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第二十九話 『敵』

 



 昨日の出来事の苦しさが抜けてくれない。


「────」


 成嶋を失った時、僕は大切な人を失ったことで心が折れた。

 けれど、愛宮がぼくを叱咤してくれたから立ち直れた。

 前を向うと、下を向いて後ろへ下がることはやめようと決意新たに動き始めた。


 ──そしてまた、大切な人を守れなかった。


「だからって、落ち込んでなんていられない」


 未だに現実感がなく、悲しみに押しつぶされそうになる。

 だけど、喪って、心が折れて、立ち止まって。そんなことを繰り返していては、殺されてしまった二人に対して顔向けができない。


 成嶋ならいつまでも引きずる僕を叱るはずだ。

 大沼一課長なら自分に引っ張られず前を向けと激励するはずだ。


 どんなに想像しても「諦めてもいい」なんて言うような人たちじゃない。

 僕が立ち止まることを絶対に許さないだろう。


「ひとしきり悲しむのは全てが終わってからだ」


 やるべきは、起きた事件を解決すること。

 それが瀬波碧斗がしなければいけない使命なのだ。

 

 瞑目し、起こった出来事を振り返る。


 刺された時、大沼一課長の傷は浅かった。部分的にも致命傷になる位置じゃなかった。

 でも、異様な速度で一課長は衰弱していた。その要因は、ナイフに塗られた即効性の毒。

 女は確実に大沼一課長を殺すために駐車場に潜んでいたのは明白。


 怨恨、と捉えることもできる。

 大沼一課長が誰かに怨みを買うような人じゃないのは誰もが持つ共通見解だ。だとしても、無意識のうちに人を傷つけることはあるし、そもそも人間性が合わないこともある。

 故に知らぬ間に女から怨みを買っていた可能性は高い。


 ……でもなんだろう、違う気がする。


 捉えられた時の女の表情は、怒るでもなく嘲笑するでもなく──疲れたような様子だった。

 大沼一課長など意に介しているようには見えず、何処か遠くを見ているかのような。

 初めから捕まる前提で大沼一課長を殺害した。目的を果たせて全て片付いたから疲れた顔をしていた、と思えなくもない。


「他の人たちの意見も……伊津野刑事?」


「──。戻ったのか」


 目を開け、再び歩き始めようとしたところで伊津野刑事がこちらに向かってきていた。

 僕が彼の名を呼ぶと、一瞬間がありそれから言葉が返ってきた。


 伊津野刑事も大沼一課長を亡くした事実に傷ついているのは間違いない。

 僕の目線じゃいつもと変わらない表情で振る舞いだけれど、内心はきっと……。


「後で伝えるのも手間だ。お前には先に伝えておく」


 伊津野刑事は鋭い目つきで僕にそういった。


 ……怒ってる?


 どこか伊津野刑事が怒りを抱えているように見える。

 やっぱり雰囲気がいつもとは違う様子だ。


「何があったんですか?」


「大沼一課長を殺した犯人が──自殺を図った」


「──っ!?」


 自殺?

 そんな、なんで!?


「会議室で取り調べ中、奴は何かを噛む動作を見せた。俺には初め何をしたのか理解できなかった」


「────」


「だが、噛んだものを飲み込んだ直後に床に倒れて痙攣し泡を吹いた。急いで救急搬送したが、間に合わなかった」


 情報があまりにも衝撃的すぎて、頭が追いつかなかった。


「俺の失態だ……」


 俯いて伊津野刑事は悔しげに顔を歪めた。

 初めて見る彼の表情に僕は我に返った。


「俺は目の前で大沼一課長を殺した人間を死なせた……」


「伊津野刑事……」


 確か伊津野刑事は大沼一課長が殺害された日、別件で出張に出ていた。

 そして、事件のことを聞いて翌朝署に戻り、自ら取り調べを担当した。


 出張の間に大沼一課長を殺害され、大沼一課長を想って担当した取り調べで犯人を死に逃げさせてしまった。

 ……僕以上に伊津野刑事の方が辛いはずだ。


「取り乱した」


「いえ……」


 しかし、彼はふっと息を吐くとすぐにいつもの表情へ戻した。

 それでも、辛さを顔に滲ませているのがわかる。


「犯人は死んだが、奴は情報を残していった」


「一課長を殺害した動機、ですか?」


「生憎とこの事件に限った話じゃない」


 淡々と答えた伊津野刑事の言葉に僕は頬を強張らせた。


 本音を言うなら、その話を聞きたくはない。

 もう、散々辛い思いをした。悲しい傷を生んだ。

 これ以上、嫌な思いなんてしたくない……。


 だけど、僕は警察だ。

 人々の安寧を守る存在で、時には誰かの代わりに傷を受けて、誰かと共に傷を受けなければいけない。

 覚悟して警察官になる道を選んだんだ。


 僕は伊津野刑事としっかりと目を合わせて質問をした。


「どんな内容ですか?」


「まずは、今回の事件の動機だ。渡井は、目立つ人間を殺せと指示を受けて大沼一課長を殺した」


「そいつが、事件の黒幕?」


「ああ。お前もよく知ってる存在だ」


 そう言われて、僕は眉を寄せた。

 しかし、すぐに思い至った。


「まさか、『刎ね子』が?」


「そうだ」


「な!?」


 伊津野刑事は躊躇いなく肯定した。

 鈍器で殴られたかのような衝撃に僕は言葉を失った。


「『刎ね子』の指示で動いたと渡井は言った。目立つ人間を殺せと指示を受けたようだ」


 目立つ人間を殺せと指示したのは、自分の異名を広めたかったから?

 そんなことをして何の利益があるんだ?

 メリットが無さすぎる。

 本当に異名を広めることだけが目的なのだろうか。

 警察に対する宣戦布告とも考えられる。


 考えれば考えるほど指示に対する疑問が浮かび上がる。

 ただこれだけは言える。


「つまり『刎ね子』には共犯者がいて、自分の目的のために渡井を使い捨てた……」


 警察を、それも上層部に位置する人間を殺害するのはリスクが大きすぎる。

 常に周囲に人がいるためその場で捕まる可能性が高い。

 逮捕されればそれで終わり。だから、共犯者を利用して自らの手を汚すことなく、逮捕されるリスクを回避して目的を遂行した。


 ……外道にもほどがある。


「話はまだ終わってない」


 考え込む僕に伊津野警視がそう言った。

 一度考えるのを辞めて、僕は再び伊津野刑事と目を合わせて話を聞いた。


「お前は二十年前に起きた一家連続殺人を知ってるか?」


「確か、三件の一家が立て続けに惨殺された事件ですよね。その事件と何か関係が?」


 二十年前の一家連続殺人は、未だ犯人の性別すら掴めていない未解決事件だ。

 僕がまだ四歳の頃に起こった卑劣な事件。警察学校に入ってから事件の詳細を調べたが、未だに犯人が捕まっていないことへの恐怖と、こうした連続殺人を繰り返す犯人への怒りの両方が込み上げてくるほどに残酷なモノだった。


 どうしてそれを今──。


「あの事件の犯人がわかった。そして、『刎ね子』に殺されたらしい」


「え?」


 意味がわからず、僕は咄嗟に聞き返してしまった。


「犯人の名は由ヶ崎瑠津。一件目の由ヶ崎家の長男で、長らく行方不明になっていた人物だ。当時、ある警察官が推測し、否定された『誘拐された少年が犯人ではないか』というのが正しかったことになる」


「ま、待ってください! 理解が……」


「俺も理解できてない」


『刎ね子』と二十年前の事件の犯人に何の関係が?

 そもそも、何故突然姿を見せた?


「……ん」


 嫌な想像に急速に喉が渇いていく。


 大沼一課長が殺害された事件は、僕らが思っている以上に規模が小さいのかもしれない。

 僕たち日本の警察官にとっては大ごとだ。でも、渡井の証言が事実なら、『刎ね子』は共犯者を使い捨てても問題ない状況にあることになる。

 連続して完全犯罪を成立させている時点で十分に『刎ね子』の危険性を理解はしていた。だけど、警察のトップを狙うほどのリスクを犯すような人間ではないというのがこれまでの犯行からの推測だ。


 だけどもし、名のある人間を殺害しても平気なくらいに共犯者を有していて、自分の姿を晒さずとも人を殺せるのだとしたら──。


「最後にもう一つ」


「まだ、あるんですか……?」


 僕の内心など構うことなく、伊津野刑事は続きを口にした。

 もう一つ。

 既に最悪続きで、まだ先があるなんて考えたくない……。


「数字には意味がある」


「──?」


「渡井は最後にそういって、自殺した」


 最後の一つは、僕が思っているものとはまるで内容だった。

 新たな事件について語られると心配していた。

 でも、おそらく。


「何かのメッセージ、ですよね」


「ああ」


 ……伊津野刑事はもう答えをわかってる?

 僕の問いを彼は静かに肯定した。


 ──数字には意味がある。


 瞑目して僕は思考を加速させた。

 順当に考えれば、『刎ね子』に関する内容と考えるのが自然。ひとまずそうと仮定して推理しよう。


 渡井は『刎ね子』に「目立つ人間を殺せ」と指示された。指示を受けて『刎ね子』は埼玉県警捜査一課の長を務める、大沼蓮二一課長を殺害した。

『刎ね子』が得られるのは国民への認知度と恐怖の向上。これは推測に過ぎないけど警察に対する宣戦布告もありうる。


 渡井が自身が『刎ね子』の共犯であると認めたことで、『刎ね子』は一人ではなく複数犯だと確定した。

 それも、一人を使い捨てられるくらいに。


 二十年前の事件の犯人の殺害は、やはり今の段階では何もわからない。

 どうして姿も掴ませなかった犯人が現れて、その犯人を『刎ね子』が殺害したのか。

 ここは一旦無視するべきだ。恐らく、別の事案な気がする。


 渡井が包み隠さず『刎ね子』の指示を受け、捕まる前提で大沼一課長を殺害しにきたと言い、二十年前の事件の犯人を殺害したことを暴露し、「数字には意味がある」と警察に情報を与えた。


 捨て駒として扱われたことへの恨みから、渡井が『刎ね子』を裏切った?

 それとも、捜査を混乱させるため?

 後者の場合、脅しかあるいは命を捨ててもいいと思えるほど『刎ね子』とは親密であったかのいずれか。


 待った。

 結局数字はどこに出てくるんだ?


「ん」


 口元に手を当てて、更に深く思考に耽る。


 過去の『刎ね子』に関する記憶を探る。

 何か一つでも数字に関連する事象があれば──。


『あんまり無理するなよ?』


 ふと、成嶋の顔が脳裏に過った。


 ……思えば最近、全然休めてないな。

 誰かの安全を守れるなら、壊れるまで頑張り続ける。特に今は、休んでなんて──、


「あ」


「どうした?」


 そうだ。

 そう言えば。


 ──────────。

 ──────────────っ!


 一つ、思い出した。

 二ヶ月前、大切な友人を失った日の出来事と、そこに残されたモノを。


 仮に僕の推測があっていたとしたら。

 口元を右手で覆い、目を見開いて僕は震えながら伊津野警部の方を見た。


「伊津野刑事、成嶋が殺害された事件の詳細は覚えてますよね」


「当然だ」


「あの時、成嶋が残したダイイングメッセージ──数字の『4』でした」


 成嶋が殺害された現場には、偽装と思われるゲソ痕と凶器の他に、彼が血で書き記したダイイングメッセージが残されていた。

 書かれていたのは数字の『4』。


 成嶋の事件は未だに進展はない。

『刎ね子』の可能性も当然疑った。でも、過去の事件と照らし合わせても首を切り落としていないのは違和感があった。

 だから、別件として考えていた。


 しかし、渡井が『刎ね子』の共犯であると認めた。

 最後に渡井は意味深に「数字に意味がある」と情報を残した。

 そして、進展のない成嶋が殺害された事件におけるダイイングメッセージ。


 繋がる。繋がってしまった。


「────」


 言葉を失って僕は立ち尽くした。

徐々に内心で理解が追いつき、次いで生まれた感情は激しい怒りだった。


「『刎ね子』っ──!!」


 僕の中で、欠けていたモノが一つに組み合わさっていく。

 今この瞬間、『刎ね子』は僕が止めなければいけない、明確な敵になった。


 他の誰かじゃダメだ。

 僕が『刎ね子』事件を終わらせる。

 終わらせないといけないんだ。

 大切な人を奪った悪人は、僕が罰する。


 ──僕の正義を以って、終わらせる。




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