第1話 サメ、来たる
2024年、日本人は花粉に悩まされていた。
花粉だけならいざ知らず、中国からは誰が得をするのかと思うほど黄砂が飛んできた。せめて花粉だけでもどうにかならないものかと、悩みに悩み抜いた末、日本国の内閣総理大臣は次の発言をした。
『花粉を打ち消せるような、無効化できるようなワクチンを開発するよう検討する』
検討する、などと言ったが今回は本当に動き出した。国内に存在する研究所にワクチンの開発を指示したのだ。
そしてその結果、ワクチンは完成した。
「山本君よくやった! やっぱりサメを使ったワクチンは素晴らしいな。花粉を無力化してる。スギだけじゃない、ヒノキにブタクサ、あとはなんやらかんやら無力化できる」
「何日も徹夜したかいがありました。さて私はこうして成果を出しました。給料を上げてください。それと研究資金も」
研究所に勤める職員、山本はたった1人でこのワクチンを完成させた
「あー……確かに成果は出たけどね。あくまでこれは君に任せた通常業務だし。それも含めての給料だから……ね?」
「……そうですか」
特に研究員は何も言い返さなかった。
何はともあれこのワクチンは生産が開始され、一般にも広く接種されることになる。花粉による苦しみから解放されたのだ。
だがその代償は凄まじいものだった。
沖縄県、某所にて。
「米軍の訓練を今すぐやめろー!」
「沖縄を軍事拠点にするなー!」
「このヤクザ共ー!」
沖縄県民でもない者達が某基地前にて騒いでいた。
プラカードを掲げ、所々間違った漢字が記載された横断幕を掲げトラックの侵入を防ぎひたすらに妨害を続けている。
「基地反た……い?」
声を上げて抗議のまねごとをしている時だった。最後尾にいた人間が背後から近づいて来るある物に気が付いた。
「なんだアンタ? 被りもんなんぞしくさってからに、真面目にやれや。それともどっかの配信者かなんかか?」
気が付いた男は現れたある物に話しかける。
それは身体こそ人間のような姿をしていたが頭部と背中が違った。本来人間の顔があるべきそこにはホホジロザメの頭があり、背中にはサメの象徴とでも言うべき背鰭が生えていた。
男は当初、これが人間だと思っていた。ただのコスプレだと、たちの悪いいたずらだと信じて疑わなかった。
だが、男は自分の観察眼のなさを次の瞬間には後悔することになる。
「ぎゃああああああああっ!!?」
次の瞬間、サメ頭の何かは男の首筋に噛みついた。すぐさま吹き出す鮮血と倒れこむ男。
騒いでいた人間共もようやくこれに気がついた。
「ひぃぃぃ!! イカれてる!」
「この野郎! 米軍の差し金か!?」
人間共はこのサメ頭を囲んでプラカードやら木の棒やらで滅多打ちに。
だがサメ頭は止まらない。挙げ句の果てには苦しみもがく男の首を噛み千切ってしまった。
「は、はぁ!?」
「嘘……本物なの?」
全力で殴り付けても大したダメージが無いのかサメ頭はなんの支障もなく立ち上がり次の獲物を見定めるために血がべっとりと付着した頭を右に左に揺らす。
そして見つけた次の獲物、サメ頭は太ったおばさんに狙いを定めた。
「ひぃぃぃぃ!! な、なんで私!? 私はただ雇われてきただけなの! お金がほしかっただけなの!」
「俺もそうだ! くそったれ日当も貰ってないのに食われてたまるか!」
蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す人間共、彼らは一応目指している場所がある。
こともあろうに先程まで抗議していた米軍基地である。だが当然、基地にいれてもらえることはなく。
「頼むから入れてくれ! 食われちまう!」
「開けて!」
門にとりついた人間共は喚く。だが固く閉じられた門が開くことはなく、侵入しようとした人間は放り出された。
加えて、最悪の事態は続く。
「おいなんで増えてんだよ!?」
当初は一匹だけだと思われていたサメ頭、それは気がつけばどこから現れたのか数十匹に数を増やしていたのである。
「ああクソ逃げろ! 食われてたまぎゃああああああ!!」
気がつけばサメ頭は人間共を囲んで人肉でバイキングを始めていた。
棒切れで立ち向かった者は囲んで食われ、逃げた者は足に噛みついて食われ、泣き叫ぶおばさんは普通に食われた。
「本部! 何やら日本人が訳の分からないサメもどきに食われてる! 発砲許可を!」
ほぼサメ頭が人間共を食い終わった頃、米兵は連絡を入れた。
この事件によって出た死亡者は100人を越え、行方不明者は数えきれなかった。