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休みの日の出来事だ。
僕は、この日姉と一緒に出掛けていた。
昼頃だろうか、僕は朝は苦手なので少し遅くしてもらった。姉は快く了解してくれて、その時間になった。
「日陰ちゃーん?」
「今行く」
いつものように僕は黒いワンピースを着る。
手袋に、マスクもOKだ。
日光を集めやすい格好だなと思う。
あと、蜂に襲われそう。
別に可愛い服を着てもいいのだが、
似合う自信も無いし、暗い性格の自分には黒が似合うと思ってるから、これでいいとは思う。
たまにはお洒落した方がいいのかなと思う時もある。
でも、姉を見ていいやと諦める。
「その恰好でいいの?」
「平気」
「・・・」
姉はじっと見る。
「な、なに?」
「もっとカラフルな色は興味ない?」
「えー・・・大丈夫」
「勿体ないなぁ、お洒落を楽しんだらいいのに」
「それは日向お姉ちゃんだって言えることだよ」
「え、そうかな」
「だって、サングラスに帽子って変装の恰好じゃん。お洒落を楽しんでる人の恰好じゃないよ」
「でも、へそ出しだから」
姉の恰好はジャケット+ホットパンツ+へそ出し。それに帽子とサングラスだ。
お洒落をしてなくはない。
「むぅ」
これで・・・いいのかも?
そんな気がしてきた。
「それより、早く出かけよう?」
「分かった」
「それじゃ、レッツゴー!」
「おー」
僕は姉について行くのだった。
買い物の目的は決まってる。
それは小説のためにペンを買いに行くということだった。
今の時代、別にPCとかスマホとかで書こうと思えば書けなくもない。電車の中でも図書館の中でも、何ならトイレの中だって書こうと思えば書ける。
けれど、やはり小説家としては何処か憧れがあるのだ。万年筆に。
持ってるだけで何となく文豪感が出るというか、お守り代わりみたいなものだ。
偉大な先人たちの魂を憑依させられるかどうか、それが売れる小説家と売れない小説家の違いだろう。
そのためにはやはり、万年筆は欠かせないと僕は思ってる。
僕らは駅前の文房具店に入る。
「えー、色々あるじゃん」
「そうだね」
従来の万年筆を見つけて持ってみる。
「それ、可愛いね」
姉が僕の方を見て微笑む。
「そう・・・かも」
「ごめん、ちょっと見てて」
「え、あの?」
「トイレ!」
姉は風になって、消えた。
「行っちゃった」
仕方ないので1人で見る。
そんな時だった、店員さんに話しかけられる。
「いらっしゃいませ、お客様」
「こ、こんにちわ」
いきなり話しかけられて戸惑う。
「そちらがお気に召しましたか?」
「あ・・・えっと」
確かに手に持ったが、これが気に入ったかと問われると分からない。
まだ、店に来たばかりで決断が出来てるわけじゃないのだ。考える時間が欲しい。その言葉を僕は言おうと、口を開こうとしたその時だった。
「そちらは従来の万年筆で、メジャーなものです」
「あ、そうなんですね・・・えっと・・・もう少し考えたいなぁって」
「他にもございますよ」
「え?」
「万年筆のペン先がひし形のような形が一般的ですが、当店では正方形、丸形、三角形、ドーナツ型もございます」
「あ・・・っと」
僕は言葉の弾幕に押されて自分の言葉が言えなくなる。
「それ以外にも、万年筆本体にこだわる方もいらっしゃいます。伝統的な黒は勿論の事、緑、赤、青なんて最近はとてもカラフルです。模様もストライプ、レース、ドットなどもございます」
「あう」
一気に説明されて僕の頭が混乱する。
あれ、何を買いに来たんだっけ?
「少し変わったもので言えば、木製の万年筆や、プラスチック、ガラスペンなんてのもございます」
「あぁ・・・」
このまま僕は何が何だか分からないまま、買わされてしまうんだろうな。
本来欲しいものを買うのではなく、勧められたものを買う、それは買いたいから買うのではなく、一刻も早く、この言葉の弾丸から逃れたくて買い物をするようなものだろう。僕はもうすでに、これを買いますと言ってしまいそうだった。
「あの、考える時間をくれませんか?」
姉がさっとやってきて店の人に言う。
「そうですね・・・では・・・決まりましたら呼んで下さい」
店員さんが去っていく。
「お姉ちゃぁあああん」
僕は抱き着く。
そして、姉の胸に涙を押し付ける。
世間から見ればとても小さなことだが、間違えなく、この瞬間僕のヒーローはお姉ちゃんだった。
「よしよし」
姉は僕の頭を撫でてくれた。
それに甘えるのはとても幸せな気分だ。
しばらく、こうしていたかった。
でも、すぐにそれは訪れた。
「あれ・・・日向さんですよね」
女性2人組が話しかけてくる。
それは見知らぬ人物だった。
もしかしたら姉の知り合いかも。
そう思って上目遣いで姉を見る。
「えっと、どちら様ですか?」
姉も知らないようだ。
では、何処の誰だろう?
「あの・・・サインください!」
女性2人組は色紙とサインペンを差し出してくるのだった。
「あぁ・・・ファンの子ね」
姉は納得がいったようだ。
僕はその瞬間、息を殺した。
姉妹だと悟られないように。
「SNSで見ました、ずっと綺麗な人だなって思ってて・・・それに小説の才能もあるなんて。次は声優を目指してるとか?」
女性のファンははち切れんばかりの笑みを見せる。姉に会えて嬉しいのだろう。
「まぁ、そうだね」
「きゃーーっ、やっぱり」
2人組の女性は楽しそうに騒ぐ。
「店の中じゃ、迷惑だろうから外に行こう。そしたらサイン書いてあげるから」
姉はそう言って、店の外に出る。
僕に気を使ってくれたのだろう。
僕が姉妹だと知られるのが嫌だと知ってるからだ。姉が嫌いだからじゃない、世間の姉と比較する声が嫌なのだ。きっと、こう書かれるんだ。明るい姉と、暗い妹。sun&shade&sistersって。事実だけど、事実を言っていいという謎の理屈が通るのが嫌だ。正論ほど人を傷つける言葉は無いと、そのことに気づかない人は多いのだから。いや、もしかしたら知ってて言ってる人も中には居るのかもしれないが。そうして僕は今日も傷つくのだ。
「はい、ついて行きます!」
2人組の女性と一緒に姉は外に行った。
「はぁ・・・」
これが有名税ってやつだろう。
これに幸せを感じる人も居るんだろうけど、僕はとてもじゃないが耐えられない。
お姉ちゃんは凄いなと思う。
きっと僕だったらサインを断っていた。
でも、姉は受け入れてサインを書く。
そのサービス精神。
とてもじゃないが、僕は真似できない。
万年筆・・・1人で買わなきゃな。
そんな寂しい気持ちになるのだった。




