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3-3

休みの日の出来事だ。

僕は、この日姉と一緒に出掛けていた。

昼頃だろうか、僕は朝は苦手なので少し遅くしてもらった。姉は快く了解してくれて、その時間になった。

「日陰ちゃーん?」

「今行く」

いつものように僕は黒いワンピースを着る。

手袋に、マスクもOKだ。

日光を集めやすい格好だなと思う。

あと、蜂に襲われそう。

別に可愛い服を着てもいいのだが、

似合う自信も無いし、暗い性格の自分には黒が似合うと思ってるから、これでいいとは思う。

たまにはお洒落した方がいいのかなと思う時もある。

でも、姉を見ていいやと諦める。

「その恰好でいいの?」

「平気」

「・・・」

姉はじっと見る。

「な、なに?」

「もっとカラフルな色は興味ない?」

「えー・・・大丈夫」

「勿体ないなぁ、お洒落を楽しんだらいいのに」

「それは日向お姉ちゃんだって言えることだよ」

「え、そうかな」

「だって、サングラスに帽子って変装の恰好じゃん。お洒落を楽しんでる人の恰好じゃないよ」

「でも、へそ出しだから」

姉の恰好はジャケット+ホットパンツ+へそ出し。それに帽子とサングラスだ。

お洒落をしてなくはない。

「むぅ」

これで・・・いいのかも?

そんな気がしてきた。

「それより、早く出かけよう?」

「分かった」

「それじゃ、レッツゴー!」

「おー」

僕は姉について行くのだった。

買い物の目的は決まってる。

それは小説のためにペンを買いに行くということだった。

今の時代、別にPCとかスマホとかで書こうと思えば書けなくもない。電車の中でも図書館の中でも、何ならトイレの中だって書こうと思えば書ける。

けれど、やはり小説家としては何処か憧れがあるのだ。万年筆に。

持ってるだけで何となく文豪感が出るというか、お守り代わりみたいなものだ。

偉大な先人たちの魂を憑依させられるかどうか、それが売れる小説家と売れない小説家の違いだろう。

そのためにはやはり、万年筆は欠かせないと僕は思ってる。

僕らは駅前の文房具店に入る。

「えー、色々あるじゃん」

「そうだね」

従来の万年筆を見つけて持ってみる。

「それ、可愛いね」

姉が僕の方を見て微笑む。

「そう・・・かも」

「ごめん、ちょっと見てて」

「え、あの?」

「トイレ!」

姉は風になって、消えた。

「行っちゃった」

仕方ないので1人で見る。

そんな時だった、店員さんに話しかけられる。

「いらっしゃいませ、お客様」

「こ、こんにちわ」

いきなり話しかけられて戸惑う。

「そちらがお気に召しましたか?」

「あ・・・えっと」

確かに手に持ったが、これが気に入ったかと問われると分からない。

まだ、店に来たばかりで決断が出来てるわけじゃないのだ。考える時間が欲しい。その言葉を僕は言おうと、口を開こうとしたその時だった。

「そちらは従来の万年筆で、メジャーなものです」

「あ、そうなんですね・・・えっと・・・もう少し考えたいなぁって」

「他にもございますよ」

「え?」

「万年筆のペン先がひし形のような形が一般的ですが、当店では正方形、丸形、三角形、ドーナツ型もございます」

「あ・・・っと」

僕は言葉の弾幕に押されて自分の言葉が言えなくなる。

「それ以外にも、万年筆本体にこだわる方もいらっしゃいます。伝統的な黒は勿論の事、緑、赤、青なんて最近はとてもカラフルです。模様もストライプ、レース、ドットなどもございます」

「あう」

一気に説明されて僕の頭が混乱する。

あれ、何を買いに来たんだっけ?

「少し変わったもので言えば、木製の万年筆や、プラスチック、ガラスペンなんてのもございます」

「あぁ・・・」

このまま僕は何が何だか分からないまま、買わされてしまうんだろうな。

本来欲しいものを買うのではなく、勧められたものを買う、それは買いたいから買うのではなく、一刻も早く、この言葉の弾丸から逃れたくて買い物をするようなものだろう。僕はもうすでに、これを買いますと言ってしまいそうだった。

「あの、考える時間をくれませんか?」

姉がさっとやってきて店の人に言う。

「そうですね・・・では・・・決まりましたら呼んで下さい」

店員さんが去っていく。

「お姉ちゃぁあああん」

僕は抱き着く。

そして、姉の胸に涙を押し付ける。

世間から見ればとても小さなことだが、間違えなく、この瞬間僕のヒーローはお姉ちゃんだった。

「よしよし」

姉は僕の頭を撫でてくれた。

それに甘えるのはとても幸せな気分だ。

しばらく、こうしていたかった。

でも、すぐにそれは訪れた。

「あれ・・・日向さんですよね」

女性2人組が話しかけてくる。

それは見知らぬ人物だった。

もしかしたら姉の知り合いかも。

そう思って上目遣いで姉を見る。

「えっと、どちら様ですか?」

姉も知らないようだ。

では、何処の誰だろう?

「あの・・・サインください!」

女性2人組は色紙とサインペンを差し出してくるのだった。

「あぁ・・・ファンの子ね」

姉は納得がいったようだ。

僕はその瞬間、息を殺した。

姉妹だと悟られないように。

「SNSで見ました、ずっと綺麗な人だなって思ってて・・・それに小説の才能もあるなんて。次は声優を目指してるとか?」

女性のファンははち切れんばかりの笑みを見せる。姉に会えて嬉しいのだろう。

「まぁ、そうだね」

「きゃーーっ、やっぱり」

2人組の女性は楽しそうに騒ぐ。

「店の中じゃ、迷惑だろうから外に行こう。そしたらサイン書いてあげるから」

姉はそう言って、店の外に出る。

僕に気を使ってくれたのだろう。

僕が姉妹だと知られるのが嫌だと知ってるからだ。姉が嫌いだからじゃない、世間の姉と比較する声が嫌なのだ。きっと、こう書かれるんだ。明るい姉と、暗い妹。sun&shade&sistersって。事実だけど、事実を言っていいという謎の理屈が通るのが嫌だ。正論ほど人を傷つける言葉は無いと、そのことに気づかない人は多いのだから。いや、もしかしたら知ってて言ってる人も中には居るのかもしれないが。そうして僕は今日も傷つくのだ。

「はい、ついて行きます!」

2人組の女性と一緒に姉は外に行った。

「はぁ・・・」

これが有名税ってやつだろう。

これに幸せを感じる人も居るんだろうけど、僕はとてもじゃないが耐えられない。

お姉ちゃんは凄いなと思う。

きっと僕だったらサインを断っていた。

でも、姉は受け入れてサインを書く。

そのサービス精神。

とてもじゃないが、僕は真似できない。

万年筆・・・1人で買わなきゃな。

そんな寂しい気持ちになるのだった。








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