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僕は少し後悔していた。
それは、前に姉の誘いを断ったからだ。
家族の中で、一番大事なのは姉なのだ。
その誘いを友達と遊びたいからという理由で断ったのは申し訳ないなと思った。
というわけで、僕は姉を誘った。
「どうしたの、日陰ちゃん抱き着いて」
僕は下着姿の姉に抱き着いた。
「一緒に出掛けよう」
「いいよ」
「本当?デートとかじゃない?」
「大丈夫、そんなんじゃないって」
姉は私服に着替える。
「本当?」
「そんなに繰り返さなくても大丈夫だって」
「彼氏が出来たら僕は寂しい思いをする」
「分かったってば、居ないから安心して」
「本当?」
「本当、本当」
「なら良かった」
不安だった僕は何度も確認してしまった。
姉は可愛い、妹の僕から見てもそう思う。
でも、だからこそだ。
姉が誰かと付き合うのではないかと不安になる。自分勝手ではあるが、姉が付き合えば僕は寂しくなる、それは嫌だった。
「それでどこ行きたいって?」
「何か、こう、生活雑貨的な?」
「欲しいものがあるわけじゃないんだ」
「なんか出かけたい」
欲しいものがあるから出かけるとかではなくて、何となく姉と出かけたい。
そんな気分だった。
「いいよ、行こうか」
僕らは生活雑貨の店に向かう。
近場なので、歩きで行ける。
店の中の商品を適当に見て回る。
「ぁああぁああああ」
僕は風にあたる。
「何変なことしてるの」
「口開けて香りを楽しんでる」
「香り?」
「何か試供品?で、今ね、この風を出す器械から香り付きのが出てる」
香りのついた水を機械にセットすると霧状になって出てくる。まぁ、加湿器のようなものだ。質の高いシャンプーのような香りがしてとても良い感じだ。
「何だか洒落てるね」
「でしょ」
「これ、可愛いね」
「なに?」
「水筒」
「へぇ、小さいんだ」
小学生が使うモノよりも、小さく見える。
マグカップ一杯分しか入らない様な水筒だ。
僕は使い道を思いつかないが、
でも商品化されてるのだから、
誰かが欲しいと思って作ってるのだろう。
「ポケットに入るし、持ち運びに便利ね」
「でも、これじゃあんまり飲めないよ」
「あんまり飲むと、おしっこ行きたくなるじゃない」
「そうだけどさ」
「私はいいと思うな」
「ふーん」
そんなやりとりをする。
「これいいなぁ」
「なにそれ」
「おっぱいグラス」
普通のガラスのコップに、何故だかビキニの女性のおっぱいがついてるようなデザインだった。
「変わってる」
「でも、面白い」
姉は笑ってる。
「まぁ、そうかも」
これで飲みたいかと問われると、そうは思わないが、持っていくと話題を作りやすい商品だなとは思う。
「話が盛り上がるかも」
姉がそんなことを言う。
「グラスに牛乳入れたら狙いすぎかな」
僕はそんなことを言う。
「狙いすぎだよ」
姉はケラケラ笑ってた。
僕らはウィンドウショッピングを楽しんだ。
特に購入した訳ではなかったが、これはこれでいい体験だったと思う。
外に出ると、不思議な感覚に襲われる。
それは街中が霧に包まれてる所為だろう。
「日向お姉ちゃん」
僕は得体の知らない恐怖を感じて、
姉の服を掴む。
「天気が悪いわ、早く帰った方がいいかも」
「うん」
せっかく楽しい気分だったのに台無しにされた気分だった。でも、天候に文句を言ってもしょうがないだろう。
「これだけ霧が濃いと運転手の人も見えないと思う、事故だけには気をつけよう」
「わ、分かった」
口で分かったとは言ったものの、
怖いことには変わりない。
だけど、姉が傍に居るので恐怖は少し和らいでるが。
「ひひひひひ・・・」
不気味な笑い声が聞こえてくる。
「早く、行こう日陰ちゃん」
「う、うん」
僕は姉に手で引かれて、家に向かう。
「そっちは家じゃないですよ、お嬢さん達」
長い舌の男が近づいて来る。
その舌は地面につきそうなほど長かった。
恰好はシャツ+パンツ+くたびれてる。
身長160cm。
体重は48kg。
そんな人物だった。
カメレオンのような眼をしており、
人間なのか疑問に思う程だった。
「ぎゃっ!」
僕は思わず悲鳴をあげる。
「これはこれは・・・どうも脅かせてしまったようだ申し訳ない・・・小生は悪気はないのですがね」
男はそんなことを言う。
「貴方、誰なの」
姉が僕のことを庇うように立ちふさがる。
僕はみっともなく姉の背後に隠れる。
「明道霊八」
「みょうどう・・・何処かで」
姉は聞き覚えがあるようだった。
「お、お姉ちゃん!」
僕は悲鳴に似た声を出す。
「どうしたの、日陰ちゃん」
姉は心配そうに尋ねて来る。
「あ、あれ」
僕は彼を指さす。
「うわっ」
姉も驚いたようだ。
それもその筈だ。目の前で美味しそうに石を舐めていたからだ。
「べろん、べろん、べろろぉぉおおおん」
まるで飴玉でも舐めてるかのように美味しそうに舐めていた。
「貴方、何してるのよ!」
姉は怒る。
「いやね、小生は貧しい出でして。
その時の癖で石を舐めて空腹が紛わしてるんです。今は普通に食べれるんですが、いやぁ、子供の時の癖というのは抜けないものだ」
霊八は笑っていたが、こちらは笑えない。
「それで、何の用ですか?」
姉は詰め寄る。
「小生はね、貴方達に用があったんです」
「用事?」
姉は不思議そうな顔をする。
「えぇっと、確かここに」
霊八という男はポケットを探る。
「ナイフかもしれない、いざとなったら私を置いて逃げて日陰ちゃん」
姉が耳打ちしてくる。
「そ、そんなの出来ないよ」
「いいから逃げるの、私を置いてっても恨まないから」
「そ、そうじゃなくて腰が・・・抜けて」
「私が戦わないと・・・ダメなのかも」
姉はファイティングポーズをとる。
僕は情けないが、足が震えて動かない。
「あぁ、これです。これ」
霊八はポケットから取り出す。
「くっ」
姉は攻撃されたと思い、蹴りを繰り出す。
「おっと、危ない」
霊八は避ける。
「避けるな!」
「待ってください、小生は敵ではない」
「ナイフを出してか?」
「ナイフじゃありません、良く見てください」
霊八は否定する。
そこで僕を含めて姉はようやく差し出された者が何かを確認するのだった。
「これは」
それは名刺だった。
明道新聞社と書かれてる。
「小生は大したことが無い、記者でしてね。まぁ、簡単に言えば興味あるんですよ、高橋日向さんに」
「私に?」
「そうです」
霊八はいきなり写真を撮る。
「うっ」
姉は眩しくて、目を手で覆う。
「貴方には秘密がありそうだ。
さて、どんな秘密なのだろうか。
彼氏は居るのかな、それとも過去にやんちゃしてたとか・・・ぐひひ・・・日向さんの秘密を暴くのは面白そうだ」
霊八は嫌らしい笑みを浮かべる。
「私には秘密なんてない」
姉は言い切る。
「そうですかね、これは小生の勘ですが貴方は秘密を隠し持ってる、いやね、小生・・・自慢じゃないですが・・・こういう勘は一度も外れたことないんです」
「私には秘密が無いって言ってるだろ」
姉はイライラしていた。
「ぐひひ・・・怪しいですねぇ・・・とっても怪しいです・・・見てみたいなぁ、貴方の恥部とも言えるべき秘密を」
霊八という男は楽しそうだった。
「帰れ!」
姉は強い言葉を使う。
「そうしますよ・・・えぇ・・・今はね・・・秘密を知ったその時・・・また会いましょう日向さん」
そう言って霊八と名乗る男は霧の中へ消えた。不思議なもので、霊八という男が消えると、同時に霧も消えたのだった。
「はぁ・・・怖かった」
僕は安心して、その場でぺたんと座りこむ。
「思い出した、霊八に見つかると全てを暴かれるって」
「有名な人なの?」
「えぇ、悪い方で」
姉は凄く嫌そうな顔していた。
「どんな人なの?」
「人のあら探しをして・・・世間に叩く理由を作る人よ・・・同業者からは尊敬されてるみたいだけど・・・芸能人は皆・・・嫌ってる人よ」
「そんな人がお姉ちゃんを狙ってるの?」
「残念ながら、そういうことみたい」
「大丈夫なの?」
「心配しないで、お姉ちゃんは秘密なんてないんだから」
そう言って姉は微笑む。
でも、その顔を見て僕は不安をぬぐうことは出来なかった。何だか酷くもやもやした気分で家に帰るのだった。




