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第三十二話 『恋心』

 


 体育祭から三日が経った。


 結局、おれのクラスである三年一組は二位という結果で体育祭を終えた。

 特別足の速い生徒が少ない中での勝負だったが間違いなく良い戦果で終えられたと断言できる。

 心なしかクラスの一体感も上がり、クラスメイト同士の関係性も良くなっているように感じられた。


 おれはというと、別段コケたことを咎められるようなことはなかった。

 陰で言われてんのかもだけど……。

 まぁ、直接は無かったし冷たい扱いを受けることもなくて一安心だ。


 それもこれも全て、


「さすが芽亜ちゃん!」


「全然、そんなことないですよ」


 クラスの女子に話しかけられて謙遜している三芳。


 彼女を見ながら、体育祭のクラス対抗リレーでコケた時の記憶を思い出す。

 足がもつれた瞬間、心底後悔した。

 バトンゾーンが近づいたからってもう大丈夫なんて安心した自分を殴り飛ばしたいほどに、後悔に苛まれた。


 騒がしい声援で満たされているはずの学校が、コケた瞬間のおれには時が止まったかのように静かだった。

 だから、具体的に誰が言ったかはわからないけど「なにやってんだよ」って言われたのが確かに聞こえて、本気で悔しかったし、辛かった。


 でも、後悔の念に満たされるおれに三芳は言ってくれたんだ。


『私は、阿久津くんが今日のためにたくさん頑張っていたのを知っています。ずっと、見ていましたから』


 怪我の心配をしてから、笑みを浮かべておれを気にかけてくれた言葉。

 あの言葉に、おれは救われた。


 その日限りのただのリレーだって言われても、始めから期待すらされてなくて、挙句に失敗して失念されれば心も痛くなる。

 三芳が仮になにもしていなければ、後々おれが浮いてたかもしれない。

 体育祭のリレーは、おれにとってはただのリレーなんかじゃ無くなっていた。


 だから、情けないおれを気にしてくれた三芳には、心から感謝している。


「──ぁ」


 不意に三芳がこちらを向くとおれと目が合い彼女は微笑んだ。

 反射的におれは顔を逸した。


 ……なんかわかんないけど、体育祭が終わってから三芳と顔合わせんの気まずいんだよな。




 ◾️◾️◾️



 体育祭が終わってから一週間が経った。

 結果は上々、クラスの雰囲気も上々。

 それを次の行事で維持できたら尚更いいのだが。


「では、文化祭実行委員を決めたいと思います!」


 担任の菊地先生が元気さを溢れ出させてそう言った。

 毎回無駄に明るいけど、この人の元気さはいったいどこから湧き上がってくるのやら。


 いや……。

 多少無理してでも、明るく振る舞ってたりするのかな。


 霜月が亡くなってから早半年。

 誰一人として、彼女が『刎ね子』に殺害された衝撃は抜けきっていない。

 体育祭後、クラスの沈んだ空気はだいぶ緩和された。でも、未だに悲しみは残ったままだ。

 だからこそ、クラスの担任である以上、強く振る舞和なければならないと思っているのかもしれない。


 だとしたら凄いことだよ。


「例年通り、各クラス男女一人ずつ文化祭実行委員になる決まりです。なので、男子二人女子二人はダメ。必ず! 男女一人ずつです!」


 敢えて二回以上言った菊地先生。

 そして早くも一人、文化祭実行委員に立候補した。


「私やります」


 三芳だ。

 他の誰よりも早く手を挙げて柔らかく微笑んでいる。

 その姿にクラスのほとんどの人間から歓声が上がる。

 別段、特別なことはしていないのに大多数が賞賛する。それが、三芳芽亜が今日まで積み上げてきた功績なんだろうな。


「次行きますよ! 男子はだれがやりますか!?」


 菊地先生が教室内の男子全員を見渡しながら問いかける。

 だが、菊地先生と目が合えば顔を逸らすヤツばかり。次いで「お前がやれよ」と茶化しながらの押し付け合い。


 シンプルに実行委員なんて役職をやりたくない人の方が多いのが現実だ。

 文化祭に興味がなければやる理由ないし、単純に楽しみたい奴も時間が取られたくないが故に実行委員にはならない。

 結局、面倒だからを理由に皆実行委員なんて役職をやろうとしない。


 でも、おれたちのクラスの場合、理由はもう一つある。

 相手が三芳だからだ。

 少しでも対等に仕事がこなせなければ周囲から叩かれる。全うに仕事がこなせていても、三芳芽亜という目立つ存在の横で仕事をしている以上変な比較をされて下に見られる。結果的に悪目立ちする。


「…………」


 しんと沈黙で教室が満たされる。

 気まずい空気に男子はそれぞれ居心地悪そうにしている。

 対して女子は、男子に対して鋭い眼光を送っている。


「女子二人じゃダメなんですか?」


 女子のうちの一人がそう先生に質問した。

 しかし残念。


「例年通り文化祭は男女一人ずつって決まってるのでできません……」


「そうなんですか……」


 菊地先生の答えに女子は肩を落とした。


 何故かはわからないが、文化祭実行委員は必ず男女一人ずつという決まりがある。

 今年もそれは変わらない。


「誰かー? やりませんかー?」


 再度の菊地先生の呼びかけ。

 けれど、挙手する男子は出てこなかった。


 ……仕方ない。


「やります」


「お! 阿久津くんありがとう! 他にいなければこれで決めちゃいますよ?」


 元々、三芳には体育祭で助けてもらったのもあって、誰もやらないならやるつもりだった。

 おれの挙手で男子たちは喜んでいるのに対し、女子は「なんで阿久津?」みたいな顔してる奴ばかりだ。


 わからないでもないけど、そういう反応されるとやる気が失せるんだが。


「じゃあ、三年一組の文化祭実行委員は三芳さんと阿久津くんで決まりです! 拍手ー!」


 こうしておれは、三芳と共に文化祭実行委員をやることとなった。

 チラと三芳の方を見れば、いつもの優しい笑みを浮かべておれを見ていた。


 なんとなく気恥ずかしさにおれは三芳から目を逸らした。




 ◾️◾️◾️





「よかったんですか?」


 文化祭実行委員決めが終わり、おれが教室を出たところで背後からそう言われた。

 振り返れば三芳が眉を下げて申し訳なさそうにして立っていた。


「いや……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 これ「感謝してるから」ってそのまま言って平気か?

 なんか見かけによらず重たい奴だて思われそうで抵抗がある。


「?」


 首を傾げて言葉の先を待っている三芳。


 ……むしろ、誤魔化す方がダサいな。

 体育祭の日に三芳に救われたのは事実なんだ。

 誤魔化す理由なんてどこにもないだろ。


 よし。


「体育祭の時のこと、感謝してるんだ」


「体育祭ですか?」


「おれさ、転んだとき本気で落ち込んでたんだよ。やらかした、何やってんだよって」


 脳裏に思い描くのは体育祭のクラス対抗リレーで転んだ時、優しく声をかけてくれた三芳芽亜の姿だ。

 あの瞬間、己の体たらくを本気で呪った。

 失敗しなきゃいいくらいに考えて、別段頑張ろうとはしてなかった。その結果があの日の失態を生んだ。


 たかが学校行事。おれの認識ではそうでも他の人間は違う。

 十二分に理解していたのはずなのに最低限で練習して、失敗した。

 吐き出せる場所もなく、自分を責める以外になかった。


 でも、三芳はそんなおれに優しく声をかけてくれた。

 頑張っていたのを知ってるって。

 多分、三芳はおれがやる気なく練習してたの気づいてるはずだ。わかってて、落ち込むおれを慮ってくれたんだ。


 些細な出来事の一場面。

 だけど、おれにとっては本当に大きな一連の出来事で。


「みんな本気なのに全力じゃないおれのせいで負けるかもしれなかった。こけた時、クラスの奴ら心底呆れてたし、怒ってる奴もいた。普通そうだよな。やらかしたんだから。でも、三芳はおれに呆れるでも怒るでもなく、真っ先に怪我の心配をした。その上で、おれ自身を気遣ってくれた」


「阿久津くん……」


「改めてあの時はありがとう三芳。ただの体育祭かもしれないけどおれには大きな一日で、三芳の言葉とその後の走りでマジで救われたんだよ。実行委員はその感謝の意味もあるから、なったんだ」


 体育祭後まともに三芳と話す機会がなかった。挨拶くらいだろうか。

 でもようやく今日話せてスッキリした。


「ふふ」


 一通り話し終えた後、三芳は口に手を当てて笑った。

 やっぱり変な奴だと思われたか……?


「阿久津くんって、不真面目そうに見えてすごく真面目な人なんですね」


「おれは不真面目だよ」


「そんなことはありませんよ」


 三芳は微笑を浮かべたまま続けた。


「阿久津くんは自分が体育祭に本気じゃないって言いますが、私にはそうは見えませんでしたし、今の話を聞いて尚更そう感じました」


「────」


「練習で走ってた時も本番も。決して手を抜いたりなどあなたはしていない。失敗しないために、クラスに迷惑をかけないために。それが、阿久津くんにとっての全力ですよ」


「──っ」


 ああ、ほんとにすごいな。三芳は。


「感謝とか深く考えなくて大丈夫です。私が心配で、何か言わなければと思ったから伝えた言葉なんですから」


 そう言って笑う彼女の笑顔はおれには輝いて見えた。

 同時に、再度実感する。


 自分が、三芳芽亜に恋をしていることを。




 ◾️◾️◾️




 埼玉県北本市、とある公園にて。


「疲れました……」


「いつになくお疲れですね『刎ね子』様。なにがあったんです?」


「今ちょうど文化祭の時期でして。その仕事量と日々の演じることの二つで今にも壊れそうですよ」


 項垂れて不機嫌に本音を口にする。

 それを聞いてなぜか背中をさすってくる少女──世界で二人、私の本心と正体を知る人間のうちの一人である羅奈だ。


「背中をさする意味がわからないのですが」


「ごめんなさいごめんなさい! 羅奈は適切な言葉が思い浮かばないし、でもなにもしないのも嫌で、背中を……」


 彼女なりに考えた結果の気遣いの仕方なのだろう。

 最初から何か返事が欲しくて呼び出したわけじゃない。単に私の内側に溜まる毒を誰かに吐き出したかっただけだ。

 そうでもないと、すぐに首を刎ねに行ってしまいそうだったから。


 気遣われ方は気になるが、本心を話せる相手がいるだけでも助かる。


「ところで、麗花は元気にしていますか?」


「麗花さんならきしょ男の女の家で平凡に暮らしてるみたいですよ」


 羅奈の言うきしょ男とはリデルのことで、女と彼が有していた女奴隷のことだ。


 リデル殺害後、彼の奴隷だったサルビア──由ヶ崎麗花を生かして私の道具にした。

 ひとまず今は同じ女奴隷だった人間の家で同居しているが、なぜ無事なのか疑問でしかない。

 変わり者には違いないだろうが。


「無事ならそれで構いません」


「あの……」


「なにか?」


「『刎ね子』様はほんとに大丈夫なんですか?」


 私の背中に手を置いたまま羅奈は言った。


「首を刎ねなくなって二ヶ月、警察の警戒はわかりますけど……」


「問題ありません」


「でも」


「──問題ないと、言っているでしょう」


 声のトーンを下げて言い、私は羅奈を睨んだ。

 すると彼女がしょんぼりとして「ごめんなさい……」とまた口にした。


 敢えて言われる方が私として意識してしまい衝動を抑えられなくなる。

 警察の警戒が最低限緩和するまで一時的に首を刎ねるのは辞める。それがリデルの嫌がらせによる警察の警戒網強化への答えだ。


 緩和されるまで、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え続ける。また一人殺せば結局同じことだが、それはその時考える。

『刎ね子』に関する新しい情報を渡された以上、今は動けない。


「一つ、嫌な面倒はありますが」


 目を瞑り瞼の裏に思い描くのは、最近になって関わるようになった男の姿。


 懸念点は多い。

 面倒も増え続ける。


 だとしても、否が応でも我慢しなければいけないのだ。

 ──『三芳芽亜』を維持し、『刎ね子』を守るために。




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