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それはなんて事の無いある日の出来事だ。僕はいつものように姉と散歩に出かける。いつもは変わった場所だが、たまには普通もいいだろう。僕はスーパーに来ていた。姉はショッピングカートを押して、僕は店の中を探索する。
「あんまり走らないで」
外に出かけてるのでサングラスとマスクは欠かせない。姉の変装だ。僕もこの顔のシミが気になるのでマスクをしたままだ。
「大丈夫、大丈夫転ばないから」
僕は走り回る。
「危ないなぁ」
姉は心配そうに僕を見つめる。
「ねぇ、日向お姉ちゃん」
「なに?」
「これ欲しい」
僕は苺のパックを持ってくる。
「うーん、少し高いかも」
平均は700円ほどだと思うが、僕が持ってきた苺は1400円だ。
「えぇ~。そうかな」
「そうだよ、もう少し安いのあるでしょ」
「でも、高い方が美味しいよ」
「あんまり高いのは駄目」
「ケチ」
「しょうがないの」
「むぅ」
僕はしょうがないので苺を棚に戻す。まぁ、でも最近は安いイチゴでも美味しいの多いしな。それでもいっか。とにかく苺が食べたい気分だったので、僕はそれを選ぼうと思い、手を伸ばす。
「あ」
僕は知らない人と手が重なり合う。
「ごめんなさ・・・ふあああああああ」
変な声が出た。
「びっくりした」
「ぼ、僕だって」
「自分の方が驚くよ」
そこに居たのは純太君だった。
ドクロのネックレスがトレードマークの彼だ。
「純太君?」
「その声、やっぱり日陰さんだね」
純太君は気づいたようだ。
「あれ、友達?」
僕の声で何事かと思って姉が近づいて来る。
「ごめんなさい、何でもないです、何でも・・・あはは」
僕は周囲の人間に謝罪する。
いきなり大声を出して迷惑をかけてしまったからだ。
「でも、奇遇だね」
純太君は気軽に話しかけてくる。
「あはは・・・そうだね」
でも、僕は急に知り合いに出くわして心臓がバクバクしてる。好きだから緊張してるとかではなく、男の人だから緊張してるとかではなく、知ってる人に出くわしたからという理由だ。姉なら、もしも街中で偶然知り合っても平気なのだが、知り合ってまだ間もないだろう。嫌い・・・というわけではないのだが慣れるのに時間がかかる。
「そっちはえぇっと」
純太君は姉の方を見る。
「こんにちわ、私のことは知ってますか?」
「どなたですか?」
純太君は分からなかったようだ。
「私、日陰ちゃんの姉をやってます」
「あぁ、お姉さんですか」
「はい」
「これはどうも」
純太君は頭を下げる。
「妹の日陰ちゃんと仲良くしてあげてください」
「友達ですので、仲よくしてるつもりですよ」
「それは良かった」
姉はマスク越しからでも分かるぐらい笑っていた。
「それでは、失礼します」
純太君は何か用事があったのだろう、僕らと早々に別れた。
「良い人そうじゃない」
姉はそんなことを言う。
「そうかな」
僕にはまだ判断がついてなかった。
「だって、私のことを知らなかったみたいじゃない」
先ほどの質問を思い出す。
私の事を知ってますか?
今になって思う。
あれはいい質問だ。
姉の事を芸能人として知ってるのならば美人ラノベ作家の高橋日向と何の疑いも無く答えるだろう。
しかし、知らなければ先ほどのように姉だと名乗れる。
何がいい質問なのか?
それは、僕を出しにして、
姉と仲良くなる口実なのでは?
ということを探ってくれたのだ。
「うん・・・そうだね」
そのことは少し嬉しかった。
前に、僕と仲良くなろうとして最初は浮かれたが後に姉目当てだったと分かり落ち込んだ過去がある。姉はそのことを知ってるから、友達を作る際に姉の事を知ってるかどうかというのは大事な焦点の1つになってるのは確かだ。
知らなければ運がいい・・・そう思ってる。純太君は知らないようだったから嬉しかった。まぁ、演技かもしれないと言われたらそこまでだが。だが、人を疑ってばかりも疲れるので騙されるかもしれないが、僕はなるべく人を信じることにしてる。
「あ、焼き芋」
スーパーに行くと置いてある。
買い物をしてると焼けた香りがして食欲をそそる。
「お姉ちゃん、あれ食べたい」
「苺より安いし、いいよ」
「やった」
イチゴの方が好きだが、焼き芋も好きだ。甘くて、ホクホクで好き。スーパーで買い物を済ませた後、外にあるベンチで2人ならんで食べる。
「半分こしよう」
姉が焼き芋を持って、半分に割る。
「早く、早く」
僕は待ちきれずに急かす。
「そんなに急かさないで」
「だって、食べたいんだもん」
「はい」
姉が2つに綺麗に別ける。
僕がやると片方が大きくなってしまうので、姉がやった方がいい。
「わーい」
姉から芋を貰う。
そして、口の中に入れる。
「美味しい?」
日向姉ちゃんに聞かれる。
「うん、美味しい」
幸せな瞬間だろう。
こうして、美味しい物を食べながら穏やかな時を過ごすのだ。
憂うべき事柄は多いけれど、今この瞬間だけは全てを忘れて姉との時間を楽しんだ。
「よし、食べ終わったし行こうか」
「うん」
僕らは買い物を袋を持って家に歩いて帰宅するのだった。




