女装刑事の〇〇奇譚
白粉をはたく。
淡い色の頬紅を乗せる。
まぶたにシャドウを乗せて、眉を引いて。
最後に、唇にほんのりとローズピンクの紅をさす。
差し出された鏡の中に、自分の知らない、少女がいた。
それは、しいて言うなら文化祭における、些細な余興の一つであり、皆の笑いを取るために課せられた、道化であっただけなのかもしれない。
しかし……。
ただ、それは……。
彼にとって、間違いなく、忘れられない衝撃となった。
◆◇◆
「あら。いらっしゃい。嵐子ちゃん」
しばらく、ご無沙汰だったんじゃない? と、更衣室から出てきた彼に、女性が手を振った。
黒いレースがふんだんに縫い付けられた、左右非対称の長いロングドレスを身に纏いカウンター・チェアに腰かけた彼女は、同じく、黒の手袋越しに、ワイングラスを弄ぶ。
真っ白の肌に、長い銀色の髪の毛。
力強くきつめの黒いアイライナーと赤黒いリップが映える特徴的な化粧。
しかしながら、柔和に彼女は微笑んだ。
「お久しぶりです。薫子さん」
女装サロンバー『キュベレー』。
各々、その理由は様々ではあるが、客が『女装』をして、酒を楽しむ『男性』のための店。
「ちょっと、仕事が立て込んでまして……」
苦笑を浮かべ、嵐子は薫子の隣に座る。
そんな嵐子の唇に、薫子は人差し指を、そっとあてた。
「仕事だなんて、野暮な事、言っちゃダメよ」
「は……はい……」
『キュベレー』には決まりがある。それは、集う人間は、素性を明かしてはならないというものだ。
表向きは、俗世を忘れ、開放感を得る場所に、各々個人の事情は必要ない……といった理由なのだが、実は、政治家や大学教授といった、密やかな趣味がバレるとヤバい方々のプライバシーを守るために……といったウワサもある。
が、それはさておき。
「そんなことより、可愛いわ。その服。よく似合ってる。それに、素敵な香りね」
「あ……ありがとうございます!」
薫子に褒められた嵐子が、ポッと頬を赤く染めた。
本日嵐子が身に着けているのは、小さな小花柄の、淡いピンクのワンピースに、ざっくり荒く編んだ、白いニットのカーディガン。
ゴシック系の薫子に比べると、随分とシンプルではあるが、ナチュラル(にみせる)メイクも相まって、健康的な女の子そのものに見える。
合わせた香水──エルメスの『地中海の庭』も、ユニセックス系ではあるが、爽やかで上品で、ほのかな甘みを漂わせる。
「私も、薫子さんみたいにもっと綺麗になりたいです」
「あら、嬉しいこと、言ってくれるわね」
目を細めて、薫子が笑う。
「それじゃぁ、今日は一杯奢らせて。何がいい?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
こうして、夜は、更けていった。
◆◇◆
「河田に神薙!」
「はい! ただいま!」
上司の怒声に、パタパタと駆けていく後輩に遅れ、あくび交じりに颪は、のそのそと上司の元に駆けつける。
「遅い! 河田!」
「ふぁあい……もうしわけございませ──」
スパーンッ! と、見事に顔面に分厚いファイルが直撃して、颪はひっくり返った。
「痛ってぇッ!」
「目が覚めたかッ!」
額を押さえ、涙目の颪に、眉間にしわを寄せた上司──三剣が、再度怒鳴った。
「弛みきった顔してんじゃないよ! ほら! 事件だ! 会議室行くよッ!」
颪の首根っこを掴み、引きずる三剣が、くんッと、鼻をひくつかせた。
「……『地中海の庭』の、ラスト・ノート」
ギクッ……思わず表情を固める颪に、三剣はニヤリと笑う。
「昨夜は女でも抱いて、お楽しみだったんだろうが、仕事は、きっちりこなしてもらわなきゃ、こっちが困るんだ」
馬鹿面なんとかして、とっとと来なッ! 再度三剣は、手に持つ分厚いファイルで颪の頭をパシーンッとはたき、会議室に向かって部屋を出て行った。
神薙が、まるで仔犬のように、パタパタとその三剣の背を追いかける。
颪は一気に目が覚め、背筋に冷たい汗が流れた。
◆◇◆
「はーい、警察です。皆さーん、動かないでー」
三剣が警察手帳を掲げ、部屋の入口に仁王立ちする。
室内に居た複数の柄の悪い男たちが、一気に三剣を睨みつけた。
そんな男たちに臆することなく、三剣は時計を見る。
「十一時十三分、家宅捜索入りまーす! あ、コラ! そこ! 動くな!」
三剣がそう言った途端、神薙が一人の男を締め上げた。
神薙安曇という男は、普段ぼんやりとし、小柄で華奢で、本人曰く「宗教上の理由」とのことで髪も背中まで長くて、颪以上に少女のような見た目なのだが、こういう行動は異様に素早く、また、やたらと強くて、どんな大柄な男も組み伏し投げ飛ばしてしまう。
「神薙!」
三剣の言葉に、神薙が男の手を離した。
とたん、男が逆に神薙につかみかかるが、神薙はそれを軽々と避け、足を引っかけて転ばせる。
「あのねー、こっちは、殺された安藤さんについてお聞きしたいんですけど……おとなしく、教えてくれませんかねぇ?」
工事現場で、男の刺殺体が発見されたのは、本日未明の出来事。
日本刀と思われる凶器にて、何度も斬られ、刺されて死んだ男は、安藤輝樹といい、暴力団構成員だった。
ここは、その安藤が所属していた任侠団体『玄任会』。
「こっちは、被害者。じゃ、ないですか?」
気配もなく突然、颪の背後から凛と通る声が響き思わず颪は振り返った。
颪より頭一つ高く、すらりとしたスタイルの良い、白いスーツの端正な一人の男。
「若頭!」
ざわり……と、室内の男たちがざわめく。
若頭と呼ばれたその若い男は、切れ長の目をさらに細め、ジッと颪の顔を見つめた。
「な……なんッスか?」
「……とりあえず、部屋入るんで、そこ、どいてくれませんかね」
「あ、失礼……」
と、颪は一歩下がった。
男はその脇を通って室内に入ると、三剣に対峙する。
「聴取は自分が受けましょう」
「あら、素直でよろしいわね」
予想外の反応に、三剣は思わず拍子抜けし、ぱちくりと目をしばたたかせた。
そして、ふと、何かに気付いたような三剣は、ジッと男を見つめる。
「あなた、どこかで、会ったことがあるかしら?」
「さぁ。どうでしょう?」
ふっと頬を緩ませ、男は笑った。
◆◇◆
「玄任会は、数年前に会長が変わっています。現会長、元はカタギだったようですが、前の会長の婿養子となり、先ほどの男は、その新しい会長の、連れ子のようですね」
神薙が、パラパラと資料をめくる。
三剣が事情聴取をしている間に、下っ端の颪と神薙は情報を集め、そしてまとめていた。
「だから、若頭とか呼ばれてるワリに、ヤクザらしからぬところがあったのか……って、神妙な顔して、どした?」
「いえ……慧羅さ……じゃない、三剣警部補ではありませんけれど、自分も、彼を、どこかで見たような気がして……」
思わず三剣を下の名前で呼んだ神薙に、颪は思わず目を見開いた。
「何……お前ら、そんな関係だったの?」
「ち……違います!」
赤面して慌てる神薙を、颪はニマニマと眺める。
「そ、そんな顔しないでください! 先輩! その、慧羅さんはオレの、母代わりみたいな人なんです!」
母代わり? 疑問符を浮かべる颪に、神薙はそうです! と得意げにふんぞり返った。
「慧羅さんには、息子が一人いますけど、他に三人の養子を育ててますし。その、オレもそのついでっていうか……籍は入ってないですけれど、オレの母が死んで、一緒にまとめて育てられたというか……」
「へー……意外……」
三剣が未亡人であることは、ちらりと噂に聞いていたのだが、バリバリのテンプレート・キャリア・ウーマンのイメージが強い三剣のプライベートなぞ想像したことがない。
それに、見た目家庭的な印象もほぼ無かったので、そんなに大家族とは思いもしなかった。
そして、こいつの『仔犬』は、あながち間違いじゃなかったのか……と、颪は一人、脳内会議を高速回転で行っていた。
「そうじゃなくて! 先輩! 手と目をちゃんと動かしてください!」
と、神薙の声に現実に引き戻される。
少しからかい過ぎたか……じっとりと睨んでくる後輩に「わかったわかった」と、颪は苦笑を浮かべた。
◆◇◆
「ダメだわ。今回に関しては、玄任会はシロね」
お手上げ……と、三剣が頭を抱えた。
振出しに戻る──まさしく、そんな状況。
「仲間割れではない。かといって、別組織と抗争しているような形跡もないし……会長が代替わりして、まぁ、綺麗になったものだわ……」
代替わりすると同時、非合法薬物の取り扱いを辞め──その代わりに玄任会の主な活動資金源となったモノは『情報』。
もちろん、きちんとした証拠をつかみ、取り扱いによっては法に触れ御用とすることも可能であるだろうが、漠然とした『情報』有無だけでは警察も動くに動けず、玄任会もそこを踏まえ、『情報』の売買を仲介したり、その『情報』を使って他者を強請ったり等、表だった行動を起こしているわけでもない。それ故に証拠もない為に、警察も現状では手出しできず──。
さて、どうしたものか……とりあえず本日は定時となり、颪は帰路につく。
しかし、その前に、いつものように、いつもの店に──そう思っていた颪は、思わず歩みを止めた。
進行方向に立つ、目立つ人影。
白いスーツ。背の高い、線の細い男──。
「な、何の御用でしょうか?」
玄任会の若頭──思わず、颪の声が上ずった。
「警視庁刑事部捜査一課、河田颪さん……いえ、嵐子さんと、お呼びしたほうがいいでしょうか?」
ぶほッ……、思わず颪はむせた。
何故、その名を、この男が知っているのか……ぶわりと、嫌な汗が噴き出し、目をむいて、目の前の男をまじまじと見つめた。
そして、先ほどの三剣とのやりとりを思い出した。
──玄任会の、主な活動収入源となったモノは『情報』──。
「お、オレを、強請る気です?」
颪の言葉に、若頭は、ぱちくりと細い目を見開いた。
そして、面白そうに頬を緩める。
「いいえ。わざわざ刑事である貴方に、自分からそんなことをするメリットは、全くありませんよ。ただ、一つ、お願いが、あるんですが……」
お願い? 訝しむ表情の颪に、若頭は笑みを凍らせ、真面目な顔でうなずいた。
「あの人には……三剣女史には言えなかったことですが、安藤に関係する話です。そう、彼を……神薙安曇を、今から指定する場所に、どうか、連れて来てくれませんか?」
◆◇◆
「な、何の御用、ですか?」
颪とともに、呼び出された神薙は、キッと若頭を睨んだ。
もっとも、元来少女のような柔和な顔なので──悲しかな、凄みが足らない。
安藤の死体が見つかった、あの工事現場。
規制線が引かれ、関係者以外立ち入り禁止のハズではあるのだが、横積みされた鉄骨の上に、汚れることも厭わず白いスーツの若頭は座っていた。
既に日は落ち、街灯も少ないため周囲は薄暗い。
満月に近い月が出ていることが、せめてもの救いだった。
若頭は一人、膝の上に小型のラップトップ・パソコンを置いて、何やらカタカタと指を動かしていた。
そのディスプレイが照らす光が、もっとも強い光源──。
「お前、一人か? 舎弟は?」
「ええ。他の人間は危険なので、連れてきませんでした。これから起こることは、なんというか……あまり、たくさんの人間に目撃されて良い……といった話でもありませんのでね」
目撃……? 若頭の言葉に、颪は眉をひそめた。
「声をかけておいてナンなのですけれど、君も、帰った方がいいかもしれませんね」
「はぁ?」
なんだそりゃ! と、颪はくってかかった。
人の弱みにつけ込んでおいて、それはないだろう。そ・れ・は!
よく解らない状況の中、突然、画面を見ていた若頭が、ちぃッと、舌打ちをした。
「ダメだ……捕捉されたッ!」
「えッ……」
言うが早いが、男は立ち上がる。ラップトップをたたんで小脇に抱え、隠すように置いていた、長い棒状の何かを、颪に投げつけた。
それは、一振りの、日本刀──。
「あーッ! 銃刀法違反ッ!」
「借り物で一応登録されているモノですが、文句は後でちゃんと聴きますよ! オレたちが生きていたらね!」
ドォン!
若頭の言葉と同時に、轟音が響いた。
と、同時に、ガラガラと鉄骨が音を立てて崩れる。
「ぎゃーッ!」
日本刀に抱きつきながら、颪が叫んだ。
巨大な黒い『塊』。ヒト型に見えないこともないが、薄暗い中、さらに濃い闇を纏った『何者か』が、三人に対峙する。
無言で身構える神薙に対し、颪は指を指しながら、若頭に問う。
「何アレッ! なんなのッ!」
「昔、この場所には、ある大名屋敷があったそうなんですがね……」
昔むかし。江戸時代初期。
権力争いに負けて改易され、恨みを残して死んだ男が、かつて住んだ、大名屋敷。
「まったく、いい迷惑ですよ。地鎮祭も形だけで祠も撤去されておしまい。そんなことをするから妙なモノが呼び覚まされてしまう。そんなところにたまたま通りがかった全く関係ないウチの者が被害にあってたからって、挙句に内部抗争の冤罪なんかをかけられて……ねぇ? お膳立てはしておいたんですから、落とし前は自分でちゃんとつけて欲しい……ていうか、しっかり働いてくださいよ! 悪魔サン?」
にっこりと笑う男に、目を見開き、そして、警戒するように、神薙が問いかけた。
「それは……あなた、誰ですか」
顔をしかめて身構える神薙に、きょとんと、男が虚をつかれた顔をする。
「え? あぁ。そういえば、自己紹介がまだでしたか。石井と申します。お久しぶりです。安曇君。……あ、いいえ……そう。そういえば君は、オレと会っていたことを、憶えていないかもしれませんねぇ」
石井と名乗った若頭は、神薙に向かって優雅にお辞儀をするが、同時に振り下ろされた黒い影の攻撃を、ひらりと避けた。
「オレが会ってたのは、アキト君、の、方でしたから」
「な……」
神薙がぎょっと、再度、目を見開く。
どういうことだ? 眉間にしわを寄せる颪を、不意に石井は突き飛ばした。
黒い影の手に、颪が握る日本刀とは比較にならないほど大きな刃が握られ、月の光で銀色に輝く。
それが一気に振り下ろされて、今まで立っていた地面が抉れ土埃が舞った。
神薙がその攻撃に巻き込まれ、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「神薙!」
「彼なら、大丈夫です。頑丈ですから」
はぁ? 颪の疑問を打ち消すように、呻くような声が響いた。
「ッ痛ぅー」
よろよろと、神薙が起き上がる。
頭のどこか切ったか、だらりと一筋の太い線が、顔を染めていた。
が、なにやら少し、様子がおかしい。
月の光を受けた柔らかい髪が、徐々に根元から色が抜け、淡く輝く。
束ねていたゴムが切れたか、広がるその長い髪を荒々しくかきあげ、顔に流れる血を拭った。
その仕草に、少女のような繊細さは、微塵も感じられない。
口の中を切ったか、砂利が入ったか──神薙がペッと唾を吐き出した。
「改めて、おひさしぶりです。それでいて、出てくるのが少々遅いですよ! アキト君」
「石井──って、テメェ、カオルかッ!」
ピンポーンと、軽い調子で、石井が答えた。
「ついでに言うなら、|天国の門《Heaven's Gate》が一人、|聖杯のⅨ《Cup Of Nine》。君と違って、オレは少々情報通なだけの、いたって普通の人間ですから。避けることしかできませんので、あとは頼みましたよ。アキト君!」
「お前ッ! それを、早く、言えっつーのッ!」
再度振り下ろされる銀の巨大な刃を、あろうことか神薙は素手で──しかも片手で受け止め、そしてそれを、おもいっきり握り潰した。
「んな……」
砕けた刃がキラキラと輝きながら、花弁のように散り、ぎょっと颪は目を見開く。
目の前の其れは、まるで最新技術を駆使して撮られた映画のようであるが、残念ながらまき散らされる土埃や石の破片がビシバシ当たるため、現実であるということを、嫌というほど颪に知らしめた。
「ば……」
バケモノ……思わず颪の口からこぼれる言葉を、石井はそっと人差し指を当て、止める。
「その言葉、思っても口には、絶対にしないであげてください」
目を細め、そして、黒い影に一人立ち向かう神薙の方に、視線を向けた。
「きっといつもの彼は、貴方の下では、『ただの後輩』で、居たい筈ですから……ね」
◆◇◆
「まったく……どうしたモンだかね……コレ」
いつものスーツ姿ではなく、ラフな格好の三剣が、腕を組んでため息を吐いた。
神薙のおかげで何とか黒い化物は退治されたが、工事現場は惨憺たる状況で、人間の手では動かすことが不可能であろう資材が、至る所にバラバラと散乱し、あちらこちらの地面が、ぼこぼこと抉れている。
「だってケーラ……」
「だってじゃありませんッ! アキト! 加減を考えなさいって、いつも言っているでしょう!」
満身創痍の神薙に、容赦なく三剣がデコピンをお見舞いした。
確かにそのやりとりは、息子を叱る母親のようである。
「おば……いえ、警部補殿。彼も頑張ってくれたんです。抑えてください」
一瞬、女性に対する呼び方として、とんでもない言葉が石井の口から聴こえてきて、颪はぎょっと目を見開いたが、特に三剣は気にした様子はない。
「まったく、なかなか難しいわねぇ……」
ため息を吐きながら、三剣が「実は……」と口を開いた。
「石井の父親が、高校の時の同級生だったのよ……私。アイツが再婚するまで、ホント目と鼻の先の近所に住んでたんで、カオル君にとっては間違いなく、「同年代の子のお母さん」とか、「近所のおばちゃん」だし」
まさかアイツが玄任会の会長とか、今でも信じられないんだけど……と、三剣は頭を抱える。
玄任会がシロ──と、早々に彼女が断定した理由は、どうやらこのあたりから来ていたのか──。
「あの……警部補……」
颪の何か言いたげな視線に、珍しく彼女は視線を泳がせた。
「あー、うん、そうね……なんとなく言いたいことはわかるんだけど……」
黒い化物の事とか、安曇とアキトの事とか……機会があれば、またいずれ。……ね。と、苦い笑みを浮かべる三剣。
「とりあえず今日に関しては、こっちの誤魔化し方を考える方に、集中させてもらえると、嬉しいわ」
と、上司の三剣にこれ以上はないというくらいの極上の笑顔でにっこりとほほ笑まれる。
とりあえずこれは、はぐらかされているということは、さすがの颪にも理解できた。
◆◇◆
「あら。いらっしゃい。嵐子ちゃん」
事件から数日後。
『キュベレー』の店内で、今日も、薫子が麗しい微笑みをたたえて、颪を出迎えた。
「今日は、嵐子ちゃんに、紹介したい子がいるの」
楽しそうに微笑む嵐子の背後。隠れるように座っていた人影が、顔をあげた。
「せ……先輩?」
薫子とは真逆の、白いロリータ服に身を包み、頬を真っ赤に染めた少女は、上目遣いに颪を見つめた。
「はーッ? 神薙ッ! その格好……なんでお前が此処に居るのッ!」
「なんでって……そりゃ……」
恥ずかしさに悶え、プルプルと震えながら、神薙は恨めしそうに薫子を指さす。
「石井さんが……」
は……?
「もー、嵐子ちゃんってば、全然気づいてくれないんだから。薫子、悲しい!」
一瞬の沈黙の後、颪は言葉にならない悲鳴をあげた。




