5-2
唐突ではあるが、僕らは店に入ってる。
決して怪しい店とか、そういう訳じゃない。
でも、店員さんに注文する際に、
こう、答えなくてはいけない。
僕は”M”ですと。
今、この場には明美さん、そして純太君。
僕が居る。どうやって注文するべきか。
それは性格で決めようと話が決まった。
「お前はMだな」
明美さんが純太君に対して、勝手に決める。
「そんな自分がどうして、そういう風に決められないといけないんですか」
純太君は憤慨していた。
「真面目な奴は大抵、Mなんだよ」
明美さんは独自の意見を出す。
「そんなの偏見です、自分が選びたいものを選びますので」
純太君は意地を張る。
「へぇ、強情だな」
明美さんは微笑む。
「そういう明美さんはSでしょ、勝手に自分のやつを決めるぐらいですから」
純太君はそんなことを言う。
「まぁ、俺はそうかもな」
明美さんは当然って感じの顔をする。
「日陰さんはどうしますか?」
純太君に聞かれる。
「僕は・・・そうだな」
僕は考える。
「こいつはMだよ」
明美さんが何故か答える。
「違うもん、僕は・・・」
僕はMじゃない、そう言いたかった。
「絶対にMだね、俺の誘いを断れなさそうだし」
明美さんは言い切る。
「何だか嫌な言い方」
僕はむっとする。
「実際、事実だろ」
明美さんはそんな風に言う。
「決めた、僕は絶対にMじゃない」
僕も意地になってきた。
ここはもうMじゃないと言い張るべきだ。
「お前はMだ」
それでも明美さんはMだと答える。
「Mじゃない」
僕は必死になる。
「Mだ」
明美さんも必死だ。
「じゃあ、間をとってSで」
純太君が言う。
「いいや、僕は・・・Lで」
僕は第三のアイディアを出した。
「随分と思い切ったな」
明美さんは感心する。
「日陰さんがそれでいいというなら」
純太君も同意してくれた。
これで大丈夫だ。
僕は注文に向かう。
「あの、ポテトフライをLで」
僕は店員さんに注文するのだった。
そう、僕らは今ファストフード店に来てる。
学生が集まる場所と言ったら、ここだろう。
「よーし、食うぞ」
明美さんは意気揚々と席に座る。
彼女が注文したのはスパイシーチキンだ。
「明美さん、辛いの好きなんだね」
僕が尋ねる。
「まぁな、食ってて一番面白い」
明美さんは当然って感じで答える。
「面白いって」
僕は苦笑する。
「いいんだよ、俺は味に面白さを求めてるんだから」
「はぁ」
僕的には不思議な感覚だ。
普通は美味さを求めるものだと思っていたから意外だった。
「自分はこれです」
純太君はガーリックマヨネーズだ。
「こってりしてる」
僕は感想を言う。
「はい、自分は結構そういう濃い味って言うんですかね。そういうのが好きで」
「何だか、男の子っぽいね」
僕はそんなことを思うのだった。
「そういわれると照れますね」
純太君は微笑む。
「そういうお前は何にしたんだよ」
明美さんに聞かれる。
「僕はこれ」
ポテトに、苺バニラシェイクだ。
「可愛い感じだな」
明美さんはそんなことを言う。
「そうかな、好きなものを選んだだけだから可愛いとかはよく分からないな」
普段から苺が好きで食べてるだけなのでよくわからなかった。
「ピンク色がなんつーか、ファンシーな感じがしてそう思うんよ、俺はそう感じた」
「ふぅん」
僕は曖昧に返事する。
「それじゃ、食いますか」
明美さんが音頭をとる。
「いただきまーす」
僕は手を合わせて声を出す。
「頂きます」
純太君も真面目に手を合わせていた。
「うめぇなぁ、おい」
明美さんは何だか楽しそうだ。
「はい、そうですね」
純太君も食べてて楽しそうだ。
「美味しい」
僕はバニラシェイクにポテトをディップして食べる。これが好きなのだ。
こういう雰囲気は好きかもしれない。
好きなものを食べて、この場に居る全員が幸福を感じてる瞬間と言えばいいだろうか。
ギスギスしてるわけでもなく、
ただ、食事をするだけ。
それは他人から見て酷く退屈に思えるだろう。けれど、本人たちは幸福の渦の中に居るのだ。それはとてもいいことだろう。僕はそう思っていた。高校生になって、思い出も無く卒業するのだと思っていたものだから、こういう思い出が出来るのは少し嬉しかった。
「俺もそれ貰っていい?」
「どうぞ」
僕は苺バニラシェイクを渡す。
彼女はポテトをディップして食べる。
「悪くねぇな」
明美さんもわりかし気に入ったようだ。
「あの、自分もいいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
純太君も気になったのだろう。
彼だけ仲間はずれにするのも可哀そうなので、僕の苺バニラシェイクを渡す。
「美味しいです」
純太君も気に入ってくれたようだ。
「気に入ったら、今度は1人で来た時に試してみて」
「そうします」
「お前の貰ったし、俺のもやるよ」
「え・・・いいよ」
明美さんのは辛そうだ。
僕の舌には合いそうにない。
「遠慮するなって、ほら」
明美さんが強引にハンバーガーを口に突っ込むのだった。
「もごっ」
口の中いっぱいに辛さが充満する。
ダメだ、我慢できない。
「どうだ、美味いだろ」
明美さんは邪気の無い笑みを向けてくる。
彼女は本気で美味いと思ってる。
だから、悪意無く人に勧められるのだ。
けれど、辛みに耐性があるのが人類共通ではないことを彼女は知らない。
「か・・・か・・・かれぇえええええ!」
僕は炎を吐いた。
「うわ、燃えてるぞ日陰」
明美さんは驚いていた。
「ば、バニラシェイク」
僕の口を癒すべく、甘さを探す。
「すみません、自分が最後みたいで」
容器は空っぽだった。
僕の提案した食べ方を気に入ってくれたようだ。それはいいが、全部かぁとは思う。
「じゃ、純太君のドリンク貰うから」
僕のをいかれたんだから、純太君のを行っても文句を言われる筋合いは無いだろう。
そういう理論武装を頭の中で装備して、ドリンクを奪うのだった。
「あ、自分のはちょっと」
「僕のあげたんだから文句言わない」
「そういうわけではなくて」
僕は純太君の言葉を無視してドリンクを飲む
。しかし、物凄く苦い飲み物だった。
「にっっっっっが!ヴぉええええっ!」
鋭い苦味が襲ってきて、猛烈な吐き気に襲われる。
「自分、健康志向でして、せんぶり茶を飲むんです・・・自分は好きなんですが、普通の人が苦手だと思って説明しようと思ったんですが」
「い・・・胃が」
経験したことないような辛さの後に、これまた経験したことないような苦味が僕を襲ったのだ。そりゃあ、身体もびっくりするだろう。そのせいで、なんだか身体がやばいことになってるのを実感する。そして、急に僕の胃の中に爆弾が入ったような感覚になる。カウントダウンが始まるのだった。3・・・2・・・1・・・0・・・ドガンだ。
「お、おい大丈夫か」
明美さんが酷く心配する。
「日陰さん、顔が真っ青ですよ」
純太君にも心配される。
2人に言われるのだから相当だろう。
「・・・っ!」
僕は席から立ち上がる。
そして、急いでトイレに直行した。
その後、口から全てが出ましたとさ。
めでたし、めでたし。
途中まではいい思い出だったのになぁ。
そんなことをトイレの個室で思うのだった。
多分、このシーンがテレビアニメになったのならば、このまま放送するとクレームが来ると思うので、美しい夜空と共に星が流れてる映像が出るんだろうな。




