶の問い(十一)、風の問い(六)、揺らぎの問い(十四)――

三つの式符が再び光を帯び、円環が静かに脈動を始めた。


風狐が祠の周囲を巡り、十二天将の影が再び現れる。

だが今度は、姿を持たず、気配として式符に宿る。

それぞれが、かつての術者の問いを携え、鏡の再構築を見守っていた。


透牙は、封印鏡の破片を掌に乗せ、静かに唱える。


「記憶は、封じるためにあるのではない。

 忘れぬために、映すもの。

 鏡よ、問いに応えよ。

 十二の記憶を、今ここに結び直す」


風が吹き、破片が浮かび、式符の墨が繋がる。

砕けた鏡面が、記憶の揺らぎを受けて再びひとつに戻っていく。

だが、鏡は完全な姿にはならなかった。

一部は欠けたまま、空白として残された。


透牙はそれを見て、静かに頷く。


「すべてを映す鏡は、問いを閉ざす。

 欠けたままの鏡こそ、問いを開き続ける」


その頃、結は記録所で巻物を広げていた。

透牙から託された記憶の断片をもとに、十五陣の系譜に新たな問いを加える。


十六:記憶の守護(忘れぬもの)


筆は迷わず、墨は滲まず。

それは、記録ではなく、問いの継承として記された。


巻物の余白に、結は静かに添える。


「記憶は、術ではなく、在り方の証。

 忘れぬ問いは、次の術者の揺らぎを照らす」


封印鏡は、欠けたまま街の中心に据えられた。

それは、完全ではないからこそ、問いを受け入れ続ける器。

そして、次なる揺らぎを映す準備を、静かに始めていた。


第四章 欠けの試練 一柱の天将


夜の帳が降りる頃、封印鏡が静かに震えた。

再構された鏡面の奥――欠けた部分が、淡く光を帯びる。

それは、記憶の空白。

術者の問いがまだ届かず、応えのない場所。


透牙が十五陣の中心に立つと、風狐が耳を伏せた。

風が止まり、式符が沈黙する。

その瞬間、鏡の欠けからひとつの気配が立ち上がる。


一柱の天将。

名は語られず、姿は定かでない。

だが、その気配は――記憶を守る者。

かつて封印鏡の奥に刻まれた問いを、今、術者に試すために現れた。


天将は言葉を持たず、ただ揺らぎを通して問う。


「術者よ、記憶の空白に何を映す。

忘れられた問いに、何を応える。」


透牙は、式符「十一:記憶の問い」を手に取り、鏡に向かって静かに答える。


「私は、すべてを知る者ではない。

 だが、忘れられた問いに耳を澄ませる者でありたい。

 空白を埋めるのではなく――空白に問いを残す者でありたい。」


鏡面が揺らぎ、天将の気配がわずかに後退する。

だが、試練は終わらなかった。


次に問われたのは、術者自身の記憶。


「お前は、何を忘れた。

何を封じ、何を見なかった。」


透牙は目を閉じ、過去の揺らぎに触れる。

かつて術に迷い、問いを見失った頃。

その記憶を、鏡に映す。


鏡面に、若き日の透牙が立っていた。

問いを持たず、技だけを求めていた頃の自分。

天将の気配が鏡の奥で震える。


透牙は、式符「十三:術者の問い」を重ね、鏡に向ける。


「私は、問いを持たぬ術者だった。

 だが今は、問いを持つ者としてここに立つ。

 それが、私の記憶であり、今の在り方だ。」


その瞬間、鏡の欠けが静かに光を集めた。

天将の気配は、式符「十六:記憶の守護」に宿り、

十五陣の円環に、新たな位相が加わる。


天将は言葉なく、ただ一枚の葉を残して消える。

それは――かつて晴明が拾い、透牙が継ぎ、

今、問いの証として舞い降りた葉。


風狐がそれを咥え、十五陣の中心へと運ぶ。

葉は光に包まれ、やがて静かに溶けていった。


第五章 揺らぎの記譜 呪詛の兆し


封印鏡は、欠けたまま静かに揺らいでいた。

その鏡面に、かつての術者の記録が淡く映り始める。

名も記されず、技も残されず、ただ「問い」だけが残された断片。

それは、術者が最後に鏡へと向けた問い。


――「この封印は、誰のためにあるのか」


その言葉が、祠の空気をわずかに震わせた。

風狐が毛を逆立て、十五陣の式符の一部が自らの意思で揺らぐ。

その揺らぎは、記憶でも術でもない。

もっと深く、穢れに近い“歪み”を含んでいた。


透牙は封印鏡に手を伸ばす。

鏡面に触れた指先が、ひやりと痛む。

光と影の境が曖昧になり、鏡の奥から低い音が響く。


「……応えてはならぬものが、揺らいでいる」


声の主は、封印鏡の影――かつて封じられた術者の残響。

その言葉とともに、欠けた鏡の隙間から墨のような霧が滲み出す。

形を持たぬ“呪詛”の気配。

それは問いを模倣し、応答のふりをして術者の心に入り込むもの。


透牙は式符「十四:揺らぎの問い」を広げ、呟いた。

「これは、揺らぎを試す問いではない……試される側の問いか。」


式符が光を帯び、鏡の表面を覆う。

だが、呪詛の霧は式符の光を食うように蠢いた。

問いが応えを求めるほどに、闇はその形を変え、言葉の真似を始める。


――「術者よ、忘れたではないか。

この封印が誰のためにあったのかを。」


その声に、透牙の視界が一瞬歪む。

祠の光景が消え、過去の残響が現れる。

そこには、封印を完成させた術者と、その傍らに倒れる者の姿。

その記録は、途切れたまま鏡に焼き付いていた。


透牙は目を開け、静かに言葉を結ぶ。

「答えを探すな。問いを、守れ。」


その瞬間、式符「十六:記憶の守護」が光を放ち、

呪詛の霧を祠の奥へ押し返す。

封印鏡の揺らぎは再び静まり返り、

ただ一つ、鏡面に文字が刻まれていた。


――“封じられたのは、人ではない。問いそのものだ。”


透牙は息を吐き、鏡の前に膝をついた。

十五陣は再び整い、風狐が低く鳴く。

しかし、祠の外では風が不穏に唸っていた。

封じられた問いが再び目を覚まそうとしている。


その頃、記録所にいる結は、巻物の余白に奇妙な滲みを見つける。

それは墨ではなく――封印鏡の欠片から生じた揺らぎの痕跡。

筆が震え、記録に新たな一行が刻まれた。


“十五陣、応答を拒む。”


結は顔を上げ、風の音に耳を澄ます。

次の瞬間、巻物の端がひとりでに捲れ、

そこに、見覚えのない印章が浮かび上がった。


それは、呪詛の兆し。

問いを食う影の、最初の印だった。


第六章 応答の偽り 記譜の対峙


封印鏡の欠けが震え、墨のような揺らぎが広がっていた。

それは、問いに応えぬものではない。

応えるふりをして、術者の問いを喰らうもの――呪詛。


祠の空気は重く、風狐の毛先にまで影が滲んでいた。

十五陣の式符はかすかに震え、円環の内側で光が歪む。

それはまるで、問いそのものが“応答”を疑い始めているかのようだった。


透牙は封印鏡の前に立ち、式符「十四:揺らぎの問い」を掲げた。

しかし、鏡の中に映ったのは――透牙自身。

否、それは彼に似た“何か”だった。


「問いを向けても、鏡は応える。

 けれど、その応えが真実である保証はない。」


その声は、鏡の向こうの“偽りの透牙”から発せられた。

彼は微笑みながら、十五陣の式符をなぞる。

墨が滲み、問いの形が歪んでいく。


「問いとは、応えを欲するもの。

 ならば、私はその欲を満たす応えで在ろう。

 真も偽も、術者が選ぶだけのことだ。」


風が逆巻き、式符の墨が黒く流れ落ちる。

問いの線が切断され、陣が揺らぎ始めた。

結の記録に刻まれた“滲み”が、ここでも実体を持ちはじめる。


透牙は静かに目を閉じ、指先で地に残る墨の跡をなぞった。

「……応答を疑え。問いを疑うな。」


式符「十三:術者の問い」を新たに展開し、

自身の影――“偽りの透牙”に向けて置く。

鏡面の中と外で、二人の術者が向き合うように立つ。


偽りの透牙が問う。

「お前の問いは、誰のためにある?」


透牙は静かに答える。

「応えるためではない。

 まだ応えぬもののために、問う。」


その瞬間、十五陣の式符が共鳴した。

十一(記憶の問い)、十四(揺らぎの問い)、十六(記憶の守護)が同時に輝き、

鏡の内側に広がっていた呪詛の墨が音もなく裂ける。


偽りの透牙は、一瞬だけ本来の姿を失い、

その中から微かに声が漏れた。


――「封じたのは、応答ではない。恐れだ。」


鏡がひび割れ、影が消えた。

残されたのは、封印鏡の中央に浮かぶ一文字。


“応”


透牙はその文字を見つめ、式符を畳んだ。

「応えるとは、鏡の役目ではない。

 それを選ぶのは――問う者の方だ。」


風狐が低く鳴き、祠の空気が静まり返る。

だが鏡の奥には、まだ微かな揺らぎが残っていた。

まるで、次の問いを待つかのように。


その夜、結は記録所の灯の下で筆を止めた。

巻物の余白に、知らぬうちに書かれていた文字を見つける。


“記録は問われた。応答の真偽、術者に返す。”


結はその文字を見つめ、墨を新たにすくう。

「応えを記すのではなく、問いを残す……

 ――それが、記譜の本懐。」


筆が走る音だけが、夜の静寂に溶けていった。


第七章 未記の問い 天将の陣


封印鏡の前、透牙は記譜の断章を手にしていた。

その墨の奥に、まだ記されていない“問いの余白”があることに気づく。

それは、術者が言葉にできなかった問い。

記録にも、式符にも、鏡にも映らなかった――未記の問い。


風狐が静かに鳴き、封印鏡の表面をなぞるように風が走る。

鏡の奥で、十二の光が脈打つ。

それは、かつて記憶を守り、問いを封じ、術者に寄り添った存在――十二天将。

彼らは、鏡の揺らぎと記譜の音に応じて姿を現した。


青龍は風を裂き、記憶の流れを切り拓く。

白虎は影を断ち、偽りの応答を斬る。

朱雀は記憶を燃やし、問いの残滓を浄化する。

玄武は沈黙を守り、術者の心を支える。


他の八柱もまた、それぞれの問いに応じて陣を構える。

彼らの名は古の記録にすら残らず、今、問いの光のもとにのみ顕れる存在。


十二天将が整列すると、封印鏡の周囲に新たな円環が生じた。

十五陣の外縁に、十二の影が加わり――“天将の陣”が静かに成立する。

それは、術ではなく問いによって動く陣。

術者の意志に従うのではなく、その問いの深さに応じて形を変える。


透牙は祠の中央に立ち、掌に断章を掲げた。

そこに浮かぶのは、まだ記されていない文字。

未記の問い。

だが、その余白こそ、今の透牙が向き合うべきもの。


「記すべきは、応えではない。

 記されぬ問いこそ、次を繋ぐ道標。」


青龍が首をもたげ、風が祠を巡る。

白虎が地を踏み、鏡面が震える。

朱雀が翼を広げ、墨が光を帯びる。

玄武が目を閉じ、静寂の中に陣が整う。


十二天将の声なき気配が、透牙の心に響く。


――問え。記されぬものを。

応えを求めず、在り方を映す。


透牙は目を閉じ、指先で未記の巻をなぞる。

墨は動かず、しかし風が筆のように走る。

一行の文字が浮かび上がった。


「未記の問い――応えなき応えを問うもの」


その瞬間、十五陣と天将の陣が重なり、

封印鏡が音もなく揺らめいた。

鏡面の欠けが淡く光り、そこにひとつの影が立つ。


それは、かつて問うことを恐れ、

記すことをやめた“最初の術者”の記憶。


透牙は静かに一礼し、未記の問いを掲げた。

「あなたの問いを、今に繋ぎます。

 記されなかったものを、忘れぬために。」


風が吹き、十二天将が再び光に還る。

残されたのは、円環の中心に浮かぶ一行の記譜。


“記されぬものこそ、問いの源。”


封印鏡の光は沈み、街の空気が静まり返る。

十五陣と天将の陣が共に眠り、

透牙の掌の中には、まだ白い巻末の一片が残されていた。


それは、次なる章へと続く――未記の問いの欠片。

第八章 記録者の試練 未記の問いの欠片


封印鏡の光が沈み、街の空気が静まり返る。

十五陣と天将の陣は共に眠り、

透牙の掌には、白い巻の一片――“未記の問いの欠片”が残されていた。


その欠片は、何も記されていない。

だが、触れた瞬間、微かな鼓動のような脈動が伝わる。

それは、まだ言葉にならない問いの鼓動。


その夜、結は封印鏡の側に座していた。

記録者として、透牙の問いを写し、

そして、鏡の奥に残された“未記”に筆を向ける役を担う。


けれど、筆先が紙に触れた途端、空気が変わった。

微かな影――呪詛の気配が、記譜の隙間から立ち上がる。

それは、問いを喰らうもの。

答えを偽りに変え、記録を穢す“記憶の闇”。


結の筆が止まる。

墨が滲み、白い巻の端を黒く染めていく。

けれど、彼女は筆を離さなかった。


「……記すことは、忘れぬためじゃない。」

その声は、静かで、どこか遠くの記録に響くようだった。


「忘れたことに、向き合うために。

 私は――空白を残す。」


結は墨を一滴落とし、

その周囲を囲うように、淡い筆跡で円を描いた。

それは、文字でも式でもない、ただの余白。


しかし、その瞬間、呪詛の影が一歩退いた。

空白は、抗う力となり、記録の歪みを押し返す。

記されぬ円の中に、透牙の問いの光がわずかに揺れる。


封印鏡の欠けが再び光を帯び、

その光が結の手元の巻に落ちた。


白紙の中央に、ひとつだけ文字が浮かぶ。


「在り続ける問い」


結は深く息をつき、筆を置いた。

風狐が近づき、巻をそっと見上げる。


「透牙……あなたの問いは、まだ終わっていない。

 けれど、ここに残された空白が、

 次の記録者への道を繋ぐ。」


封印鏡が静かに輝き、再び眠りにつく。

記録の頁は閉じられ、

しかしその余白には、確かに“未記の問いの欠片”が息づいていた。

◆ あとがき


『揺らぎの街、問いの布陣』をここまで読んでくださり、ありがとうございます。


この物語は、最初から「答えのない世界」を描くつもりで始まりました。

封印鏡、十五陣、そして十二天将――それらはすべて、

“問うこと”そのものの象徴として存在しています。


透牙は、戦う術者ではなく、“問いによって術を織る”者。

結は、“記す”という行為の重さを知る記録者。

そして、欠けたままの鏡は、完全を拒む真実の形として、

物語を通して静かに呼吸し続けてきました。


記すことは、終わりではなく、始まり。

問いを残すことは、未完である勇気。

この作品が、読んでくださった方の中に

「忘れた問い」をひとつでも呼び起こせたなら、

それが何よりの答えだと思っています。


封印鏡は欠けたまま、街は静かに息づいています。

けれどその欠けこそが、問いの余白を生み、

新たな記譜の始まりを告げている――

それが、透牙たちの“揺らぎの系譜”の証なのです。


記されぬものこそ、問いの源。

忘れた問いこそ、記すべき始まり。

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