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第六話 『首刎ね』

 



 ──霜月侑殺害から、一ヶ月。



「──ッッ!」


 頸にナイフを刺し、捻りながら下に下ろして、野良猫を確実に殺す。


 数にして三十匹は超えただろうか。

 もう面倒で数えるのをやめてしまったし、数なんて興味ないから正確な数字が把握できていない。


「……はぁ」


 事件は連日ニュースに取り上げられている。

 アナウンサーは同じような内容を口にするだけ。

 首を切り落とす残忍性と証拠ゼロの完全犯罪から、有名な専門家や引退した警察官などが出演する番組では、MCが話を振り事件解決に必要な犯人の分析と警察に対する見解を述べるものの、それも似たり寄ったり。


 私の、狙い通りに事が運んでくれている。

 このまま何もしなければ、恐らく事件は迷宮入り。最終的に不可解な未解決事件として、犯罪の歴史に刻まれることになるに違いない。


 そんな中私の心に変化があった。

 あの日以来、動物を殺してもストレスあんまり発散できていないし、快感なんて、全く感じなくなった


 人を殺すのと野生の動物を殺すのとでは、持つ意味も与える影響も天と地ほど違う。

 ストレス発散効果が薄まったのも、首を刎ねた時の快感が感じられなくなったのも全て霜月侑を──人を殺したことが原因だ。


「危ないですが致し方ない」


 衝動が抑えられないのだから、たとえ危険でも快感を味わうことを優先したい。

 なら、私は。


「二人目といきましょうか」




 ◾️◾️◾️



 五月二十二日、金曜日。


 手段は幾つかあったが、最終的に選んだのは前回と同じで深夜に人気のない場所に誘導し、一対一になったところを殺害するやり方だった。


「やめ、俺がお前に何したってっ………………」


 自身の暮らすさいたま市から電車で1時間半ほどの距離にある熊谷市。夏は暑いことで有名なこと以外取り柄のないこの街の中で私は二人目の殺人を実行した。


 防犯カメラがなく、人の通りが極限まで少ない場所を先に見つけておき、周到に準備を整えてからの殺害。今回は駅からもだいぶ離れた森を殺害場所に指定した。


 ただ殺すのでは警察に犯人を容易に特定されてしまう。

 まだたったの二人。

 捕まるにしても十人以上でないと。


 霜月侑の殺害に使ったのは錐、首を刎ねるのに使ったのは鉈だった。

 今回は殺害にはナイフを。首を刎ねるのには出刃包丁を使用することした。


 最後に誰を殺すか。

 本当なら、瑛陵高校の人間を殺したい。

 しかし短期間に同じ高校の人間を殺害すれば、関係者が殺人を行なっていると宣言しているようなもの。必然的に無関係の人間の殺人となった。


 深夜二時に決めた場所に向かった。

 適当なホストクラブの従業員の男を体を使って誘惑。

 まんまと罠に引っかかってくれた。

 くだらない話を聞かされながら目的の場所に誘導して、現在に至る。


「さぁて」


 私は絶命し白目を剥いた男の横にしゃがんだ。

 ゴム手袋を嵌めた手で持参した出刃包丁を持ち、男の首にそれをあてがう。

 血液の付着に注意しながら、ゆっくりと包丁を前後に動かした。


「あぁ……」


 ……良い。

 なんだろう、この底知れない快感は。


 皮膚を切った時、普段肉を切るのとはまた別の硬さがある。

 快感に溺れながら切り続けると、突然新しい硬さにぶつかる。首の骨だ。


 数多くスポーツの習い事をしていたお陰か、私は女性の平均よりやや多く筋力がある。

 とはいえ、骨は硬く切り落とすのには時間がかかる。

 買ってきた出刃包丁が安物のせいかやけに時間がかかる。


 長く快感を味わいたいが、時間をかければかけるほどに目撃者を出すリスクは高まる。


「持ってきてよかった」


 私は一度手袋を外してビニール袋の中に入れ、ショルダーバッグの中にしまう。

 新しくゴム手袋を着用し、ホームセンターで買ったハンマーを取り出した。


 右手にハンマー、左手に出刃包丁となんとも物騒な格好。

 いや、人殺して首を刎ねるのが気持ちいいなんて言ってる時点で最高に物騒、というか頭がおかしい。


「よいっしょ、と」


 再度骨の辺りまで出刃包丁を持っていき、下に体重をかけるようにして勢いよく右手のハンマーでそれを叩いた。


「おお」


 はっきり言って骨は切っても快感は薄い。

 時間もかかる上に疲労も大きい。そう困っていた時に思いついたのが今のやり方だ。

 三人目以降はこのやり方で行うとしよう。



「……」


 無様に転がる男の首を見下ろしながら、首を刎ね終わってしまったことに肩を落とす。


「がっかりしてる場合ではありませんね。早く死体を埋めないと」


 前回と異なり、今回は事前に死体を埋めれるだけの穴を掘っておいた。

 予想外にも霜月侑の死体発見に時間がかかってくれたが、毎回そうとは限らない。

 死体の早期発見は証拠を発見されやすくなるリスクがある。


 体力は使い、準備に時間はかかるが、そのまま放置して捕まるくらいなら幾らでも体も時間も使おう。


 しかし、男は単純な生き物だと感じる。

 ラブホテルに行く気満々な様子で着いてきて、途中怪しまれたものの胸元を少しチラ見せしただけで元に戻った。

 私としては楽に快感を満たせて大助かりだ。


「これでしばらくは大丈夫なはず」


 シャベルに寄りかかりながら、死体を埋めた土を見下ろす。

 最後に数度シャベルで土を叩いて固めれば完成だ。

 後は、


「明日の予報次第」


 雨が降れば、また証拠は洗い流される。

 今回は死体を土に埋めているが、土が流されることで死体が剥き出しになるのは問題視していない。

 気にしているのは、埋めた土の中で雨から逃れた私が残した見えない証拠だ。帰る前に徹底して証拠隠滅作業は行うが、私一人だと短時間では難しい。

 既に四時を過ぎている。いい加減自宅にも戻らなければならない。


 予報では七時からだったと記憶している。

 少し遅いものの、場所が場所だ。見つけられることはないと思いたい。

 雨さえ降ってくれれば、今回の殺人も高確率で完遂できる。


「運命には味方してもらいですね」


 月夜を見上げながら、私は口角を釣り上げてそう言った。




 ◾️◾️◾️




「上々」


 二人目を殺害してから、二週間が経過した。


 六月に入り、そろそろ梅雨入りし始める時期となった。

 学校では相変わらず莫大なストレスを抱えながら生活している。新しく始めた趣味の動物殺しも頻度は減ったけれど続けている。


 そして、肝心の二人目に殺した男のその後。

 あの男、名前なんだったか。

 忘れた。気持ち悪かったしどうでもいい。


 気持ちの悪いホストの男を殺した今も、殺人事件の報道は出ていない。

 確か兄妹の話をしていたような気がするから、家族はいるはずだ。行方不明者届けは出ているとは思う。


 それを過去の未解決事件と同等の証拠の出ない事件として取り扱い、犯人を探し出そうと躍起になっている霜月侑殺害の事件を優先するあまり行方不明者届けが大ごとになっていないのだろう。

 ホストに対する偏見も多少影響しているのかもしれない。


 まぁ、私にとっては好都合もいいところだ。

 私からすれば一人目を殺害してからは約一ヶ月。二人目を殺害してからは二週間だ。

 でも、二人目は今現在も事件になっていない。


 なら、できる。

 丁度抑えきれなくなる頃合いだった。


「──三人目、ですね」



 ◾️◾️◾️




 六月六日、日曜日。


「子どもは運びやすくて楽ですね」


 無差別殺人の方が犯人への手がかりを得にくいと判断して、三人目も私が全く知らない相手を殺すことにした。


 一人目はまだ高校生だが一応大人。

 二人目も二十代後半で大人。

 ここで私は、子どもを殺したい欲求が出てきた。


 子どもを対象に選んだ理由は、単に欲望に従ったというのが大部分を占めているが他にもある。

 人間の体は生きている時より死んでいる時の方が重くなる。大人の体重となれば尚更重くなる。


 私は現状一人でやっていることもあり、死体を運ぶのには時間がかかる上に疲労感も尋常じゃない。

 結果、幼児なら死体になっても成長した体の死体よりも運びやすいのではないかと考えるに至った。


 もう一つは圧倒的に殺しやすいこと。

 不意打ちで刃物で刺せば、それだけで衝撃と激痛で動きが止まる。やや死に時間は要するものの、手っ取り早く殺せる。


「────」


 筋肉量が多く刃物が深くまで刺ささらない場合。

 不意打ちに気づいて回避するか、急所を避けられる場合。

 強靭な精神力で命を繋がれた場合。


 いずれも行き着くのは反撃だ。

 反撃され、掴んだ時に私の皮膚に触れれば重大な証拠を残すことになる。そもそも返り討ちにあって警察に突き出されることも考えられる。


 無差別殺人は、被害者から特定されるリスクを減らせるのが利点だ。

 反対に、犯人側は殺す相手を全く知らない。有名人であれば話は別だが、基本は一般人だ。格闘技などの身体能力を必要とする競技を得意とするものに手をつけている人間を真正面から殺そうとしても、失敗に終わる可能性の方が遥かに高い。


 だから、不意打ちのような外道な手段を使って殺人を犯すのだ。

 しかしそれは、成熟した肉体の場合に限られる。

 小学校低学年以下なら、いくら鍛えても限度はある。思春期前の少年少女なら、私の力で簡単に地に背をつけられる。


「とはいえ連続しても飽きますし、後々子ども絡みで変な呼ばれ方したくないので毎回はやりませんが」


 今回は桶川市まで足を運んで、適当な公園で一人で遊んでいる小学生を誘拐し、殺害した。

 死体遺棄現場に指定したのは小山だ。人の通りはほぼなし。街灯もなく、防犯カメラもない。


 ドラマでよく見るが、殺人事件の多くは山奥に死体を遺棄している。

 まさか自分自身がやることになるとは思いもしなかった。


「さて」


 殺害に利用したのは農業用の鎌だ。

 口を押さえて腹に刺し、命が尽きるまで捩じ切るように鎌を動かした。


 首を切り落とすのに使用したのも同様に鎌だ。

 と言っても、同じ鎌でも縄を切る際に使用する鎌にした。


 死体を仰向けにし、真っ直ぐに切り落とす方法以外も試したかった。

 鎌では真っ直ぐに切り落とすのは困難なこともあり、必然的に首の横側に鎌を当てがい動かす切り方を取った。


 根の強い草を刈るような感覚は面白かった。

 ただ二度目はないと断言したい。やりづらい。

 返り血も無駄に浴びすぎた。


「……はぁ、はぁ」


 指定の場所まで登り、私は勢いよく死体を投げた。

 どん、と音を立てて首のない死体は倒れた。


「せーっの!」


 バレーボールより僅かに小さい子どもの頭を、体育の測定でやるハンドボール投げの要領で全力で投げ飛ばした。

 モサと山の木々に触れる音が聞こえた後、地面に落ちて転がっていく音が山中に響き渡り、その音はやがて遠のいて聞こえなくなった。


 この山に人の出入りは無い。

 安全に死体を埋めるための穴を掘り、殺害の際に時間をかけても目撃者を作る可能性は極めて低い。死体を土に埋めるまでの時間も存分にかけられる。


 しかし、シャベルの持ち込みや死体運搬のシミュレーションをした際、明らかに体力的に厳しいと判断した。

 手間を無視するのが殺人だ。楽をする選択をすればその分私が逮捕されるリスクが高まる。

 死体遺棄を雑に行う理由の大部分は運搬に対する体力の面で厳しいというものだ。


 けれど、もう一つある。

 今回で三度目の殺人。

 未だに霜月侑殺害事件の犯人を追いかける警察、それを取り上げる情報番組。犯人を考察する専門家たち。

 二人目はまだ、見つかっていない。


「嫌ですね……」


 できれば、芽生えて欲しくなった。

 だってそうだろう。


 ──日本を震撼させたいなんて欲求は、自分自身の首を絞める行為に等しいのだから。




 ◼︎◼︎◼︎




 三人目の殺害後、三芳芽亜は二週間のうちに追加で二人を殺害した。

 その数日前、警察側では状況が大きく動いていた。



 女子高生、霜月侑殺害事件発覚から一ヶ月と二週間が経過した。

 捜査期間、僕たち警察は全力を尽くした。それでも、証拠は一つも得られなかった。

 世間では事件の迷宮入りが騒がれ始めたタイミングで、警察内に激震が走ることとなった。



 一課長から連絡を受けて、僕と愛宮、成嶋は呼び出された桶川市まで来た。

 立ち入り禁止のテープの先、複数の警察官や鑑識が現場検証を行っている。そのさらに奥には、薄暗い小山が聳えている。


 テープの前に立つ警官に警察手帳を見せて僕らは現場に入った。

 嫌な静けさに僅かな悪寒を感じながら、僕は殺害現場を視界に捉えた


「これは……」


 驚愕に目を見開いた。

 予期できた事態だ。

 それでも、眼前の事実は許せないもので、紛れもない警察の失態だった。


「死亡推定時刻は三日前。近隣に住む女性から子どもの首が落ちていると通報があった」


「体の方は?」


 絶句する僕と愛宮の代わりに成嶋が大沼一課長に疑問を口にした。


「後ろに見える山の山頂付近で見つかっている」


「わざわざ別々の場所に運んだのか……?」


「あるいは首だけ放り投げたかだろうな」


 成嶋の呟きを拾い大沼一課長はそう言った。


 頭を振って、意識を戻して今一度現場を見直した。

 ブルーシートの上に置かれた、小さな子どもの頭。

 悲痛に歪んだ表情から、苦しんだことが如実に伝わり顔を背けそうになる。


 だけど、目を背けても何の意味もない。

 どれほど辛くても事件と向き合うのが警察官の使命なのだから。何より、犠牲者に失礼だ。


「時期が時期だ。偶然の可能性もあるが」


 大沼一課長はそう前置きして、厳めしい面持ちで言った。


「事件の翌日の天気は、雨だ」


「またですね……」


 霜月侑さんの時も、翌日は雨だった。

 雨は現場に残された証拠を洗い流すため非常に厄介だ。

 指紋を始め、ゲソ痕、犯人の匂い、そして血痕。

 殺害現場に犯人がいた確かな証明を容易に消してしまう。


 全てを消し切ることは不可能だ。

 それでも、大半は流される。犯人に抜けがなく証拠を残さないよう徹底し、余裕を持って行動しているとしたら、完全犯罪成功の確率は高まる。

 事実として、霜月侑さん殺害の犯人がいったい誰なのかまだわかっていない。


「用意周到すぎる」


 こちらの動きを読んでいるのか、あるいは偶然の産物か。

 ……厄介な相手だな。


「三人に伝えることがある」


 考え込む僕の背に大沼一課長から声をかけられ、姿勢を正して振り返った。


 このタイミングで伝えることってなんだろう。

 女子高生殺害事件の続報?

 二人目の被害者に関する情報?


 捜査を進展させる情報であってほしいと、心の中では願うように大沼一課長に視線を向けていた。

 僕だけじゃない。成嶋も愛宮も同じだ。


「この遺体が発見されたのと同日、もう一人熊谷市で遺体が見つかった」


「え?」

「は?」


 鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。

 続けて言われた話に、僕らは言葉を失った。



「──この被害者は二人目じゃない。三人目だ」



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