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第十八話 『罪悪感を胸に』

 



 ──時は『刎ね子』が十二人目の殺した日から少し前に遡る。



 一室を悲しみが満たしている。


「────」


 一人の青年の葬儀に多くの人々が部屋に集まり、それぞれ用意されたパイプ椅子に腰掛けている。

 右端から順に大きな写真立てと棺の前に行き、線香をあげていく。


 棺の前での行動は様々だった。

 言葉を残す人、静かに一礼だけの人、泣き崩れて他の人に肩を借りて席に戻る人など。

 そうした光景を見るたびに、僕の心はきつく締め付けられた。


「……」


 僕の番が回ってきた。


 立ち上がって深く深呼吸をして、ゆっくりと棺の前まで行った。

 そして、写真に写る青年の顔を見て、猛烈な罪悪感に襲われる。


 写真に写るのは──殺害された成嶋の顔だ。


 明るく、歯を見せて笑う成嶋の顔が写る写真。

 あまりにも悲しく、辛く、押しつぶされそうなほどの罪悪感に目を背けてしまいそうになる。

 でもそれは、成嶋に失礼だ。


 しっかりと目を開き、真正面から僕は写真を見た。


「…………」


 線香をあげて、姿勢を正して一礼。

 それから言葉を残そうと口を開く。


「……ぁ」


 声が出ない。

 言葉に詰まる。


 なんて、言えばいいんだろう。

 成島は僕に、なんて言われることを望むのかな。


「……違う」


 自分にだけ聞こえる声で呟いて両手の拳をグッと力強く握り締めた。


 そうだ。なんて言うかなんて考えなくていい。

 成嶋が望む言葉を伝えようとしなくていい。

 僕の言いたいことを、率直に伝えるんだ。


 きっと、成嶋もその方が喜んでくれるはずだから。


「必ず、犯人を捕まえるよ」


 そう一言だけ残して、僕は席に戻った。



「瀬波」


「あ、大沼一課長。お疲れ様です。いらしてたんですね」


 僕よりも頭一つ背が高く、厳格な雰囲気を身に纏う男性。

 捜査一課をまとめる大沼一課長が、成嶋の葬儀に来ていた。


「お忙しい中来てくださってありがとうございます」


「部下を労うのは上司の務めだ」


「……一課長」


 流石、僕らをまとめ上げる一課長だ。

 本当に上司の鏡で尊敬する。


「大沼刑事、本日は息子の葬儀にお越しいただきありがとうございます」


 大沼一課長の背後から、二人の男女がこちらに向かって歩いてきていた。

 白髪頭の男性と、薄茶色の髪の女性。

 僕と愛宮は彼らと知り合いだ。


 彼らは、成嶋のご両親だ。


「いえ。息子さんのご活躍は、私もよく見ておりました。優秀な警察官でしたよ、彼は」


「そう、ですか……良かった」


 ポツリと、成嶋のお母さんが呟いた。

 それを見て僕の胸はまたしても痛みに襲われる。

 罪悪感が、僕の心に鍼を刺す。


「来れなかった警官も皆、同じように思っていると思います」


 大沼一課長が言ったように、捜査一課全員が成嶋の葬儀に参加しているわけではない。

 葬儀に参加したのは半分にも満たない。

 大沼一課長が来られたのは上に無理を言ったからだろう。


 全員で葬儀に参加してはその間に起きた事件への初動が遅れる。

 加えて、仕事を一斉に休めば周囲に迷惑がかけることにも繋がる。

 それに、全員が全員、成嶋と親しかったわけじゃない。


 でも、ある程度の人数が成嶋の葬儀に参加してくれている。

 それは成嶋の人との関わりの広さを示している。

 その事実が僕は嬉しかった。


「では、私はこれで」


 そう言って大沼一課長はこの場を離れた。

 そして、僕と愛宮は成嶋のご両親と向かい合う。


「申し訳ありませんでした!」


「瀬波くん!?」


 開口一番に僕は頭を下げて謝罪を口にした。


「息子さんを、お守りすることが、できませんでした……!」


 言葉にした瞬間、堪えていたモノが溢れた。


 罪悪感に押し潰されて涙を流した。

 大人なのに、人が目の前にいるのに、泣くのを堪えられなかった。


「殺害された日、僕が一緒に帰っていれば、犯人から助けることができたはずなのに……! どこか彼なら大丈夫だと、安心しきっていたせいで、僕は、僕は……」


「──瀬波くん」


 力強く呼ばれて、僕の言葉は途切れた。


「顔、あげてくれないかな」


 言われて、僕はゆっくりと顔を上げた。

 涙でぼやける視界に成嶋のご両親の姿が入る。お母様の方は目尻に涙を溜めて、お父様の方は眉を下げて僕を見ている。

 それから、先に成嶋のお母様が口を開いた。


「あなたのせいじゃないよ、瀬波くん。悪いのは全部、あの子を殺した犯人なんだから……」


「でも、僕は……」


「妻の言う通りだ。君は何も悪くない。もちろん、愛宮さんもだ」


 言いかけた僕の言葉を遮るように、お父様は僕と背後に立つ愛宮に言い聞かせるように言った。

 その言葉に、ますます罪悪感が強まる。


「秋哉は瀬波君のことしょっちゅう話してたよ」


「……ぇ」


 お父様は微笑を浮かべ、優しい声音で話し始めた。


「最初はすげぇヤツがいんだよ、って嬉しそうに話してて。それまで無理してるのが目に見えてわかるくらいだったのが、嘘みたいに元気になったんだよ。警察学校で瀬波君と初めて会った日だったかな」


「────」


「学校にいる間は瀬波君の話ばかりでね。自分のことより話してたと気がするよ


「────」


「卒業の時に一緒に捜査一課の配属になろうって約束があるって、警察官になってからも全力で頑張ってたよ」


 成嶋が、僕の話を……。


「君を初めて紹介された時、すぐにわかったよ。息子を変えたのは彼だってね」


「……っ」


「瀬波君、勝手ながら君にお小言を言わせてもらうと、だ」


 そこで言葉を区切り、お父様は眉を寄せてこう言った。


「──息子のことで罪悪感を感じるのはやめなさい」


「……ぇ?」


 一瞬意味が理解出来ず疑問を思わず口に出してしまった。

 でも、言葉の意味は本人からすぐに教えられた。


「もう一度言うよ。悪いのは愛宮さんでも大沼一課長でも他の警察官でも、当然瀬波君でもない。秋哉を殺した犯人だけだ」


「────」


「罪悪感を感じる気持ちはわかる。だけど、秋哉は瀬波君が思い悩むことを望まないはずだよ」


「──ぁ」


「秋哉はきっと、瀬波君と愛宮さんの幸せを願ってる。だからもう、秋哉のことで罪悪感を感じるのは無し。哀しんで、それを乗り越えて、幸せになるために生きるんだ。……その方が、秋哉はきっと喜ぶから」


 成嶋のお父様の話に僕は目を見開いた。


 哀しんで、乗り越えて、幸せになるために生きる。

 その先に、死した成嶋が安心して眠れる未来がある。


 そうだ。

 成嶋を、親友を想うのなら、僕のすべきことは下を向くことじゃない。

 前を向いて、成嶋の分も警察として生きて、幸せにならなくちゃいけない。


「お父様、それにお母様も。ありがとうございます」


「ううん。こちらこそ、お話できてよかったよ」


「はい。ですがお父様」


「ん?」


「罪悪感は、この先も抱き続けます」


 そう言うと成嶋のお父様は顔を顰めた。

 けれど僕の次の一言で、表情は和らいだ。


「罪悪感を糧に、僕はもっともっと警察官として成長します。そしていつの日か、成嶋秋哉という親友に胸を張れる存在になってみせます」


「瀬波君……」


 成嶋が僕を凄いと思ってくれていても、僕はそうは思えない。

 周囲に『若き天才』だなんて言われても、ただ過大評価だと萎縮してしまう。


 なら。

 自信を持って、凄いと思ってもらえる人間になったと、自分を認められる人間になればいいんだ。

 何年かかっても、あらゆる経験を積み重ねて人間として成長して。


 そして、成嶋の墓の前で言うんだ。

 ──成長したよって。


「後輩とお二人のお陰で、僕はまた一歩進めそうです」


「そっか。頑張ってね瀬波くん」


「頼んだぞ」


 胸に手を当てて、成嶋のご両親、ついで愛宮の方を向いた。

 そして──。


「お任せください。──正義に誓って。必ず、事件を解決してみせます」




 ◾️◾️◾️




 ──高知県滞在最終日。


 六日目の時点で父の関係者全員への挨拶回りを終えて、七日目の最終日は自由時間が与えられた。

 家族で過ごすのが普通なのだろうが、私たちにはそうした考えはなかった。

 父は同僚と釣りに出かけ、母親は学生時だに転校した友人と飲みに出かけて行った。

 祖父母も用事があるらしく今は家にいない。


 一人、私は邸宅にのこされた。

 重なる心労を休めるという意味でも、実にありがたい状態なのはいうまでもない。

 ただ、思った。


 家族とはなんなのだろうか、と。


「────」


 家を出て、私は人気のない近隣を散歩することにした。


 別荘が位置するのは山の上で、周辺は木々に囲まれている。舗装された道路は最低限。別荘は、そんな自然の景観を壊すように佇んでいるのだ。

 野生の動物が多そうな場所だが、たまに草を踏む音の方へ振り向いた時に野良犬やハクビシンの類が通っているのを見かける程度で意外にも少ない。


 都会では決して見ることのできない光景。

 けれど、こんなものは一度見れば十分だ。七日間──否、十年以上前から夏に同じ景色を見ている。飽きるなという方が無理というもの。


「……?」


 背後から草を踏む音がした。

 しかし、大した警戒をするでもなく、どうせ野生動物だと判断して私は再び歩きはじめて──、



「──やぁ」



 人の声が、した。


 思わず足を止めた。

 振り返らず、思考を加速させて誰の声かを考える。


 この場には私以外に誰もいないはず。

 両親の声ではない。

 祖父母の声でもない。

 なら父の関係者かと思ったけどこれも違う。

 後は、私の知り合いか。いや、私の知り合いに高知県に親の実家のある人はいない。

 そもそも、登山コースでもない辺鄙な場所にいる時点でおかしい。


 つまり──知らない相手であり、異分子だ。


「────」


「あれ、無視? 酷いなぁ。自分に声をかけられた自覚、ある癖に」


 初めは戯けた風に話していたが、最後の一言は声のトーンを低くして私に言ってきていた。


 挑発されている。

 何とも理解できない状況に、私は少々混乱していた。

 声からして相手は男。そして、私に話しかけてきた。

 私が『誰』なのかを知っているかのように。


 無視してもいい。

 けれど、もし父の関係者だった場合後が面倒だ。

 仮に父の関係者ではなく、本来の『私』を指していっているのだとしたら危険だ。

 無視はできない。


 振り返って、私は男の方を見た。


「良かった。ちゃんと話してくれる気になってくれて」


 正面、私と一定の距離離れた位置に、一人の男が立って……女もいる?


「どちら様でしょうか?」


「ああ、ごめんごめん。まずは自己紹介からだったね」


 男はヘラヘラと笑いながらそう言った。


 一目見た瞬間、男が普通ではないと直感が訴えた。

 一部を緑に染めた長い黒髪、奇しい光を宿して私を見る緑の瞳、肩を露出した黒の無地の服。

 極め付けは左頬から肩口まで彫られたタトゥーだ。遠目では何のマークかはわからないが、不吉な印象を受ける。

 男の背後に、ボロボロの服を着用し、下を向いたまま立つ女を連れているのも異様な存在感を後押ししている。


 警鐘が私の中で鳴り響いている。

 そんな私の警戒も余所に、男は両手を広げて、口を開いた。


「──リデル」


「はい?」


「僕の名前だよ」


「ハーフの方ですか?」


 日本人にしか見えない男は自身の名を『リデル』と名乗った。

 外国人と結婚してもその国の血が薄く、容姿にあまり出ない例はよくある。

 でも、遠目で見る限りは日本人にしか見えない。


 訝しむ私を見て、内心を見透かすように口を歪めた。


「ボクはね、自分の名前が嫌いなんだ。だから名前を捨てて、相応しい名前をつけた」


 ……異常だ。


 名前を捨てて新たな名前をつけるなんて、普通の人間はしない。する必要がない上に、できない。

 名前を捨てる人間は、親に対して何らかの不満があるか、自身を偽らないと生活できないかのどちらかに該当する。

 そして恐らく、男は両方に該当する人間だ。


「……っ」


 男から離れた方がいい。

 あまりにも危険──、


「──八月四日、火曜日」


 その場を立ち去ろうとした私の背に、そう声がかかった。

 無視して立ち去れば男から逃げられる。けれど、男の口にした言葉に、足が動かなくなった。


 だってその日は。


「キミ、男殺したでしょ」


「──っ!」


「キミの場合、首を刎ねたって言った方が正しいかな?」


 男の言葉に、絶句した。

 何も言い返せず、放たれた言葉の衝撃に呆然と立ち尽くした。


 硬直した私の姿を見て、男は酷薄に嗤う。

 嗤いながら、宣告した。



「ようやく会えたね──『刎ね子』ちゃん」




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