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第二十一話 『理不尽への叛逆』

 



 猛暑の暑さに不快感を募らせながら、私は北本市の人気のない公園のベンチに腰掛けていた。


「……ふぅ」


 ……暑すぎる。

 なんで今日はこんなに暑いのだろうか。


「遅れてすみませーん! うわ、わぶ!」


 蝉の喧騒の中に甲高い女声が混じる。

 視線を向ければ、小さな少女が段差に躓いて顔から地面に倒れ込んでいた。


「あはは……転んじゃいました」


 顔を上げて苦笑する虚な瞳の少女。

 私の道具──新名羅奈だ。


 しかし、彼女の装いは以前見た時と全く異なっていた。

 不潔で古びたボロ布から、清潔感溢れる年相応の女の子らしい服装になっていた。

 それだけではない。

 傷だらけだった顔や腕は、一部跡こそ残ってはいるものの、見違えるように綺麗になっていた。


「暑い中待ちたくないので早く来てと言いましたよね」


「ごめんなさい『刎ね子』様ぁぁ……施設の人がうるさくってぇ」


 父親を殺した後、羅奈は警察の聴取を受け、その後身寄りがないことが発覚して施設に保護されることになった。

 服装も傷も、DVを行う人間から解放されたことによる影響だ。

 ともあれ、施設の人間とも上手くやれているようだし、変わらない様子の彼女は羨ましい限りだ。


「『刎ね子』様?」


「────」


 無意識に考え込む私の顔を羅奈は覗き込むように見ていた。

 羅奈には、言っておくべきか。


「羅奈の話も聞きたいところですが、先に私の話を聞いてもらえますか?」


「もちろん!!」


 両の手で作った拳を胸の前に寄せて、私との距離を更に詰めた。

 彼女の反応に呆れてため息を吐いた後、私は家族で父の挨拶回りに高知に行ったことを話し始めた。


 来た当初の話は省いて、挨拶周りで限界を迎えたところから話した。

 限界を迎えた結果、一人の男の首を刎ねたこと。そこで犯した失態で生んだリデルと名乗る不気味な男の目撃者を出したこと。それが二十年前の──指名手配中の連続殺人犯にだったこと。

 事件の内容まで詳しく説明した後、私は視線を落とした。


「通報しないと言いながら、あの男は死体の場所を警察に伝えてましたからね」


 リデルは私が殺したと通報しないと言っていた。

 実際、報道された時に私の容姿に関する情報は何一つ出ていなかった。けれど、報道が出たのは私が殺害した二日後だ。あの日、私は確かに冷静な判断ができなくなっていた。でも、簡単に死体が見つからない場所を選んだつもりだ。

 そう易々と見つけられる場所ではない。

 あの男が警察に通報したとしか思えなかった。


 いずれにしてもあの男に死体どころか首を刎ねる様子まで、奴隷として扱っていた女に一部始終を見られ、全てを知られてしまっていた。


「えっと、なんでしたっけ。りで、る? って人が警察に言ったってどうしてわかるんですか?」


「本当にリデルが通報したかは本人に聞いてみないことにはわかりませんね。偶然、第三者が立ち入って死体を発見して通報した可能性もあります。けれどやはり、全てを見て知っていながら何もしないとは思えないんですよ。あの、異常性に富んだ男が」


 脳裏に右頬に謎のマークのタトゥーが刻まれた、男の怪しげな笑みが浮かびあがる。

 私の内心を見透かし、常に全身を嬲るように、精神を蹂躙するように嗤い、見ていた男が何もしないなんて考えられない。


「恐らく、先々で仕掛けてきます。警戒を」


「は、はい!」


「一応、二十年前の事件について調べておいてください。何か殺す手がかりがあるかもしれないので」


「了解です!」


 声高に羅奈は胸に拳を当てて返事をした。


「さて、私の話は以上です。今度は羅奈の話を聞きましょうか」


「はい! では早速、警察とのやり取りから──」


 紙芝居でも読み始めるかのような口調で、羅奈は私と会わなくなってから自身の今日に至るまでの日々を話し始めた。



 新名篤也の会社の同僚から連絡が取れないと通報を受けたらしく、すぐに警察が羅奈の自宅を訪ねてきた。話をする中で警察が羅奈の極度に怯えた態度と不自然な父親との関係性、見え隠れしていた傷を指摘し、新名篤也発見後は暴力事件として扱うと話した。

 が、殺してしまっていたのでそうはならず。


 その後、羅奈は先に病院で傷の手当てと二時間ほどの点滴を受けた翌日、埼玉県警の署まで行き、詳しい事情聴取を受けた。

 警察は初め羅奈を疑っていたものの、栄養の行き届いていない不健康な痩せ細った身体に加え、夥しい傷の量から寝込みを襲って殺すにしても肉体的にも精神的も困難と判断。すぐに容疑者候補から外れた。


 結局、新名篤也の部屋には内側から鍵をかけると外からは開けられない仕組みで密室だったため、殺害は不可能と警察は断定し自殺扱いになった。

 そして、羅奈は無事警察から解放された。


 そこから日を置かず、羅奈は身寄りがないことも話していたため、警察に連れられて施設に保護された。

 施設に着くなりすぐに風呂に入るよう言われ、久しぶりに長時間一人で湯船に浸かった。

 風呂を出た後は着替えが渡され、用意された衣服に袖を通してから施設を案内された。合わせて施設の人間の紹介も受けた。

 施設内のルールややるべきことなども一通り聞き終えたところで、羅奈は用意されていた自身の部屋へ連れて行かれた。


 低い天井に木製の勉強机と椅子、二段ベットと狭く簡素な部屋だったが父親のいない空間であれば、如何なる場所でも羅奈にとっては広く感じた。

 当然だが施設に入るということは、中の人間との交流は避けられない。一人一部屋など用意できるほどの建物でもない。ルームメイトが既に羅奈を待っていた。


 薄茶色の髪の羅奈と同い年の少女、虹川美月は羅奈を見るなりパッと明るい顔をして握手を求めた。

 人付き合いに恐怖を感じる羅奈にとってそれは苦痛で、最初は何度も黙って逃げた。

 だが、施設の人間とは交流せざるをえないのだ。ましてルームメイトともなれば尚更。

 逃げても逃げても虹川は羅奈を追いかけ、無駄話を振ってきていた。ウンザリしていたものの状況的にも選り好みできず、羅奈は観念した。



「そんなこんなで今日『刎ね子』様と会ってるって感じです」


「お友達ができてよかったですね」


「ぎぎっ! 話を聞いて最初に言うのがルームメイトの話っておかしくないですかぁ!? 冗談はやめてください! 羅奈には『刎ね子』様以外入りません!」


 一通り話を聞き終えてから、心底嫌そうに話したルームメイトのことで羅奈を揶揄うと彼女は顔を真っ赤にして憤慨した。

 友達ができようができまいが私には関係ない。

 関係ないが、


「では、一つ命令しておきます」


「え、あ、はい。命令?」


「施設の人間とは仲良くしてください」


「なんでですかぁ!?」


 噛み付くように羅奈は言った。

 その反応に呆れながら私は続けた。


「羅奈が施設で嫌われ者になって悪目立ちすると、私が施設に赴いて会話した時、あるいはどこかで話しているところを見られた時。羅奈と関わる私が施設の人間にどう映りますか?」


「はっ! ……悪く、映っちゃいます」


 悪目立ちすればその分、私は施設に行きづらい上に、羅奈との接触を見られないように徹底しなければいけない。

 あの新名羅奈と話してる時点であの人もおかしいのではないかと思われてしまう。

 悪目立ちする人間は、当の人物と関わる周囲の人間の第三者からの見方さえ変えるのだ。


 理由はそれだけじゃない。


「それともう一つ。また、いじめられたいですか?」


「……っ」


 拒絶を続ければ人は離れていく。

 離れていくだけに留まればいい。だが、世界は都合良くできていない。

 周囲を拒絶し続ける人間を、如何なる理由があれど良く思う者は存在しない。


 長く拒絶する様を晒せば、態度などが拍車をかけて、最終的には悪意のこもった視線を向けられるようになる。

 次第にそれは肥大化していき、場合によっては陰口を叩かれ、直接罵倒されるようになる。酷い時には暴力を振るわれるかもしれない。


「拒絶するあなたを誰も快く思うことはありません。陰口で済めばまだいいものの、目につく嫌がらせが続くことも、施設の大人には見えない場所で暴力を振るわれる可能性も考えられます」


「────」


「そうなれば、羅奈はまた傷つくことになります。肉体的にも、精神的にも。施設を変えたいと思っても、身寄りのない子どもは簡単には施設を移れない。あなたはまた、傷つき続けるだけの毎日を送ることになる。DVをする父親と暮らしていた時の、地獄の毎日を」


「────」


「地獄に戻りたくはないでしょう?」


 最後に一言付け加えると羅奈は目を見開き、それから俯いた。


 施設の人間と仲良くしろと言ったのは、羅奈が十全に使えないと困るからだ。

 だから別に、羅奈が孤立しようが痛めつけられようが私には関係ない。興味もない。


 けれど、仮に再び羅奈が傷つくような状況下に陥ったとしたら。

 あまりにも、救いのない人生に終わる。

 憐れ以外の何者でもない。単なる地獄に逆戻りだ。


 ならせめて、私だけでも羅奈に救いの手を差し伸べたい。

 理不尽は私も嫌いだ。

 つまりこれは、理不尽への叛逆だ。


「……ああ」


 羅奈は涙を流していた。

 笑みを浮かべながら、涙を流している。


 その笑みには不快さはなかった。


「やっぱり『刎ね子』様は羅奈の生きる希望です……」


 虚な瞳を隠して、羅奈は純粋な笑顔を浮かべたのだった。




 ◾️◾️◾️



 同日、深夜。


「ご苦労様、芹香ちゃん」


「ううん。りっくんのためなら、全然へーき」


「嬉しいね。お礼は今度」


 そう言って頬を赤くする少女に男は口付けした。

 顔を離し、最後に少女の頭を撫でてから車を降りた。


 飛行機と車を使い数時間の移動時間を経て、男は目的地に到着した。

 埼玉県さいたま市。


 今最も、男が──リデルが会いたくて、愛でたくてたまらない『女の子』のいる場所へやってきた。

 全ては、満たされていた心が再び求め始めた、欲望を満たすために。


「会いに来たよ。『刎ね子』ちゃん」




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