第四十八話 『赤き残響』
三月十日。
多くの生徒が赤いリボンの付いた胸章を身につけ、クラシック曲のカノンが響く体育館を歩いている。
各クラス、自身のクラスの数字が書かれた札の位置まで歩き、出席番号順に座席の前に並び立つ。
拍手喝采。
五月蝿いほどの祝福が全身に流れ込んでくる。
「…………」
壁面は紅白に彩られ、右手側は教師陣が立ち、左手側には来賓の客、そして後方には生徒一同の保護者が立っている。
総勢千五十人が集う催事──瑛陵高校の卒業式だ。
「────」
全員が座席の前に立つと、体育館右側のマイクの前に一人の教師が立った。
軽くマイクに触れて不具合が無いかの確認をし終えると、教師は柔らかな口調で話し始めた。
『ただいまより、第三十四回、瑛陵高校卒業式を挙行致します』
一連の流れはとにかく退屈だった。
多くの生徒が涙を流していたが、私にはまるで理解できなかった。
こんな、碌でもない学校に思い入れなどなく、ひたすらに自分を防衛するために生活してきた。
故に寂しいといった感情が生まれるはずもなく。
そも、私は幼少期から今日に至るまで『卒業』というモノに対して、寂しさは名残惜しさを感じた事はない。
感じる事ができないと言った方が正確か。
私にとって学校はある種の監獄だ。
光を演じているだけで、実際は私に光が差し込むことはない。
ひたすらに暗く澱んだ世界で、耐えて耐えて耐え抜いて。
学びはあったかと問われればあるにはあった。
自分を偽る時の振る舞い方、善人に見えても疑う事、人前に出るイベントがあれば必ず挙手はしなければ株が下がる事。
どれも教わったのではなく自分で気づいたものだけれど。
『卒業生代表による答辞』
終わりばかり望んでいると、ようやく卒業生代表の答辞へと項目が動いた。
「すぅ……」
軽く深呼吸をして意識を切り替える。
もう何年も前から繰り返してきた。今更、自分を偽る事にミスなどしない。
「はい!」
気を引き締めて表情は凛々しく。
顔つきは凛々しく、手足はまっすぐ芯が入っているかのように見せる歩き方を徹底。
そのまま壇上へと上がっていき、ステージ中央のマイクスタンドの手前でまずは一礼。それからマイクスタンドの前に立ち、来賓側と教師側に一礼。最後に生徒と保護者のいる正面側を向いてお辞儀をした。
「春の柔らかな日差しに包まれ──」
◾️◾️◾️
多くの涙を見た。
多くの寂寥感に触れた。
多くの感謝を聞いた。
同じ場所で、同じ時を過ごして、積み重ねた分だけ思い出が刻まれていけば、自然と愛着は生まれていく。
だからこそ、人の温かな感情が溢れ出るのだろう。卒業式という空間は。
気持ちが悪い。
「あ、芽亜ちゃーん! 写真撮ろう!」
男女問わず、異常な数の生徒と教師に声をかけられた。
感謝を伝えられ、握手を求められ、写真を望まれ……。中にはいつかの愚者の様に告白をしてきた馬鹿もいたか。
小中もそうだった。想定は当然していたし、シミュレーションも重ねて極力負担を軽減しようと思考はしていた。
しかし、現実はひたすらにしんどい。
気がつけば、卒業式が終わって一時間が経過していた。
本当に眩暈がするほどに苦しい時間だった。
そうした時間を過ごしていて、一つ気づいたことがある。
瑛陵高校の第三十七期卒業生は、大きな悲劇の上で終わりを迎えている。
今年の初めに霜月侑が死に、二学期中間では阿久津大河が死んだ。
両者共に友人が多いタイプの人間ではなかった。だが、交流の有無は問わず大多数が悲しんでいたはずだ。
「まるで、事件なんてなかったかのようですね」
結局、真に近しい人間でなければ所詮は人ごとにすぎないのかもしれない。
恐ろしいほどに卒業の現実以外に生徒たちの意識は向かない。
けれど、誰一人として彼女らに触れていないわけでもなかった。
私に話しかける生徒の中に数人はいた。と言っても、十にも満たないけれど。
そう。
十にも満たないのだ。
それが指し示す答えは──時間が悲しみを押し流したということ。
有名な芸能人が死のうと、その悲しみに暮れるのはせいぜい半年。
芸能人であれ身近な同級生であれ、結局悲しみの度合いはそう変わらないのかもしれない。
親しみのない人間をいつまでも想い続けることなど、人間はできていない。
私が首を刎ねる度、世間から一人前の人間はすぐさま忘れられていく。
度し難い世界に辟易とする。
だから嫌いだ。人そのものが、嫌いだ。
「お疲れ様芽亜ちゃん」
壁に背を預けて一休みしている私の元に、一人の少女が歩み寄ってきた。
高い位置に括られたポニーテールが特徴的な女生徒、星加露葵だ。
彼女は目元を微かに赤くなっていて一目で泣いていたのだとわかる。
「星加さんもお疲れ様です。それと、今までありがとうございました」
「こちらこそだよ〜! でもね……」
「?」
「幸せとは、言い切れなくて……」
そう言った彼女の眼には涙が溜まっていた。
実にタイミングのいい時に話題を振ってきた。
丁度、霜月や阿久津の事を考えていたところだった。
「私も同じです」
「やっぱり、侑ちゃんや阿久津くんが亡くなったのが、どうしても、辛くて……それだけじゃなくて……芽亜ちゃんの、お父さんも……」
最後に付け加えられた死者の名を聞いて、またしてもミスを犯しかけた自分を罵倒する。なんと愚かなのかと。
そうだ。どうでも良すぎるあまり、忘れていた。
アレを殺したのは、厳密には殺させたのは、己が身を守るためだった。
このまま行けば私から疑いが消える事はなく、三芳芽亜=『刎ね子』として確定し、今頃牢獄。
故に必要策として、羅奈に私の父を──三芳一仁を殺させた。首を刎ねたのは私だが。
父を殺した日以降、驚くほどに自分に変化がなかった。本当にどうでもいい存在だったのだと思い知らされたくらいだ。
葬式やら学校での心配の声の嵐、警察からの執拗な事情聴取と厄介事は凄まじかったが、父を殺したお陰で無事に私への疑いは晴れた。
とはいえまた首を刎ねる日々を始めた以上、疑われないよう立ち回らなければいけないが。
あと数日もしたら、私は埼玉県を離れる。もうかなりの市で首を刎ねてしまったため、これ以上は危険すぎる。
どこにするかは検討中だが少なくとも関東からは離れたいところだ。
「……そう、ですね」
さて、この女の相手を済ませなければ。
元々話題は暗い。
なら、その暗さに精神的弱さを足せば、
「最後くらいは……ちゃんと、笑いたかったです」
「……」
我ながら出来の良い演技で悲劇の少女を演出する。
この女とも今日で最後。前々からキャンキャンと煩い子犬の様な声で寄ってきて不愉快だった。
「あのさ芽亜ちゃん」
上手く返したつもりだが、反応は想定したものとは異なった。
「えっとね……違ったら、いいんだけど」
何か妙な胸騒ぎがする。
他の生徒らと変わらない寂寥感はある。
別れを惜しむ様にも見える。
ただ。
これらの感情とは一線を画す、別種の何かが、星加露葵の表情から感じ取れた。
そして、答えはすぐに出た。
「芽亜ちゃんさ──最近明るくなった?」
言葉が出ない。
稲妻に撃たれかのような衝撃が、私の全身を無作為につんざいた。
「いやちがうならいいの! でもその、なんか、辛い事あったのに、その度に明るく──」
見抜かれた? 私の、完璧なはずの演技が、見抜かれた?
こんな、騒ぐ以外の取り柄のない小娘に。
「──ぁ」
私の『理想』が知らぬ間に音もなく崩れようとしていた。
その事実を、受け入れられなかった。
◾️◾️◾️
その日の夜。
「気づかれた、って……」
公園にいた子どもを誘拐し首を切り落とし終えた後。
私の道具──由ヶ崎麗花に失態を吐き出していた。
「言葉の通りですよ。私は皆が理想とする自分を演じているんです。あなたや羅奈の前では素を見せていますが、素を見せられる環境ではないので別人の様に振る舞い生きてきたんです」
「そう、なんだ……」
馬鹿か私は。麗花に話したところで何の解決にもならない。
世界を知らない麗花には特に言ったところで本当に意味をなさない。
「やっぱり……」
「これで良かったんですよ。その事実が覆る事はありません」
やっぱりの先に続く言葉は、麗花と私の会話において一つしかない。
──やっぱり、羅奈を捨てるべきではなかったのではないか。
自問は既に終えている。
失態の数は正直数えたくはないほどしている。だが、そうした状態にありながらも選択は続けなければいけない。
そして、新名羅奈を捨てた選択だけは、間違いなく良判断であったと断言できる。
そう、間違ってなどいない。
正しい選択をしたのだ。
「麗花。ここから先は遠出も増えるでしょう。あなたを匿う人間に先んじて伝えておいてください」
「わかった……」
卒業してしまえば一層身を隠しやすいというもの。
高校は一人暮らしだが地元で決めろと親に言われた影響で、埼玉県にいつまでもい続けている。
しかし、大学は一才親にそうした指摘は受けていない。
自由度が上がり行動範囲を大きく広げられるのは、現状の私にとって幸運だった。
「誰にも私の邪魔はさせない」
障害は以前にも増して多い。
けれど、その都度乗り越えるまでだ。
止められるものなら、止めてみろ。
◾️◾️◾️
『刎ね子』が新たな犠牲者を出した一週間後
「被害者は三延時也、二十歳。過去の被害者との関連性はなしか」
これで通算二十四人、『刎ね子』による被害者を出してしまった。
何をやっているのだろうか、僕たちは。
伊津野一課長の捜査は模倣犯の犯行として切り替えた事で、捜査が無駄に空回りしているのが見受けられる。
あの人はどこか焦っているように感じる
模倣犯の犯行と切り替えたのも、僕を捜査一課から追放したのも。
「文句は言いつつも僕も人のことを言える立場じゃないんだよな……」
独断専行して周囲に散々迷惑をかけ、結果的に『刎ね子狂い』と呼ばれるまでに堕ちている。
そんな落ちぶれた人間は小言さえ言う資格はない。
それでも。
『刎ね子』を捕らえ、事件を解決させるまでは独断専行をやめるつもりはない。
誤った判断を是とする場でいったい何が得られるというのか。
伊津野一課長の下で今までと変わらず『刎ね子』を追いかけても、同じように停滞に苦しみ、同じように無力さを嘆く。
負のループから抜け出す事は叶わない。
「────」
伊津野一課長を否定した以上、僕一人で結果を出す必要がある。
それができなければ僕は、ただの厄介者として終わり、役目を果たせず一生の後悔を刻むだけなのだから。
己が正義のために。
僕自身の手で『刎ね子』を地獄に送るんだ。
「手がかり、手がかり……」
コピーした過去の捜査資料と持ち出した新しい捜査資料を見比べながら、被害者に何らかの関連性がないかを調べる。
『刎ね子』には決まったパターンが存在している。
一つは完全犯罪であること。現状はその定義から外れているが、一旦の解決以前までは人の通りが極限まで少ない謂わばその土地における辺境のような場所を指定し、そこで殺人を行っていた。
そのせいで発見まで時間を要するのがかつての流れだった。
また、『刎ね子』は首刎ねなどという猟奇的殺人を行っておきながら、いきなり首を刺す殺人は行わない。
必ず別の部位を刺し、絶命させてから首を切り落としている。
完全犯罪である以上、現場に証拠を残さないのは当然。しかし、屋外と言えど実現は極めて難しい。
相手がいかに利口であっても人であるため見落としは起こりうる。
だが、その見落としを無くす手として『刎ね子』は天候を利用した。『刎ね子』の殺人の翌日はほぼ雨だった。そのため、現場に下足痕や血痕は洗い流される。
全てにおいて抜け目のない、完全犯罪を連続して起こしていた。
次に犯行現場が一人を除いて全て『埼玉県』だったこと。
通算二十四人のうち、二十三人が埼玉県で殺害されている。唯一、世間でいう夏休み期間中のみ四国にある高知県で『刎ね子』による殺人が起きた。
「ここが重要なのはわかるけど、未だにになにもわからない……」
埼玉県に絞って殺人を行っている説はある。
相手は完全犯罪を連発して成功させる狂人だ。ならば、遠方に住みながら敢えて埼玉県に来て犯行をしているのではないかと。
でも、その可能性は少ないと考えられる。なにせ時間と期間が釣り合わないからだ。
『刎ね子』の殺人は八月までは短期間に殺人を続けていた。
遠方に住んでいれば短期間での連続殺人は困難なはずだ。無職ならと思わなくもないが、資金無くして凶器を毎回変えて、別の埼玉県の市内へ移動など不可能だ。僕は安直に埼玉県近辺に住む人物だと見ている。
高知県への移動も長期滞在の旅行か何か。
深く考えるところは考え、そうでないところは簡単に。もはや、単なる思考では『刎ね子』を追い詰める事はできないのは明確な事実だ。
視点をあらゆる位置に移し替えて事件を分析する。
「そして──」
三つ目。
『刎ね子』事件には大きく名前が幾度も出てくる人物がいる。
それは一人目の被害者、霜月侑と最も親しい友人として。
それは十五人目の被害者、阿久津大河が殺害される以前に急激に仲を深め、直前に何か会話していたのが目撃された人物として。
それは十九人目の被害者、三芳一仁の血のつながった父親として。
──『三芳芽亜』。
瑛陵高校三年生。三月十日に卒業式があったらしく、現在は大学進学前の女生徒だ。
僕も計三度、三芳芽亜と会話をしている。
一度三芳は『刎ね子』であると疑惑をかけられたことがある。
菜野警部の娘である菜野琴葉。彼女が三芳が三年進級後から不自然な変化をしたと、父親に話した事が始まりだった。
瑛陵高校で二人目の被害者が出ていた事。加えて一人目の霜月侑。二人目の阿久津大河。両者共の深い交流があり、可能性として疑いをかけた。しかし、尾行をしても別段変わった様子は見られず疑いは晴れた。
「この三つがきっと手掛かりになるはずだ」
突然辞めた完全犯罪。
今も変わらない埼玉県での殺人。
三芳芽亜。
「三芳……三芳?」
苗字を反芻してある引っ掛かりを覚えた。
それが何か、資料を再度見渡して。
「三延」
そう言えば両方とも『三』って付く苗字だ。
……だからなんだって話だけど。
『──数字には意味がある』
ふと、脳裏に思い出された言葉。
大沼一課長を殺した渡井が、取調室で自殺を図る直前に発した意味深な発言だ。
それが何故かいま思い出され、引っ掛かりに対して警鐘を鳴らしている。
「数字……」
口元に手を当てて思考を加速させる。
『三』。数字に意味。『刎ね子』。
一人を除いて埼玉県内での殺人が九割。
瑛陵高校の生徒が『刎ね子』に二人も殺害。
『刎ね子』事件は解決。でも、首刎ねの事件は終わらない。
真偽は不明だが現段階の犯人は新名羅奈。
新名羅奈の父親の自殺は偽装。被害者はやはり『刎ね子』により殺害。
大沼一課長は『刎ね子』の指示により殺害。しかし、これは自称本人が否定。
「違う違う違う……! 関連性があるのは前半の内容だ!」
一度だけ高知県での殺人。
考えられるのは埼玉県に近い地域に在住。埼玉県に拘るのは離れられない事情があるから。
『刎ね子』の殺人が最も多いのは埼玉県さいたま市。
霜月侑。阿久津大河。
霜月侑が最も親しかったのは三芳芽亜。
阿久津大河が直近で接点が多く、最後に会話したとされるのが三芳芽亜。
待て。
新名羅奈は三芳芽亜の父親を殺した。これだけ名前が浮上していながら全く関係ないなんてあるのか?
互いの父親が死んでいる事実と関係が?
三芳芽亜。
唯一、明確に、『刎ね子』だと疑いをかけられた──。
「そうだ──!」
『数字には意味がある』。
渡井の意味深な発言と関連するモノが一つだけある。
思い至った可能性から僕は必死にコピーした捜査資料を漁った。
日付順に並べられたファイルのページを乱雑に捲り続けた。
そして、該当のページを開いた。
「────」
今は亡き、僕の同期──成島秋哉の遺体写真だ。
うつ伏せで倒れているが、左手は斜め右前に伸びている。反対に右手は右斜後方へ。
それぞれの指先には文字が記されている。
成嶋の残したダイイングメッセージだ。
地面には左手で数字の『4』と書かれている。死ぬの間際でありながらも、はっきりと『4』と分かる書かれ方だ。
では、右手側はどうなのか。
発見当時は単純に地面を引っかいただけと処理された。
不規則に血で書かれた三本線。
一番上が長く、真ん中が短く、一番下が長い。
僕と当時警部だった伊津野一課長は、何らかの文字を書こうとしたのではないかと疑ったが、特別何かの文字には見えず、以降ダイイングメッセージは『4』のみとして扱われるようになった。
もし、右手もやはり何か文字を書こうとしていたのだとしたら。
「いや……」
もしかしたら、既に字である可能性はないか?
地面を引っ掻くにしても何故三本なのか。
地を這う動作の過程で生じたのだとしたら、五本線でなければおかしい。まして、不規則とはいったものの、消えかけの命で動こうとしたと仮定した時、手の形で線は決まるはずだ。
手をついた時、中指が一番長く他の指よりも上の位置に指はつく。
つまり、地を這うときに手を動かしたとしても真ん中が極端に短くなるのはおかしい。
写真の血で書かれた三本線は、明らかに真ん中が短い。状況を鑑みればやはり不自然な気がする。
数字。数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字数字──。
「──漢数字」
漢数字。
三延。三芳。
『三』。
そうか!
漢数字の『三』!
漢数字の『三』を書こうとしたなら、長さの不自然さと五本ではなく三本である理由にも説明がつく!
「成嶋が残そうとしたのは犯人の人数でもなく、年齢や容姿でもなく、時間でもない。人名を伝えようとしていたのだとしたら!」
『三』はそのまま。
であれば、数字の『4』は実際の数はどうでもいい。
大事なのは読み方だ。
『4』の読み方は『よん』または『し』。
組み合わせて読むと、
「──三芳」
繋がる! 繋がる繋がる繋がる!
本当に三芳芽亜が『刎ね子』だとしたら、瑛陵高校で二人被害者出たことにも、その二人ともに接点があったことにも、自分の父親を殺したのも!
埼玉県内でのみ殺人を行っていたのも、高知県に赴いていたことにも、菜野警部の娘さんが気づいた変化にも!
「全部が繋がる!」
願望の側面が強いのは認める。
でも、ありえないと否定できないだけの文字列だ。今日までに起きた事象と度々浮上する名前を踏まえれば、憶測や願望とは切り捨てられない。
「──っ!」
気づいた時には全速力で走り出していた。
終わらせられる。
僕自身の手で。僕の手で『刎ね子』を止められる。
遅れて申し訳ありません大沼一課長。
遅れて悪かった成嶋。
遅れてごめんなさい母さん、父さん。
復讐を果たす時が巡ってきた。
今度こそ、逃しはしない。
──安寧を乱し、全てを奪った狂人は、僕の『正義』を以て地獄に引き摺り下ろす。
◾️◾️◾️
深夜二時。
私は麗花を連れて初めて訪れる埼玉県飯能市に訪れていた。
事前調査で小高い山があり、人の出入りが無く防犯カメラの無い環境であると知ってすぐに衝動を満たす為に向かった。
街の灯りが遠方にチラつく以外に光はなく、呑み込まれるような錯覚を覚える闇が辺り一帯を支配していた。
今や定番となった山での殺人。
人の立ち入りの少なさや死体遺棄のしやすから、何度も世話になった環境だ。
あと三日もすれば私は埼玉県を去って栃木県に移り住む。以降は関東圏を起点として、各地に出向いて殺人を続ける予定だ。
最後の埼玉県での殺人──首刎ねと言った方が正しいか。
「────」
野山の隙間から流れる風に髪を靡かせながら、暗がりを進んでいく。
激動の一年間だった。
まさか人を殺し、首を刎ねる狂人に成り果てるとは。可能なら『刎ね子』として生きて、死にたい。
あるいは──、
「──っ」
「きゃあ!」
自分たち以外に誰もいないはずの野山。
突然、闇夜に乾いた銃声が轟いた。
「────」
衝撃と同時に僅かに自分の髪を掠め硝煙の臭いが鼻腔を刺激する。
あと数歩ズレていたら直撃していた。
撃たれた?
誰に?
どうして私を撃つ?
脳髄を揺るがすほどの驚愕に瞳を大きく見開いて、銃声の聞こえた方角へ視線を向けた。
暗闇に目を凝らして先の銃声の担い手が誰か確認したい。
確認してから、殺したい。
殺して、首を刎ねる。
「────」
数秒後、草を踏む音と暗闇から一人の青年が現れた。
いつかの警察官を殺した時のように、月光が青年の姿を照らしている。
見覚えのある人物だった。
制服を汚すのも構わず私の元に来たのだとわかる。
一欠片の迷いもなく向けられた銃口が、青年の今の心境を如実に語っている。
目元は隈があり、頬も以前に見た時と比較して痩せている。
しかし、青年の瞳は以前よりも火勢を増し業火となって燃え盛っている。
今この瞬間に至るまで、どれほど執着し、憎悪を膨らませ、無力感に打ちのめされてきたのだろうか。
想像するだけで面白い。
「よくここがわかりましたね」
口を裂いて歪んだ笑みを浮かべて私はそう言った。
生殺与奪を預かっているのは間違いなく青年の方だ。
故に嗤うのは明らかに場違いと言える。
けれど、彼になら殺されてもいい。
ここまで私を想い、憎しみで以て『刎ね子』を終わらせようとする存在だ。
自らの死は寿命以外であれば、執念と憎悪を抱えた人物に殺されたいと考えていたが、正面に立つ青年になら命を捨てられる。
私を殺すことを歓迎しているくらいだ。嗤わずにはいられない。
これは歓喜だ。
ああ。
なんて素晴らしいんだ。
いつだって私は最終的に恵まれる。
運命に、愛されている。
「ようやく見つけたぞ──『刎ね子』!」
震えるような怒りを纏いながら青年──埼玉県警の警察官、瀬波碧斗は低く鋭い声で言い放った。




