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第二十ニ話 『答えを知りながら』

 



 ──談話する女二人を、背後から襲撃する。


「きゃああああ!!!」

「いやぁぁぁぁ!!!」


 揃って悲鳴を上げられ、甲高い声に煩わしさを覚えて反射的に片耳を塞いだ。

 その状態のまま、片方の女を刺した『道具』に目線で合図する。直後、合図を受けた『道具』は眼前で倒れて悶える女の首にナイフを突き刺した。


 それに続けて、逃げようと膝立ちで前進していた女の頭を狙って、私は拾った小石を投擲。

 進んだ先で立ち止まった女に近寄り、無言で見下ろした。


「ん?」


 暗く表情がよく見えない。

 しかし、暗順応し始めた視界で僅かに見えた表情に違和感を覚えた。

 ただ、違和感の正体を突き止めている時間がない。

 先に殺す方を優先することにして、手にした彫刻刀を首に振り下ろした。


「うぶっ……ぶぶ……っぐぶ」


 込み上がる血液により声が上げられず、女は激痛に手足をバタつかせることしかできなかった。

 一度彫刻刀を引き抜き、今度は位置をずらして首に刺した。

 そして、


「思いのほか時間がかかってしまいました」


「お見事です! 『刎ね子』様!」


 足元に横たわる女が死んだことを確認。

 すると隣に立つ『道具』──羅奈が私に賛辞を送った。


「羅奈とご苦労様です」


「うぅぅん‼︎ 嬉しいなぁぁあ‼︎」


「うるさい」


 喜びを全身で表現しようとした羅奈に声色を変えて叱ると、彼女はしゅんと静かになった。

 その反応に呆れてため息を吐いた。


 それから私は、再び足元の死体に目を向けた。


「どうかしたんですか?」


「気になることがありまして。羅奈、手袋を」


「はい!」


 殺している最中に一瞬だけ見えた女の表情に違和感を覚えた。

 通常、殺されている時の表情は大きく三つに分かれる。


 一つ、激痛に苦しむ顔。

 二つ、恐怖心に怯える顔。

 三つ、凄まじい憎悪の顔。


 けれど、女はそのいずれにも該当しなかった。


「……やっぱり」


 手袋を付け替えて、私は屈みうつ伏せに横たわる女の肩に触れて、仰向けに起こした。


 覚えた違和感は正しかった。

 殺した女の顔は──涙を流して笑っていた。


「羅奈、あなたが殺した方も確認してください」


「わかりました」


 急いで羅奈は自分が殺した死体に近寄り、表情を確認した。

 こちらは仰向けに倒れていたため触れずとも確認ができた。


「笑ってる? なんで……」


「──っ」


「心当たりがあるんですか?」


「ええ。とても」


 私は女二人の死体を弄った。

 本当に、この女があの猟奇殺人鬼が私に仕向けた女奴隷であるとしたら。


「……やっぱり」


 二人の女の死体はある二つの道具を所持していた。

 それは、私が殺すときによく使う凶器──鋏だ。

 二つの鋏に共通しているのは、持ち手がどちらも赤いこと。


 加えて、殺されて笑う二人の死体

 一人ならともかく、二人揃って笑っているのは異常だ。口元が若干吊り上がっていて笑って見えるなんてレベルの話ではない。

 涙を流しながら、完全に笑みが表情に張り付いているのだ。


 断言していい。

 二十年前、一家を殺害し、男を殺害し、女を誘拐した猟奇殺人──『赤い鋏』の所持はまさしく、事件の再現だ。


「────」


 二人の死体が笑っているのを確認して、私の脳裏に高知で出会った男の姿が過った。


「埼玉に戻った時、指名手配中の猟奇殺人犯に遭遇した話はしましたね」


「はい。その人と関係が?」


「あるでしょうね」


「奴隷にしてる女に監視させてるってことですよね。だとしても、埼玉に『刎ね子』様が住んでるってわかりますかね……」


「高知の空港までの車をつけたとか、飛行機に同乗させていたとか。確認する術はあります。でも」


 リデルは一家殺人の後に女性を誘拐し、その関係者を皆殺しにした連続殺人を犯している。

 そして、誘拐した女を自分のモノにしたと話していた。

 何でも従順に聞くリデルの女奴隷。私の居場所を突き止めたのも女奴隷だろう。

 私が埼玉に住んでると突き止めること自体は難しくない。


 突き止められてしまったことは大きな問題だが、やはり引っかかる。


「何故、完全に支配されているのでしょうか」


 誰一人、リデルの女奴隷は警察に通報していない。

 逃げた女は殺すと言っていた。だが、恐らく十人以上いると思われる女奴隷全員が、二股どころか十股以上している所謂ハーレム状態のあの男を容認するとは思えない。

 互いに恋愛感情を繋ぎ続けられるとは到底思えない。


 事実、私が目にした女奴隷の一人、サルビアと呼ばれた女は声一つ発さず、お世辞にもリデルを愛しているようには見えなかった。

 むしろ、極度に怯えているように見えた。


 サルビアがリデルの女奴隷の平均なのだとして、どう考えても誰も警察に通報しない現状はおかしいと言わざるを得ない。


「あ、羅奈と同じとか?」


「──。なるほど、確かに」


 浮かんだ疑問に悩む私の横で羅奈が意見をくれた。


 考えてみれば、羅奈も同じだ。

 どれだけ暴力を振るわれようと、警察に通報しようとはしなかった。通報した結果、また痛めつけられるのではないかと思い込んでしまう。

 ひどい場合、警察が助けてくれるとは限らないと、自分の中で結論づけてしまい通報に至らないケースもある。


「あとは、恐怖体験って意外に成長してからも残るモノだから、幼い内から酷いことされてきたら尚更通報とかできないと思うんですよ〜」


「────」


「まぁ、成長云々とか関係なしに、期間が短くても長くても、『殺されるっ! 』って思っちゃうくらいにめちゃくちゃにされたら、心が壊れちゃうんじゃないかなぁ」


「やけに知ったような口ぶりで話しますね」


「ごめんなさいごめんなさい! 羅奈、退屈凌ぎに心理学の本読んでたらハマっちゃって……」


 全く興味を示なそうなタイプに見えるけれど……。

 もしかすると、母親が出て行ったことや何故父親に痛めつけられるのか、暴力を回避するためにどうしたらいいかと考えて読み始めたのかもしれない。


 羅奈なりに最適解を求めて、自分にできることを探そうとしたに違いない。


「怒っていませんよ。シンプルに意見をくれるので気になっただけです」


「ありがとうございます! 流石『刎ね子』様!」


 人を殺した直後にする会話じゃないと思いながら、再び死体の方へ視線を移した。


 嫌な予感がする。

 あの日の失態が、最悪に至らないことを、ただただ祈ることしかできなかった。




 ◾️◾️◾️




 埼玉県三郷市で殺人があったと通報を受けて、僕たちはすぐに現場に直行した。

 今回も『刎ね子』の事件で、首のない体を見つけたというモノだった。


 そして、今回で十二人目。

 僕らが発見できていない殺人があるかもしれない。実際、行方不明者届けが直近で二件出ているそうだが、『刎ね子』による殺人と断定できているのは十一人だ。


 通報を受けてからの行動には慣れても、精神面では決して慣れることはない。

 被害者を救えなかった罪悪感。被害者とその遺族に対する悲しみ。これ以上は野放しにできない焦燥感。

 そして、十二人もの人々を手にかけた犯人に対する怒り。


 通報を受ける度にあらゆる感情がない混ぜになる。

 その都度、心がひび割れるような音がする。

 だけど、誰も諦めようなんて思うことはない。僕もそうだ。

 全てが終わるまで、自身の想いや傷の一切合切を無視して、解決に奔走する。


 掲げた正義に、背くつもりは毛頭ないのだ。


「「お疲れ様です!」」


「来たか、瀬波に愛宮」


 僅かに口角を上げて、大沼一課長は僕と愛宮を迎えた。

 それから「こっちだ」と案内され、被害者の遺体の下へ案内された。


「被害者は夏目萌香と紅葉葉月。二人とも二十一歳の大学生だ。背中と首に刺し傷が確認されている。そしてやはり、首は切り落とされていた」


「被害者の関連性は?」


「同じ大学、年齢、友人関係ということはわかってる。だが、それ以上の情報はない」


『刎ね子』の殺人は怨恨の線は薄く、完全な無差別で行われている可能性が高いと推察している。

 恐らく、殺害された二人と犯人に関連性はないのは間違いない。

 しかし、被害者同士の関連性は別だ。


 犯人との関連性がなくとも、被害者の関連性から如何に犯人が殺害対象を選定しているか見えてくるかもしれない。

 何より今回は──一度に二人も殺害されている。

 今までにはない、『刎ね子』による連続殺人の初の事例だ。


「『刎ね子』複数人説もありえるんじゃぁないか?」


「菜野警部、お疲れ様です」

「お疲れ様です!」


「おう、お疲れ」


 僕たちが死体を見て考え込む横から、菜野警部が事件への一つの可能性を口にした。


「第一発見者が来てるから、話を聞いてきな。何かわかるかもしれない」


「わかりました。ありがとうございます」


 言われて、菜野警部が指差した方向に立つ男性の下へ僕たちは向かった。


 黄色の立ち入り禁止テープの前に立ち、別の警察官に事情を話している私服姿の男性。

 髪の一部を緑色に染めた長い黒髪の男性。左耳に付けたピアスが陽光に反射してキラキラと光っている。

 右頬には大きなガーゼが貼られている。


 僕たちが近づくと、男性は僕らの方を見て和やかに微笑んだ。


「どうもこんにちは。通報した浅葱って言います」


「こんにちは。お忙しい中ご足労いただきありがとうございます」


 事情を聞いていた警察官に頷きかけると、相手も頷いて事情聴取を代わってくれた。

 今一度、僕と愛宮は男性と正面から向き合った。


「埼玉県警の瀬波です」


「愛宮です。早速お話をお伺いしても大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ」


 常に柔和な笑みを浮かべて会話をする男性。

 早速話を聞くことにした。


「ボク実はホームレスでして」


「そうだったんですね」


 まさかホームレスの方だったとは。

 来ている服も付けているピアスも見知ったブランドの製品だったのもあってわからなかった。


「いつも通り寝床に帰ろうと思って歩いてたら、いたんですよ。怪しい人が」


「怪しい人、ですか。特徴とかは?」


「女の人だった気がしますねー。それ以外はわかんないです」


「近辺に住んでらっしゃるんですか?」


 メモを手にしながら愛宮が男性に質問した。


「────」


「あのぉ……」


「あ、これは失礼。ぼーっとしちゃって」


 何故か質問に答えなかった男性に、愛宮が再度声をかけるとそう返答した。


「近くに住んでるかでしたね。ホント、現場のすぐ近くですよ」


「女性について何かご存知だったりしますか?」


 愛宮に代わり今度は僕の方から質問をした。


「まったく。ホームレスだから、知り合いとか皆無ですね」


「ありがとうございます。顔は見えましたか?」


「見ようとはしたんですけど、なんせ暗がりだったもので見えませんでした。……すみません、事件を大きく動かすチャンスだったのに」


「いえ! 謝らないでください! こうして、情報をいただけるだけで感謝していますので」


 男性は申し訳なさそうに頭を下げた。

 ……謝らなきゃいけないのは僕たちの方なのに。


「失礼ですが、頬の傷はどうされたんですか?」


 僕も気になっていた疑問を愛宮が聞いた。


 男性は右頬に大きなガーゼを貼り付けている。それも決して小さくはなく、右頬の半分以上を覆うくらい目立つ大きさだ。

 何か暴力的な不祥事が生じていたのなら取り締まるのが僕たちの仕事だ。


「ああ、これですか。ボク少し前までアクセサリーショップを営んでたんですよ」


「────」


「それで、立地と品揃えの悪さで売り上げとれず、経営は悪化するばかりで倒産しちゃって。莫大な借金をしたんです……


「危ないところでお金を借りたと?」


「恥ずかしい話です……」


 薄く微笑を浮かべて男性は答えた。


「この傷はその時にやられたヤツでして。強烈なのを一発もらった感じです」


「何か力になれることがあったら言ってください!」


「大丈夫です。色々捨てて追い払ったので」


 色々。

 ホームレスだという事情から察するに、家も含め自身の持つありとあらゆるモノを売ってしまったのかもしれない。

 経営がうまくいかないというのは、いつの時代もよくある話だ。そして、追い詰められていった結果、正規の場所以外からお金を借りてしまうのもまたよくある話。


 ……男性の気持ちを思うと何とも心苦しい。


「失礼なことをお聞きして申し訳ありません……」


「全然っ! ボクも久しく清らかな人と話せてよかったです。捜査、頑張って」


「──。はい!」


 微笑を浮かべて応援の言葉をくれた男性に僕は笑顔で応じた。


 頑張らないと。

 目の前の男性のように、一人でも多くの人々が笑顔でい続けられるように。



「あれが、埼玉県警の『若き天才』、瀬波碧斗ね」


 一通り警察への話を終えて解放された後、遠目に事件現場を眺めながら一人の警察官の顔を思い出して呟いた。


 若くして優秀な成績を残し続けることからついた第三者からの呼び名。

 立ち振る舞いや常に他者を気遣う姿勢もあって、周囲から高く評価される人物であるのは一目でわかった。


「なかなか面白い子だね」


 絵に描いたような純粋な優しさが滲み出ていたあの青年は、悲哀や憎悪で簡単に壊れそうだった。

 あの青年は、世界にどれほど悪が存在していようとも、一でも善が存在しているのなら、命を賭してでも守りに行くだろう。


 実に、壊しがいのある男だ。

 拒絶や裏切りで青年の心を粉々に砕きたい。

 泣き叫ぶ姿、絶望する姿、憤怒する姿。今の青年から想像もできない姿をさせるのは、自分にとって最高の愉悦だ。


 試したい。だがそれは、目的から外れる。


「サルビア。埼玉の防犯カメラと警察の警備を徹底的に調べておいて」


 背後に立つ醜い女に命令してから、ガーゼを引き剥がし、男は口を酷薄に歪めた。

 そして天を仰ぎ、両手を広げて言った。


「ああ。一度満たされた後に、ここまで面白いことが立て続けに舞い込んでくるなんて。ボクはなんて──運命に愛されているんだ」


 男──リデルは己が運命の祝福に感謝して、歓喜の声を上げたのだった。





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