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幽影の旅路  作者: ysk
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十陣 ― 土の記憶と根の祈りー

登場人物紹介


――『十陣 土の記憶と根の祈り』より――


透哉とうや

祈祷師の家系に生まれ、祖母から受け継いだ「夢祈ゆめのり」の術を操る青年。

風・火・水を巡る旅を経て、最終の地〈土の記憶〉に辿り着く。

祈りの真意とは“留めることではなく、手放すこと”だと悟り、祈りを大地に返す儀を担う。

静かな強さと、仲間を包み込む優しさを持つ。


ゆい

鏡を通して祈りと記憶を映し出す巫女。

過去を視るだけでなく、その“痛み”や“願い”を感じ取ることができる。

姉を探し続ける彼女の旅は、“失われた祈りを繋ぐ”という形で終着を迎える。

土の章では、芽吹く命と共に新たな祈りの循環を見届ける。


透牙とうが

護符師にして、祈りの守護者。

冷静な判断と確かな腕で仲間を導く。

その護符には古代の印「風・火・水・土」を刻む力があり、

最後の章では、四つの印を結び大地に還す儀を完成させる。


◆ シロ

透牙の相棒である白狐。古の霊獣に連なる血を持つ。

霊の気配を読むことに長け、時に人の言葉を超えた理解を示す。

土公神どこうしんの気配を察知し、祈りの根へと導く“霊の案内人”となる。


みお

かつて風の巫女として祈りを捧げた女性。

恋人・蒼真を失い、その悲しみを火の地に封じた。

しかし彼女の祈りは、水祀の湖を経て命に還り、土の地で“再生”として根を下ろす。

その祈りは、巡る命の象徴として今も大地に息づいている。


蒼真そうま

風を読む職人であり、澪の恋人。

命を落とした後、水祀の儀を通じて“記憶の命”として現れる。

彼の存在は、「祈りが命を越えて続く」という真理の象徴。

土の章では、その記憶が芽吹きとなり、新たな命へと繋がる。


土公神どこうしん

大地と命の循環を司る神。

言葉を持たず、根と鼓動を通じて世界に祈りを返す存在。

透哉たちの旅の果てに現れ、“祈りは形を変えて続く”という真理を伝える。


山祀やままつり

土公神に仕えていた古の巫覡ふげき

かつて人と神の橋渡し役として祈りを捧げていたが、

祈りの形が失われた時代に姿を消した。土の章では、記憶の残響として登場し、

透哉に「祈りは語られずとも根に残る」という言葉を残す。


風が運び、火が焼き、水が鎮め、土が育てる。

祈りの旅はここで終わり、同時に始まりを告げる。

“祈りは巡る。命と記憶が交わる限り、再び芽吹く”――

第一章 水祀の湖へ


赤岩の地を離れた四人と一匹は、北へ向かって歩を進めていた。

風は穏やかに、火の熱はすでに遠く、空気はしっとりとした湿り気を帯びている。

空の色もどこか淡く、赤岩の乾いた光景とは対照的に、静寂が支配していた。


やがて、霧の帳の向こうに――鏡のように滑らかな水面が現れた。

その中央には、古びた石の祠がひっそりと佇んでいる。

周囲には人の気配がなく、ただ波紋の音と鳥の声が微かに響いていた。


「……ここが、“水祀の湖”。」

透哉が呟く。その声は霧に吸い込まれ、まるで湖が応えるように、

水面がふっと光を放った。


結が鏡を取り出し、慎重に湖面へとかざす。

鏡の中に映るのは、彼ら自身ではなかった。

淡く揺れる水の像――そこには、青い衣をまとった巫女の姿が映っていた。


「……水の巫女神、罔象女神みづはのめのかみ。」

透哉の声はかすかに震えていた。

その名は、古い祈祷の文に記され、彼の祖母が何度も唱えていた神の名だった。


透牙が一歩、湖のほとりへと進む。

「ここでも“記憶”が眠っているのか?」


透哉は頷き、静かに答えた。

「ええ。この湖は“流された祈り”を受け止める場所……。

 火で焼かれ、風に運ばれた想いが、最後にたどり着く場所だと伝えられています」


風が止み、湖面に広がる霧がわずかに揺れた。

その揺らぎの奥――水の底から、誰かの声が囁くように響いた。


『……わたしの祈りを、沈めてください。』


シロが耳を立て、低く唸る。

透牙は護符を握り、透哉は祈祷符を構えた。

結は鏡を光にかざし、淡い水の揺らぎを追う。


湖の底から、古の祈りが目覚めようとしていた。

それは、忘れられた涙と赦しの記憶――

水祀の湖に眠る、もう一つの物語の始まりだった。


第二章 赦しの水、涙の記憶


湖面は静かに揺れ、祠の周囲に淡い霧が立ち込めていた。

夜明けの光が水に溶け、湖はまるで眠る神の瞳のように、深く、静かに、微かな鼓動を宿している。


四人は祠の前に立ち、それぞれの位置についた。

透哉の掌には、赤岩の地で焼かれた護符の灰が包まれている。

それは澪が最後に遺した祈りの残滓――火に焼かれても消えなかった想い。


「……風と火は祈りを渡した。

 ならば今度は、水に還す番だ。」

透牙が静かに言い、護符の灰を見つめた。


結は湖のほとりに鏡を置き、両手を合わせて祈りの言葉を紡ぐ。

「水は流れ、記憶を包み、涙を赦す。

 どうか、この祈りが穏やかに還りますように。」


シロが低く鳴き、湖面を覗き込む。

その白い毛並みが霧に溶け、まるで神使のように神秘的だった。


透哉は深く息を吸い、手にした灰を水面へとそっと差し出す。

灰が落ちた瞬間、湖は静かに波紋を広げ――

その中心から、淡い光が浮かび上がった。


光は揺らめき、やがてひとつの姿を描く。

それは、かつて赤岩の地で祈りを捧げていた巫女――澪。


「……透哉。」

呼ばれた名が、風のように柔らかく響く。


透哉の唇が震える。「あなたは……」


澪は微笑んだ。

その姿は水に溶けそうなほど儚く、けれど確かに温かい気配を放っていた。


「わたしは、火に祈りを託しました。

 でも、それでは届かなかったの。

 だから今度は――水に還り、赦すために。」


湖面が淡く光を帯び、澪の足元から小さな波が広がる。

透哉の護符が水に溶け、その光が澪の胸へと吸い込まれていった。


「あなたの護符には、まだ“赦し”が残っていたの。

 それは、わたしが果たせなかった祈りの続きを――あなたが継いでくれた証。」


透哉の瞳に涙が滲む。

彼は小さく頷き、震える声で答えた。

「もう……誰も焼かない。祈りは、消さない。」


その瞬間、湖全体が静かに輝き出す。

霧が晴れ、水面が鏡のように澄み渡る。

そこに映るのは、澪の微笑みと、透哉の護符が水へと還っていく光景。


「ありがとう。あなたが赦してくれたから、わたしはようやく――風になれる。」


澪の姿が淡く崩れ、湖の光とともに空へと昇っていった。

その残光が消えたあと、湖面には小さな波紋だけが残った。


結がそっと鏡を手に取り、透哉の隣で微笑む。

「澪さんの祈り、ちゃんと届いたのね。」


透哉は小さく頷き、湖の中心を見つめた。

「赦しの記憶……それは涙じゃなく、もう“流れる光”なんだ。」


水祀の儀は終わり、湖は再び静寂を取り戻した。

だがその底には、確かに――澪の祈りが、やさしく眠っていた。


第三章 命の還流


湖面に沈められた護符の灰は、静かに水底へと降りていった。

やがて、湖の中心にある祠の下から、淡い光が立ちのぼる。

それは――澪の祈りが水に溶け、命のかたちを取り始めた徴だった。


霧が舞い、湖の水面がわずかに波立つ。

その揺らめく鏡の中に、ひとりの青年の姿が映し出された。


彼の名は蒼真そうま

風を読む職人であり、かつて澪と共に祈りを捧げた男。

だが、風災の夜――暴風に巻かれ、その命を落とした者だった。


「……これは、まさか……」

透哉が息を呑む。


結は鏡を握りしめ、微かに震える声で呟いた。

「水が“命”を返してる……澪の祈りが、彼を呼び戻してるの……」


湖の光は次第に強さを増し、蒼真の姿がゆっくりと輪郭を帯びていく。

だが、その体は完全なものではなく――

水と光の粒が形作る“儚い存在”として、湖の上に立っていた。


「……ここは……?」

蒼真の声が、水を震わせるように響いた。

その目に映るのは、透哉たち四人と、霧の中の祠。


透哉は静かに答えた。

「ここは、水祀の湖。

 あなたの恋人――澪の祈りが、あなたを還した。」


蒼真は目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。

「……澪は、風の夜に俺を呼ぼうとした。

 でも、あの祈りは風に焼かれ、俺は……届かなかったんだ。」


彼の掌から、水が滴り落ちる。

それは、涙にも似ていた。


「けれど……今、ようやく触れられる気がする。

 風でも火でもなく、水の流れの中で。」


透哉は護符の欠片を取り出し、湖に浮かべる。

淡い光が蒼真の胸元に溶け込み、二人の記憶が交わる。


その瞬間――湖面に、澪の姿が再び映し出された。

彼女は微笑み、蒼真に手を伸ばす。

「蒼真……ようやく、あなたを赦せる。

 そして、あなたも……自分を赦して。」


蒼真はその手を取ることなく、ただ微笑んだ。

「もういい。

 君の祈りが俺をここに還した。それだけで、もう充分だ。」


風が静かに吹き抜け、水面が光の粒を散らす。

蒼真の体が淡く透け、湖の流れとともに溶けていく。


「ありがとう……」

その声だけが残り、湖は再び静寂を取り戻した。


透哉は長く息を吐き、掌を見つめた。

そこにはまだ、微かな温もりが残っていた。


結が小さく呟く。

「祈りは、形を失っても――命を巡らせるのね。」


透哉は頷き、湖面を見つめる。

「澪の祈りも、蒼真の命も……きっとこの水に還って、またどこかで流れ出す。

 それが、“命の還流”なんだ。」


湖の奥深く、光が静かに沈んでいった。

そして、その底から新たな水流が生まれ、彼らの足元へとそっと触れた。


それはまるで、

“祈りがまだ終わっていない”と語りかけるように――。


最終章 祈りの根、記憶の芽吹き


森の奥深く――

かつて風が吹き抜け、火が燃え、水が流れたその先に、静寂が広がっていた。


祠を包むように、大地の下へと伸びる無数の根。

その根のひとつひとつに、淡い光の粒が宿っていた。

それは、風が運び、火が焼き、水が鎮めた“祈りの記憶”――命の記録。


透哉はその光景を見上げ、静かに息を呑んだ。

「……ここが、“土公神つちのこうじん”の眠る場所……」


地を司る神――土公神。

すべての祈りと記憶を受け入れ、命を根として育む存在。

声はなく、姿もない。だが、大地そのものが、確かに脈動していた。


結が膝をつき、柔らかな土に手を触れる。

「……あたたかい……」

その掌の下から、微かな鼓動が伝わってくる。

それは、誰かの祈りが再び芽吹こうとする音だった。


「風は巡り、火は清め、水は赦し――」

透哉が呟く。

「そして、土はすべてを“受け止める”。

 だからこそ、この場所で……命は根を張るんだ。」


土の下で、光の粒が一つ、また一つと集まり始める。

それはまるで、地の底で眠っていた祈りたちが、再び息を吹き返すようだった。


透牙が小さく口を開く。

「……あの光、澪と蒼真の祈りか?」

「うん。あの二人の祈りも、ここに還ったんだ。」透哉が頷く。

「けれどもう、悲しみの祈りじゃない。

 “命を繋ぐ祈り”として、この土が受け止めてる。」


光の根が祠の中心に集まり、柔らかく脈を打つ。

その輝きの中から、かすかな声が響いた。


――ありがとう。

――私たちは、もう大丈夫。


それは澪と蒼真、そして数多の祈りの記憶が重なった声だった。


大地の鼓動が静かに強まる。

その瞬間、祠の前の土がわずかに盛り上がり――

小さな芽が、土を押しのけて顔を出した。


「……芽、が……?」結が息を呑む。

透哉は微笑んだ。

「そうだ。これは、祈りが“命”として根づいた証。

 もう、祈りは空に還らない。ここで、生きていくんだ。」


風が森を撫で、火の残り香が淡く漂い、水の雫が葉を伝って落ちる。

四つの力が静かに交わり、森全体がひとつの呼吸を始めた。


透哉は空を見上げ、穏やかに呟く。

「祈りは巡る。風となり、火となり、水となり……そして、土に根づく。

 それが、命の循環――“記憶の芽吹き”なんだ。」


大地の下で、無数の光の根がゆっくりと広がっていく。

それはまるで、この世界そのものが祈りに包まれているかのようだった。


――祈りは、終わらない。

――それは、次の命の始まりとなるから。


土の匂いの中で、四人と一匹は静かに立ち尽くしていた。

空には新しい風が流れ、木々の葉が優しく揺れている。


それは、

すべての祈りが“命”へと還る音だった。


結文


風を越え、火を渡り、水に還り、そして土に根づいた――。

透哉たちの祈りの旅は、ひとつの循環を描いて静かに終わりを迎えた。


だが、それは終焉ではなく、“始まり”の気配に満ちていた。

大地に芽吹いた祈りの根は、これからも命を繋ぎ、誰かの願いを受け継いでいく。


結は湖で拾った水晶を胸に当て、そっと目を閉じる。

「……みんなの祈り、ちゃんと生きてるね。」


透牙が頷き、シロが柔らかく尾を振る。

透哉は空を仰ぎ、穏やかに微笑んだ。


「祈りは消えない。形を変えて、また誰かの中で息をする。

 それが、“命の祈り”なんだ。」


風が吹き抜け、木々の葉がさざめく。

かつての風祈、火祀、水祀の記憶が、ひとつの流れとして大地を巡る。


そして、土に根づいたその祈りは――

いつか新たな命となり、再び風を呼ぶだろう。


祈りは巡る。

命は還る。

そして、記憶は静かに息づいていく。


――これは、祈りが土に還り、命として芽吹くまでの物語。

 すべての始まりは、いま、大地の下で静かに眠っている。

あとがき


十陣――『土の記憶と根の祈り』をお読みいただき、ありがとうございました。


風を巡り、火を越え、水に還り、そして大地へ――透牙たちの旅は、自然の元素と祈り、記憶の繋がりを追い求める旅でもありました。各章を通して描かれたのは、単なる冒険譚ではなく、「祈りの意味とは何か」「記憶はどう生き続けるのか」という普遍的な問いです。


土の章では、命となった祈りが根を張り、新たな芽吹きを生む瞬間を描きました。風や火や水と同じく、土もまた、私たちの思いや願いを静かに受け止め、次の世代へと循環させていく――そんな力強さを表現したつもりです。


透哉の祖母の符、結の鏡に映る影、透牙の護符、そしてシロの導き――すべてが重なり、祈りと記憶の輪が完成しました。読者の皆様には、彼らと共にこの旅を歩み、祈りの循環を感じていただけたなら幸いです。


そして、透牙たちの旅はここで一区切りとなりますが、祈りの記憶は風や水や火や土のように、見えない形で巡り続けます。物語の中で描かれた一つひとつの祈りが、読者の心の中で静かに息づくことを願っています。


次の物語は、祈りの記憶が再び巡る場所――「光の都」とその周辺の神秘へと繋がるかもしれません。どうぞ、その日を楽しみにしていてください。


――最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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