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子供が一人、増えるんだって

作者: 浜田

なんちゃってホラー。

小さな子供が可哀想な目にあいます。




 ひいじいの村の伝説? そんなの調べてどうす…………ぉお〜いいじゃん。座敷童子伝説について調べた自由研究、面白そうだね。

 そうそう、座敷童子。だから少し前に村おこしで座敷童子を盛り上げようとしたんだけど、あんまり人来なかったんだよねえ。でもね、結構本格的な座敷童子伝説があるんだよあそこ。……それそれ。それと一人分の食器がいつの間にか用意されてるとかあったんだって。誰も用意した覚えがないから、座敷童子が自分で用意したんだろうって。本当だって!

 いつのまにか子供が一人増えてるって事が昔からあったらしいよー。多くはないけどね、◯◯(地方名)のおっちゃんが知らない子を見た事あるって言ってたよ。お盆に会えるから詳しく聞いてみたら?

 え? ………あー、うん。お母さんね、実は座敷童子見た事あるんだよ。お母さんだけじゃなくて、叔母さんも。ばあばが写真撮るの好きな人だったからさ、残ってるの。知らない子と叔母さんとお母さんの三人で写ってる写真。きゃー!

 でも座敷童子に会ってたのに、すっごい幸運になったー! みたいな感覚無かったなぁ。結構そんなものなのかも。………なによ〜あんたのような娘を持った事はお母さんの一番の幸福です〜って言って欲しいの〜?




 ふと、以前母とした他愛のない会話を思い出し、昔はこんなんじゃなかったんだけどな、と双葉はため息をついた。

 数年前に産まれ今や小さな怪獣になった妹に両親は付きっきりだし、もうすぐ中学生になる姉とは気も話も合わなくて一緒にいてもお互いに無視してしまう事がほとんだ。だからだろうか、双葉は最近どうにも自分の存在感が薄くなってしまっている気がする。

 双葉がいるのに部屋の電気を消されて「あれ、いたの?」と驚かれるし、父がアイスを買ってきてくれたと思ったら双葉の分だけなくて、「ごめん人数間違えた…」なんて言う。酷い。うちはずっと五人家族でしょ。

 三姉妹の真ん中なんて、本当に、ちっとも楽しくない。そう思ってしまうのは良くないと思っていても、まだ小学三年生の双葉はもっと両親に甘えたかったのだ。もっと私のことかまってよ。それは幼い子供だったら誰でも持つ、ごく当たり前の欲求だろう。

 なので、毎年夏。お盆になったら田舎の村に連れて行ってもらえる事が、双葉は何よりも楽しみになっていた。ここなら、双葉の事を一番にかまってくれる人がいるから。


 親戚一同が集まり挨拶を済ませたところで、双葉はさっさと祖父の家から出た。どうせ双葉がいなくなっても誰も気付きはしないし、気付くのだって相当時間がかかるだろう。その事実に少なからず腹が立つが、それでも双葉の足取りは軽い。ミーンミーンと遠くに聞こえる蝉の鳴き声を聞きながら、双葉はどこまでも続いてそうな畦道をとことこ歩いていった。

 道の終わりは山の入り口となっており、刺すような真夏の太陽光でも山の中までは入れないのか、昼間にも関わらずうっすら薄暗い。山道はあるが整備されておらず、草木が茂っていて、どこか不気味な雰囲気がある。が、それは見かけだけなのを双葉は知っているので、ずんずんと山の中へ入って行った。

 子供の足で5分くらい。山の中を歩いていけば、がささっと何か大きな生き物が動く音がした。


「双葉? おぉ双葉じゃないか! 去年ぶりだなぁ、元気してたかぁ?」


 若い男の声がした、と思った矢先に双葉の前に、ざざっと大きなものが落ちる音がして、見ればそこに一人の男が立っていた。

 しかし奇妙な出たちの男だった。浅葱色の着物、まるで祭りの縁日にあるような狐の仮面、現代日本ではなかなかお目にかかれないような姿をした男だったが、しかし双葉は嬉しそうに「あんちゃん、今年も来たよ!」と狐面の男に声をかけたのだった。




 双葉がこの不思議な男に出会ったのは三年ほど前だ。父やいとこ達と山遊びに山へ入ったら、双葉だけが迷子になってしまったのだ。

 お父さんどこ、と双葉がしくしく泣いている時に現れたのが、狐面の男だった。


「帰りたいのか? いいよ。こっちへおいで。帰してあげる」


 狐面の男は双葉の手を取ると、山の中をゆっくり歩き出した。

 山の中、急に現れた着物姿の狐面の男に、双葉は最初こそ驚いていた。が、何せ日差しが届きづらいとはいっても真夏の山の中、歩き回って暑くて暑くて仕方なかったので、狐面の男の、そのひんやりとした手がひどく心地よかったのだ。

 安心した双葉は堰を切ったように狐面の男に話しかけ続けた。あなたはだれ、わたしは双葉っていうの、あなたのお名前は? この村の人なの? ねえお父さんどこにいるのかな。

 狐面の男は「嬢ちゃん、口から産まれたみてえな子ぉだなぁ」と楽しそうに聞いていたのだった。


「見ない子だよなぁ。ここら辺の子じゃないだろ、お前」

「そうだよ!」

「お父ちゃんの帰省について来たって感じかね。いつまでここにいる予定なんだい?」

「えーっと………おぼん?がおわるまで」

「あぁ、三日くらいか」


 双葉の質問には答えないくせに自分からは沢山質問するから、双葉は子供心にずるいなぁと思い、今度はこちらの番と息を吸い込んだのだが「お嬢ちゃん、またここにおいで」と狐面の男が口を開く方が早かった。


「おれ、人間のことが好きなんだけどさぁ。もう、人間はおれの事見えなくなっちまってるんだ。寂しいんだ。お嬢ちゃんと遊びたいよ」


 双葉は正直、この男が何を言っているのか良く分かっていなかった。見えなくなっている、とは。今目の前にいるのに変な事だ。

 しかし双葉は小学校で「みんな友達、みんな仲良く!」と先生から教わっていたので、寂しいのなら双葉が友達になってあげよう、とすぐに頷いた。そこにはただただ、善為だけがあったのだ。


「あぁ、ありがとう。いい子だねえ。そら、もうすぐ山の終わりだよ」


 狐面の男が、繋いでいるのとは反対の手で、すうっと目の前を指差した。双葉が釣られるように前を向けば、急に見知った畦道が広がる場所に出た。あれ、と横を向いてもそこには誰もおらず、誰の手も握っておらず、日が傾き出した田舎の風景の中に、カナカナカナカナというひぐらしの鳴き声と遠くから双葉を探す父の声がやけに響いていた。

 帰ってからそれはもう両親から無事で良かったと泣かれ知らない場所で一人になってはいけないと叱られ、親戚一同からやんちゃな子ぉやなと笑われた。しかし無事で良かったよく一人で山を降りられたなぁと皆が口々に言うので、双葉は「知らないお兄ちゃんがたすけてくれたの!」と山の中で知り合った男の子について親戚達に話したら、全員目を丸くした。


「座敷童子じゃないか?」

「運の良い子だなぁ。それはね、人に幸福をもたらす妖怪なんだよ」

「この村には昔から座敷童子伝説があるんだよ。知らないうちに、子供が一人増えてるっていう…」

「俺も子供の頃に見た事があるよ」

「こっちにおいで。どういう妖怪なのか教えてあげる」


 そうしておじさん達が、この村に伝わる座敷童子伝説について詳しく教えてくれたのだ。いとこ達は怖がったり、わたしも会ってみたい!と騒いだり、それはそれは賑やかな夜となった。

 でも、そのお話の中に狐のお面は一つも出てこなくて、幼心に双葉は変だなぁと首を傾げていたのだった。




 それから双葉は、毎年夏が来るたびにこの不思議な友達と遊ぶようになった。お喋りしたり、釣りをしたり、かくれんぼしたり。狐面の男はとても双葉を可愛がってくれた。そんな男に、双葉はとても懐いていた。歳の離れたお兄ちゃんがいたらこんな感じかな、なんて。


「今年も三日間かい?」

「そうだよ! 遊ぼうあんちゃん、魚釣りしたいな!」

「あぁいいよ。去年は釣れなかったもんなぁ。さあ、沢はこっちだよ。行こうか」


 狐面の男の手を取る事もすっかり慣れたものだ。いつでもどこでもお面を被っているので表情こそ分からないが、言動の一つ一つが楽しくておかしい人で、そして何より双葉の事を一番に構ってくれる。お父さんやお母さん、お姉ちゃんみたいに「あれ、いたの?」なんて言わない。いつだって、双葉が山に入ったらすぐに狐面の男が見つけに来てくれるのだから。

 そう。この人だけだ。双葉の事をすぐ見つけてくれるのは。


 だから。


「………おうち、帰りたくないなぁ」


 ぽろりと口から溢れた言葉は、言い換えれば「寂しい」という気持ちの吐露だっただろう。それでも双葉はその言葉を口にしてしまった。


「帰りたくないのかい?」


 狐面の男が、ぴたりと足を止めて、じっと双葉を見下ろした。お面に描かれた狐の細くて鋭い目が、じっと双葉を見下ろしている。

 ミーンミーンミーン。蝉の鳴き声がする。


「だって、お父さんもお母さんも三琴のことばっかりで、お姉ちゃんは私よりいとこのお姉さんと話す方が楽しそうで。親戚のおじさん達だって、私と話すよりおじさんどうしで話してる方が楽しそう。なんか、私っていてもいなくても一緒じゃない?って思っちゃう」


俯いて、双葉はぼそぼそと不満を口にする。そうだ、私はずっと不満だったんだ。でも誰にも言えず、ずっと抱えて。誰にも言えなくて。お姉ちゃんなんだから我慢しないと、とか。妹なんだから我儘ばっか言っちゃダメだよね、とか。

 でも狐面のあんちゃんだったら、こんな事言ってもきっと許してくれるって思ったから。


「そう思うんだ?」


そう言った狐面の男の声が、急に、じとっと湿ったような気がして、あれおかしいなと双葉は顔を上げた。

 相変わらず鋭い目がこちらをじっと見つめている。同じように見返して、そうして、お面なのに覗き穴がない事に、双葉は今更気が付いた。

 覗き穴がないのに、あんちゃんはどうやって私を見ているんだろう。


「いいんだよ帰らなくても。ずぅっとここにいたっていいよ。おれも双葉が一緒にいてくれるなら、こんなに嬉しい事はないよ」


 じとり。

 霧雨が降ったかのように湿った空気に、双葉は急に背筋が寒くなった。狐面の男の声はとても優しいのに、何故か、刺すように冷たいと思ったのだ。

 ミーンミーンミーン。蝉の鳴き声がする。


「……………うぅん、ごめん。嘘ついた。やっぱり帰らなくちゃ。お父さんもお母さんも、心配するから…」


 双葉は緩く首を振る。ごめんね。そう謝れば、狐面の男は「なーんだ本気にしちゃったじゃないか!」と戯けて笑って、双葉も安心したように笑って、「そうだよごめんね!」と言って、二人でからからと笑い合い、いつものように、毎年のように、遊びに出かける。

 はずだった。


「双葉が、自分はいてもいなくても同じだって言ったじゃないか」


 変だ。あんちゃんの声がいつもの、双葉が好きなからっとした声に戻らない。ずっとじっとりしてて、なんだか空気が重い。

 今日の最高気温は30度を超えて、山の中もやはり暑かったはずなのに。頬を伝う汗がじんわり冷たい。

 どく、どく。心臓が嫌な音を立てる。そんな訳ないのに、まるで耳の近くで心臓が鼓動しているみたい。


「なあ双葉。お父さんもお母さんも、双葉をかまってくれないんだろう? 部屋にいるのに勝手に電気を消されちまったり、自分にだけお菓子が配られなかったり、自分の食器だけが用意されなかったり、家にいるのに誰とも話さない日があったり、したんだろう?」


 双葉は目を丸くした。なんでそれを。それはあんまり悲しかったから、誰にも言えずにいた事だったからだ。双葉以外、知ってるはずがないのに。

 蝉の鳴き声が、聞こえない。


「おいでよ双葉。一緒にいよう」


 ぞわっと背筋を貫いたのは、恐怖なのか嫌悪なのか。双葉は繋いでいた手を勢いよく振り解いて、慌てて狐面の男に背を向けて走り出した。

 山に入ってすぐに狐面の男が双葉を見つけたので、山の奥までまだ入っていない。双葉は山から出る事ができた。見知った畦道を、全力疾走で駆け抜ける。


 変だ、変だ、変だ。なんだか分からないけど、すっごく変だ!


 双葉は無性に泣きたくなりながら、とにかく早く両親に会いたかった。会って顔を見て、怖かったとわんわん泣きたかった。どうしたの双葉、泣いてちゃ分かんないよと両親に呆れた声で笑われたかった。だから、脇腹が痛くなっても足を止める事なく、全力で走った。

 畦道を過ぎ路地を抜け脇目も振らず走り、やがて祖父の家が見えて来た。玄関先では母が、今まさに出かけようとしているのか扉を開けたところだった。いや、もうそんな事どうでもいい。母の姿を、顔を見て、双葉はぶわっと感情が溢れ出すのを感じた。涙が溢れ、両手をばっと広げる。


「お母さん! お母さん! お母さん!」


 そうしてその勢いのまま、母に抱きついた。

 ──抱きつこうと、したのだが。


 するんっ。


「………………え?」


 何これ。双葉は今自分が経験した事が信じられなくて、自分の両手を見、そして振り返って、先ほどまでと同じような荷物を運び出している母を見て、呆然とした。

 何が起こったのか、分からない。いや、理解するのを脳が拒んでいる。


 ……………それは、まるでよく出来た母の映像だ、と言われた方がまだ納得できた。双葉は母に抱きついた。抱きついたのだが、その体は母にぶつかる事なく、何故か、空気のようにすり抜けてしまったのだ。

 母は、まるで何事も無かったかのように歩き出そうとしていた。まるで双葉なんて見えないかのように。


 「真奈ちゃーん。ついでにこれも持っておいきー」


 祖母が包みを持って家から出て来た。しかしやはり、双葉に気付いた様子はない。

 双葉は頭をぶん殴られたような衝撃を受け、急に足元がぐらついた気がした。目が回る。冷や汗が流れ、こんな真夏なのに鳥肌が止まらなかった。

 お母さん、お母さん。

 何度も母に声をかけ、触れようと手を伸ばした。しかし変わらず双葉の手は母の身体を通り過ぎて触れられず、声をかけたところで母は双葉の声に全く反応しなかった。まるで双葉など最初からここにいないかのように。

 

………確かに、家族や友達から気付かれる事が減っていった。目の前にいるのに、何故か気付いてもらえなくて。おかしいな、変だな、でもだからといってどうする事も双葉には出来ず。

 昔はこうじゃなかった。だって双葉が山の中で迷子になってしまった時、父はひぐらしが鳴くまで自分を探し続けてくれたのだから。

 そうだ。双葉が他人に気付いてもらえなくなったのは、存在が薄くなったように感じたのは、いつからだったっけ?


「双葉」


 後ろから声がした。びく、と肩を揺らす。

 心臓がずっと嫌な音を立て続けてる。視界がぶれて、息も上手く吸えなくて、はっはっと呼吸が途切れ途切れになったを

 誰かなんて振り向かなくとも分かる。しかし、振り向かずにはいられない。

 あんなに煩かった蝉の鳴き声が、しない。


「どこに行ってもいいよ。でも、お前の帰る場所はもうおれのとこしかねぇなぁ」


 これのどこが、座敷童子なの?




 あった。ほら、この写真。お母さん…ばあばが気味悪がっちゃって、この子が写ってる写真ほとんど捨てちゃったんだけど。これだけは残ってるの。ほら、このちっちゃいのがお母さん。で、その隣は一未おばさん。で、この一番端っこにいる子、いるでしょ? 見えるよね? でもね、この子の事だーれも知らないの。だからね、これはあの村に伝わる座敷童子だろうってみんなが言って、ちょっとした騒ぎになったの。

 ねー、意外と現代っぽい服装してるのよね。まあおかっぱ頭で着物着てる、なんて座敷童子の世界でも時代遅れだったのかもね。

 …………お母さんさぁ、たまに思うんだ。この子、本当に知らない子なのかなって。……違う違うそういう訳じゃなくて!

 お母さんと一未おばさんの名前がさ、「一」と「三」が付くの分かる? そう、お母さんの三琴って名前、「三」で「み」って読むから。

 一と三。って事は、間に「二」があるはずじゃない? ばあばに名前の由来聞いた時も、姉妹で揃えたかったって言ってたから。なのに、私の名前三琴なんだーって思ってさ。ばあばも、あれそういえばおかしいね? なんて。

 そんな時にこの写真見て、あ、そうそうそうだよねって思ったの。私たちって三姉妹だったよねって。そんな訳無いんだけどさぁ。それでもね、なんていうか、この写真見た時、すごいしっくり来たのよ。変な話なんだけどね。ずっと私と一未おばさんの二人姉妹なのにね。 

 まあ、今はもうそんな変な感覚無いんだけどね。

 

 そういえばこの頃よく色んなものが何故か一人分多くて、みんな座敷童子がうちら家族と一緒にいたいんだねえなんて笑ってたなぁ。






座敷童子伝説かと思ったら誰もそうとは気付けない神隠しの話でした。

みんなの記憶から抜け落ちて、しかし子供が使っていた物だけはそこにあるので結果的に「子供が一人増えたように見える」というだけ。


双葉は今もあの村で、狐面の男と一緒にいる事を余儀なくされています。

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