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それは唐突な出来事だった。
人間は常に選択に迫られている。
それは、常にダイスを振ってるのと同じだ。数字が出て、マスを進む。そして、その止まった場所でイベントが発生する。僕は何の気なしに、ダイスを振ったのだ。そして、あるマスに止まった。それは嘘がバレるいうことだった。今まで褒めていた分の勢いがそのまま誹謗中傷に変貌する。
「ニュースの時間です、大人気ラノベ作家高橋日向にはゴーストライターが居た?という内容です」
テレビのコメンテーターが好き勝手話し始める。
「神は2物を与えると聞きますが、彼女の場合は1つだけでしたね。それは美貌だけ、まぁ、それで十分と言えば十分なんですが、欲をかきましたね。名声が欲しくなったのでしょう、だからゴーストライターに頼んで小説を書かせた。そして、自分は文才のある作家としての彼女を演じた、全く役者ですよ彼女は」
コメンテーターの男が嫌味たっぷりに話す。
「それで、ゴーストライターって何処の誰なんですか?」
コメンテーターの女性は興味津々に尋ねる。
「それはですね、なんと彼女の妹らしいんですよ」
「えぇ、妹さん?」
「記者の話ではそうらしいですよ。
怪しいと思ってたんですよね、美貌を持ちつつ文才もあるなんて。結局、化けの皮が剝がれたんですよ。素直にグラビアとか、アイドル活動でもしてればいいのに、誰も狙ってない顔出しラノベ作家の地位を狙うなんてね。よっぽど目立ちたかったのでしょう、承認欲求の強い女だ、顔は良いのに、性格がね、ちょっと」
「あはは~、そうですね」
コメンテーターの女は何の気なしに笑う。その顔が妙に僕は腹立った。
「こんな性格の姉だ、恐らく気の弱い妹を使って、脅していたんでしょう。文才のある妹に目をつけて、自分を目立たせる材料にしようと考えたんですよ、全く酷い姉だ」
「でも、違う可能性もあるんじゃないですか?ほら、例えば相談して決めたとか」
女性コメンテーターは否定する。
「いやいや、共謀はありえないですよ。その証拠に妹は一切表舞台に出てこなかった。才能があるのだから表舞台に出た方が得じゃないですか。称賛もされるし、最近は顔出ししない人だっているんだ、わざわざ自分の名前を隠す意味なんてありますかね」
「確かに」
女性コメンテーターは納得する。
「随分と図太い性格の姉だ。
妹の作品を乗っ取っておきながら、自分は原作者のフリをして、ドラマの主演女優になるんですから。全く大した女だ・・・あはははは」
コメンテーターの男は高笑いする。
「そうですね、言えてます」
女性コメンテーターも同意して笑う。そんな光景をテレビの前で見て、僕は憤る。
「お姉ちゃんのこと、誰も分かってない!」
名前を隠したのは姉の責任ではない。そもそもの原因は僕なのだ。表舞台に姉を立たせて、僕が陰で作家としての才能を発揮する。そういう契約を2人で交わしたのだ。ずっと嘘をつき続けなくてはいけない苦しみを僕が姉に強要した。それは・・・そうした方が売れると思ったし、何よりネットの誹謗中傷が怖かった。顔出ししてないから安心と考えてる人は多い、でも、実際は違う。固有名詞を出されてしまうと、それは僕のことだと分かるからだ。僕に繋がるのが怖かった。
そうだ、SNS。
僕は唐突に思い立って、ノートPCを開く。そして僕らに関する記事を覗く。文字で、こう書かれていた。
(やっぱり顔だけ)
(美人で才能があるなんてもてはやされていたけれど、嘘だったか)
(信じてたのに)
(ドラマに出る精神が理解できん)
(枕営業でもしてたんでしょ)
(いいなぁ、こいつと寝た男が居るなんて)
(妹を搾取する悪魔)
(どうしようもないクズだな)
(可哀そうな妹ちゃん)
(妹ちゃん、大丈夫かな)
誹謗中傷が止まらない。
それと同時に僕への哀れみのコメントが目立つ。どうして誰も真実を理解しようとしないんだ。テレビのコメントがそんなに正しいのか?姉の言葉も聞かず、僕の言葉も聞かず、何の根拠を持ってこの人たちは僕らを貶めようとしてるんだ、理解できない。怒りがどんどん湧いて来る。でも、何より悔しいのが僕自身何も出来ないってことだ。僕は恐怖を覚えて、自室の布団に潜り込む。
(気持ち悪い)
やめろ、そんなこと言わないでくれ。幻聴だって分かる、それは世界の誰も言ってない言葉で僕が作り上げた嘘の声。それでも現実の声のように聞こえてくる。
(マスクの下ってそんな感じなんだ。なるほど、隠したくなるわけだ)
(若いのに肌にシミって、年寄りみたいだね)
(気色のわるい女)
誰も、誰も僕を傷つけないでくれ。耳を塞ぎ、頭を抑えて心の声を消そうとする。それでも消えない。どうしてだ、どうすればこの声は消える?僕には分からない。布団をぎゅっと握りしめる。姉の服を掴むように。




