第四十七話 『理想像と本物の違い』
捜査から外されて四週間が経過した。
現状、僕には何一つ事件の捜査を割り振られてはいない。
ただ捜査一課にいるだけの巡査。
それが今の瀬南碧斗だ。
「────」
埼玉県警の使われなくなった空き部屋。その机上に勝手に持ち出した捜査資料を広げて、停滞した『刎ね子事件』の状況整理を行なっていた。
我ながらとんでもないことをしてる自覚はある。
でも、勝手なマネをしてでもこの事件を終わらせる役目は僕にあると思っている。
何がなんでも、今度こそ僕が終わらせる。
他の誰でもなく、僕の手で『刎ね子』を。
「変わらず、か」
一通り目を通して何の進展もない現状に辟易した。
僕がいた時も変化はなかった。
いようがいまいが状況は変わらない。だとしても、僕を外しておいて結果を出せてないのは、やはり腹立たしかった。
「行こうか」
僕は資料を手に部屋を後にした。
捜査から外されたからと言って資料を見るだけでいるつもりはない。
自ら動いて真相に辿り着く。使える手は何でも使う。
そして今度こそ、『刎ね子』を終焉に導く。
「おやぁ? 『刎ね子狂い』の巡査殿ではありませんか?」
「────」
廊下を歩いていると二人の警察官に僕は絡まれた。
「無視とはいただけないですね、瀬波さん」
「────」
「いんだよ後藤。狂っちまった奴に何言おうがわかんねぇんだから」
「違いねぇ! たっはははっ!」
最後に後藤と呼ばれた警察官が僕の肩に手を置いて「死ぬなよぉ〜『刎ね子狂い』」などと言ってこの場を去った。
『刎ね子狂い』。
捜査を外されてから一週間後、密かに独断行動をとっているのが知られた。その結果、事件に対しての異常な執念を抱いているとして『刎ね子狂い』と蔑まれるようになった。
「クソっ……」
拳を強く握りしめて、僕は再び歩き始めた。
今更、引き返すつもりなんて毛頭ない。
憐れまれようが侮辱されようが僕自身の──『正義』に誓って、足掻き続けるだけだ。
◾️◾️◾️
午前十時。
とある拘置所に僕は足を運んだ。
事件をただ捜査するだけでは一向に終わりは見えない。
そう考えて、真っ先に一つの情報獲得のための手段が思い浮かんだ。
それは現状この事件において『刎ね子』として扱われ、捕えられている存在との面会。
──新名羅奈に会い、真犯人を探る。
「何か話す事を期待してない。けど」
普通に質問をして回答を得られるようなら、とうに『刎ね子』事件は終わっている。
僕が欲してるのは新名羅奈が『刎ね子』でないと確信が持てる幾つかの要素だ。
振る舞いや言動、話す内容や癖に至るまで。
ありとあらゆる観点から新名羅奈を観察して、不自然な点が無いかを探し出す。
新名羅奈がこじつけではなく、確実な『刎ね子』ではない答え。
僕が今最も欲している情報の一つだ。
捜査にまた戻りたいとかではない。……どうせ、あの男は僕を戻す気なんてないだろうし。
簡単な話だ。
新名羅奈が『刎ね子』でないと確定すれば、僕も無駄な思考を省いて真犯人探しに没頭できる。
捜査一課の捜査方針が模倣犯だと断定され、僕はそれを否定した。でもあれは、このタイミングで模倣犯と断定するには早すぎるという意味で否定したものであり、僕自身が模倣犯の線が消えたと判断しているわけではない。
だからこそ、新名羅奈が『刎ね子』でない確証が欲しいのだ。
「────」
建物の中へ入ると外気温との差に肌が驚いた。
季節はすっかり冬だ。
冬に、なってしまった。冬になるまで、長引かせてしまった。
「……今は考えるな」
頭を振って罪悪感を端に追いやった。
正面、総合受付カウンターがある。
カウンターには各々の担当者が座っており、僕は『留置管理課』の札の前に座る人の所へ向かった。
「こんにちは。面会ご希望ですか?」
「はい。新名羅奈に会わせてください」
「……ぁ」
僕がそう言った直後、受付の人の表情が露骨に曇った。
『刎ね子』への面会。十分に身構える要因なのは間違いない。異常な殺人鬼に会いに来る人間など、どんな人間であれ良い印象は持てないはずだ。
……でもこの反応、それだけじゃなさそうだ。
「なにか問題でも?」
「止められているんです……瀬波巡査だけは、面会させるなと」
やっぱりか。
そんな指示を出すのは間違いなく伊津野一課長だ。
あの男は、事あるごとに僕の邪魔をしてきた。
今日もまた邪魔をされた。
もう僕は来るところまで来ている。
以前の僕ならルールに縛られて「はい」って頭を下げて謝罪をして、この場をあっさり去っていただろう。
でも、今は違う。
誰になんと言われようと、僕は僕のやり方で事件を終わらせると決めた。
伊津野一課長が邪魔をするなら、その悉くを踏み倒して無理やりに先に進む。
「事件解決に必要で来たんですが」
「それは、そうなんでしょうけど……」
「じゃああなたは、事件解決の邪魔をするわけですか」
「ち、ちがっ!」
冷や汗をかきながら慌てる受付の女性。
我ながら酷いやり口だと思いながらも僕は会話を続けた。
「だってそうでしょう? 必死に事件を解決しようとしている人間を前に、どこぞの誰かの指示で面会を拒否した。あなたが面会を拒否さえしなければ、一人の犠牲者を救えたかもしれないのに」
「いくらなんでもそれは!」
「──大袈裟だとでも?」
机に手をついて、僕は受付の女性の目を覗き込んだ。
「あなたが再開した『刎ね子事件』を模倣犯のものか真犯人のものか、どちらに捉えているかは知りません。ただ少なくとも、ここで新名羅奈と対話する事で得られる新情報が停滞した事件を動かす鍵になる可能性も十分にあります」
「……ぅ」
「貴重なチャンスをあなたは無駄にしたいんですか? ああ、こう言い換えてもいい。ある種、面会の拒否は捜査の妨害だ。『刎ね子』への加担とも取れなくないと思いませんか?」
聞くに耐えない暴論を言った自覚はある。だとしても、今はくだらない判断に止められたくはない。
黙って、道を開けてもらいたい。
「こ、こちらに、お名前を……」
受付の女性は涙目になりながら書類を渡してきた。
今やった事は誰が見ても『刎ね子狂い』だと僕を糾弾するだろう。
……『若き天才』が『刎ね子狂い』か。
僕も、堕ちるところまで堕ちたな。
それなら。
底なしの奈落に堕ちていく過程で、一緒に『刎ね子』も奈落に引き込んでやる。
絶対に、逃しはしない。
案内された一室の扉をゆっくりと開いて、中の小さな椅子に腰掛けた。
妙な静けさに外界と隔離された空間である事が如実に感じられる。
そして、待つ事五分。
ガチャという音ともに一人の警察官と女が対面の部屋に入ってきた。
取り調べをした日から変わらない異様な雰囲気を纏いながら、気怠そうに歩いていたら。
しかし、女は僕の顔を見るなり嘲笑うかのような酷薄な笑みを浮かべて、微かな高揚感を醸し出した。
取り調べ以来だ。──『刎ね子』、新名羅奈と対話するのは。
「おや、あなたはいつかの取り調べの刑事さんではありませんか」
「瀬波碧斗だ。お前に聞きたい事があってきた」
そう言うと新名は笑みを深めた。
僕の内心を覗き込む、まるで悪魔のような表情で。
「聞きたい事ですか。もう全てお話しした結果、今私はこうなっているのではありませんか」
「戯言はいい。聞かれた質問にだけ、素直に答えろ」
こいつにまともに取り合っているようじゃ話が進まない。
強引に会話の主導権をこちら側にして、話を円滑に進めるのが『刎ね子』との対話には必要だ。
鬱陶しいほどに取り調べをした時痛感した。
必要なのは、新名羅奈が『刎ね子』でない確証。
本人から発せられる情報じゃなくていい。
目の動きを、話し方を、言葉を、癖を。ありとあらゆる部分に注視して不審な点がないかを確かめる。
「渡井は本当にお前とは無関係だったのか」
「ええ。勝手に名前を使われていい迷惑ですよ」
大沼一課長殺人に関して、根城巡査部長が先に取り調べを行っていた。
その際、真っ先に聞いたのが大沼一課長を殺害した渡井が共犯者か否かということ。
しかし、新名は渡井を共犯ではないと否定した。
真偽が不明な内容だった。
だから、再度聞きたかったがやはり渡井と新名に接点は無いとみて良さそうだ。
「じゃあ渡井はなんだ? どこから出てきた?」
「ワタシが知りたいですね」
小首を傾げて肩を竦める新名。
話題を変えよう。
「なぜ僕と遭遇した夜、失態を犯した? 」
「──っ」
次の問いに新名は口を噤んだ。
不愉快そうな表情を浮かべながらも新名は口を開いた。
「あれは、追い詰められていましたので。ワタシがただミスを犯したというだけの話です」
「僕の両親を殺した理由はなんだ」
「たまたま下調べをしていたら打ってつけの場所があって、そこにあなたのご両親がいたにすぎません。別に狙って殺しに行ってはいません。というより、人物の選定は常にランダムですので」
新名はまた表情を変えて最初に不気味な笑みに戻して僕を笑った。
いちいち新名の態度に取り合っていたら僕の方がもたない。
無視して次だ。
「三芳芽亜との関係性は?」
「ありませんね」
即答。
最終的に新名羅奈が逮捕されたのは『刎ね子』の疑惑が上がった三芳芽亜の実の父親、三芳一仁を殺した結果だ。
致命的な証拠を残したが故に完全犯罪は失敗。あっけなく今こうして留置所に入っているわけだ。
でも、なんだろう。
引っかかる。
「お前の模倣犯が出た話は聞いてるか?」
「あー、らしいですね。ワタシの真似事とは随分と愚かな行為に手を染めたなと思いましたよ」
妙な引っ掛かりは後回しにここで初めて以前の取り調べの際にできなかった会話をする。
今日僕がここに来た目的。
『刎ね子』の模倣犯が模倣犯ではなく、本物である可能性を探る。
「お前の関係者じゃないのか」
「違いますよ。まして関係者だとしても、ワタシなら証拠を残すなと指示を出します。その『刎ね子』は毎回証拠を残しているのでしょう? 間抜けではありませんか」
「じゃあお前も模倣犯だって言うのか」
「この中にいて何かできると思いますか? それに殺人は孤独との戦いでもあります。他者を頼ればその分リスクも上がる。わざわざ危ない橋を渡るつもりなどありませんよ」
淡々と模倣犯への評価を述べた上で自論を語る新名。
確かに、確かに新名の言う通りだ。
わざと証拠を残しても犯人にメリットはない。遊び感覚で犯罪を犯す異常者は多々いるが、それでも創作物の中の怪盗の真似をする犯人は極僅か。
それまで証拠は出しても全てではなかった。『刎ね子』が何らかの不手際、あるいは精神的理由により追い詰められた結果の失敗により証拠を生んでいた可能性が高い。
根拠は完全犯罪の成立だ。
『刎ね子』は幾度も完全犯罪を成立させてきた。場所の下見、人物の選定、多岐に渡る道具の使用。
そして、天候の利用。
限界まで手を尽くして僕ら警察の手を躱し街中に潜んでいた存在が、方針を切り替えたとはどうしても思えなかった。
新名と不快だがその部分の意見は一致する。
ただ、何かを見落としている気がしてならない。
「話になりませんね。警察は」
「あ?」
思考に耽る僕にそんな言葉がかけられた。
時間的には面会終了間際。
それを知ってか知らずか、新名は突然警察への悪罵を口にした。
「正義だ何だと口にしながら、いつまで経ってもワタシを捕らえられなかった。模倣犯を出してもなお捕らえられられず終い」
「────」
「その模倣犯が本人を前にして今も『本物』だと口にする。お話になりませんね」
前のめりになって饒舌に舌を滑らせる新名。
あまりの不愉快さと返す言葉を持たない自分の情けなさの板挟みで、無意識のうちに視線を逸らして俯いていた。
「警察とは、人々の安寧を守る存在ではなかったのですか? わからないたどり着けない見つけられないを重ね続けて、更なる恐怖の渦に落としていく」
「────」
「あなた方の無能さでは到達し得ないのでしょうね。ワタシがミスをしたから終わったようなものでしょう? ワタシが証拠を残さず首刎ねを続けられていたら、ワタシは破滅せずに済んでいたのですから。滑稽ですね警察は」
なんだ。
「警察が無能なのも笑えますが、あなたも酷いものですよね瀬波巡査」
なんだ、この、違和感は。
「ワタシを散々追っていたのでしょう? けれど直前まで別人に疑惑をかけていたらしいではないですか。相当な恨みを持っておいて相手をそもそも間違えるとはどこまで──」
「──お前」
下を向いたまま僕は新名の話を遮っていた。
そして。
「──『刎ね子』じゃないだろ」
ゆっくりと顔をあげて、新名羅奈と目を合わせて言い放った。
わからない。
だが、胸中に急速に広がっていった違和感が、僕を痺れさせた。
「…………」
新名は何かを言い返すでも無く、ただ静かに笑みを消し去り、無表情になっていた。
そこに疑問はなく、感情もない。
今の新名羅奈は『無』だった。
その無の中で僅かに右眉がひくついたのを見逃さない。
「言っている意味がわかりませんね」
先に沈黙を破ったのは新名だった。
別段、先ほどまでと変わった様子は見られない。
それでも、僕が抱いた違和感への答えは揺るがない。
「確かにお前は僕たちが思い描いていた理想像の『刎ね子』だ。だけど、改めて『刎ね子』と言う存在に注視して、今日会話をしてようやく納得がいった。僕が新名羅奈が本物の『刎ね子』じゃなく、模倣犯の方が『刎ね子』だと考える理由が」
「……は?」
「お前にはイレギュラーがない。どこまでいっても警察が想像する『刎ね子』でそれ以上もそれ以外も無い。お前は異端だが狂人じゃない」
新名羅奈はおよそ常道を歩む人間ではない。
だが、会話はできるし受け答えも内容は置いておき普通にこなせる。異常者の度合いで考えれば渡井の方がよほど異常性に富んでいる。
だから、なのかもしれない。
「今日まで半年以上も警察を翻弄し、国民を恐怖に落とした『刎ね子』はイレギュラーの塊だと僕は思う。こんな物事を赤裸々に語り尽くして、貼り付けたような狂気を語るとは思えない」
「なにが言いたいんですか……」
「新名羅奈。お前は、誰かの真似をしているように見えるって言ってるんだよ」
簡潔に纏めれば、新名羅奈は偽物。同時に──冤罪をかけられた人間。
それが今日辿り着いた僕の一つの答えだった。
「間違った解釈でまた失態を重ねるとは」
「──。もういい。十分だ」
席を立ち、最後に新名の両手が拳を強く握り締めているのを確認して、僕は部屋を後にした。
◾️◾️◾️
「──勝手なマネは控えろと言ったはずだ」
新名羅奈との面会から戻ってくると、留置所の入り口横の壁に背を預けてこちらを睥睨する伊津野一課長の姿があった。
「何の話でしょうか」
「ふざけるな。『刎ね子』と面会をしたのはわかっている。これ以上場を乱すようなら」
「好きにしてください。どうなろうと、事件が終わるまで『刎ね子』を地の果てまで追いかけるだけですので」
相手が一課長であることなど構わず、僕は強く断言した。
捜査から外されようと、一課から追い出されようと、関係から追放されようと。
必ず、必ず『刎ね子』を地獄に送る。
それが実現できれば後はどうなったっていい。
「捜査、頑張ってくださいね」
最後にそれだけ言い残して僕は留置所を後にした。




