一陣 式神との出会い
登場人物紹介
◆透牙
若き陰陽師。
まだ十代半ばながら、師を持たずに独りで修行の旅を続ける。
幼き頃に家族を妖に喰われた過去を持ち、以来「人と妖の理」を探求している。
冷静沈着でありながら、心の奥には強い情と優しさを秘めている。
使用する符は古式ゆかしき陰陽道の「封印符」「浄化符」など。
口にする呪は師の形見として伝わる独自の文言を含む。
「陰も陽も、もとは一つ……ならば、闇にだって救いはあるはずだ。」
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◆瞬
透牙と契を結ぶことになる妖狐。
普段は小さな白狐の姿で現れるが、本来は白銀の髪と双尾を持つ青年の姿をしている。
千年を超えて祠に封じられていた「封印の守護者」。
本来は人と妖の均衡を保つ役目を担っていたが、時の流れと共に忘れ去られ、封を破られぬまま森に縛られていた。
透牙との出会いを機に契約を結び、彼の旅に同行する。
知恵と霊力に長けるが、人の感情にはまだ不慣れ。
「主ではなく、仲間と呼ぶのか……奇なる人の子よ。」
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◆依頼主の老女
山里に住む老婆。
森の祠を昔から“神の在り処”として恐れ敬っていたが、数年前より夜な夜な声を聞くようになり、恐怖に駆られて透牙を呼ぶ。
実は瞬を祀っていた一族の末裔。
長く絶えていた縁が、透牙を通して再び結ばれることになる。
「あの声は……懐かしゅうて、悲しい声じゃった……」
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◆妖(闇祟〈やみたたり〉)
今回透牙が初めて対峙する妖。
かつて村人の怨念や穢れが集まり、形を得たもの。
人の声を真似て呼び寄せ、魂を喰らう。
瞬が封印されていた祠の力が弱まったことで、再び現れた。
「ここは我の棲処……光など、いらぬ……」
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補足設定
•時代背景
平安中期。京より離れた山間の地が舞台。
陰陽寮の制度はすでに確立しているが、地方では独立して活動する陰陽師も多い。
透牙もまた、その一人である。
•符術と契約
陰陽師が妖と契を交わす場合、「相互の魂を半分ずつ預け合う」儀が必要。
片方が死ねば、もう片方も消滅する危険を伴うため、真の信頼がなければ成立しない。
•鳥居と祠
瞬が封じられていた祠は、古の時代に建てられたもの。
祠の鳥居には「縁封の印」が刻まれており、封が解かれると同時に妖も解き放たれる構造になっている。
一陣 ― 森の呼び声 ―
森の依頼
都より遠く離れた山里に、不穏の噂が立った。
「夜ごと、森の奥より誰かを呼ぶ声がする」という。
その報せを受け、若き陰陽師・透牙は、供を連れずにただ一人、森の入り口に立っていた。
西の空はすでに朱に染まり、陽は山影へと沈みかけている。
透牙は衣の袖を整え、腰の符袋を軽く叩いた。
「……ここで“声”が聞こえる、ということだな」
風が梢を揺らし、葉擦れの音が遠くへ消えていく。
足元の落ち葉を踏みしめながら、彼は森の奥へと歩を進めた。
やがて、空気の流れが変わる。
冷たく澄んだ風の中、微かに――鈴のような音が響いた。
その音に混じり、かすかな声が届く。
「……たすけて……」
透牙は立ち止まり、符を一枚抜き取る。
「……妖の声ではない。だが、人でもない」
薄闇の向こうに、朽ちた鳥居が見えた。
そこに、白い影が一つ――小さな狐の姿が、じっと透牙を見上げていた。
影の中の出会い
狐は、月明かりを受けてかすかに光を纏っていた。
その身は透けるように白く、瞳は淡い琥珀色をしている。
「……妖、か?」
透牙は符を構えたが、狐は怯えもせず、その場に座り込んでいた。
「わたしは、封ぜられし影。名を――瞬という」
声は風に溶けるように、透牙の耳へと届いた。
「封ぜられし……影?」
「この森の祠に縛られ、時を忘れた者。祀られ、そして……忘れられた」
狐の瞳には、人にも似た寂しさが宿っていた。
透牙は静かに膝をつき、符を下ろす。
「ならば、俺がその縛りを断とう。お前を祀った者たちはもういない。だが、今ここに誓う」
「人の子よ、それは命を懸けることだぞ」
「構わぬ。陰陽師とは、縁に応じて力を振るうものだ」
狐――瞬は、しばし透牙を見つめ、やがて小さく頷いた。
契約の刻
森の奥にひっそりと残る祠の前。
透牙は護符を四方に置き、掌に朱筆で印を描いた。
「これより、契を結ぶ。互いの魂を半分ずつ預け合うこととなる。覚悟はあるか」
「ああ。永き封を破るためならば」
透牙が呪を唱えると、風が静まり、木々がざわめきを止めた。
瞬の体が光に包まれ、白狐の姿から、白銀の髪を持つ青年の姿へと変わっていく。
紅の衣をまとい、背に二本の尾を揺らす――それが本来の姿だった。
「……これが、真なる我が形」
「妖狐……瞬、か」
透牙は微笑み、印を結ぶ。
掌から金の光が広がり、瞬の胸元に同じ印が浮かび上がる。
「これより、我と汝は契を交わした」
「……人の子、いや、透牙。汝を主と呼ぼう」
「主ではない。仲間として歩もう」
その言葉に、瞬はわずかに目を細めた。
契約の光が静かに消えると、森から再び風が戻ってきた。
初陣 ― 夜の村 ―
夜更け、村を包む闇の中に、妖の気配が立ち込めた。
祠の封が解かれた影響か、森から溢れた穢れが村に迫っている。
「透牙、東の林の方角だ」
瞬の声に導かれ、透牙は符を構えた。
草むらの奥から、黒い靄のような妖が姿を現す。
獣の形をしているが、輪郭は定まらず、呻き声だけが響く。
「怨念が集まっている……浄化するしかない」
透牙は護符を投げ、両手で印を結ぶ。
「祓え給え――光陣・断!」
瞬が跳躍し、尾で符の光をなぞる。
白銀の光が走り、妖の身を貫いた。
悲鳴と共に、闇は霧散した。
静寂が戻り、透牙は息を吐く。
「……これで、終わったな」
瞬が人の姿に戻り、穏やかに微笑んだ。
「初めてにしては、見事だったな」
「お前が助けてくれたからだ。ありがとう、瞬」
その言葉に、瞬は尾を揺らし、森の方を振り返った。
「この地の穢れは祓われた。だが、まだ各地に闇は残る」
「ならば、行こう。次の地へ」
二人は夜風を背に、静かに歩き出す。
――こうして、陰陽師と妖狐の旅が始まった。
月下の誓い
夜空に浮かぶ月が、森の泉を照らしていた。
透牙は膝を折り、掌の符を見つめる。
「これが俺たちの印……消えることはない」
「我らの縁がある限り、な」
風が梢を揺らす。
その音が、まるで二人の行く先を祝福しているようだった。
巻之一・結文
筆を収める今、静けさのみが残る。
森のざわめきも、泉の光も、すべては遠き記憶の彼方へと沈みゆく。
透牙――若き陰陽師。
彼の歩みは、まだ浅くとも、確かに“誰かを救いたい”という心を宿していた。
術よりも、理よりも、まず人を想うこと。
その想いこそが、闇を祓う最も深き力であることを、彼はまだ知らぬ。
そして、瞬。
白き狐の身に封ぜられし、古き時の残響。
名を呼ばれ、絆を結びしその刻、永き沈黙の鎖は解かれた。
彼が再び“生”を得たのは、あるいは宿命の導きであろうか。
人と妖。
光と影。
その境は儚くもあり、また永遠に交わらないものでもある。
だが、透牙と瞬は、その狭間に小さき絆を灯した。
それは、やがて幾つもの夜を越え、風となり、時を運ぶであろう。
――森の呼び声は、確かに応えを得た。
だが、それは始まりに過ぎぬ。
次に吹く風は、より強く、より遠くへと二人を誘う。
その名を「二陣」と呼ぶ。
読者よ、どうかまたこの風の続きを共に見届けてほしい。
筆者、深く礼を記し、灯を消す。
――夜灯の下にて
次回「二陣 ― 影を喰らう風 ―」へ




