3-2
この日、僕は学校に来ていた。
3時限目ぐらいだったと思う。
どうして覚えてるかって言うと、
人間、良い記憶は忘れやすいらしい。
けれど、悪い記憶だけは忘れない。
良い記憶は忘れても問題ないが、
悪い記憶は覚えてないと次にもう一度似たようなことがあったときに困るかららしい。
でも、感情で物を言うならば、嫌な記憶の方が忘れて欲しいのだが。
これは、僕にとって忘れて欲しい記憶だ。
運動神経の悪い僕は、体育が嫌いだった。
スポーツ選手を見るたびに、自分とは違うと思ってる。車椅子テニスで活躍してる人を見てもそれは変わらない。病気なのに頑張って偉いと人は言う。
でも、僕は病気でも何でもない。それなのに運動を頑張ってないから、こういう人たちを見るたびに僕が責められてるような気がしてならないのだ。
でも、人には得意不得手があって当然なのだ。
魚は海でしか生きれないし、人は陸でなければ生きれない。それぞれ居場所があって、それこそが個性であり、多様性だとは思うのだが、僕の考えはどうやら世間に受け入れられることは無いようだ。
つまりは、運動したくないって話。
龍堂寺良・・・先生。
怒りっぽい人で、
早とちりする性格だと思う。
僕が鈍間だから、そう感じるのでは?
と言ってくる人も居る。
けれど、
僕が鈍間だろうと、
怒るのは相手の性格の問題だ。
だから、
僕の見立ては間違ってないと思う。
先生は早とちりだから、
そのせいで、
後々生徒の方が悪くないケースもある。
それでも謝ろうとしない。
苦手な先生だ。
好きな食べ物はミカンゼリー。
嫌いなものはピーマン。
恰好は上下ジャージ+ガタイがいい。
体育教師っぽい。
身長195cm。
体重103kg。
暇なときはシャドーボクシングをする。
昔やってたとかではなく、
青春映画とか、
格闘技を見ると自分が強いんじゃないか?
そう思ってやるような感じ。
僕はこの人のことが嫌いだ。
といっても学校に居る限り、
関わらないというのは無理だが。
「ほら、走れ!」
先生は手拍子をする。
そうして、生徒を焦らせて早く走らせるのだ。
まるで馬に鞭を打つような感じがして、
僕はあまり好きではない。
「はぁ・・・」
僕は体育座りして待つ。
そして、顔をマスクで隠してる。
学校に行くときはいつもこれだ。
顔のシミは隠さなければ。
そして、授業の内容はリレーだ。
この教室の中で誰が一番早いのか?
それを決めるゲーム。
優劣がはっきりするので、弱者を浮き彫りにする。
「ほら、高橋」
「・・・」
「高橋日陰、お前だ!」
先生が怒鳴る。
「ひゃ、ひゃい!」
僕のことだと一瞬分からなかった。
だから遅れてしまう。
「ったく、お前は本当に鈍間だな」
「あはははは」
生徒たちは笑う。
何も笑わなくてもいいのにと思う。
先生は笑いをとったような気がして気分が良いのだろうか?だから、僕を出汁にしていつも笑いをとってるような気がする。僕が不満を抱えてるとは微塵も考えてないんだろうなと思う。
まぁ、僕のような弱者の気持ちなんて考える必要が無いのだろうけど。強者は気を使わなければ影響を及ぼすが、弱者の気持ちを考えなくても世界に影響は及ばないのだから。そんな諦めにも似た気持ちを思う。
「ほら、外側に行け」
「はい・・・」
僕は従順な子羊になって、一番外側に立つ。
他の子たちも並んで、内側を埋めていく。
「よーし、並んだな。
今からスタートの合図をするぞ。
遅れるやつは勿論駄目だが、フライングはもっとダメだからな」
「はい!」
他の生徒たちは元気よく返事する。
「はい~」
僕も小さいけれど、一応返事する。
「位置について、よーい・・・ドン!」
先生はピストルを鳴らす。
といっても弾丸が出るわけではなく、
火薬に衝撃を与えて破裂音を出すだけのおもちゃだ。100円ショップに行けば、たまに売ってる。
拳銃の発砲音と共に走り出す皆。
通常ならば、せめぎ合いが起こるはずだった。でも、僕は運動神経が悪いので、そんなことは起きなかった。
「うあっ」
僕は自分の足を自分で踏んだ。
そして、転ぶ。
一度でも転倒すれば周回に遅れるのは間違えない。僕は当然の結果を受け入れる羽目になるのだった。転んだ時に真っ先に思うのは顔を隠さなければという事だった。マスクに触れる、良かった外れてない。顔のシミは皆には見られてない。走るのが遅いことを見られるのは勿論嫌だが、それ以上に顔を見られるのだけは嫌だったから。
「高橋・・・お前なぁ」
先生は呆れていた。
「えぐっ・・・」
僕は転んだまま、涙ぐむ。
なんてみっともないのだろうか僕は。
「お前みたいな運動神経悪いやつは見たことが無い。ビルから落下して複雑骨折した犬でも、もう少し走れるぞ」
先生は呆れたように僕にそんなことを言う。
「えぐっ」
そんなに言わなくてもいいんじゃないかと思う程のことを言われてしまう。
「高橋は・・・1・・・っと」
僕の評価が決まった。
もう・・・運動なんて嫌いだ。
体育の授業がようやく終わる。
着替えの時間になる。
男子は教室で、女子は空き教室。
そこで皆、色々話し合いながらだらだらと着替えしていた。
「はぁ~あ」
まったく何で運動なんて授業があるのか。
大学みたいに自分の学びたい分野だけ学ばせてほしいものだ。そっちの方が世の中のためになりそうなものだが。
「ねぇ、あんた。もう少し頑張った方がいいよ」
誰かに話しかけられる。
この社会的弱者の僕に一体何の用だろうか?
「ひゃああああ・・・」
振り返ってみると、その顔に驚く。
あの時裏路地にいた金髪ショートカットの子だった。間違えない。同級生だったのか。
「・・・」
それだけ言って、着替えに戻る。
なんで僕に話しかけたのだろうか?
不思議に思ったが聞き返す勇気も無かった。
特に何かが起こることも無く、そのまま着替えの時間は過ぎていくのだった。
それにしても殴られることがなくてよかった。そんなことを思うのだった。




