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お姉ちゃんは左手を開いて、その上を右手でぽんと叩く。
「あ、でも・・・他にも承認欲求を満たせる方法あるかも」
「表舞台に出る以外にあるかなぁ」
僕はパッとは思いつかず悩む。
「そんなに難しいことじゃないよ、誰にでも出来ること」
「誰にでもできること?」
そんな簡単に満たせるのだろうか。満たせるのならば是非教えてもらいたいものだ。
「そう・・・それはね」
お姉ちゃんはもったいぶる。
「それは?」
それでも、僕は気になるので思わず尋ねてしまう。
「友達を作ること♪」
お姉ちゃんは笑顔だった。
「・・・」
しまった、姉はこういう考えの人だった。僕は落胆してしまう。
「簡単でしょ、誰にでもできること・・・友達よ!」
「2回言わなくても分かるよ!」
僕は叫ぶ。
「ね、作ろうよ。日陰ちゃん」
「友達を作るのが簡単?それはお姉ちゃんだけだよ。僕には絶対に無理!」
「はじめから諦めちゃダメだよ」
「無理なものは無理なの!
お姉ちゃんと僕ではスペックが違うんだから」
「えー、そうかな。日陰ちゃん可愛いし、面白いよ?」
「お姉ちゃんは全然、分かってない。いい?出来る人の簡単ほど、信用できないものは無いの」
「そんなの言いすぎじゃ」
「言いすぎじゃないの、要領の良い人は容量が違うの。要領が悪い人ってのは容量が少ないから友達作りってタスクをこなすことが出来ないの・・・そのことが容量がある、要領が良い人には分からないの」
「そんなに喋れるんだから出来そうだけどなぁ」
「お姉ちゃんだから喋れるの!」
僕はムキなって大声を出す。
「それはちょっと嬉しいなぁ」
日向お姉ちゃんは嬉しそうな顔をする。
「とにかく、そういうことだから。
大体、何だって友達を作らせようとするのさ・・・僕には必要ないのに」
「そうもいかないのよ」
「なんで」
「ほら・・・私ってばもう少しで卒業でしょ?」
「まぁ」
姉は3年生で、僕は2年生。
あと少しで学校から行ってしまう。
「そうなると、本当に1人になっちゃうでしょ。そのことが姉としては少し心配なの」
「理屈は分かるけどさ・・・」
「ね、分かって?」
「そんなの夢物語だよ。
友達なんてのは幻想の産物であり、この世には存在しないフィクション上の生き物なんだから」
「そんな、ドラゴンみたいに・・・」
「実際、ドラゴンみたいなものだ。
僕にとっては社会の人々なんてのは恐怖の対象でしかないんだ。突然叫び出すわ、火事を起こすわ、人に危害を加えるわ・・・どれも僕の恐怖心を刺激するには十分すぎる理由なんだ!」
「それは一部の人の話よ、
皆が皆、人に危害を加えるかと問われればそうじゃないわ」
「でも、確率は0じゃない。
もしかしたら、その凶のくじを僕が引く可能性だってあるじゃないか!」
「それはそうだけど」
「だけど、逆も言えるわ。
そのくじが大吉だったら?
今まであったことないほど素敵な友達だったらどうするの?」
「それは」
「手を伸ばせば、日陰ちゃんと話したいって思ってくれる子かもしれない。そんな子の手を突き放すの?」
「うぅ・・・」
「ね?思い切って話してみよう?」
姉の言い分も理解できる。
確かに悪い方ばかり考えたって意味は無い。幸福な方を考えたっていいんだ。
必ずしも世界は悪とは限らない。
それは理屈としては分かってはいるつもりなのだ。でも、それはあくまでも理屈の上での話。泡沫の人影のように、手を伸ばしでも、それが人であるとは限らないのだ。
「怖ぃぃぃぃ・・・」
僕は頭を抑えてうずくまる。
「うーん、私相手だと話せるのになぁ。こんなに面白いのに勿体ない」
日向お姉ちゃんは複雑そうな顔をする。
「や、奴らは異物には容赦しないんだ。僕は魔女裁判で裁かれる魔女に過ぎない。僕はきっと教室で誰かに積極的に話しかけようものならば、猿ぐつわで何も喋れないようにさせられて、手錠で拘束されて、木の棒にくくりつけられるんだ。それで足元にガソリンをまかれて、火をつけられる。人生が終わってしまう!」
「話しかけたぐらいじゃそこまでならないんじゃないかな?」
姉は少し引いていた。
「いいや、するね。僕が見たネットの動画では過去にそうする人が居ると見たことがある!」
「日陰ちゃん、ネットに毒されすぎ」
「仕方ないじゃないか、ネットが、ネットだけが僕の善き隣人なんだ。あそこに行けば僕の言葉に世界の誰かが語り返してくれる」
「ネットでは誰かと繋がってるの?」
「す・・・少しだけ」
「それじゃあ、ネットの中で友達を作りましょうよ。この際、現実社会じゃなくてもいいわ、ネットでも作れるのならば私的には嬉しいわ。それに、最近ネットで知り合って結婚なんて話も珍しくないんだし」
「それは難しいかも」
「どうして?」
日向お姉ちゃんは不思議そうな顔だ。
「少しって言っても、本当に少しって言うか」
「どういうこと?」
日向お姉ちゃんは疑惑を強める。
「動画サイトでコメントを残すだけって言うか・・・」
「本当に少しじゃないの!」
「だ、だって・・・本格的にSNSでアカウントを作り始めたら闇バイトとか、Hなお誘いとかDMで届くって聞いて・・・それならいっそのこと僕は何にもならずに生きて行こうって」
「あぁん、もう」
姉は落ち込んだ様子だった。
「ごめん」
僕は謝るしか出来ない。
「いいの、別に。友達ってのは無理して作るものじゃないしね・・・あはは」
日向お姉ちゃんの目は死んでいた。
酷く申し訳ない気分になる。
出来ることならば友達を連れてきてあげたいのだが、友達を作るハードルが僕にとってはあまりにも高すぎるというのが問題なのだ。