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第五話 『偽物を演じる』

 



 十八歳の女子高生が首を切り落とされた状態で発見された、殺人事件。

 事件の翌日捜査本部が設置され、警察署に戻るとすぐに会議室へと招集され情報共有が行われた。


 被害者はさいたま私立瑛陵高校の三年生、霜月侑十八歳。殺害される三週間前の五月七日に遺族から行方不明者届が出され、捜索するも見つからず、三週間が経過して最悪の形で発見された。


 遺体の特徴は首を切り落とされ、他に外傷がない事。

 鑑識の調査で首を切り落とす前に犯人が刃物で首を刺し、殺害後に首を切り落としたことが判明している。

 現場付近に防犯カメラはなく、証拠は一つも残されていなかった。


 入念に準備を行い実行された殺人事件。まさしく完全犯罪だった。

 国民の安全を守るために、正義をもって悪人を捕らえなければならない。


 そのためにまず必要なのは、


「こんちわー、ちょっといい?」


「ぁ、え……?」


「成嶋、警察手帳も見せずにその聞き方はまずいよ……」


 被害者である霜月侑が通っていたさいたま私立瑛陵高校にて聞き込みを行う。

 学校側に迷惑をかけないよう、僕らは六時間目の十五時二十分に学校に到着し、授業終わりまで待機。十分後にチャイムが鳴ったと同時に動きだした。

 そうして現在に至る。


「悪い悪い……っと、これ」


「警察?」


「驚かせてごめんね。昨日報道された事件の聞き込みをしてて、霜月侑さんについて何か知っていたら教えてもらえる?」


 僕と愛宮が先に警察手帳を見せ、遅れて成嶋も掲示する。すると、やや怖がっていた少女の表情はほぐれ安堵へと変化した。

 それを確認してから、愛宮が聞き込みをすることを少女に伝えた。


 喉を刺して殺し、死亡後に首を切り落とす惨殺。断定はできないが、怨恨による殺人の線が濃厚だ。

 そうと仮定して、霜月侑の関係者を当たり犯人を探し出す。


 怨恨による殺人事件は数多く存在しているが、中には殺害された被害者が相手を知らず、加害者側が一方的に怨みを持ち殺害に至るケースもある。

 その場合、関係者からは情報を得にくい。が、犯人が関係者ではない可能性を情報として得た事になり捜査範囲を広げられる。


 証拠がない現状、僕たち警察が取れる犯人への有効策は聞き込みだ。

 どれだけ少なくても、事件解決に確実に近づいていく。


「とっても優しい子で、誰かに恨まれたりするようなことは絶対にない。それだけは、それだけは……」


 少女は口を押さえて泣き出してしまった。


 ……大切な友達を殺されたんだ。悲しいに決まってる。


 これ以上、罪の無い誰かを殺させるわけにいかない。

 そして、殺された人を大事にしている人たちに、辛い思いをさせないために。

 一刻も早く、犯人を捕まえるんだ。


「辛いのに教えてくれてありがとう」


「いえ……」


「成嶋、愛宮。行こう」


「おうさ!」

「はい!」


 ──己が正義に誓って。



 ◾️◾️◾️



 聞き込み開始から一時間。


 生徒と教師を問わず片っ端から声をかけ、今日は最終的に三人がかりで二十五人に話を聞くことができた。

 二十五人の間で共通していたのは、霜月侑が誰かに恨まれるような存在ではなかったということ。


 誰に対しても優しく穏やかで、人助けも多くしていたと。反対に五人の生徒からは『点数稼ぎ』などと一部の生徒から言われていたと聞いた。

 後者はどこにでもいる人の善意を悪く捉える存在だ。犯人の動機が惨殺に及ぶ内容ではない、人間社会では当たり前に存在する要素だ。深く考えず頭の片隅に留める程度にしよう。


 この二つに加えて、今回の聞き込みで出た三つ目の共通の話題。

 それは、


「──三芳芽亜」


 霜月侑と三年間同じクラスで、周囲からは被害者が最も仲良くしていたとされる三芳芽亜という生徒。

 秀才で、何事も卒なく熟す完璧超人と皆口を揃えて話していた。


「三芳芽亜って子から話が聞ければよかったんですけど……」


「仕方ない、三芳芽亜さんから話を聞くのは後日にしよう」


 その後も僕らは聞き込みを続け、最終的に四十人に話を聞いた。

 しかし、最初の二十五人から先に得ていた情報以外の霜月侑に関する情報は得られなかった。


 何度も耳にした三芳芽亜という生徒から話を聞くためにも、僕らは日を改めることにして今日は瑛陵高校を後にした。




 ◾️◾️◾️




 霜月侑を殺害してから二週間。

 彼女にかけられた安い善意に怒り、殺害して首を刎ねた。死体は太い木の立てかける形で捨てた以外に細工はしていない。周囲に証拠一つ存在しないのに、惨殺された死体のある悍ましい空間となっているはずだ。


 死体からは必ず腐敗臭が出る。殺害直後には感じられなかったが、殺人事件は腐敗臭を嗅いだ近隣住民の通報により事件が発覚するケースが多い。土に埋めたわけでも、海や湖に死体を遺棄してもいない。

 殺したまま、放置したのだ。

 となれば、林公園には腐敗臭が蔓延するの必然。


 一週間もしないうちに死体が発見された事件が報道されると思っていたが、想定より随分と遅かった。

 どうやら、運命は私に味方してくれたらしい。


「──三芳芽亜さん、でいいかな?」


「──っ」


 やや高めの男声に青透高校の正門の前で呼ばれた。


 聞き覚えのない声だ。

 男からはナンパや告白の類でよく声をかけられる。下心が透けて見える汚いモノがほとんど。

 けれど今耳にした声は、一瞬でそうではないと理解する。


「私に何か?」


 振り返ると、そこにはやはり見知らぬ男が立っていた。


 身長は私よりも僅かに高く、黒髪黒瞳の男。右手に持った警察手帳をこちらに見えるように掲示して立っていた。

 一目で「この男は真面目な人」だと感じさせられた。

 背筋を伸ばし、ただ立っているのではなく姿勢を綺麗に正して柔らかな雰囲気を纏っている。


「青透高校に通う殺害された霜月侑さんについて聞きたくて。今、大丈夫かな?」


 警察官。でも、とてもそうは見えない温厚な青年だ。

 本当なら相手の都合など気にせず聞かなければいけない案件を、できればといった形で霜月侑殺害について聞いてきた。


 今朝投稿してきた時点で警察に霜月侑殺害に関する聞き込みをされたか否かは学校中で話題に上がっていた。

 おおよそ、聞き込みの過程で私の名前が複数回上がった。だから話を聞きにきた、といったところだろう。


 下手に断れば確実に怪しまれる。

 断ったとしても話を聞くまで付き纏うのが目に見えてるんだけど。


「大丈夫ですよ」


 選択肢もないため、私は霜月侑との関係性を話すことにした。


「埼玉県警、警視庁捜査一課の瀬南爽です。昨日から聞き込みを始めて、その中で君と霜月侑さんが親しい間柄だったと何度も聞いたんだ。……答えられる範囲で、話してもらえる?」


「……はい」


 私を疑う素振りを見せていない。

 でもわかる。誰よりも自分を偽るのは得意だから。

 彼は、私を疑っている。


「一年生から同じクラスで、些細なことでも私の心配をしてくれる心の優しい人でした。わたしの」


 間違いなくこの刑事は他の生徒や教師からの聞き込みの末に私に辿り着いたはずだ。つまり、私が霜月侑と親しかったという第三者目線での意見を既に有している。

 ありきたりな回答じゃ逆に疑われる。


 他と同じ要素を入れ、そこに親しい関係性に聞こえる情報を加える。

 言葉を選び、態度に気をつけながらゆっくりと話していく。


「何かと相談に乗ったりしてくれて、私の、支えに、なっていました……」


「辛い中話してくれてありがと」


 嘘泣きを交えて悲しんでいる様子を演出する。

 それから、瀬南と名乗った警察官は「最後に二つ」と前置きして最も重要なことを私に聞いてきた。


「五月七日に霜月さんのご家族から行方不明者が届けが出されていてね、六日にはいつも通り学校に行ってたみたいなんだ。何か変わった様子はなかった?」


「いえ、いつも通り、でした……」


「ごめんね、もう一つ。五月六日の深夜から七日の早朝、何をしていましたか?」


「自宅にいましたよ」


「ありがとう。……ごめんね。これが警察の仕事だから」


 表情を曇らせながら最後にそう言って、瀬南は立ち去った。

 その顔に、嘘はなかった。確かに私を気遣って言った優しさだった。



 ◾️◾️◾️



 何度も名前が上がった三芳芽亜という少女。


『私に何か?』


 そう言って振り返った彼女は、他の生徒とは異なる雰囲気を纏っていた。


 事前の調べでは、三芳芽亜は敏腕弁護士の三芳梓が母親。父親は一度大赤字を出した大手自動車企業の営業職に就き、企業を立て直した三芳一仁。

 父親については面識は無く、僕が把握しているのはデータ上の情報のみだ。


 しかし、三芳梓は違う。

 殺人事件の捜査に加わったことは過去にも何度かあり、犯人の裁判の現場に居合わせたこともある。その際、三芳梓は警察側の弁護を担当し、犯人側の弁護士を圧倒していたの間近で見た。

 他の部署に配属する警察官からの話では、不利な被告 の弁護を担当し、有罪を無罪へとひっくり返した話も聞いたことがある。


 あの方にはカリスマ性があり、まさしく天才と呼ぶに相応しい存在だ。

 そして、娘の三芳芽亜は、両親の血を引いていると瞬時に理解できる言葉で言い表せない特別性があった。

 所作や態度、会話の仕方など、およそ女子高生とは思えないほど大人びていた。


 そんな彼女も、他の霜月侑の友人たちと同様に悲しんでいた。

 ……許せない。多くを悲しませる、犯人を。


「たー、昨日と同じことしか聞けなかった。そっちはどうだった?」


「わたしもです。ただ一つ気になったことがあって」


「気になったこと?」


「はい。大半の人が霜月侑さんを知っていて、もっと多く話を聞けてもいいはずなのに皆さん同じことばかり。もしかすると、霜月さんが知られているだけで、友人の関係性までの人は少なかったのではと思いまして」


「三芳って子が完璧だの秀才だのってやたら有名人だし、そんなのに付き合ってたんなら愛宮の話にも合点がいくな。さてと、ご本人に聞いた方はどだった?」


 成嶋と愛宮がそれぞれの聞き込みの成果を共有し終え、最後に成嶋が僕に話を振ってきた。


 両者共に期待の眼差しを僕に向けている。

 ……かなり期待してくれてるのを裏切る感じで申し訳ないな。


 僕は苦い顔をしながら話し始めた。


「概ね、先に聞いていた人たちと同じだったよ。ただ、彼女にとっては一年生から同じクラスで、支えになっていたって」


「一年生の時から、ですか。親しくしていたなら、ものすごく辛いですよね……」


「実際、三芳さんは泣いてたよ……でも、聞くべきことは聞かせてもらえた」


「最初の顔から察するに、事件を進展させるほどの情報は得られなかったか」


「うん。行方不明者届が出される前日はいつもと変わらず。三芳芽亜さんは犯行のあった時間帯には自宅にいたそうだ」


「こりゃ、相当手強そうだな……」


 ボソッと呟いた成嶋。

 その呟きを聞いた僕と愛宮も同意見で、揃って肩を落とした。


 これは、ただの殺人事件ではない。

 事件発覚から二日。未だに証拠一つ出ず、近い人物からの聞き込みを行なっても事件解決への糸口は見えない。


 だからといって、下を向くことは許されない。

 あまり捜査に時間をかけ過ぎれば、それだけの時間犯人を野放しにすることになる。

 次の犠牲者が出すわけにはいかないのだ。


「一度、署に戻ろう」


 今日は十分聞き込みを行えた。

 何度も名前の出た三芳芽亜という少女からも話を聞くことができた。他の一課の刑事との情報共有のためにも、僕は二人にそう言って、三人で署に戻ることにした。


 焦りはある。

 けれど、焦って重要なことを見逃しては意味がない。

 冷静に事件と向き合うのが警察だ。


「必ず……」


 正義に誓って、事件を解決するんだ。

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