第二十四話 『狂信者の英断』
──時は『刎ね子』が高知から埼玉に戻り、最初に羅奈と会った日へと遡る。
「一応、二十年前の事件について調べておいてください。何か殺す手がかりがあるかもしれないので」
『刎ね子』の指示を受けて、羅奈は施設に戻ってすぐに二十年前の連続殺人事件について調べた。
三件の一家を狙った連続殺人。
最初の一件目の少年と一・三件目の男女が不倫関係で誕生した娘が行方不明。その二人を除けば全員が惨殺された凶悪な事件。
その後に発生した男を殺し、女を誘拐する事件も同一犯とされている。
今もなお姿は掴めず、日本の歴史に残る史上最悪の事件の一つとして今も取り上げられることが多い。
「そんな怖い事件の犯人を知ったどころか、その後まで知ることになるとは……」
肩を抱いて怖がる羅奈。
日本で──否、世界で二十年前の連続一家殺人事件、のちの男性連続殺人、女性誘拐事件の犯人を知り、その後を知ったたった二人の存在。
三芳芽亜と新名羅奈はそうなったのだ。
『刎ね子』と出会った瞬間から、羅奈の人生は驚きに満ち溢れていた。
リデルという猟奇殺人鬼のことは特に衝撃を受けたものだ。
「うーん、あんまし欲しい情報がないなぁ」
あるのは公にされた情報ばかり。たまに最初の一家の行方不明者である十三歳の少年、由ヶ崎瑠津犯人説に関する考察がある程度。
『刎ね子』は猟奇殺人鬼を殺す手がかりを欲している。
けれど、このままでは。
「『刎ね子』様が、殺されちゃう……」
殺人鬼として生きた時間が長く、殺してきた人数は段違い。
殺しにおける技量は高く、男女の筋肉量の差も障害となる。
考えたくはないが、真正面から殺し合いをしたとしても『刎ね子』では猟奇殺人鬼には及ばない。
自分を救ってくれた恩人を、助けたい。
だが、羅奈には何の才能もない。
人一人殺せるだけの力もない。
知恵も絞れない。
それでも、自分には何もできないから何もしないという選択肢は、羅奈には一切なかった。
「『刎ね子』様の役に立つんだ……!」
『刎ね子』の役に立ちたい一心が、羅奈を突き動かした。
ネットで得られる情報は少ない。となれば、今度は本や雑誌を手に取り、二十年前の事件について調べるのが得策だと考えた。
陰謀論などの警察の闇を語る書籍は多い。
本でならきっと求めた情報が得られると考えて、羅奈は何度も図書館に通い続けた。
ありとあらゆる事件に関する本を読み漁り、恩人を救う方法への手がかりを探しに探した。
そして、図書館通い三日目にして羅奈は新たな情報を得た。
「やっと見つけた……でもまだ」
新たな情報と言ってもまだたったの一つ。
その一つの情報で『刎ね子』を救うための方策は思いつかなかった。
引き続き、自身が確実と言えるまで二十年前の情報について徹底的に調べた。
ある程度情報が固まり、一つの可能性が思い浮かんだものの、またしても羅奈は行き詰まった。
ネットと書籍を駆使して調べ続けたものの、やはり限界はある。得られる情報もだが、一人で調べるには時間も限度があった。
そこで羅奈は、ダメ元である『人々』を頼った。
「お願いお願い!」
該当のサイト内で文字を入力し終え、エンターキーを勢いよく押した。
そのサイトは、真っ黒の背景に赤字で言葉が書かれた異質な掲示板だ。
そこは暗く、良くない人生を送ってきた者の集う場所── 『刎ね子を見守る民』という名の掲示板だ。
『刎ね子』の名がつくまでは『首斬りの殺人犯を見守る民』のタイトルだった。
羅奈はこの掲示板を目にしたことで見える世界が変わったのだ。
『刎ね子』に関するありとあらゆる情報が跋扈するこの掲示板の常連である羅奈は、二十年前の事件の情報を得るために掲示板の人間を頼ることにした。
だが、前述したようにここは『刎ね子』に関することが主体の掲示板だ。
全く別の内容を投下すれば集中放火は免れない。
だが、この掲示板を使う以外に方法はなかった。
二十年前の事件に特化した掲示板があればよいものの、当時はまだインターネットが普及していないこともあり存在していなかった。
他にも警察の闇に切り込む掲示板や陰謀論を唱える者が集う掲示板があったが、両方とも混沌を極めていてまともな会話ができる状態ではなかった。
単純に羅奈が使い慣れていない掲示板を使いたくないというのが、一番の理由ではあるが。
「……っ!」
両手を組んで祈りながら画面を見る羅奈。
羅奈が立てたのは『二十年前の一家殺人について情報求む』というタイトルのスレッドだ。
明らかに『刎ね子』に関係ない。だが、敢えて羅奈はそうした。
日常的に闇を取り扱う掲示板では、一つのスレッドに人が集中して無数の会話が繰り広げられる率は少ない。
しかし、題材が決まっていて尚且つ既に人が集い盛り上がっている掲示板ならば、全く無関係の内容を投稿した時、無関係を理由に掲示板を立てた人間にアンチコメントを書きにくる連中で溢れかえる。
結果的にそのスレッドは掲示板内で閲覧数が伸び、同接者が増えて注目度が上昇する。
大量のアンチの中から、親切な一人のコメントを待つ苦行。
『刎ね子』のためと思えば、羅奈は全く嫌ではなかった。むしろその逆。
沸々とやる気が湧き上がってきた。
そうして、待つこと二日。
「あっ!」
遂に現れた最初の一を、羅奈は逃さない。
ぐいっとパソコンに顔を近づけて、そのコメントをみた。
《その事件確か、不倫で生まれた子どもの目撃証言あったらしいな》
一件目と三件目の一家の間で不運な形で生まれた子ども。
未だ行方知れずの少女が、目撃されていた。
《いやいや、誘拐された時赤ちゃんだろ? わからんやろ》
《すまん言葉足らずだったわ。群馬で一件目の行方不明者の男児と激似の子どもが赤子抱えてんのを何人かから見たって話が出てたらしくてな。その抱えてた赤子が不倫の子どもじゃねって言われてんだよ》
「ほうほう」
期待以上の情報が齎されたことに、羅奈は嬉しい驚きを得た。
その後もスレッドでは二十年前の事件に関する話題で盛り上がり、羅奈は一通り目を通した。
そして、一つの可能性に辿り着いた。
それは、羅奈と『刎ね子』しか知りえない、答えに辿り着くことのできない可能性で──。
◾️◾️◾️
正面、激しく動揺する薄青の髪の少女、サルビア──否、由ヶ崎麗花がいる。
と言っても、本人である確証はない。あるのはサルビアが由ヶ崎麗花かもしれないという仮定だけ。
今羅奈がやっているのは、ただのハッタリにすぎない。
だが本人の動揺具合からして、仮定が確証へと変わったと実感して、羅奈は内心で大きくガッツポーズした。
「あれれ〜? 黙り込んじゃってどうしたんですかぁ〜?」
「……ぁ、ぁ、ぁ」
「お! 初めて声出してくれましたね! 嬉しい!」
羅奈が直接目にした三回全てにおいて由ヶ崎麗花は声を発することはなかった。
恐らく、リデルに脅されていたから由ヶ崎麗花は声を発することが許されなかった。
しかし今、由ヶ崎麗花を縛る存在はいない。もっと自由にしていいとも思うが、刷り込まれた洗脳と恐怖が簡単に抜けないことは羅奈が他の誰よりも知っている。
仕方のない話だ。
「────」
ジッと、羅奈は由ヶ崎麗花の顔を見た。
未だ動揺を隠しきれない彼女は、羅奈に見つめられるとすぐに視線を下に落とした。
見たところ普通に話せる様子。
羅奈の呼びかけに反応あり。
自らの実名を呼ばれて激しい動揺。
これだけ揃えば、彼女の状態を定義するには十分だ。
だが、もう一つある。
「さぁて、お話しようと言いましたね」
「……っ」
「その感じじゃ喋れますよね? 羅奈が呼んだ時に反応もしてくれましたし、動揺もしていた。ねぇ由ヶ崎麗花さん。──どうして、壊れたフリなんてしてるんですか?」
瞳孔を細め、妖しい笑みを浮かべて由ヶ崎麗花に問いかける。
すると、由ヶ崎麗花は更なる動揺に背後へ後ずさった。
直接目にした三回のうち、羅奈はサルビアの不自然さがすぐに目についた。
事前に『刎ね子』から精神の崩壊した女奴隷を連れていると聞いていた。だから、何かリデルの弱点を掴めないかと由ヶ崎麗花を観察した。
そこでふと、由ヶ崎麗花の様子に違和感を覚えた。
一回目は違和感の正体をつかめなかった。しかし、二回目三回目と見る回数を重ねて、観察する時間も増加した結果、羅奈が抱えた違和感の正体がわかった。
由ヶ崎麗花は──リデルを案じていた。
確かに瞳に希望はなく、俯いたまま声を発することもなく、全身から溢れ出る雰囲気は絶望感を纏っているようではあった。
けれど、たまに彼女はリデルを見ていた。
三回ともに、静かにリデルの顔を見ていた。
濁りのない薄青の瞳を揺らして。
「あのですね、本当に壊れてるなら自分の意思なんて持つわけないんです。でもあなたは自分の意思を持って行動するどころか……あの異常な男を、リデルを心配げに見ていました」
「……ぅ」
「はいその反応も壊れてない証拠! とにかく、あなたは壊れてなんてない。自分の意思で、あの男の傍にいる。違いますか?」
断言口調で羅奈はビシッと由ヶ崎麗花に指をさして言い放つ。
そこから、どのくらい時間が流れただろうか。
長い、本当に長い沈黙が流れた。
羅奈もあまりに返答が返って来ないモノだから、途中で疲れて腕を下ろしたほどだ。
時計がないため正確な時間はわからないが、体感は十分以上の沈黙が流れた。
そして、ようやく由ヶ崎麗花は口を開いた。
「いつ、から……」
「え?」
「いつから、気がついて……」
「やっと話してくれたー!」
辿々しく話す由ヶ崎麗花を前に羅奈は全身で喜びを表現。
それから彼女の問いに答えた。
「最初にあなたを見た時から違和感は感じてましたね〜」
「……ぇ」
「確信したのは三回目。本物の奴隷を見たことないからわかんないですけどー、自分を痛めつけるような相手を心配そうな目で見る姿が明らかーにおかしかったものですから。とはいえ、一瞬でしたし? 言えないけど焦ってる『刎ね子』様じゃ気付けないくらいにはよくできてましたよ、壊れたフリ」
捲し立てるように早口で話した羅奈は、由ヶ崎麗花との距離を詰めた。
「羅奈も似たような境遇なのでわかるんですよ。あと、羅奈は心理学を趣味で学んでるのでそれもあるかなぁ、みたいな」
あっけからんと由ヶ崎麗花に答える羅奈。
最初に見た時の違和感をとっかかりにサルビアという女の観察を続けた結果、呼べば反応があり、言葉をしっかりと発することができることに加え、瞳は虚ろではなく僅かな光が差し込んでいた。
瞳に差し込む光が奴隷扱いしている主人を案じたものとわかれば、諸々の反応がないのは脅されているからだとわかる。
後は事前に調査していた二十年前の事件に関する一連の情報と照らし合わせるだけ。
謎に一人だけ実名ではなくあだ名呼び、それもサルビアという花の名前。加えて、主人を案じ従順に従う女性の姿。
最初に起きた一件目の一家連続殺人事件の行方不明者の少年がリデルであるのは知っていた。
羅奈が得た今この瞬間までの全ての情報を繋ぎ合わせれば、一件目と三件目の不倫関係の間に生まれた少女はリデルの手によって誘拐された由ヶ崎麗花だと自然に繋がる。心理学はおまけだ。
「ふぅ……これで勝手をしたことを『刎ね子』様に怒られなくて済みます」
大部分は推測に基づく仮定にすぎなかった。
本人と対峙してハッタリをかましても壊れたフリを続けられてしまえば打つ手がなし。諦めて引き下がる他なかった。
が、上手くいってくれた。
「わたしを、どうする、つもりで……」
「あ、そうだったそうだった。えとえと……」
サルビア=由ヶ崎麗花だと特定するのに集中していて先のことは考えていなかった。
羅奈は慌てて思考を加速させて、由ヶ崎麗花をどうするか考えた。
考えに考えて、二つ選択肢を思いついた。
それから、羅奈は最初に一つ質問を投げた。
「聞きたいんですけど、あなたはどうなりたいんです──」
「──殺して‼︎」
「わーおびっくり」
突然の大声に羅奈は全身でビクッとした。
大声もだが、内容には特に驚かされた。
「殺してとは、また随分とアレですね」
「だって……だって! 家族をみんな殺されて、わたしも知らない人をたくさん殺すのを手伝わされて! 兄さんには散々痛めつけれて、犯された! こんな……こんなの、もう、生きてたくない……生きられるような、状態じゃ、ない……」
羅奈は最初、家族がいた。
だが、物心ついた時にはとっくに家族はいなくて、傍にいたのは誰も彼も手にかける凶悪な殺人鬼の兄しかいなかった。
羅奈は『刎ね子』と出会って、自ら人を殺めた。
だが、由ヶ崎麗花は物心ついた時には無理やり人を殺させられた。
羅奈は家庭崩壊後も、自由があった。
だが由ヶ崎麗花には、生まれた時点で自由なんてなかった。
羅奈も想像を絶する地獄を生きてきた。歯を食いしばって、感情を殺して生きてきた。
心だけは死なないように耐えてきた。
けれど由ヶ崎麗花は、そんな新名羅奈の境遇をも上回る時間、地獄を生きていた。
殺してと、懇願するのも当然だと羅奈は深く思った。
──想定通りに事が運んで良かった。
「では二つ、あなたに選択肢をあげましょう」
「……………」
指を二本立てて、更に由ヶ崎麗花との距離を詰めた。
息を呑んで言葉の続きを待つ由ヶ崎麗花を見て、羅奈は微笑を浮かべて話し始めた。
「一つは、あの男の下に戻るこ」
「それだけは絶対に嫌ぁぁぁ‼︎‼︎」
「二つって言ったじゃないですかぁ……」
「ぅ、ごめんなさい……」
「続けますよ?」
ため息をついてから、羅奈は指を一つ曲げて二つ目の選択肢を口にした。
「二つ目は──『刎ね子』様に首を刎ねてもらうこと」
「……『刎ね子』」
「さぁて、どっちにしますか〜?」
いい加減、時間はかけられない。
『刎ね子』は命の危機に晒され続けているのだ。援護するにも逃げるにも、そろそろ動きたい頃合いだ。
故に由ヶ崎麗花には早急に答えを出してもらいたいのが本音。しかし、急かすつもりはなかった。
なにせ、彼女にとっての人生の選択を迫っているのだから。
「────」
再び、長い沈黙が流れた。
しかし先ほどの半分程度の時間で由ヶ崎麗花は沈黙は終わりを迎えた。
「……ねこ」
「はい?」
「『刎ね子』に、首を刎ねてほしい……!」
「──。……そう言ってくれると思ってました」
彼女の答えを聞いて、羅奈は手を差し伸べた。
そして──。
「行きましょうか。あなたの元主人と、『刎ね子』様のところへ」
◾️◾️◾️
息を切らしながらも、殺意を原動力にナイフを振るう。
「──っ!」
「うんうん。怖い顔も可愛いね」
必死に相手を刺そうと立ち回るも、全て軽々回避されて実力差に苦渋を呑む。
それを既に何度も繰り返した。
結局、私は三十分以上もナイフを振り回していながら、男に──リデルに傷一つ付けられていない。
不愉快なのが、都度私の動きの指摘や顔や体を褒める言葉を言ってくること。
本当に、本当に、本当──。
「あぁぁぁぁ!!」
「遅いって」
「──っ!?」
突き出したナイフはあっさりと躱され、リデルに手首を凄まじい握力で掴まれる。
その状態のまま耳元で囁かれた。ゾワっと全身に怖気が走り、私は反射でナイフから手を離し、右脚を強引に振り上げてリデルの腰を蹴り飛ばす。一瞬顔を顰めたリデルを横目に、力の緩んだ腕を振り払って後ろへ下がった。
「今のは効いたね」
「大人しく殺されてくれませんか?」
「それは聞けない相談だね。殺すのはボク。まぁ、殺すのは壊れるまで遊んでからだけどさ」
このままじゃ埒が開かない。
羅奈を呼んで二体一で殺しにかかる? ダメだ。
それをすればリデルにも女奴隷たちを使わせることになる。
何か、考えなければ。
手詰まりなら死ぬだけ。
何をしてでもリデルを──、
「ん?」
命の危機に焦燥感を感じ始めたところで、視界に変化が訪れた。
正面。リデルが立っているより背後に、一人の女の姿が見える。
ボロ布を纏う薄青の長髪の女。
リデルが追い払ったはずのサルビアだ。
「──。なんで戻ってきたの、サルビア」
私の表情の変化を見てからリデルは背後の存在に気がつき、一瞬だけ背後を見て、再び私の方へ視線を戻した。
彼女の顔を見ずに、リデルは話し始めた。
「邪魔だからどっか行っててって言ったよね? 命令を守れないなら後でどうなるか──」
言葉は中途で途切れた。
同時、リデルの表情が驚愕へと変わった。
その不自然な変化に私は目を細めた。
何が起きたかはわからない。
だから、起きた変化を確かめるために私は少しリデルに近づいた。
そして、気づいた。
「…………………え?」
あまりの衝撃に目を見開き、声を漏らす。
突然訪れた変化は、今なおリデルの下腹部に表れ続けている。
──赤く、赤く、血に染め上げられていた。




