7-4
姉から連絡がやってくる。
それは家にマスコミが居ないという連絡だ。
後日、場所を決めて、そこで全てを話すと約束した。だから、彼らはその言葉を信じて帰っていったのだろう。そのお陰で、僕は安全に帰宅することが出来た。
「お帰り、日陰ちゃん」
姉が自宅で出迎えてくれる。
「あ・・・僕」
「心配しないで、明日に全てが決着するから」
「・・・」
「お風呂・・・入ってきなよ」
「うん」
今日は姉と入らなかった。
1人で入る。
シャワーを浴びてる時だった。
風呂場の浴槽に溜まった水に誰かの顔が映った気がする。
それは自分の顔に似ているように思えた。
でも、少し違う。
それは少しだけ邪悪に見えるような気がしたからだ。普段の僕はもっと邪悪じゃない様な気がするのに。僕はそれをずっと見つめる。
そして名も無き彼女は語りかけてくる。
「いいじゃないか、日陰。姉が全て罪を背負ってくれるんだ、君はただ何もしなければ問題がすべて解決する。それは曇り空に浮かぶ雲のように何処かへ行くんだ」
「それでいいのかな」
「いいに決まってる、君は何も悪くないんだ。
嘘をついたのだって、本当はつきたくなかったんだ。でも、世界が悪に満ちてるのだから対抗するためには嘘をつかなければいけなかった。それが生きるってことだろう?」
「そうかもしれない」
「嘘をつくことは非難されることだけど、全ての人間は嘘ついて生きてる。正直に生きてるやつなんて居ないのさ。だけど、責められる奴と、そうじゃない奴が居る。その差は何か、ただ単に目に入るかそうじゃないかだ。君はただ悪意ある連中に見つかっただけに過ぎない。騒ぎ立てる世界が悪いのさ」
僕と似た顔の奴がそんなことを言う。
僕と似た顔だからだろうか。
彼女の言葉は正しいとしか思えない。
「確かにね」
「君は被害者なんだ、悪くない」
「そうだ、悪くない」
「姉も悪くは無いが・・・ただ世間は生贄を欲してる・・・それは僕か、姉か。可哀そうだが姉にその責務を任せよう・・・年上なんだ・・・年下の責任を取るのが筋ってものだろう?」
「言えてる」
「大丈夫、君はこのままでいい。
何もしなければ世間は姉を殺す。
でも、生贄になってくれたお陰で君は生きれるんだよ日陰」
「うん」
シャワーを浴びてるハズなのに、
ドンドン冷たくなってる気がする。
「それが正しい結果だ、悪いのは姉を追い詰める世間だ・・・そうだろう?」
「うん」
でも、それも感じなくなってきた、
「良い子だ、日陰。君は誰よりも高潔で美しい。何一つ間違えないの良い子だ」
「うん」
先ほどまで何処か痛い気がしていたが、きっと気のせいだろう。そう、思えた。
「さぁ、もう寝よう」
「うん」
僕はシャワーを止める。
すると、声が聞こえなくなった気がする。
そして、風呂場から出るのだった。
僕は身体を拭いて、パジャマに着替えた。
こうしてベットに向かうのだった。
横になってると、次第に眠くなってくる。
そう、思っていた。
でも、今日は眠れなかった。
それはこの炎上事件の所為だからではない。
では、何か?
それは、明美さんに叩かれたから痛かった。
だけど、痛いのは頬ではなくて、何故だか胸が痛かった。
部屋にある姿見鏡に僕を似た雰囲気の女性が写っていた。それは背後の姿だったので、僕と似てるとしか思えなかった。
「本当は分かってるんだろ、日陰」
「え?」
「その痛みの原因さ」
「分からない、僕には分からないよ」
「嘘だね」
「本当だって」
「嘘だよ、僕には分かる」
「本当だって言ってるじゃないか」
「気づいてるはずだ、でも、それを言葉にするには勇気がいるだろう?」
「それは」
「言ってみて、言えるはずだ」
「・・・」
それは少し言うのに勇気が必要だった。
だから、すぐには言えなかった。
「ほら、日陰」
「これは・・・僕が招いた罪だ。
罰を受けるのは姉ではなくて僕なんだ」
「ほら、分かってた」
「でも、そうしてしまったら僕はどうなる?」
「きっと社会から否定されるだろうね」
「僕の居場所はどうなるの?」
「どうだろう・・・きっと無いだろうね」
「居場所がなくなるのは怖いよ。
学校に行くのが怖い、家に帰るのが怖い。
外に出歩くのが怖い、そんな生活嫌だよ」
「だけど、このままじゃ姉がそうなるんだ」
「それは」
「君が勇気を出せば、姉は救われる。
だが、君はどうなるか保証できないが」
「君は鏡の住人だから、そんな無責任に言えるんだ。僕はまだ若い、これから色んなことが待ってるんだ。それなのに若いうちから躓くなんて出来ないよ」
「躓けば、また立てばいい」
「え?」
「人は転んだら、立てるんだよ日陰」
「どうして、どうして人はそんなことが出来るの?」
「立ち上がったら、太陽の光を近くに感じれるじゃないか。それはとても幸せなことなんだ。
だから、人は立って歩こうって思える」
「太陽の光が・・・近くに」
「君は日陰に居ることに劣等感を覚えてるけれど、それは違う」
「違う?どういうこと?」
「君自身が選んでるんだ、日陰に居ることを。
誰かが見るかもしれない日向よりも、誰も見ない日陰に居ることを」
「そう・・・かもしれない」
僕は常にshade(日陰)に行っていた。
sun(日向)が怖いから。
「僕は君が立ち上がれる人物だって信じてるよ、日陰」
姿見鏡に映っていたその謎の人物は何処かに去っていった。
「僕は・・・」
彼女が伝えたいことは理解できた。
それは僕に勇気を出せということ。
出来るのだろうか、僕に。
そんなことを思うのだった。




