表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽影の旅路  作者: ysk
10/37

風祈伝・外伝 風鳴の章

登場人物紹介 ― 風鳴の谷/風継ぎの丘 ―


透牙とうが

陰陽術を扱う若き祈祷師。護符を用いた結界術と封印術に長け、仲間と共に妖や影と向き合う。困難に直面しても冷静さを保ち、仲間を導く力を持つ。


透哉とうや

民間祈祷師・山吹の若き継承者。祖母から伝わる祈祷術「風渡りの儀」「風送りの儀」を習得中。風を読むことで記憶の流れを感じ取り、風に絡む異変を制御する。術の禁忌を守りつつ、仲間を支える冷静な知恵者。


ゆい

鏡職人の娘で、霊的感知能力を持つ。鏡を用いて妖や影の位置を把握し、仲間に情報を提供する。封印術や祈祷の補助にも貢献し、家族の記憶や過去の痕跡と向き合う役割を持つ。


シロ

透牙の式神で妖狐の姿を取る。霊感や探索能力に優れ、戦闘や索敵の際には妖狐として活躍する。仲間との絆を大切にし、妖としての本能と人間との信頼の間で揺れつつも守護の力を発揮する。


黒影こくえい

谷や村、人々の心の迷いや恐れ、未完の祈りから生まれる妖。影として現れ、封印されるまで村や谷の秩序を乱す存在。封印術によって浄化されるが、記憶の残滓として僅かに光の粒となり、風に溶け込む。


巫女(風の巫女・祖母)

透哉の祖母で、山吹の祈祷術を伝えた人物。風渡りの儀や風送りの儀の秘法を残し、封じられた記憶を風に託す役割を担った。祠や巻物の中でその痕跡が示され、透哉の成長と覚醒に影響を与える。

序章 風を呼ぶ伝書


霧深い朝。

透牙たちが焚き火を囲んでいた時、白い羽根の式神鳥が風を裂いて舞い降りた。

その足には、古びた封書が結ばれている。


透牙が手に取り、印を確認する。「……これは、風鳴かざなりの谷の印だな」

結が鏡を傾け、封蝋に映る文字を読み取る。「“風の声が眠りを乱す”……そう書かれています」


透哉は静かに頷いた。「風鳴の谷は、かつて風祈ふうき夢祈ゆめのりが交わる地でした。風の流れが乱れるということは、祈りが途絶えかけているのかもしれません」


シロが低く唸り、尾を揺らす。「風が…ざわついている。何かが目を覚まそうとしているみたいだ」


透牙は立ち上がり、護符を手に握る。「行こう。俺たちの旅は、まだ終わっていない」

結が微笑み、風の方角を指差す。「この風が呼んでいるわ。次の祈りの地へ――」


四人と一匹は立ち上がり、霧に包まれた山道を進み出した。

その先に広がる“風鳴の谷”では、風と夢の記憶が再び交わろうとしていた。


そして、透哉の祈祷術は次なる覚醒の時を迎える。

風が告げるのは、封じられた記憶の呼び声――

それが、新たな試練の始まりだった。


第一章 風祈の残響


風鳴の谷に足を踏み入れた瞬間、四人と一匹は言葉を失った。

谷は静かだった。あまりに静かで、風の音さえも遠くに感じるほど。


霧の奥で木々がざわめくように見えたが、その葉は微動だにしない。

まるで時間そのものが止まっているかのようだった。


透牙は息を呑み、足元の土を軽く踏みしめる。

「……風が、死んでいる。」


シロが鼻をひくつかせ、耳を伏せた。

「風の匂いがしない。空気が…閉じてる。」


結は鏡を掲げ、光の角度を変えながら周囲を見回す。

鏡面には薄い靄のような影が映り、やがてその中に何かの残像が浮かび上がった。

「……これは、“風祈ふうき”の跡。祈りが途絶えた場所に残る、記憶の断層です」


透哉がその言葉に反応し、そっと祈祷符を取り出す。

「風祈とは、風そのものに記憶を託す術。

 けれど、この谷では流れが断たれている……風の理が閉じているんです」


彼の声は、どこか悲しげだった。

山吹の祈祷師として、風と共に祈る術を継ぐ彼にとって、この“沈黙”は痛みでもあった。


透牙は護符を掲げ、低く呟く。

「なら、風を呼び戻すしかない。

 祈りが途絶えたなら、俺たちの祈りで繋ぎ直す」


透哉は小さく頷き、手の中で祈祷符を広げる。

紙が静かに震え、淡い風の音が漏れた。


「――“風祈の残響”に耳を傾けます。

 もし風が何かを記憶しているなら、その声を拾えるはずです」


透哉の言葉とともに、符が淡い光を帯びる。

そして、谷を包む沈黙の中に――

微かな歌のような響きが、確かに流れ込んだ。


それは、誰かの祈りの声。

風を取り戻してほしいと願う、遠い昔の祈祷師の残響だった。


結が鏡を覗き込み、静かに呟く。

「……この声、まるで“風祈の巫女”が、まだこの谷で祈っているみたい」


透哉は深く息を吸い、護符を握る手に力を込めた。

「なら、行こう。

 その祈りの続き――俺たちが受け継ぐんだ」


霧の向こう、風のない谷に一筋の気流が走った。

それは、失われた祈りが再び動き始めたことを告げる“風の目覚め”だった。


第二章 風の囁きと封じられた巫女


風鳴の谷に足を踏み入れた瞬間、透哉は胸の奥に微かなざわめきを感じた。

風は穏やかに吹いていたが、その流れには言葉にならない“声”が混じっていた。


「……聞こえますか?」

透哉が足を止め、仲間たちに問いかける。


透哉は周囲を見回しながら答える。

「風の音じゃない……誰かが囁いているような……」


シロが尾を揺らし、耳をぴくりと動かした。

「風の流れが、途切れ途切れだ。誰かが、風を止めようとしている」


その言葉に、透哉の表情が曇る。

「風を止める――それは、山吹の術の中でも最も重い禁忌です」


結が鏡を掲げ、霧の奥を覗き込む。

鏡面に揺れる影が、やがてひとりの女の姿を結び始めた。

白い衣をまとい、風の中で静かに祈るように立つその姿。

しかし、彼女の周囲だけ、風が不自然に止まっていた。


「……あれは?」

透哉が息をのむ。


透哉は小さく震える声で呟いた。

「風祈の巫女――この谷を守っていた祈祷師です。

 けれど、彼女は……もう生きてはいないはず」


その瞬間、風が一変した。

囁きは悲鳴へと変わり、霧の中に無数の声が渦を巻く。


『なぜ風を止めたのか……』

『なぜ祈りを捨てたのか……』

『この谷を眠らせたのは……お前だ……』


透哉は護符を構える。

「くっ……来るぞ!」


影が吹き上がる風とともに形をなし、黒くねじれた人の輪郭を帯びて襲いかかる。

シロが飛び出し、風の軌跡を裂くように動いた。

「透牙! 結界を!」


「了解だ!」

透牙が素早く印を切り、結を鏡で光を反射させる。

反射した光が結界を描き、風の乱れを閉じ込めた。


その中心で、透哉は膝をつき、静かに祈祷符を広げる。

「……祖母が言っていました。

 “風は怒ることがある。だがそれは、悲しみに耐えられぬ時”だと」


彼の指先が符をなぞるたび、霧の中に柔らかな風が生まれ、悲鳴のような囁きを優しく包み込んでいく。


そして、霧の奥で、巫女の影がゆっくりとこちらを見た。

その瞳は涙に濡れ、唇がかすかに動く。


「……私は、風を止めてしまった。

 祈りを、ひとりで抱えたまま……」


透哉は静かに目を閉じた。

「――その祈り、今度は僕たちが引き継ぎます」


風が優しく流れた。

巫女の影が淡く光に包まれ、霧の中へと溶けていく。


結は鏡を下ろし、深く息をついた。

「封じられていたのは、祈りの記憶そのものだったのね」


透牙は護符を握り直し、谷の奥を見据えた。

「だが、まだ終わっちゃいない。風が完全に戻るまで、封印は解けない」


透哉は頷き、祈祷符を胸に当てる。

「風の声は、まだ続いています。

 ――“風送りの儀”が、途中で止められたままなんです」


谷を吹き抜ける風が、遠い記憶を告げるように鳴った。

その音はまるで、次なる試練の幕開けを知らせるかのようだった。


第三章 儀式の真実と継承の祈り


祠の奥に佇む巫女の影は、風に揺れながら語り始めた。

その声は囁きのように淡く、しかし確かに透哉の胸に届いた。


「――風は、祈りと共に在るもの。けれど、ある時、祈りが争いに使われたのです」


透哉は静かに耳を傾けた。巫女の姿は揺らぎながらも、どこか人の温もりを残している。


「風送りの儀は、本来“魂を還す道”でした。けれど……ある者がその力を私し、他者の記憶を操ろうとした」


透哉が眉を寄せる。

「つまり、風を使って記憶を……?」


巫女は悲しげに頷いた。

「風は人の心を運ぶ。だからこそ、祈りを歪めれば、誰かの心を奪えてしまう。

 私は、それを止めようとした……けれど、間に合わなかった」


霧の奥で、風がひとつ息をするように吹き抜けた。

結が鏡を覗き込むと、そこには祈りの儀式の光景が映し出される。

風に舞う護符、祈りを捧げる巫女たち、そして――その中心に立つ少女。


「……この子……」

結の声がかすれた。

鏡の中の少女は、彼女とよく似た瞳をしていた。


巫女がそっと視線を結へと向ける。

「彼女は“風継ぎの子”――あなたの姉です。

 記憶を繋ぐ力を持つがゆえに、封印の一部となりました」


結の手が震え、鏡を抱きしめた。

「姉が……この谷を守っていたなんて……」


透哉は静かに一歩、祠の中央へと進む。

そこには、古びた祭壇と一枚の石碑があり、古語の刻印が淡く光を帯びていた。


「これは……“継祈の印”」

彼が呟くと、巻物の文様が共鳴し、淡い光が彼の掌に宿った。


「祖母の巻物の続きを……ようやく理解できました。

 “風送りの儀”は、終わりではなく“継ぎ”の儀――

 過去の祈りを受け継ぎ、再び風に託すためのものだったんです」


シロが静かに歩み寄り、透哉の足元に座る。

「なら、今度こそ……完成させるんだな」


透哉は頷いた。

「はい。風を閉じ込めてしまった巫女の痛みを、僕たちが風へ返す。

 それが、“記憶結びの儀”の始まりです」


巫女の影が微笑んだ。

「ありがとう……あなたたちが風を繋ぐなら、私はもう……眠ります」


その声と共に、祠の奥から柔らかな風が吹き抜けた。

霧が晴れ、祠の中に光が差し込む。

石碑の文字が淡く浮かび上がり、風鳴の谷全体が静かに息を吹き返した。


透哉は護符を胸に押し当て、呟く。

「風が……戻ったな」


透哉は目を閉じ、風の流れに身を委ねる。

「ええ。けれど、これは始まりにすぎません。

 風が祈りを取り戻した今、記憶もまた――動き出します」


その瞬間、谷を吹き抜ける風が、遠くの山々へと響いた。

まるで、新たな風祈の物語を告げるように。


第四章 記憶結びの儀と風の試練


風鳴の谷に、静かな風が吹いていた。

封じられた巫女の記憶が風に溶け、谷の空気はどこか懐かしい香りを帯びていた。


透哉は祠の前に膝をつき、巻物を広げる。

その筆跡は、祖母が最後に記したものであり、彼の指先を通して温もりが伝わるようだった。


「――“記憶結びの儀”は、祈りを風へと還す儀式。

 けれど、風が選ぶのは“真に結ぶ者”……心が試される」


透哉が護符を整えながら、静かに頷いた。

「つまり、形だけの祈りじゃ届かないってことか」


「ええ。巫女が命を懸けて守った“想い”を、僕たちが引き継ぐための試練です」


結が鏡を手に、祠の中央に立つ。

鏡面には淡い風の流れが映り、その奥に、姉の影が揺れていた。


「……姉さん」

声をかけても返事はない。ただ、風が優しく結の髪を撫でた。


その瞬間、祠の石碑が震え、刻まれた印が光を放つ。

風が渦を巻き、四人と一匹を包み込んだ。


――風が、彼らの記憶を覗く。


透哉の前に、幼い日の光景が浮かぶ。

祖母の背中、祈りの声、そして小さな自分に微笑む姿。

「……祖母は、ずっと僕に“風は心を映す鏡”だと言っていた」


結の前には、姉の影が現れる。

『なぜ私を忘れたの?』

その問いに、結は震える声で答えた。

「忘れたんじゃない……覚えていたから、痛かったの……!」


透牙の護符が光り、風に乗って声が響く。

「……祖父。俺はもう逃げない。

 護符に刻まれた過去を、今の俺が受け止める」


シロの身体が光に包まれ、白い尾が風と溶け合う。

「……俺も、人の祈りを守りたい。それが俺の選んだ道だ」


四人と一匹の想いが交わると、祠の中心に風の輪が現れた。

風の巫女の声が、囁くように届く。


「――祈り、交わり、風となれ。心が結ばれたとき、封印は真に解ける」


透哉は巻物を掲げ、古の言葉を唱える。


「オン・アムリ・タ・テイゼイ・カラウン……風よ、記憶を結び、祈りを渡せ――!」


その瞬間、祠の中に光の風が吹き荒れ、封印の印が解けていった。

風が山々へと駆け抜け、夜空を渡って谷全体を包み込む。


やがて、風は静まり返り、淡い光の粒が空に漂う。

それは、長きにわたり封じられていた人々の記憶――

悲しみも祈りも、すべてが風の中へと帰っていく。


透哉は目を閉じ、風の音を聞いた。

「……これで、巫女の祈りはようやく風に還った」


結が鏡を胸に抱き、微笑む。

「姉の声も、もう泣いていない気がする」


透牙は空を見上げて息をついた。

「風鳴の谷……ようやく静かになったな」


シロが尻尾を揺らしながら笑う。

「でも、風は止まらないねぇ。また次の祈りを運ぶんだ」


風が再び吹き抜ける。

それはまるで、新たな旅立ちを告げるような音だった。


そして――

透哉の手の中の巻物が、ひとりでに開いた。

そこには次なる地の名が、古文字で記されていた。


「風継ぎの丘」


透哉は静かに呟いた。

「……次は、風が“生まれる場所”ですか」


彼らの視線の先、朝日が谷を照らし始めていた。

風が新しい祈りを運び出す――その始まりを告げるように。


最終章 風継ぎの丘と風の源


風鳴の谷を越えた先に広がる丘――そこは、かつて風祈たちが祈りを捧げ、風の源と交信した聖地だった。

風継ぎの丘と呼ばれるその場所は、常に風が巡り、記憶と祈りが交差する地。

草は絶えず靡き、空はどこまでも澄んでいる。だがその風の奥に、微かな“異音”が混じっていた。


透哉は足を止め、掌に風を受けた。

「……この風、泣いています。まだ癒えぬ記憶が、ここに残っている」


透牙が護符を握りしめる。

「谷で封印された記憶……その根が、この丘に繋がっているってことか」


結は鏡を取り出し、風の流れを映す。

鏡の中で、淡い光の帯が渦を巻いていた。

「風が……何かを呼んでいます。祈りの残響か、あるいは――」


そのとき、丘の中心にある古い石環せきかんが音もなく震えた。

シロの耳がぴくりと動く。

「来るぞ……風の中に、誰かの意志が混じっている」


次の瞬間、丘全体が光に包まれた。

風がひとつの形をとり、白銀の衣を纏った巫女の姿が現れる。

その瞳は優しくも悲しげで、声は風のように揺れていた。


「――我ら風祈の記憶を受け継ぐ者よ。

 風は巡り、祈りは繋がり、やがてまた還る。

 けれど、この地には“断たれた風”がある」


透哉は一歩進み、静かに頭を垂れた。

「あなたが……風の源に最も近づいた巫女ですね。

 この風を止めているもの――それを、教えてください」


巫女はそっと指を掲げ、風を裂くように示す。

丘の上空に、黒い裂け目のような渦が現れた。

そこから溢れるのは、風に溶けた無数の声。祈りを忘れた人々の記憶の残滓。


「――これが、風が流れを止めた理由。

 祈りが恐れに変わり、風を拒んだからです」


透哉は巻物を開き、深く息を吸い込んだ。

「風を断つ者がいるのなら、今度こそ僕たちが繋げます。

 祖母が果たせなかった願いを――風として、還します!」


透牙が護符を掲げ、結が鏡を中心に置く。

シロが風を呼び、四方に白い尾の光を放つ。


透牙の声が丘に響いた。


「オン・アムリ・タ・テイゼイ・カラウン――

風よ、祈りを結び、記憶を還せ!」


風が爆ぜるように光を放ち、黒い渦を包み込んだ。

断たれた風の声が、やがて穏やかな囁きへと変わる。


巫女の姿が光の中で微笑む。

「あなたたちの祈り、確かに届きました。

 風は、再び巡り始めます――」


風が静まり、丘に光が満ちた。

草原が揺れ、空が澄み渡る。

それは、長い時を経てようやく訪れた“風の再生”の瞬間だった。


透哉は目を閉じ、両手を合わせる。

「……これで、祖母の祈りも報われたはずです」


透牙が笑って肩を叩く。

「お前の風、ちゃんと届いたよ。もう止まることはない」


結は鏡を覗き、微笑む。

「姉の影も、もう風の中で穏やかに眠っている」


シロは尾を振り、風を感じながら言った。

「いい風だ……次の道も、この風が導いてくれそうだな」


四人と一匹は、風継ぎの丘の頂に立ち、吹き抜ける風を受けた。

その風は、どこまでも優しく、どこまでも広く――

まるで新たな旅路を祝福するように、彼らの頬を撫でていった。


そして透哉の袖に、白い紙片がひらりと舞い降りる。

それは、新たな伝書の紙。


「……次は、どんな風が待っているのでしょうね」


透哉の言葉に、透牙が笑った。

「行って確かめようぜ。風は、止まらない」


風が再び吹き抜ける。

その音は、祈りの終わりではなく――新たな始まりの合図だった。


結文


風継ぎの丘に、柔らかな風が吹き抜ける。

その風はもはや祈りの声ではなく、穏やかな息吹そのものだった。

かつて封じられ、歪んでいた風の記憶は今、四人と一匹の祈りによって解き放たれた。


透哉は静かに目を閉じ、掌を風にかざす。

「風は……もう、悲しんでいません。ようやく、流れを取り戻しました」


透牙は頷き、空を見上げる。

「誰かが止めた風でも、また誰かが繋げられる。そういうものなんだな」


結は鏡を胸に抱き、微笑んだ。

「鏡も、ようやく静まりました。これで……姉も安心して眠れるでしょう」


シロは尾をふわりと揺らし、風の中を歩く。

「お前たちの風、ちゃんと届いたな。もうどこにも濁りはねぇ」


丘の上空では、淡い光の粒が風と共に舞い上がっていた。

それは、記憶が祈りに還る瞬間のように美しかった。


透哉は小さく息を吐き、風の方へ向かって呟く。

「祖母……ようやく、あなたの風を受け継げました」


その言葉に応えるように、風が優しく頬を撫でた。

祈りの道は終わらない。

風が流れる限り、記憶は巡り続ける。


そして、次なる地を告げる一羽の式神鳥が空を横切る。

白い羽が光に溶け、風の中へと消えていった。


――風は巡る。

それは祈りの記憶であり、旅の続きの合図でもあった。


「風祈伝・外伝 風鳴の章」 ― 結 ―

あとがき ― 風鳴の谷・風継ぎの丘 ―


今回の物語では、透牙、式神・シロ、結、そして若き山吹の祈祷師・透哉が、風鳴の谷や風継ぎの丘という神秘的な土地で、多くの試練と向き合いました。谷や丘に漂う霧や風は、単なる自然現象ではなく、過去の人々の記憶や想い、封印されし妖の力を映す鏡のような存在として描かれています。


透哉の山吹の祈祷術は、封印や祓いだけでなく、人々の記憶を読み解き、未来へつなぐ智慧として重要な役割を果たしました。祖母から受け継いだ「風渡りの儀」や「夢渡りの儀」を通じ、透哉は自身の祈祷の源を理解し、仲間たちと共に新たな力を身につけていきます。


結は鏡を通して、失われた家族や村人の記憶に触れ、過去と向き合うことで心を強めました。透牙は護符に宿る記憶を頼りに、家系に秘められた封印術との関わりを知り、妖や人々との絆を深めます。シロは妖としての本能と人との絆の間で揺れながら、仲間を守る力を選び取る姿が描かれました。


そして、都や村、人と妖、封印術や伝書の式神といった多層的な要素が交錯し、物語はひとまずの結末を迎えました。しかし、旅は終わりません。透牙たちのもとに、再び伝書の式神が舞い降ります。今度の行き先は、都の郊外にひっそりと存在する「夢返しの峰」。そこで待ち受けるのは、封印術の源流にまつわる謎と、失われた記憶の痕跡。透哉の祈祷術も新たな試練を迎え、仲間たちと共に未知の妖や事件に立ち向かう冒険が始まります。


読者の皆様には、透牙たちと仲間たちの絆、祈祷術の神秘、そして人と妖の交差する世界を、引き続き楽しんでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ