2-1
これは、ある休日の話だ。
僕は用事があるので出版社に向かう。
といっても大した内容ではない。
なので、すぐに終わってしまった。
そのせいで、少し暇だ。
「・・・」
時折、出版社のスタッフに変な目で見られる。
呼ばれたから来たわけであって、
決して不法侵入とか、そういうわけではない。
でも、仕事してる大人たちの中で僕は完全に場違いに感じるのだった。何となく居心地の悪さがある。
休憩スペースで、苺ミルクを飲んで時間をやり過ごす。
「あれは、こういう感じだと思うんだよね」
「でも、それは・・・違うんじゃないかな」
スーツの男性が誰かと話してる。
綺麗な女性だなと一瞬、思ったがすぐに姉だと気づくのだった。僕は仕事中かもしれないと思い、その光景をぼーっと眺めてるのだった。しばらくすると、スーツの男性は姉から離れていき、ようやく姉は一人になる。
チャンスだと思って席を立とうする。
「おねえ・・・」
「日向さん、お疲れ様です。
いやぁ、みましたよ。ネット。凄い人気じゃないですか」
また、知らない男性だ。
「えー、そうですか?
ありがとうございますぅ」
姉はお世辞だろうと分かってはいるが、
それでも嬉しそうだ。
お世辞を言われるぐらい、気を使われる存在だと自覚してるからかもしれない。
世の中にはお世辞を言われない人だっているのだ。
そういう人は惨めな思いをする。
何とも無駄な会話をして、姉と男は離れていく。
ただの挨拶だったのかもしれない。
僕は再びチャンスだと思って立ち上がる。
「おねえ・・・」
「きゃあっ」
女性のスタッフがコーヒーか何かをこぼして、
姉に命中させる。
「大丈夫ですか?」
姉はそんなものを持っていたのかと思わせられる。
ポケットの中からハンカチを取り出して、
女性の顔を拭いてあげるではないか。
「すみません、こぼした側なのに。
はぁ・・・有名人なのに・・・ドジだなぁ」
女性はため息を吐いて落ち込んでいた。
「気にしないで、怪我は無い?」
「はい、こちらは何も・・・むしろそちらは火傷とかないですか?」
「大丈夫です、きっと貴女のため息でコーヒーが冷めていたんでしょう」
「ふぁああああ」
女性は喜んでいた。
「ふふっ」
姉はここぞとばかりに芸能人スマイルをする。
あそこで、それは効くなぁ。
遠目でも感じれた。
「本当にすみませんでした」
「いえいえ」
女性のスタッフと姉は別れる。
よし、今度こそと思う。
「よし・・・今度こそ」
僕は人も居なくなったからチャンスだと思う。
「ちょっと君」
すると強面な男性の警備員に捕まえられる。
「え・・・あの」
いきなりのことで驚いてしまい、
僕は何も言えなくなる。
「君、どうしてここに居るの?」
「それは・・・その」
言葉がどもる。
「何、言えないの?」
「えぇっと」
ちゃんと正当な理由があるのだ。
それを言えばいい。
許可証だって持ってる。
ポケットにあるそれを出せばいい。
ただ、それだけなのだ。
でも、恐怖に負けて身体が硬直してしまい動けなくなってしまう。
「困るよ、ストーカーとかだとさ。
警察に・・・話をしに行こうか?」
「ひぇええええ」
僕はただ怯えるしかできなかった。
「この人、妹なんです」
姉がさっと現れる。
「日向さんの?」
警備員の男は驚いた顔をする。
「はい、可愛いでしょ?」
姉は芸能人スマイルを見せる。
「それならそうと、早く言ってください」
警備員の男は去っていくのだった。
「日向お姉ちゃぁあああああん」
僕はすでに涙目だった。
「ごめんね。気づいてはいたんだけど、
色んな人に話しかけられて、対応してたら遅くなっちゃった」
「うわあああん」
僕は抱き着く。
姉に抱き着くとお花畑の香りがする。
これは何だかとても落ち着く香りだ。
「よしよし」
僕は子供っぽく頭を撫でられるのだった。
「お姉ちゃんは何してたの?」
僕は疑問に思ったことを尋ねる。
「えーっと・・・それは」
姉は目を逸らして言い難そうだ。
「何で教えられないのぉ?」
「あはは・・・色々あるのよ」
姉は苦笑する。
「秘密にするってことはやましいってことだ!」
「違うってば」
「嘘だ!」
「苺ミルク買ってあげるから」
「好き!」
「ほっ」
姉はホッとした表情を浮かべるのだった。
「行こう、お姉ちゃんス〇バ!」
「はいはい」
そうして僕らは出版社を出るのだった。
それにしても、僕は安い女だなと思う。
でも、苺の美味しい快楽には逆らえなかった。
「んーっ!」
スタ〇にあるイチゴフラッペ。
これが、まぁ、美味い。
市販のやつは大抵、果肉が無い。
そういう安っぽさみたいな味も悪くないのだが、
こういう高級な味も飲むと幸せな気分になる。
「美味しそうに飲むね」
姉は微笑む。
「当然よ、ここにあるイチゴはね新鮮さを保つために専用の冷蔵庫を設置してるって話なんだから」
「へぇ」
姉は興味あるのか、
興味ないのかよくわからない返事する。
「お姉ちゃんも飲んで」
「私はこれ飲んでるし」
姉はアイスコーヒーを見せびらかす。
「飲んで、飲んで」
私は味を理解して欲しくて差し出す。
「分かった、飲むから」
姉は僕に根負けして飲む。
「美味しい?」
「うまいよ」
「良かった」
僕は嬉しい気持ちになる。
美味しいが同じだと孤独じゃないからだ。
人の好みは色々とはいうが、
自分の好みが世界と外れてしまうと疎外感を覚える。
そういう意味で言うならば、
好みが同じだと寂しくなくなる喜びがある。
「飲み終わった?」
姉に聴かれる。
「うん」
僕は空っぽのカップを見せる。
「それじゃ、行こうか」
「分かった」
会計は全て姉持ちだ。
美人ラノベ作家というのもあって、
10代にしては金持ちの部類だろう。
本当は良くないんだろうけど、
僕はこうしてたまに奢ってもらう。
メディアに出てるから、
彼女に広告料みたいなのが入る。
「1500円です」
店員さんが話しかけてくる。
「電子マネーで」
姉はそう答える。
「はい」
店員さんは会計を済ませる。
「美味しかったです」
姉はそう言って、去っていった。
「僕も・・・そう思います」
聞こえていたかどうか分からないが、
小さい声でも一応伝える。
きっと顔が真っ赤だったに違いない。
「また、来てくださいね」
店員さんは聞こえていたのか分からないが、
笑顔で見送ってくれた。