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第三十三話 『告白』


 



 文化祭準備は思っていた以上に順調に進んだ。


 クラスの出し物はベタにクレープ屋。

 これはお菓子作りが好きな男女たちが何故か多く、そのお陰でおれと三芳の出る幕はほとんどなかった。

 やたらめったら女子たちが三芳にクレープを食べさせようとしていたのが面白い瞬間だった。


 実行委員としての仕事も大変なことはなかった。

 おれたちが担うのは閉会式の挨拶とその後の後夜祭準備。文化祭閉会式の挨拶原稿は三芳が考えてくれたのを、おれ変えたほうが良さそうな部分を指摘しながら進めたことですぐに完成した。


 後夜祭準備については必要なものはを予め用意しておいて、後は当日閉会式後に並べる簡単作業だ。

 こちらも特に心配しなくても大丈夫だろう。


 そして一つ、文化祭準備中に嬉しい出来事があった。

 それは文化祭二日前のこと。



「ねぇ、阿久津ってどうなの?」


「阿久津くんですか?」

 

「あいつ、パッとしないし仕事できるようには見えないから、芽亜ちゃん大変じゃないかなと思って」


 おれが荷物を片付けた後の教室への帰り、廊下でおれについて話している場に出会した。

 面子は三芳と他女子二人。


 クラスの男子連中が誰もやりたがらなかった文化祭実行委員。その相方にたった一人、おれが立候補して今実行委員をしている。

 三芳の相方という立場なこともあり、あまり良い印象を抱かれていない感覚はある。

 だから、周りの生徒たちに何も言わせないくらいに作業には人一倍積極的に取り組んだつもりだ。


 それで言われるのなら、どうしようもない。

 先の内容をわざわざ聞きたいとも思わないしな。


 おれはその場を後にしようと、


「──阿久津くんはとても頑張っていますよ」


 その声を聞いて、おれは思わず足を止めていた。


「自分の仕事にも一生懸命ですが、彼、他のクラスの人たちの分までやっているんです。私の方が迷惑かけているのでないかと思わされるくらいに……」


「意外〜」


「阿久津くんって見かけによらず真面目なんだ」


 三芳の話に女子二人はおれに対してそんな感想を口にしていた。


 ……お人好しにも程があるぞ、三芳。


「ええ。本人があまり目立ちたがらないので気づきにくいかもしれませんが、阿久津君は誰よりも努力家でクラスのために尽くしていますよ」


 ベタ褒めしてる……。

 いくらなんでもおれを高く評価しすぎだ。

 おれは努力家じゃない。今回文化祭実行委員を全力で全うしているのだって、三芳が相方だからという理由だ。


 根底にある理由は体育祭のリレーの時も、文化祭実行委員も、矮小で自分本位なモノだ。

 そこまで褒められたような奴じゃない。


 でも。

 たとえお世辞にせよ、好きな人に褒められることほど嬉しいことはない。


「頑張るか」



 これが、文化祭二日前の出来事だ。


 文化祭実行委員で接する機会が増えたことで、おれの三芳に対する気持ちはどんどん膨れ上がっていた。

 体育祭直後は頭ごなしに否定しようとしていた。

 好きになってはいけないと、そう思ってはいけない相手だと。


 今は、否定できなくなってしまった。

 三芳芽亜が好きだと自覚したことで、気持ちに歯止めが効かなくなった。


 始めは興味なんかまるでなかったのにこれだ。

 多くの人たちが三芳を好意的に捉える理由を、頻繁に接して強く理解した。


 ──完成されたカリスマ性が多くの人々が彼女を認める理由だと。


 本来なら、凡人のおれが隣にいていいような人間じゃない。

 明確に常人とは在り方が根底から異なる。

 育ちが良いとか、そんなレベルの話じゃないのだ。

 何をさせても、何を話しても。三芳は平均以上の結果を出してくる。


 ……そんな人間を好きになって、まぁ、うん。


 三芳について、長く接する中で気づいたことがある。

 何においても完成されているが故にまるで欠陥がないように見える。生まれながらにしてなるべくしてなったみたいに、物事を完璧にこなす。


 だが、あいつはそんなAIのように完成しているわけじゃない。

 リレーの練習や文化祭実行委員で近くで見ていて、あいつはとにかく挑戦してみて、問題点があればそれが自分の納得がいくまで修正する。

 その在り方は、物凄い時間を要することに他ならない。


 でも、三芳芽亜はそういう人間だ。

 時間や恥なんて気にせず、己が思うがままに満足できるまで物事をやり遂げようとするのだ。

 常にトライアンドエラーの精神を持ち合わせた、究極の努力家。

 その先に今の三芳があるんだと……勝手に思ってる。


 三芳は完璧に近くはあれど完璧じゃない。

 そうわかった今、別世界の人間だなんて形容して避けていた自分を殴りたい。


「────」


 みんな三芳を完璧超人だと認識して、どこか遠ざけている節があるように思う。

 一概に避けているという捉え方もあるが、遠い存在として扱い高嶺の花と接するという意味もある。

 つまるところ、彼女と対等な関係を築こうとしている人がいないのではないか。


 他に接するようになってわかったが、三芳は愚痴の一つこぼすことはなかった。

 ただひたすら理想的な振る舞いを続けていて、物事に最良の結果を出し続けている。


 三芳にとって現状は、果たして窮屈でないのだろうか。

 どこまでいっても部外者にすぎないおれには、どうすることもできない。

 それでも、やはり彼女を心配な気持ちは接する度に大きくなっていた。


「ほんの少しだけでも負担を緩和するのが、おれの役目」


 グッと拳を握り締めて、おれは二階の窓から校庭を見下ろした。


 眼下、準備を終えて開幕を待つ文化祭の出し物が幾つも並んでいる。

 多くの生徒はこの行事を一番楽しみにしているが、おれは淡々と一日が過ぎるのを待つだけだった。


 でももう、違う。

 好きな人が、少しの時間だけ楽させてあげられるのなら。

 おれは必要以上に頑張ってみせる。




 ◾️◾️◾️




 ──文化祭当日。


 青透高校は多くの人々で賑わっている。

 至る所で今日のために準備してきた生徒たちが思う存分に出し物を披露して、来る人たち全員を楽しませようと全力を注いでいる。


「にしても、ホント人多いな」


 青透高校の文化祭は校外の人も参加できるため、地域の人々や他校の生徒、保護者と参加者は色々だ。

 そこに学校の生徒や教師も当然いるわけだから、ごった返すのも無理はない。


 文化祭は前半が奇数の出席番号。後半が偶数の出席番号の順番で、出し物を出す側と学校を回る側とで分かれている。

 ただし文化祭実行委員は例外だ。出席番号が奇数偶数問わず両方の時間校内を駆け回らなければならない。

 クラスの仕事をこなしつつ、文化祭実行委員の仕事をこなす。実行委員の仕事は体育館で行われるライブや校外から来た人たちの案内、ゴミ拾いなど多岐に渡る。


「十時から体育館の照明係か。行かないと」


 実行委員は一人一人に仕事が割り振られている。

 おれはそれが書かれたメモに目を通してから、体育館に向かって歩き始めた。


 生憎、三芳は現在別行動中だ。

 実行委員の女子連中が手伝いたいと声を揃えるものだから、流石に割り込めなかった。

 後で合流できたら、三芳の仕事を代わりに引き受けよう。




 ◾️◾️◾️




「三芳さん!」


 ──気持ち悪い。


「芽亜ちゃん!」


 ──気持ち悪い。


「三芳!」


 ──気持ち悪い!




「けほっ、けほっ……」


 瑛陵高校、東棟一階。

 その端にある利用者のほとんどいない女子トイレで、私は催した吐き気から急いで駆け込み、醜く胃の中の物を吐き出した。


 東棟一階は文化祭関係で唯一使われていないフロアだ。

 他の場所と比較すれば幾分か静かな場所。

 それでも、上の階や外から耳障りな喧騒が響き渡ってくる。


「酷い顔……」


 顔を上げて正面の鏡を見れば、窶れた自分の顔が写っている。

 乱れた紫髪、疲弊した顔。

 誰が見ても今の私は理想の『三芳芽亜』ではなく、疲れ切った憐れな『三芳芽亜』だ。

 日本を震撼させる『刎ね子』ですらない。


 本当によく耐えたと自分を讃えたい。

 それほどまでに、文化祭は私の心身を凌辱していく。


 単純に与えられた仕事が忙しいのはある。

 クラスの出し物であるベビーカステラと焼きそばの提供。料理系統はただでさえ神経を使う上に自由度が少ないことから避けたかった。

 過去のお化け屋敷やミュージカルの方が余程楽だった。

 引きが悪いにもほどがある。


 文化祭実行委員の仕事は一層過酷だ。

 校内を一日中駆け回る苦行を強いられる。

 結果的にあらゆる場所で声をかけられ、その都度演じて完璧な振る舞いを維持し続けなければいけない。


 文化祭は私にとって拷問以外の何物でもなかった。


「ふぅ……」


 水で吐瀉物を洗い流し、息を整える。

 心を落ち着かせ、鏡を見ながらいつもの『三芳芽亜』に表情を戻していく。

 強引に微笑を貼り付け、疲弊をその下に隠す。

 溢れ出る嫌悪感は立ち方や所作で強制する。


 自分が納得するまで、演じるためのルーティンを繰り返して。

 納得したところで私は女子トイレを出た。


「────」


 その前に一度足を止めて、入り口に立ち廊下に視線を巡らせ、耳を澄ませる。

 女子トイレにいる間に誰かがこの棟に来ている可能性は普通にある。

 誰かの姿がないか、声が聞こえないかを一通り確認。


 問題ないことを確かめてから、今度こそ私は女子トイレを出た。


 文化祭。学校の一大行事だが、楽しいと感じたことは一度としてない。

 休む暇もなく押し付けられた仕事をこなさなければならない苦行を、いったい誰が楽しいと思えるのか。

 私には到底無理だ。


 体育祭はまだ出番も少ない上に役職も限定的だ。

 それでも疲れるというのに、文化祭は常時動きっぱなし。加えて、関わりたくもない人間とも会話せざるを得ない状況に陥ることも多い。

 

「頭痛い……」


 廊下を出る直前に額を抑えて顔を顰めた。


 ……文化祭の前日くらいから偏頭痛が治らない。


 元から偏頭痛持ちではあるが、今日は一段と痛みが強い気がしている。

 とはいえ、まだ文化祭は始まったばかりだ。

 ここで倒れるわけにはいかない。

 無理にでも完遂するのが、私がやるべきことだ。


「いかないと……」


 頭を振って私は廊下を出て外へ。


「あれ、三芳?」


「──っ」


 外に出た瞬間、横から声がかけられた。


 今、どうして今?

 タイミングがあまりに悪い。

 誰だ?


「──。阿久津君でしたか。奇遇ですね」


 声をかけてきたのは阿久津大牙だった。

 私の文化祭実行委員の相方。

 最近、何かと私と関わりの多い男子生徒。


「三芳こそ、今は校庭で案内係だったと思うんだけど」


「少し流れが落ち着いたのでお手洗いに来たんです。阿久津君は何故?」


「おれは手伝って欲しいって呼ばれて、それが東棟二階で来たんだ」


 いつもと変わらず適当な会話で流す。

 今は、一刻も早くこの場を離れたい。


「では、私は持ち場に戻りますね」


「あのさ」


 その場を後にしようと歩き出したところで、再び阿久津の声に呼び止められた。

 足を止めて振り返れば、真剣な眼差しで彼は私を見ていた。


 鬱陶しい。

 ただでさえしんどい状況だというのに。


「──無理してないか?」


 その一言に、私の中でブチっと糸が大きな音を立てて切れた。

 忍耐力の糸が、千切れた。


「どうしてそう思うんですか?」


「いや、今朝会った時と顔色が違うよう見えて。違ったらごめん」


 二の句を次ぐのにやや時間がかかってしまった。


 なんと返すのが最適解か。

 平気だと答えるか、実は体調が優れないと答えるか。


「────」


 ここは、素直に答えて一度溜まったストレスを吐き出しておくべきだろう。

 そうでないと、今にもおかしくなりそうだ。


「実は今朝から頭痛が続いていて……」


「え、大丈夫か?」


「そこまで重症ではないので、なんとか終わりまでもつと思います」


 微笑を浮かべて、しかしやや疲れを表情に滲ませて私は答えた。

 すると阿久津は制服の胸ポケットから小さな紙を取り出して、考え込むような素振りを見せた。

 それから彼は言った。


「三芳、後仕事何が残ってる?」


「え?」


「おれ午後からは割と軽い仕事ばっかだし、代わりに三芳の仕事を担当してもいいか?」


 想定外の発言だった。

 私の代わりに仕事を担いたいとは随分と代わっている。


 阿久津大牙の文化祭実行委員の仕事はある程度把握している。決して、楽な内容ではない。

 私ほどではないにせよ、相当な数仕事を請け負っている。

 確かに彼の午後からの仕事は軽い物が多い。けれど、移動は多い。そこに私の仕事をとなると走り回るハメになるだけ。


「三芳はここで休んでて大丈夫だから。ここなら人もあんまし来ないから、話しかけられたりする心配も少ないしさ」


 どうやら本気で私の体調を案じているらしい。


 なら、その言葉に甘えることにしよう。

 精神的に参っていたタイミングだ。丁度いい。


「では、お言葉に甘えて」


 そう言って私は仕事内容の書かれたメモ書きを阿久津に渡した。


「阿久津君も無理はしないでくださいね」


「おれは別に……いや、サンキュ」


 やや頬を赤らめながら言い残して、阿久津は小走りに東棟一階を去っていった。

 その背を見届けて姿が見えなくなったところで、私は自身のスマホを取り出した。

 メッセージアプリを開き、ある人物に一つの連絡をした。


 それは──、


 《私の高校に来てください。万が一があるかもしれませんので》


 と、道具の羅奈にメッセージを送った。






 ◾️◾️◾️




「…………」


 額の汗を手の甲で拭い、途中もらった水を一気に飲んだ。


 現時刻は十四時を回り、文化祭の盛り上がりは更に加速している。

 この盛り上がりを維持したまま夕方の閉会式を迎え、その後に後夜祭の流れだ。


「にしても」


 偶然三芳と会い、明らかに疲れた様子だった彼女の仕事を請け負ったのはいいが──想像以上に多くの仕事を担っていた。


 文化祭の仕事はもちろん、クラスの出し物も相当な数請け負っていた。

 おれの仕事が軽かったとはいえ若干遅れが出てしまうくらいには三芳の仕事量が多かった。


 走って、走って、走りまくって。

 遅れは出したけどミスは無かったように思う。

 はっきり言ってキツかった。

 でも、引き受けた甲斐はあった。


 よくわかった。

 毎年、凡ゆる行事で三芳芽亜は人一倍頑張っていた。それは周知の事実だ。その『頑張っていた』の認識が大きく変わった。

 多忙で、その最中でも他者を気遣い、良い結果を残すための最善を尽くしていた三芳は、尋常じゃなく疲弊していたに違いない。


 それを相談できる相手はいるんだろうか。

 一人、心当たりはある。

 だけど、その相手はもう……。


「大丈夫か阿久津」


 座り込んでいるおれの下に同じクラスの友人、須賀無が近寄ってきた。


「無理しすぎだろ、お前」


「そこまで無理はしてない」


「否定しない時点でどうかと思うぞ」


 呆れた様子で言う須賀無。

 その反応におれは返す言葉がない。


「三芳の仕事引き受けてんの?」


「まぁ、そうだな」


「あのさぁ……前から聞きたかったんだけど、いつからそんな三芳を意識するようになったんだよ。ちょっと前までまるで興味なかったくせに」


「意識とか、そんなんじゃ……」


 反射的に須賀無から顔を背けた。

 ……これじゃ、意識してるって言ってるようなもんだ。

 だけど、悟られてしまって恥ずかしくなって、つい顔を背けてしまった。


 おれの反応に須賀無は「はぁ……」と大きなため息をついた。


「事情は聞かないけどさ、お前いくら何でも掛け持ちしすぎだ。少し手伝わせろ」


「迷惑かけたくないから必要ない」


「黙れ。ほら、さっさと仕事よこせ」


 視線を鋭くしながらおれに向かって手を差し出す須賀無。


 渡したら、カッコがつかない。

 手伝ってやるっていって、結局いっぱいいっぱいになって誰かにカバーしてもらうとかダサすぎる。


 ──あぁ、本当にいつから三芳をここまで意識するようになったんだか。


「言っとくけど、お前が平凡なヤツなのは中学からよく知ってるからな。今更、友達相手に強がってんな」


「──っ」


 須賀無誠は、中学一年の時からの友達だ。

 よく遊ぶ仲で、お互いの性格もある程度は知り尽くすほどに仲が良い。

 だから当然とばかりに、須賀無はおれに言葉を重ねた。


 自分がダサい奴なのは今に始まった話じゃない。

 それでも、カッコつけたい時はある。

 おれも一人の男だから。


 それに、それにだ。

 文化祭実行委員ですらない友達に頼るマネして、迷惑をかけたくない。


「早く」


 須賀無の表情は険しさを増した。

 明らかにおれに対してイラついている表情。


「周りの目気にしてんのなら、気づかれないようにやってやるよ」


 その言葉に、これ以上の躊躇は友達としてすべきではないと思った。

 ここまでおれを尊重して気を遣ってくれる相手の好意を無碍にするほど、おれは落ちぶれたつもりはない。


「……頼む」


「それでいんだよ」


 申し訳なさげにおれは午後の仕事内容が書かれたメモを須賀無に渡した。

 すると須賀無は嬉しそうにそれを受け取った。


「じゃ、手分けしてやるか」


「おう」


 おれはゆっくりとその場から立ち上がって、須賀無と役割分担について話し始めた。




 ◾️◾️◾️




「お前無謀がすぎんだよ……!」


 強めに肩を叩かれて、おれは須賀無に頭を下げた。


 文化祭は無事に閉会式を迎えて大盛況の中幕を閉じた。

 現在は後夜祭準備の最中。おれは担当ではないので、今こうして眺めているだけで済んでいる。


 あの後、おれと須賀無は元からおれが抱えていた仕事と三芳の仕事をやりやすいように分担した。

 その結果、多少の遅れはあったものの無事に文化祭閉会式を終えることができた。


 そう、遅れはあった。

 須賀無が実行委員の仕事についてそこまで説明を受けていないのはある。

 ただそんなことは些細な要因だ。


 結局は、おれが無理に三芳から仕事を受けたのが一番の要因……。


「でもさ」


 俯きかけたおれに須賀無は言葉を続けた。


「できないかもしれないってわかってんのに、助けたい一心でやろうとするお前。結果だけ見ればダサいけど、総合すればカッコいいな」


 正面、着々と進む後夜祭準備の流れを見ながら、須賀無は笑った。

 そう言ってもらえただけで、情けなさから目を背けなくて済む。


 東棟で三芳と会った時、なにも気づかないフリをしてその場を後にする選択肢は浮かばなかった。

 特別三芳に詳しいわけじゃない。だから、初めに見た時は気が付かなかった。

 けれどなんとなく、疲れているように見えた。


 好きな人が困ってる。

 理由はそれだけで十分だった。

 須賀無の言う通り結果的にダサい終わりになった。それでも、仕事を引き受けたことに後悔はない。


「──お疲れ様です。阿久津君、須賀無君」


「三芳!?」


 突然背後から声をかけられて、おれは思わず声を上げていた。

 振り返ればそこに今話の話題にあがっていた三芳芽亜の姿があった。


 あの後、少しの休憩を経て彼女も少量の仕事を担っていた。

 そのことを心配していたが東棟で会った時の様な疲れは感じられなかった。


「体調は?」


「お陰様でもう大丈夫ですよ。阿久津君のお陰です」


「おれは……」


「本当こいつは大したもんだよ!」


 おれが三芳から目を逸らすと同時、須賀無がそう言っていた。


「と、言いますと?」


「おい……」


 おれは咄嗟に須賀無の肩を掴んでその先を言うのを辞めさせようとした。

 しかし、おれの方を向いて陽気にウィンクしてみせた。


 こいつ、何言うつもりだ?

 あんまり変なことなら本気で止めないと。


「午前中から休みなしにずっと走り回っててさ。自分のじゃない仕事も代わりにやったりしてて」


「その辺に……」


「で! 他の実行委員とか、学校に来た人たちにも気配り欠かさなかったんだよ」


 肩を掴む手を強めにしたらわざと須賀無は大声で話を続けた。

 もういいや。

 須賀無、そう言う奴だし。


 今日は助けてもらった側だから、多めに見ることにしよう。


「マジで、友人として誇らしいよ」


 最後にそう言った須賀無の顔にふざけた様子はなかった。

 声のトーンからも真剣さが滲んでいるのがわかった。

 なんともむず痒い。


「阿久津君」


「ん?」


 話を静かに聞いていた三芳。

 彼女は須賀無から視線を外して、おれの名前を呼んでから真っすぐに見つめてきた。

 居心地の悪さを感じる。

 でもなんだろう、目を背けちゃいけない気がした。


「一日、いいえ、文化祭準備の時からですね。本当にありがとうございました」


「……ぁ」


「──とても感謝しています」


 言われた瞬間、おれの心臓の鼓動は強く脈を打った。


 思い出される文化祭実行委員に立候補してから、今日までの大変な日々。

 初めはやるつもりはなかった。だけど、三芳が立候補してるのに男連中は誰一人やろうとしなかった。いつもは三芳、三芳って言うくせにしんとなった教室内は気分が悪かった。

 それに嫌気がさして、彼女に対する恩もあったことからおれは文化祭実行委員になった。


 実行委員になる以上は、彼女のために全力を尽くしたいと思った。

 負担を減らすために柄にもなく率先して仕事を引き受けて、三芳の分の仕事も最終的に自分で引き受けた。


 勝手で、必要なかったかもしれない。

 ただそれでも、東棟一階で出会った彼女は、確かにいつも見ない疲れた顔をしている気がしたから。

 たとえ必要なかったとしても、自分勝手だとしても、三芳のためになりたかった。


 理由はたった一つだけ。


 ──三芳芽亜を好きになったから。


 体育祭の日、大事な局面でミスを犯して自分自身を呪った。

 一部のクラスメイトには否定され、馬鹿にもされた。だが三芳は、おれは頑張っていたと言ってくれた。馬鹿にするやつを許せないと、言ってくれた。

 あの日の優しさに、どれほど心が救われただろうか。


「「「おおー!!!」」」


 正面、校庭の中心に置かれた薪組みに火がつき、大きな歓声が上がった。

 瑛陵高校文化祭、最後の一大イベント。

 後夜祭のキャンプファイヤーだ。

 赤々と燃える炎は薄暗い夜を美しく照らす。


 火がついた後、学校の放送を使って流行りの曲が流れ始めた。

 みんな音楽に合わせて、踊り、歌い、笑い合っている。

 明るく楽しい熱気が、瑛陵高校を包み込んでいる。


「須賀無?」


 気がつけば、須賀無はこの場にはいなかった。

 察した……というか気づいてたんだな。

 しかし今は、その配慮に感謝したい。


「──三芳」


 今日という日は、ここ最近で一番頑張ったかもしれない。

 そして今から、また一つ力を振り絞る。


 ……おれも後夜祭の熱気にあてられてるのかな。


「どうかしましたか?」


「話がしたい。二人きりで」




 ◼️◼️◼️




 三芳を連れて来たのは、午後初めに偶然出会った東棟一階。


 文化祭後は人がいないと思ってる場所ほど人がいたりする。まさにこの東棟一階はその一つに入る。

 しかし今日は運が味方してくれた。

 誰も人がいない。


 入り口からは極力離れた位置で、おれは立ち止まり三芳と向かい合った。


「……ふぅ」


 おれは大きく深呼吸をした。

 こういう時、普通は緊張するもんなんだと思う。

 でも、おれの心は不思議と落ち着いていた。


「お話とはなんでしょうか?」


 三芳は小首を傾げて尋ねた。


 三芳はとっくに気づいているはずだ。

 誰からも好かれる彼女が気づかないはずもない。

 異性から向けられる好意に。


 目の前に立つ三芳からは、どこか慣れた雰囲気を感じる。

 何度も経験しているのは間違いない。

 告白されるという、経験を。


 だからって、おれはダメ元で告白しようなんて微塵も考えていない。

 本気で、おれは体育祭のことを感謝している。

 本気で、文化祭で大変な思いをしてるかもしれない三芳を手助けしたいと思った。


 純粋に伝えたい。

 三芳芽亜に、好きと。

 尊敬して、憧れて、感謝している彼女に好きな気持ちを伝えたいのだ。


 言わない後悔より言う後悔だ。

 いや、それもちがうな。

 あるのは言わない後悔だけ。

 告白した後フラれたとしても、誰かにそれを馬鹿にされたとしても構わない。

 告白したことは絶対に後悔になんてならない。


 今のおれの心にある好きの気持ちは『本物』だから。


「ごめん。来てもらって」


「いいえ、特に予定もありませんでしたし、阿久津君といる方が私も落ち着きますので」


「そ、そっか……」


 サラッと言われて頬が熱くなる。


「………」


 東棟一階に外からの歓騒と校内放送から流れる音楽が響き渡る。

 流れている音楽は数年前に流行ったバラードの名曲。

 意図していないが良いタイミングだ。


 伝えよう。


「前にも言ったけど、体育祭のリレーの時おれは三芳に救われたんだ。あの時のことは今も本気で感謝してる」


「────」


「文化祭実行委員になったのは三芳への感謝から、少しでも手伝いたくて。だからなったんだ」


 いざ話し始めると、言葉は辿々しくなってしまう。

 だけど想いの全てを口にするためにゆっくりと話を続けた。


「準備の時は人一倍仕事をしてて大変なはずなのに最高の成果を残してて、やっぱり三芳ははみんなが憧れる理想の存在なんだなって思ったよ。でも」


「────」


「当日の午後にここで会った時、何処か疲れてるように見えて。その時、自分よりも物凄く周りを大事にしてて努力してるんだってわかって、おれの中で今まで以上に尊敬する存在になった」


「────」


「憧れもある。尊敬もある。ただそれ以上に、体育祭の時の感謝が大きいんだ。──一目惚れしたんだよ」


 言った。

 直後、猛烈な緊張感に襲われる。

 けれどその緊張感をも糧にするつもりで、おれはその先を口にした。


「三芳。──おれと付き合ってください」


 勢いよくおれは手を差し出して、頭を下げた。


 顔が熱い。緊張する。

 鼓動が凄まじい速度で動いている。

 その全てを無視するようにおれは強く目を閉じた。


「……っ」


 じっと、三芳の答えを待つ。

 今だに歓騒は続き、音楽も流れ続けている。


 三芳、どんな顔しておれを見てるんだろうか。

 いつもの微笑か、それとも困惑した表情か。

 答えが貰えるまで怖くて顔が上げられない。


「ありがとうございます阿久津君」


 数分程度時間が流れたところで三芳は口を開いた。

 瞼を閉じたままおれは先の答えを待った。


 覚悟はできてる。

 付き合ってくれたらすごく嬉しい。

 フラれたとしても、今まで通り接するつもりだ。


 おれは──。


「え?」


 変化は突然訪れた。

 しかしその変化は、なにかおかしかった。


 体の一部分に感触がある。

 この状況下で考えられるのは差し出した手をとることぐらいだ。

 でも感触があるのは腹部。

 硬く、熱い感触がある。


 そう、何故か熱い。

 さっきまで顔だけが熱かったのが、腹部が尋常じゃなく熱い。

 十二月も目前の今日、暖房もないこの場で一部分が異様に熱く感じるのはおかしい。

 おれの腹部は突然、痛いほどに熱くなり始めたのだ。


 ……待った。なんか本気で、痛い。


 突然の異常な熱と痛みにおれは閉じていた瞼を開いた。


「──は?」


 一瞬、目を疑った。

 だからもう一度、腰を折った状態のまま目を擦って、瞬きを繰り返して、自分の腹部に目を向けた。


「いゃ、ぇ、は? ぅ……」


 なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!


 ──なんでナイフが刺さってんだよ!


「はぁはぁ……! ぅぶ……」


 顔を上げると同時におれは大量の血を床にぶちまけた。


 突然起こった変化の正体。

 強烈な熱と痛みは、ナイフに刺されたことが原因だった。

 それを自覚した途端、先ほどまで多少の痛みで済んでいたのが激痛に転じた。


「いっ……てぇ」


 腹を抑えながら、背後の壁の支えでなんとか立てている状態。


 本気で意味がわからない。

 何が起きた?

 夢?

 マジで刺されてるのか?


 誰が、こんな。


「耐えられなかった」


 声が聞こえた。

 疲れきった女の声。

 三芳の声だ。


 恐る恐る、おれは顔を上げた。

 顔を上げて、絶句する。


 不気味で、闇を溢れさせて、狂気をわかりやすく滲ませて。

 ──歪んだ笑顔を、浮かべていたのだ。


「渡井楓奈が余計なことをしてくれたので、控えようと思っていたんです。最低でも年内は、誰も手にかけることなく、動物さえも手にかけずに静かに暮らそうと」


「なん、の、話……」


「我ながら忍耐力には自信がある方だったのですが、やはり無理だった。耐えるなんてもはや不可能でした」


 三芳はおれを見ずに話し始めた。


「面倒な体育祭と文化祭。体育祭は体力も使いますし、ある程度のパフォーマンスで動かなければやる気がどうのと指摘される。クラスの勝利など私にはどうでもよいことなのに、それを口にすることは当然憚られて。態度や言動、行動で示す道しかない」


「み、よし……?」


「文化祭も面倒でしたね。毎年毎年、押し付け合いの実行委員の立候補に始まる。三芳さん三芳さんって、結局は自分がやりたくないだけなのに、私ならと囃し立てる。不愉快極まりないです。準備の時も不必要に声をかけられて、手伝いを必要とされなくて良い積極的に声をかけて手伝いがいるか否かを聞きながら働き通し。最悪です」


「な、なぁ……」


「当日は一箇所に留まることは許されない。なにせ、学校の人気者三芳芽亜ですから。あらゆるクラスに出向き、挨拶をしに行かなければいけないわけで。時間の許す限り、行ける場所の全てに足を運ばないといけないのです。こちらには文化祭実行委員の仕事もあるというのに無駄に動き回り続ける。本当に例年通りの地獄具合に吐き気がしましたね」


 ツラツラと言葉を並べていく三芳。

 彼女の言っている内容がまるで理解できなかった。

 ただ茫然と、痛みに奥歯を噛んで耐えながら、必死に話を理解しようと聞くことしかできなかった。


「しかしながら、耐えられなかったと言っても過去には耐えているわけです。ですから、今年も不快な行事を耐えぬいて休みを迎える想定でした。けれど一つ、イレギュラーが発生した」


 最後の一言で彼女は声を低くした。

 表情は変わらない。

 でも、少しだけ言葉に怒りが混ざっているように感じた。


「最初はいつもと何一つ変わらない、優しさ溢れる八方美人を演じただけのつもりでした。あの局面ではそれが正解で、それ以下の選択は私の今後を苦しめるだけですので」


「…………」


「実際、当事者の株の減衰は最小限に済ませただけでなく、私の好感度は向上したので最適解なのは疑っていません。しかしながら、人生とは最適解を選んだからと言ってマイナス要因が確実にゼロになるとは限らない」


「…………」


「そのマイナス要因は、体育祭後にどんどん厄介な存在として大きくなっていきました。実行委員の立候補程度ならまだ良かった。単なる恩返しで止まってくれると思った」


 おかしい。

 胸の奥が、心がざわついている。

 三芳の話の先を聞いてはいけない気がした。

 そうは言っても、逃げられるような状態じゃない。


 聞きたくない。

 聞いちゃいけない。

 聞いてしまったらおれは、おれは──。


「私の考えの甘さを思い知らされましたね。もっと想定を重ねておくべきでした」


「ま……」


「──阿久津大河さえいなければ、私は失態を犯さずに済んだ」


 目を見開いた。


 喉の奥が凍りつくような感覚。

 そこを起点に急激に全身が寒気に襲われた。


「まだ理解していないようなので教えて差し上げましょう。あなたを刺したのは私です。他の誰でもなく、三芳芽亜が、阿久津大河をさしたんです」


 言われた瞬間、頭が真っ白になった。


「ただ気を使う優しい『三芳芽亜』を演じるために転んだあなたに寄り添っただけだというのに、一目惚れされるとは思いもよりませんでした。阿久津大河という何事にも無気力で必要最低限の生活を好む人物だから問題ないと甘く見ていました」


「────」


「そのことについてお礼を言うだけで終わればいいものを、勝手に私を解釈して無理やり手伝おうとして、挙句上手くいかず。なのに、よく告白までこれたものです」


「────」



 冷えた瞳で、嘲笑うようにおれをみる三芳。


 どうしよう。

 今おれは何をすればいんだ?

 何を言うのが正解だ?

 そもそも正解ってなんだ?


 ……もう、わけわかんねぇ。


「……なんで」


「はい?」


 痛い。あまりにも痛すぎる。

 さっきまで熱かったのに寒気が治らない。

 考える頭もとっくに失いつつある。


 だけど、これだけは聞かないといけない気がした。

 絞り出すようにおれは三芳に疑問を突きつけた。


「おれが、嫌だったら、最初に……」


「あなた、私を知っていてよくそんなことが言えますね。あなたを嫌だと口にすれば理想とされる『三芳芽亜』像が崩れるんですよ。たとえ相手がどんなに薄汚い人間だとしても、私が外にいる以上は全肯定しなければいけないのです」


「問題があったなら、言ってくれれば」


「私の辛さを緩和させられたとでも? そう思うなら、小学校一年生の時に私の友人になってください。高校に入ってからではとうに手遅れですので」


 別人と会話してるみたいだ。何を言っても否定される。

 それでも。

 泣きたくなるような想いを胸のうちに必死にしまい込んで疑問を重ねた。


「殺すほどに嫌なら、おれは……! おれは!」


「──? なにを勘違いしているのですか?」


 嘲るような表情が本当に意味のわからないことを言われた理解できないとする表情へと変わる。

 それから、納得したような顔をして、再びおれを嘲笑った。


「確かに阿久津大河を殺したかったのは事実ですね。ただ一つ、あなたは大きな勘違いをしています」


「勘違い?」


「ええ。私は阿久津大河を面倒だと認識しています。その結果が今な訳ですが、阿久津大河単体なら別に殺したりなんてしませんよ」


 何を言ってるんだこいつは。

 まるで理解できない。


「言ったでしょう? 忍耐力が限界を迎えたと。要するにとっくの前から、この学校のあらゆる存在が憎くて、鬱陶しくて、邪魔だと感じていました。ストレスが溜まるのに歯止めは効かず、溜まりに溜まり続けて。衝動が抑えられなくなったんです」


 そう話を区切ってから、三芳は一泊置いて口を開いた。


「知っていますか? 日本中を震撼させている快楽殺人鬼の名前を」


「……っ」


「『刎ね子』と言うのですが──それが私です」


「……は?」


「殺す衝動、性格には首を刎ねたい欲求を抑えられなくなりましてね。なので阿久津大河が憎くて殺したわけではありません。日々の積み重ねというやつです。殺す相手なんて欲求を満たせれば誰でもいい。たまたま、近くに私を好いている刎ねがいのある人がいただけのことです」


 思いもよらない発言。

 それを聞いておれは絶望するしかなかった。


「なんだよ、それ……」


 全身から力が抜け落ちる。

 視界は霞み、立っていることすらままならなくなり、地面に倒れた。


「なんだよ。なんだよなんだよなんだったんだよ……!」


 無性に怒りが湧き上がってくる。


 初恋だった。

 一目惚れして、付き合えたらなんて想いで手伝ったり声をかけたりしてた訳じゃない。

 おれはただ、彼女に無理をしてほしくなかっただけだ。

 なのにどうして、こんなことになってんだよ。


「くふ……うぅ……!」


 悲しかった。悲しくて悲しくてたまらなかった。

 涙が止まらない。


 三芳が『刎ね子』だった現実も悲しい。

 でもそれ以上に、おそらく殺人鬼になる以前から全ての他者を邪魔だ鬱陶しいと感じ、それを表に出さずに上っ面だけで接されていたとわかって、悲しいどころの話じゃない。


「阿久津大河、さようなら。ああ、お昼の気遣いは助かりましたよ」


 遠のく意識の中、冷めた声音がはっきりと聞こえた。


 死ぬ、のか?

 ここで本当に全部終わり? 後ろめたい人生から、ようやく前を向いて進んでこうって決めたのに、死んじゃうのか?

 家族にも友達にも何にも言えてないのに、ホントに何も、何一つ、返せてないのに。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──!

 怖い死にたくない怖い死にたくない怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない‼︎


「死にたく、ない……」


 体が言うことを聞いてくれない。

 意識はこんなにも死を拒絶しているのに、手足の一切が動かない。

 腹が燃えるように熱い。なのに全身は異常に冷たくて寒い。


「……ぁ」


 今日までの日々が思い返される。


 短絡的で地味な人生。

 どちらかと言えば不可によった誇れることが何一つない人生。

 それが、変わろうとしていた。


 三芳芽亜に助けられて、一目惚れをして、何かしなくちゃいけない感覚が湧き上がってきて。

 だから、下心なんて本当になくて。ただただ、自分のためにも彼女のためにも頑張ろうとした。


 ──想いを伝えて壊れるなんて思いもしなかった。


「……ぁ」


 声もまともに発せなくなっていた。

 霞んだ視界に映るのは木目の暗い地面。


 遠く遠く、外の騒ぎと校内で流れるバラード曲が聴こえる。

 それらと比較しておれの拍動はあまりにも静かになっていた。

 ほんの数秒前まで、うるさいぐらいになっていた心臓の鼓動の音が、一秒重ねる毎に小さくなっていく。


 こんなことなら、今まで通り情けない人生を歩き続けておけばよかった。

 不可に寄ってるからって酷いわけじゃない。ごくごく普通の、何の面白味の無い人生なだけ。

 世界中見渡した時、取り柄があって誇れる人生のヤツがどれぐらいいる?

 少なくともおれみたいなヤツのほうが多いだろ。


 努力の結果無駄になるなんてザラだ。

 でも、無駄になって踏み躙られて死体蹴りされて。

 こんな最悪な結果になるなら何もしなければよかった。


「もうやだ……」


 最後にハッキリと口にして、視界は真っ暗になった。

 声も出せなくなり音も全て消えた。


 最後、涙が頬を伝う感覚だけが──。

 ────────────────。

 ──────────────────────。





 その日、文化祭という楽しい日に全てを踏み躙られ、心を壊されて──阿久津大河は、殺された。




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