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第二十五話 『悪徳の果てに』

 状況が理解できなかった。


 ほんの数秒前まで、私の命は終わりに近づいていた。

 だから、必死にリデルを殺すための策を思考していた。

 しかし、突如劣勢は優勢──どころか、私の勝利がほぼ確定しようとしていた。


「おーい! 『刎ね子』様ー!!」


「羅奈?」


 リデルを刺したサルビアの背後から、声高に手を振る少女の姿が見えた。

 先ほどはサルビアの姿しか見えなかったはずだが、サルビアの背に隠れていたのだろうか。


「サルビぃぃぃぃアぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」


 それまで、私の前では見せた事のない激情を宿して、リデルはサルビアに怒号をぶつけた。

 刺されているのもお構いなしに振り向いて、サルビアに拳を向けた。


 衝撃が重なったことに加えて、状況的にどうすればいいかわからず私は反応できなかった。


「ちょっと失礼!」


「きゃっ!」


「あぁぁあ!?」


 泣きそうな顔で身動きが取れずにいたサルビアを、羅奈が突き飛ばした。

 リデルの拳は空を切り、三者の立ち位置が入れ替わる。


「このクソ女がぁぁぁぁあああ‼︎‼︎‼︎」


 血走った瞳で今度は羅奈を標的にし、リデルは真っすぐ彼女に襲いかかる。


「おっと」


「ちょこまかと‼︎ ──っ!」


「羅奈、これやるの得意みたいです」


 襲いかかったリデルをしゃがんで回避。

 そこから、どこからか取り出した食用ナイフでリデルの背を刺した。

 即座に羅奈はリデルの傍を離れて呼吸を整えると、彼女は不適な笑みを浮かべた。


 リデルは口から血を吐いて地面に倒れた。


「……これは」


 繰り広げられた突然の出来事。

 数分とかからずついたあっけない決着に、呆然と立ち尽くすほかなかった。


 ……衝撃が連続しすぎていて頭が追いつかない。


「……ふぅ」


 一度深く深呼吸をして心身を落ち着かせる。


 状況を整理しよう。

 二十分以上、私はリデルに傷一つつけられなかった。煽られ、殺意を向ける私が異常者に弄ばれただけだった。

 詰みだと脳では理解しつつも最適解を模索し始めたタイミングに、状況は動いた。


 リデルの背後から彼が『女の子』と呼ぶ女奴隷。

 会う度に毎回背後に隠れるように立つサルビアという女奴隷が、殺し合いが始まる前に追い払われたにも拘らず、私たちの元へ戻ってきた。

 そして、リデルに近づいた直後、彼の腹部は赤く血に染まっていた。


 この時点でだいぶ混乱していたが、何故かサルビアの背から羅奈が現れたことでさらに私は混乱した。

 その後、今度は羅奈を殺そうとしたリデルを、逆に羅奈がナイフで突き刺した。


「うぶっ……」


 一連の光景を、私は混乱しながら眺めているしかできなかった。


「……か」


「はい? なんです?」


 何やら呻き声を上げたリデルに、耳に手を当てて煽るように羅奈は言った。

 私もなんと言っているのか聞き取るために彼に近づく。

 もはや、警戒する必要性も感じなかった。


 一目で、人体が流していい血液の量ではないと理解できるくらいには、リデルは赤黒い血を流し続けていたから。


「……ぃ、ぁ」


 恨み言の類だろうか。

 ならば致し方ない。私と殺し合いをしていて、余裕で相手していたにもかかわらず、最悪な形で不意打ちされたのだ。

 憎まれ口の一つや二つ、死に際に言いたくなるのは必然──、


「……れい、か」


「──っ!」


 その一言に、リデルを囲む私たち三人は、それぞれの反応を示した。

 羅奈は興味をなくし、私は意味が分からず顔を顰めた。


 そして最後の一人は、最も大きな感情を見せていた。


「……ぅ、ぅう……おにぃ、ちゃん……!」


 お兄ちゃん。

 確かに、サルビアの口からお兄ちゃんと聞こえた。

 彼女は滂沱と涙を流し始めると、両手で顔を覆って嗚咽した。


 泣いて泣いて泣いて。

 まるで幼子の様に、サルビアはひたすら泣き始めた。


「まったく、どういうことですか……」


 サルビアは感情は愚か、声さえも発することはなかった。

 それは眼前で血溜まりに伏す異常者による恐怖と洗脳の植え付けの結果で、今後もサルビアに人間としての反応は表れないと思っていた。


 けれど今彼女は、泣いている。

 その事実が理解できなかった。


 ……ほんの数分間に理解できないことが起き過ぎている。


「いやぁ……怖かったけど、うまくいって羅奈は嬉しいです」


「羅奈」


「は、はぃい!」


 ご満悦な彼女の名を呼ぶと全身を震わせて返事。それから恐る恐る私の方を振り向いた。

 色々と聞きたいことがある。

 でも、最初に確かめておきたいことがある。


「これは、羅奈が仕組んだ結果ですか?」


 血溜まりに伏す動かなくなったリデルを指差して、私は羅奈に問いかけた。

 もうリデルは、指一つ動いていなかった。


 完全に死んだのだ。二十年前、三軒の一家を殺害し、その後多くの男性を殺害し、女性を誘拐した未解決事件の犯人は、死したのだ。

 正しくは『殺した』。

『刎ね子』の手ではない第三者の手によって。


 その第三者がまさかの彼が使役する女奴隷サルビアと

 、これまたまさかの新名羅奈がリデルを殺した。

 誰が見ても偶然ではなかった。両者共にタイミングを見計らい、殺意をもってリデルを刺していた。


 なんとなく、サルビアが復讐の機を狙って企てた策ではない気がしていた。

 私より年が上の彼女は常にリデルと過ごしていたのだろう。ならばいくらでも殺す機会はあったはずだ。

 簡単な話、私が高知で初めて出会した時にもリデルはサルビアに背を向けていたのだから、あの時にだって殺すことはできた。

 けれどリデルは、今日殺すまで生き続けていた。サルビアがどの程度リデルと一緒にいたかにもよるが、やはり彼女が今日殺そうと考えるとは思えなかった。


 となれば、容疑者は一人に絞られる。

 ここへ来た時、リデルがサルビアを追い払ったように私も羅奈をこの場から離れるように指示した。数分後に私たちが殺し合いをしている場に二人は戻り、リデルを殺害。

 うまくいったと喜ぶ羅奈。

 新名羅奈が企てたとしか思えない。


「羅奈が……麗花さんに言って……」


「誰です?」


「サルビアの本名です……」


 サルビアの本名が麗花?

 本名を知っていることに驚いたが、名前を知っているからなんだと言うのか。


「その、ですね……二十年前の事件で行方不明になった子ども、いたじゃないですか……」


「ええ。あ」


 察した。

 リデルが引き起こした最悪の連続殺人。その最初の事件で行方不明になった十三歳の少年がいた。

 由ヶ崎家長男、由ヶ崎瑠津。

 一分ほど前に殺され、今私の足元で倒れているリデルが、由ヶ崎瑠津本人だ。


 二十年前の一家殺人で行方不明になったのは由ヶ崎瑠津だけではない。

 もう一人、一件目の父親と三件目の母親との不倫関係で生まれた赤子が行方不明になったまま、未だ見つかっていない。


 確か、赤子の名前は──麗花。


「つまりあなたが、不倫関係の間に生まれた子どもの麗花、というわけですか」


「…………」


 涙を手で拭いながら私の言葉に頷くサルビア──否、由ヶ崎麗花。


 サルビアが由ヶ崎麗花なのは理解した。

 とはいえ、まだ羅奈が何故由ヶ崎麗花と一緒に戻ってきて、リデルを殺すに至ったかは聞けていない。


「よくサルビアが由ヶ崎麗花だとわかりましたね」


「事件について調べておくようにって、言われたので……」


 確かにリデルを殺す手がかりを得るべく二十年前の事件について調べるように言ったが、まさかここまでの成果を上げるとは想像もしていなかった。


「私の犯した失態が、今回の結果を引き寄せるとは」


「ごめんなさい勝手なことして!」


 ビクビクしながら謝罪を口にする羅奈。

 勝手をしたのは事実だ。そこに思うところはある。

 けれど、彼女が道具として大いに役立ってくれたこともまた事実。


「怒ったりしませんよ。あなたは最良の結果を私にくれたのですから」


「『刎ね子』さまぁ……!」


「勝手をしたのは、よくありませんが」


「うぐっ……!」


 胸を押さえて声を漏らし、羅奈は申し訳なさげに俯いた。


 羅奈の成果は私にとって最良以外の何者でもない。

 私が最初に犯した目撃者を作るという失態が、今日という瞬間に繋がったなんて本当に幸運だ。


 でも『今回』はだ。

 今回は羅奈が勝手をしてくれたお陰で私は救われた。しかし、もしサルビアが自身が由ヶ崎麗花だと看破され激昂するような人間なら羅奈は殺されていた。他にも、サルビアの所に他の女奴隷がいれば羅奈は確実に殺されていただろう。

 羅奈がサルビアと個人的に接触したことで、私に何らかの不利益が起こる可能性はいくらでもあった。


 可能性の話をすればキリが無い。だが、今回のような勝手は『刎ね子』を破滅させることも十分考えられる。

 それほどまでに終焉と隣り合わせに、私は生きているのだ。


「今度からは事前に話してくださいね。何があるかわかりませんから」


「──っ! はいっ!」


 パッと表情を明るくして羅奈は歯を見せて笑った。変わらず、瞳に光はないけれど。


 一連の事情は知れた。

 後は──、


「それで羅奈、いったいどんな話をして彼女を連れてきたんですか?」


 チラと視線を薄青の髪の少女に向けた。

 今は泣き止み、目元を腫らして鼻を啜っている。


 羅奈が由ヶ崎麗花に何か条件を掲示した。

 だから彼女はリデルを殺し、今も私を殺していない。

 それを確かめる必要がある。


「二つ条件を出したんですけどー、一つがこいつのところに戻るのかっていうので」


 こいつと言ってリデルの死体を蹴るジェスチャーをする羅奈。

 初対面で「ブス」と言われたのが余程腹が立ったのだろう。普通の男に言われるならともかく、リデルであれば気にもならないが。


「もう一つは?」


「『刎ね子』様に首を刎ねてもらうこと」


「それだけですか?」


「え? はい」


 ……大きな取引でもしたものかとばかり思っていたのだけれど。

 となると、


「つまりアレですか? サルビアは本当に積もり積もった殺意でリデルを殺して、自分も死にたいと思ってるってことですか?」


「そうなりますね」


「……はぁ」


 なんとも拍子抜けな結果に私はため息を吐いた。

 ひとまず、問題が全て解決したことを喜ぶことにしよう。


 もう、猟奇殺人鬼にストーカーされることはない。

 命の危機を感じる理由も、なくなったのだ。


「──疲れた」


 ポツリと、私は呟いた。



 ◾️◾️◾️




 問題は解決した。

 リデルは死に私が追い詰められて殺されることはもうない。

 残されたのは後始末だ。


「サルビア。いえ、由ヶ崎麗花」


「……はぃ」


 長い前髪の下から覗き込むように私を見るサルビア──否、由ヶ崎麗花。


 彼女が生きているのは都合が悪い。

 二十年前に行方不明になった少女が見つかったとなれば日本中は大騒ぎだ。

 仮に私との繋がりが疑われれば、足がつくのも時間の問題だ。

 故に殺して、じっくりと首を刎ねさせてもらう。


「今からあなたの首を──」


 刎ねる、と言いかけてやめた。

 由ヶ崎麗花の瞳が揺れていた。

 恐怖、とは違うように見える。


「怖いんですか?」


「ぅ…………」


 私を恐れている様子ではない。

 死を恐れている様子でもない。


 知っている。

 彼女の青い瞳に、何が宿って、揺れているのかを。


「──迷っているんですか?」


「……………ぁ」


 私の指摘に由ヶ崎麗花は驚きを露わにした。

 時が止まったかのように口は空いたまま、目を見開いてこちらを見ている。


『刎ね子』に対する恐怖でもなければ、死ぬことへの恐怖でもない。今この場を満たしているのは『刎ね子』か『死』への恐怖のいずれかだ。

 なら、そのどちらでもないとしたら。


 殺して欲しいと言った由ヶ崎麗花。

 散々酷い人生を送ってきた彼女が二つの感情以外を持つとすれば、それは『迷い』しかない。


 生涯解かれないと思っていた兄リデルの呪縛が、由ヶ崎麗花を苦しめる最たる要因だ。

 けれど、その呪縛から彼女は解放された。

 解放されたから。解放されてしまったから、見出してしまうのも無理はない。


 ──生きることで得られるかもしれない、希望を。


「抜けがあっては、ダメだというのに」


『刎ね子』の最初の目撃者となった新名羅奈を道具にした時点で、私はどうかしている。

 目撃者など誰彼構わず殺すべきだ。同じかそれ以上に、元は私を殺そうとした相手の奴隷なんて生かす理由がない。


 特に由ヶ崎麗花の場合は例外中の例外。

 生存しているだけで爆弾になりうる存在だ。

 ここで殺して、ゆっくりと首を刎ねて、次に誰を殺すかを選定する。

 そうすることが、何よりも正しい選択だとわかっているのに。


「サルビア。いえ、麗花」


「ぇ?」


 奴隷に与えられた名前ではなく、本名で彼女の名を呼んだ。すると泣き顔は困惑に変化した。


 殺すつもりだった。今だってそうすべきだと思う。

 でも、私は思ってしまった。

 救いのない人生を生きてきたであろう由ヶ崎麗花に、唯一の希望を与えるべきではないのかと。


 ……バカだ、私は。


「あなたのことを、聞かせてくれませんか?」


 顔に感情を出さず、真剣な表情で麗花に私はそう言った。


 答えを出すのは、麗花の全てを知ってからでも遅くない。

 隣で「『刎ね子』様!?」と驚きを露わにする羅奈を横目に、私は麗花と向き合い続けた。

 麗花も思いがけない一言に混乱を隠せない様子だ。


 それから五分以上の沈黙が流れて、ようやく麗花は口を開いた。


「わたし──」


 二十年前の一家連続殺人事件で行方不明になっていた由ヶ崎麗花は、長く苦しく絶望に満ちた人生を語り始めた。





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