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「分かってる、分かってはいるんだ・・・友達ってのが必要だってのは・・・でも難しいんだよ」
僕はワンピースの服をぎゅっと掴む。
緊張すると、掴むのは癖かもしれない。
心理学でいう所の宥め行動ってやつだろう。
人によって様々らしいが、僕は服を掴むって行為だ。
「何がそんなに難しいの?」
姉は疑問を感じてるようだ。
彼女にとって、友達を作ると言うのは些細なことなんだろう。
でも、僕はそうじゃないってだけのこと。
「は、話しかけるのが無理なんだ」
僕は顔を逸らしながら言う。
「話しかけるのが無理って・・・別におはようとかでいいと思うんだけど」
「僕なんかが話しかけても、って思わない?」
「そうかな、可愛い子が話しかけてきたって思うだけだと」
姉は至極当然って顔をする。
そういう結論に至ってくれるのは嬉しい。
でも、世界は姉ほど優しくは無いと思ってる。
僕のような人間に、人権など与えられないのではないか?
そんなことを思う。
僕の意見は世界には通じない。
黙殺されて終わるのだと、被害妄想と受け取られるかもしれないが、そんな風にしか思わずにはいられない。
「そんなことはない・・・今の時代は情報社会だからより良いサービスが求められるんだ。だから、話しかけるには何か、こう、重要な話じゃないといけないんだ」
「って、言っても普通の学生にそんな重要な話なんて出来ないよ。だから別に気にしないで普通の話でいいのに」
「普通の話って何さ」
「そうだなぁ、例えば美味しい店の情報とか?」
「僕はそんなにグルメって訳じゃない。別に食べるのが嫌いって訳じゃないんだ。でも、僕の話す情報に価値はあるのかと問われれば微妙なんじゃないかって思うんだ」
「何でそう思うのさ?」
「だって、ユーチューバーの人たちは金があるから当然と言えば当然かもしれないが色々な店に行けるじゃないか」
「まぁ、そうかもね」
「そう考えると、一般の人たちよりも経験が多いってことになる。沢山食べれるからね」
「そうだけど」
「だったら皆、僕の話じゃなくてユーチューバーの話しか興味ないんじゃないかって思うんだ」
「そんなことないんじゃない?」
「そんなことあるよ!」
「だって、ユーチューバーは確かに凄いよ。
チャンネル登録者数は100万人超えてる人間なんてザラに居る。でも、その人たちが世界中の人から好かれてるかと問われれば違うわ。話を聞きたいのはユーチューバーだけじゃなくて、高橋日陰の考えを知りたいって人は必ずいるわ」
「そんなのわからないじゃないか!」
「分かるよ」
「何で言い切れるのさ」
「だって、私は興味あるもの。日陰ちゃんと話してるのは楽しいって思うよ」
「うっ」
姉のこの陽の気は苦手だ。
これ以上は言えなくなるほどの明るさを持ってる。
「だからね、人と話してみよう?」
「まぁ・・・考えておくかもしれない」
「考えておくだけ?」
「実行にぃ・・・移す・・・かも」
「良い子!」
姉は僕の頭を撫でる。
酷く子供扱いされてるとは思うが、
それでも、拒否できないのは姉の魅力の所為だろうか?
チャイムが鳴る。
「ちょっとぉ、荷物運ぶの手伝って」
母の声だった。
「行こう、日陰ちゃん。
お母さんを手伝おう?」
「うん・・・」
僕は姉に言われるがまま、手伝いに向かうのだった。
内容はそれほど難しいわけではない。
買い物袋から品物を取り出して、
冷蔵庫に入れる作業。
地味だけど、地味に大変なのだ。
「日陰ちゃん、これ」
姉が何かを渡してくる。
「苺ミルクだ」
大好きな苺が入ってるジュース。
甘くて、すっぱくて、とっても好きなものだ。
「一緒に手伝ってくれたから、ご褒美」
姉はにこっと微笑む。
「ありがとう、お母さん。お姉ちゃん」
僕は礼を言う。
「良かったね」
姉は僕の事を見ながら笑っていた。
さっそく苺ミルクを持っていき、
リビングに向かう。
紙パックについてるストローを開ける。
そして、ストローを取り出した後の袋を僕は意味もなく結ぶ。
なんとなくこうしたいのだ。
ちょっとした遊びというか、そんな感じ。
最初は、小さくまとめた方が捨てやすいとか、
そんな理由だったと思うが、でも、別に結んだからといって、
それほどゴミ袋を圧迫するようなものでもないが。
でも、なんとなくそうしたかったのだ。
さっそくストローを紙パックに刺す。
すると、ちょっとだけストローから苺ミルクが漏れ出る。
毎回、そうなるのは何でだろうか?
ちょっと勿体ない。
でも、そうなるのだからしょうがない。
僕は気にすることを止めて、大好きな苺ミルクを飲む。
「うまぁ」
ひんやりとした甘さが口全体を包み込む。
小さな幸せを感じる瞬間だ。
苺の名産と言えば
栃木、福岡、熊本、静岡、長崎の5つらしい。
僕の身体の一部は恐らく苺で構成されてるだろう。
そんなことを思う。
「美味しい?」
隣に日向が近づいてくる。
「あげないよ」
「分かってるって、とらないよ」
姉は苦笑していた。
「じゃ、なんで隣に来たのさ」
「日陰ちゃんの顔を見たくて」
「何それ」
「変?」
「変だよ、変」
僕は見られながらは緊張するので、
顔を逸らして苺ミルクを飲む。
「お母さんに買ってきてもらってよかったね」
「うん」
僕はこの苺ミルクを飲み干すまで、
幸せの余韻に浸っていたのだった。