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第三話 『激情による始まり』

 



「……ッッ!」


 縄の輪っかに足が通れば宙吊りになる仕組みの罠。

 テレビでよく見る仕掛けにかかった野良犬の首に包丁を突き刺した。


 悶える犬の動体を包丁を持つ手とは反対の手で力強く掴んで動きを抑え、絶命するまで包丁を上下左右に動かして再び刺す動作を繰り返す。

 そして──、


「手間のかかる子でしたね」


 顔に跳ねた血を左手で拭いながら、深呼吸して息を整える。

 今回で五匹目の野生動物の殺害。手慣れたとは言えず、今だに苦労させられる。


 包丁を刺して即死すれば良いものを、苦しみと防衛本能から悶えて暴れるのだ。そのせいで引っ掻かれそうになるため傷をつけないよう注意を払っていれば、今度は殺そうとすれば今度は抑えるのに体力を使う。


 そう言えば、過去に見た視聴率の低い刑事モノのドラマだったか。犯人が『殺すのは尋常じゃなく体力を使う』と聞いたのは。


「まさか本当だったなんて。さて」

 

 殺した瞬間はストレスが薄れていき、達成感が胸の内を満たしていく感覚は実に爽快で快感だ。

 だがそれ以上に、快感を感じる瞬間がある。


「ふ……」


 思わず笑みが溢れてしまう。

 こんな姿を見られれば、さぞ悍ましいと思われる違いない。

目撃者など、絶対に作らないが。


「たまらない……!」


 殺すのに使った包丁とは別に、首を刎ねるために持参した鉈を犬の首に当てがい、ゆっくりと前後させる。

 この瞬間がたまらなく心地良い。


 そうすること数分。

 草花の上に首が落ちた。


「意外に終わるのが早いのが難点ですが仕方ありませんね」


 五匹目の野生の動物殺害を終え、私はその場から静かに立ち上がった。


 三年に進級しても地獄は続いている。現状は依然として最悪だ。ストレス発散ができていなければ、今頃吐いているところだった。


 確かにストレスは薄れたと言える。が、やはり日々かかる負荷の方が勝ること。

 動物殺害の準備、場所探しや道具の選定に時間がかかること。

 そして、事件にされない範囲で日程と時間を分散させること。


 毎日連続で行えるなら率先して行う。けれどそんなことをすれば、私は警察のお世話となる。

 それだけは絶対に回避しなければいけない。


「とはいえ、死体は既に見つけれているわけですが」


 そう、既に三週間のうちに警察に死体を発見されてしまっている。


 場所は分散させたものの、最初の三箇所は全てさいたま市だ。一匹目が発見された後二匹目もすぐに見つかった。

 悪事に運は味方してくれない。腹は立つが、苛ついても事態は好転しない。

 今は次の安全圏を探すのに注力しなければ。




 ◾️◾️◾️




「それでお話とは?」


 昨夜の動物殺害の疲労も相まって、不快感が限界に達するのがいつもより早かった。駆け足で自宅に帰宅しようと立ち上がったところを一年から同クラスの霜月侑に引き止められた。


 私と一対一で話がしたいと体育館裏に連れてこられた。


「あの、ね……」


 さっさと帰りたいのに面倒くさい。

 霜月侑という女は何かと私に関わろうとしてくる。善人気取りが見えるのが余計に気持ち悪い。


 苛立ちは決して表に出さず霜月侑の返事を待つこと二分。

 彼女は伏目がちに話し始めた。


「無理、してない?」


「え?」


 瞬間、黒い感情が込み上げてくるのを感じた。


「わたしの勘違いかもだから、違うなら、それでいいんだ」


「────」


「──三芳さん、みんなのにために取り繕ってたり、しない?」


 驚愕に、目を見開いた。


 ……バレた。

 それも、たかだか三年程度の付き合いしかない女に。


「一年生の頃は気づけなかったけど、三回も同じクラスになってたくさんお話する内に、三芳さんが前より元気を失くしてるように感じて……」


「────」


「ねぇ、わたしの前だけでもありのままの三芳さんでいていいんだよ? どんな三芳さんも三芳さんだから」


 なんと……憎たらしいのか。


 お前が、お前が私の何を知っている?


 沢山お話した? たったの三回、同じクラスになっただけで仲良し気取り? 気持ち悪い。そもそも今の話では気づいたのは最近。それで声をかけて救おうなんてよく言う。私はお前のような女が心底嫌いだ。素行の悪い人間の方がまだマシ。なに、何がしたい? 仮にありのままの姿をお前に見せて、それで私を今の地獄から解放できるとでも? 絶対に無理。不可能。私はお前みたいな女とすら関わりたくないから。それとも自分の株をあげようって魂胆? だとしたらもっと気持ち悪い。お前程度の浅い女が、関係値の低い女が、私の苦しみを和らげられるものか。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち

 ──死ね。



「三芳さん?」


「……ぁ」


 激情にかられるあまり、内と外とで意識を切り離していた。

 さっきの発言以降も何か話していたようだが、私には一切届いていない。


 危ない。喉まででかかった。

 もしこれを口にしたら、私の努力は水の泡だった。


「──っ」


 拳を強く握り締め、怒りを抑え込む。

 そうしてゆっくりと前を向き、瞳を潤ませる霜月侑を見た。


「ありがとう、ございます。気づいたのはあなたが初めてですよ、霜月さん」


「……っ、そんな! 私はただ、三芳さんが心配で」


 どこまでも、気持ちの悪い存在だ。


 ああ。何匹殺せば、このストレスは発散できるだろうか。

 一、いや五、それとも十以上。


「そうだ」


 ──霜月侑を殺せば、今のストレスは全て晴らせるのではないか。


「霜月さん」


「はい!」


「三日後この住所に来てください。今日までの日々について、お話したくって」


「……っ! わかった! 時間作っていくね!」


 制服の胸ポケットに入れていたメモ帳の切れ端に、深夜二時にさいたま市の外れにある公園に来るようにと記述して霜月侑に渡した。


 満面の笑みで「またね!」と立ち去る彼女の背を見送った後、後ろを向いて。


「うえっ‼︎」


 はしたなく私は込み上げていた胃液を地面に吐き出した。


「死ね、死ね死ね、死ね……!」


 よく耐えたと我ながら自画自賛する。

 もはや、動物を殺すだけではこの怒りに歯止がきかない。


 今日の一件は──元凶を殺さないと、抑えられそうにない。




 ◾️◾️◾️




 深夜二時、さいたま市のとある公園にて。


「お待たせ三芳さん」


「夜分遅くにありがとうございます、霜月さん」


 指定時間丁度に霜月優は私の前に姿を現した。

 薄桃色のパーカーの下に白の半袖、下にはロングスカートを履いている。深夜だからか服装はシンプルなモノだ。

 どんな服装でも、今着用しているのが人生最後になる。何を着ていようと関係ない。


「そこにあるベンチに座りましょうか」


「うん!」


 夜中だというのに元気の良い霜月侑。煩わしい。


 早歩きでベンチに向かい、先に座った彼女は楽しげに足をバタバタしている。


「楽しそうですね」


「えへへ。あんまり夜に外出たりしないからなんだか新鮮で。……それに、三芳さんとちゃんと話せるの、初めてで、それで」


 どこまでも、霜月侑という女は優しさで形成されている。

 けれど私には、裏があるようにしか見えない。


「────」


 でももし、霜月侑の優しさが、裏表のない善良な存在であったなら。

 純粋に困っているから助けたいと手を伸ばしただけだとしたら。


 ……だとしても、関係ないですね。


「すみません、少しお手洗いに」


 そう言って、私は公園の女子トイレに駆け込んだ。


 三つある内の一番手前の個室に入り、鍵をかけた。

 そして、肩にかけていた鞄からナイフと黒の手袋を取り出して両手にはめる。


 既に公園の付近に防犯カメラがないのは確認済みだ。

 あるのは机とベンチ、そしてブランコ。周囲は木々に囲まれていて、公園と呼ぶにはあまりにも小さい場所だ。


 私がこの林公園と名のついた公園の存在を知ったのは、十匹目の動物を殺した時だ。既に七匹は見つけられ、警察に話がいき地域の取り締まりが強化されていると耳にした。しかし、林公園で殺した死体は発見されていない。


 林公園であれば死体を遺棄し、それを誰かが発見するまでに時間がかかると思った。

 とはいえ指紋や下足痕、その他証拠が得られるモノを現場に残しては警察の手はすぐに私に届く。


 徹底して証拠隠滅を図っても限界がある。

 事前にそこまで考えて、私は天気を確認。明日の予報は雨だ。

 そう、雨に降られれば私が見落として残してしまった血痕や指紋、足跡や匂いなども流せる。


 雨を利用して、証拠隠滅し──私は殺人を完遂する。


「三芳さ……っ⁉︎」


 振り向く直前に霜月侑の口元に左手を回して口を塞ぐ。

 それから──、


「んむぅ‼︎ んぅぅ……ぅぐむっ⁉︎ んぐぅぅううううう‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


 右手に持ったナイフで彼女の首を刺した。


 激痛で苦鳴を上げる彼女の口を掴むように抑える。少しでも手を離せば、周辺に響き渡るほどの絶叫を上げるのはわかりきっている。

 絶命するまで、彼女が漏らす声を最小限に抑え込む。


「むぐぅぅぅううううう‼︎‼︎」


 手に確かな怒りを乗せて、私は霜月侑の命を削る。


 左手の爪を突き立て、顔面に食い込ませながら口を押さえ続け、右手のナイフで奥へ奥へ刺していきながら前後左右へ動かす。


「────」


 本当に私を好意で助けようとしてくれたのかもれない。

 けれど残念、それすらも今の私からすれば煩わしいだけ。


 あなたの言葉は、私の逆鱗に触れた。

 思っても口に出してはいけないことがあると何故わからない。

 つくづく、憐れな女。


「ぅ、ぅ、ぅ……………」


「はぁはぁはぁ……」


 声が小さくなった後、僅かな痙攣を起こして動かなくなった。

 手をそのままに、息を整えてから霜月侑の顔を見た。


 彼女の顔から生気は失われて瞳は虚に。

 その透き通る白百合色の瞳から一滴涙を流していた。

 口は開いたまま、殺される直前に吐いていた血と胃液の混じった液体で至る所が汚れている。

 頭は横に傾き、両手足から力が抜けてだらしなく広げられている。


 ──霜月侑を、私は殺した。


「……はぁはぁはぁ」


 お前が、私を知った気になって声をかけてきたのが悪い。

 確かな理解もないのに、憶測だけで私を、私を……。


「人を、殺したっ……」


 無意識に、霜月侑の死に理由を作ろうとしていた。


 あぁ、そうか。

 私は……殺したことを、罪だと感じているんだ。


「……っ」


 強く強く、奥歯を噛む。

 そうしなければ、体のどこかが震えそうになる。恐怖感に体が、支配されてしまう。


「?」


 確かに、恐怖で震えそうになっている。

 だから、奥歯を噛んで、拳を握りしめて無理やり恐怖を押し殺そうとしている。そのはずなのに、私の体の一箇所だけ、明らかに異なる反応をしていた。


「……ぁ」


 疑問を口にした時、奥歯を噛むのを辞めているにも拘らず体が震えなかったことの答えだった。


 ナイフを左手に持ち替えて、私は右手で自分の口に触れた。




 ──笑っていた。




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